第二四四話 シャルロッタ 一六歳 大感染の悪魔 〇四
「うおおおおおっ!」
「これは暴力……ッ! 素晴らしい暴力です! 暴力最高ッ!」
クリストフェルの電光石火の連続突きをクーランはうなりを上げる鎖鋸刃を器用に使って受け流していく……金属と金属が触れ合う甲高い音と、火花が散る中風を切り裂き悪魔の肩へと数本の矢が突き立つ。
苛立ったように顎を打ち鳴らすクーランの真横より、再びヴィクターの持つ大剣が横凪に振るわれるが……その攻撃を予測していたのだろう、悪魔は恐ろしく器用に上半身を動かしてその必殺の一撃を寸前で避けていく。
その視界の先に巨大な黒い毛皮を持つ幻獣ガルム……ユルの姿が空中に浮かんでいるのがみえ、クーランは顎を打ち鳴らすのをやめて歪んだような笑みを浮かべる。
「暴力は肯定されるべき……ッ! 話し合いよりも和解よりも暴力で全てを決するのです!」
「く……破滅の炎ッ!!!」
クーランが大きく顎を広げると空中で破滅の炎を撃ち出そうとしていたユルに向かって、集約した白い光線が打ち出される。
ガルムの咆哮と共に打ち出された火線と悪魔より放たれた白い稲妻が空中で衝突し、一瞬の間をおいて衝突した魔力が中間地点で激しい爆発を起こし、クーランへと切り掛かっていたクリストフェルとヴィクターの身体を衝撃が襲う。
地面へと押しつけられるような強い衝撃に歯を食いしばって耐える二人……その二人に構うことなく、クーランは急いでその場所から再び大きく跳躍して距離を取る。
「素晴らしい暴力……ッ! できることなら一騎打ちがしたかった……ッ!」
「騎士道にでも目覚めたか?!」
「いいえ、暴力とは一対一を愛します……ッ! それ故に暴力は最高なのです!」
クリストフェルの言葉に口元を歪めて笑うような表情を作るクーラン……その昂りに応じてなのか、両腕の鎖鋸刃はさらなる唸りをあげて回転していく。
あの刃は厄介だ……クリストフェルが今持っている借り物の刺突剣ではあの回転する刃に巻き込まれただけでへし折れてしまうだろう。
それ故に先ほどからもクリストフェルは最新の注意を払って戦っている……受けることもできず、相手の攻撃を避けながらの立ち回りは神経を削られるような想いを感じているのだ。
「やはり……」
彼の目はクーランの胸に突き刺さったままの蜻蛉へと向けられる……王家に伝わる名剣であり、勇者アンスラックスの所持した秘宝の一つでもある。
苦楽を共にしたことでクリストフェルにはある確信のようなものが芽生えている……今の自分では蜻蛉の全ての力を引き出すには至っていないということを。
あの剣には何かが眠っている……蜻蛉を握って戦うたびに、自分の中にある何かが呼び起こされるような感覚を感じている。
「……蜻蛉……っ!」
「おやおやぁ? この胸に刺さった剣を引き抜きたい、そうですかでは暴力を振るいましょうっ!」
「お前が敗北する暴力をな」
クーランだけでなく、ヴィクターやクリストフェルが一歩も動けていない状況で唯一距離を取って遠距離攻撃に徹していたはずのマリアンが、音もなく気配を殺していつの間にか暴力の悪魔の背後に移動していた。
悪魔が殺気を感じて振り向こうとしたその顔面へと超至近距離からの短弓による正確無比な射撃が叩き込まれ、クーランはその威力に思わずのけぞる。
マリアンは手応えを感じて一瞬表情を緩めかけるが、すぐに背筋にぞくっとした寒気を感じて地面へと身を投げ出すと、先ほどまで彼女の首があったあたりを鎖鋸刃がうなりを上げて通過していく。
「な……!」
「……暴力は終わらないッ! それがパーリィナイッ!!!」
至近距離から打ち込まれた矢はクーランの脳天に突き刺さり、ドス黒い液体を撒き散らしながらも致命傷を与えることには成功していない。
しかし……確実にダメージを与えているのか、クーランの体は小刻みな震えのようなものが発生し始めていた。
すぐにクリストフェルは走り出す……彼の中に眠る勇者の器としての勘が強く訴えていたからだ、今あの悪魔はマリアンの一撃でどこかの感覚が壊れている、と。
悪魔は決して無敵の存在ではない、シャルロッタやユルが戦ったように、そして「赤竜の息吹」の面々が全力を尽くして倒したように、この世界において彼らは絶対的な存在になり得ないのだ。
「クーーーーーーランンンンンッ!」
「おおっ……金色の王子よ、暴力を肯定しなさるか……最高ですなッ!」
クリストフェルは刺突剣を構えて大きく跳躍する……反応したかのように見えたクーランはクリストフェルの声には気が付いたが、視線が定まらないのか彼を視界にとらえていない。
空中に飛び上がったクリストフェルの持つ刺突剣の刀身に赤熱する炎がまとわりつく……これはユルの……それと同時に幻獣ガルムが凄まじい速度でクーランの上半身に鋭い爪を叩きつけた。
その一撃は悪魔の人間型の腹部を切り裂き、肉体を損傷させドス黒い体液と、中に詰まっていたはずの器官の一部を露出させる。
「こ、この……暴力を理解せぬクソ犬が……ッ!」
「婚約者殿ッ!」
「おおおおおっ!」
クーランが腹部を切り裂いた攻撃で一瞬だけ怯んだことで、クリストフェルはその手に持つ刺突剣を両手で暴力の悪魔の肩口へと突き刺し、カウンターガードのあたりまで肉体へと捩じ込んだ。
悲鳴をあげる間もなくクーランはその攻撃による激痛を感じたのか、それとも一部器官に損傷を加えられたことに気がついたのか、苦悶の表情を浮かべて顎を大きく開く。
だがクリストフェルはすぐに武器を手放すと、悪魔の胸に突き刺さったままの蜻蛉の柄へと手を伸ばす。
彼の手が突き刺さったままの蜻蛉をしっかりと握ったその時、クリストフェルの目的がその胸に刺さった剣だと理解していたクーランは両腕の鎖鋸刃の回転を上げて無理矢理彼を薙ぎ払おうと腕を振るう。
「これは美しくない暴力ッ! ……暴力を崇めよッ!」
「やらせるかあああっ!」
だがその一撃がクリストフェルに見舞われる前に、クーランの腕にヴィクターが全力で振るった大剣の一撃が叩きつけられた。
グシャアアアアッ! という鈍い音と共に悪魔の腕に食い込んだ大剣と鎖鋸刃の刃が絡み合い、クーランの腕がへし折れ、刃が大剣を巻き込むように食い込み、そして頑丈なはずの剣を引き裂くように捻じ曲げていく。
だがその一撃は確実にクリストフェルが蜻蛉を全身の力を使って引き抜く時間を与えた……一瞬の抵抗感の後に、まるで主人の手に帰ることを喜んだかのように剣が震える。
ずるりという手応えのあと悪魔の肉体から一気に引き抜かれ、その美しく虹色に輝く刀身が陽の光の元へと姿を表す。
「うおおおおおおっ! こ、こんなバカな……これは美しくない暴力ッ!」
「僕は……僕は勝つんだ!」
全力でクーランの体を蹴飛ばすように蜻蛉を引き抜いたクリストフェルは大きく後方へと跳躍すると、地面への着地とともにその手に握られた名剣を構え直す。
剣を引き抜かれた傷跡からドス黒い体液を噴出しつつもクーランは、腕に食い込んだ大剣を逆の手で掴んで絡み合った鎖鋸刃ごと腕から引きちぎって見せた。
ヴィクターはすぐに距離を取ると、予備で腰に差していた小剣を引き抜いて構えるが、この武器ではもう戦闘能力は皆無に等しい。
それがわかっているのだろう、剣を構えはしているものの彼のこめかみには一筋の汗が流れ状況をきちんと理解していることを示している。
「マリアン、ヴィクター……それにユル、手出し不要だ」
「殿下……!」
「よろしいので?」
ユルの言葉にクリストフェルはクーランから視線を外さないまま黙って頷く……彼の息も相当に荒く、疲労といつの間にかつけられた細かい切り傷に血が滲んでいる。
立ち回りの際に集中しすぎて気が付かなかったが、暴力の悪魔の攻撃の余波で傷をつけられていたのだろう。
だが痛みは全く感じない……クリストフェルの集中力はそれまでになかったほどに高められ、まるで周囲の音が全て聞こえるかのように耳へと入る。
次の瞬間、クリストフェルは己の息遣いと目の前にいる悪魔の憎々しげな歯軋り……そして蜘蛛のような胴体から生える脚が地面を叩くような音だけが聞こえるようになった。
「……これは……」
凄まじい集中力の産物、そして彼の目には時間がゆっくりと流れているかのように、まるで思考すらも永遠に流れているかのような感覚に見舞われる。
まるで頬を撫でる風を音ではなく感覚で感じ取るように、悪魔の胸から滴り落ちる体液が地面を叩く音が次第に遅くなっていくかのように。
今クリストフェルの前にある世界は、彼と蜻蛉、そして目の前にいる倒すべき相手暴力の悪魔クーランだけが存在しているかのように全ての神経が状況を把握し、処理し、そして今は怪物を倒せと言わんばかりに訴えかけてくるのがわかる。
体に満ち溢れる熱が、まるでそれまで自分が感じたことのないもののように体を軽く動かす……まるで水面を滑るように走るその動作は、優雅かつ無駄のない洗練されたもののように感じる。
「クーランッ! これで終わりだあああっ!」
_(:3 」∠)_ これがフラグなのか何なのかは……頑張って書きます(オイ
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