第二四〇話 シャルロッタ 一六歳 内戦 一〇
——戦場に響く轟音……それを聴きながらわたくしは周りを囲んでいる完全武装の男達に油断なく視線を配っていた。
「良い女はモテすぎて辛いわねえ……あんたもそう思わない?」
パキパキと指を鳴らしながらわたくしは周囲の男達を観察していく……うん、人じゃない気がするというか、そこ立っているやつの口から虫の足みたいなの出てるし、そっちのやつはそもそも目に当たる部分に口があるし。
あっちのやつは腕が斧みたいになってるし、別のやつは足が四本あってずっと足踏みしている……これで人間だなんて言ったら図鑑がパンクしてしまうくらいのバリエーションだ。
人間ってこんな形をしているんだっけ? と思わされるとんでもない造形の連中ばかりだが、以前こんな連中見たことがるな……例の混沌の戦士ってやつか。
さてなぜ今わたくしがこの多数のファン達に囲まれているかというと、ユルをクリスの元へと送り出した後奇妙な気配を放つ場所を感知したことで調査しにきたわけなんだけど。
「……クハハハッ……まさか鉢合わせるとはな……」
「アンタ誰? いわゆる訓戒者ってやつかしら?」
わたくしを見つめて小さな口で笑う奇妙なローブ姿の怪物……頭は細く三叉に別れておりそこにはびっしりと黄金に輝く瞳がついている。
三叉の根元に小さな口があって、先ほどの声はそこから発せられたのだけど……見れば見るほどこいつキモいな、ぶっちゃけ混沌の連中なんかおかしな外見したやつしかいないけど、こいつは飛び抜けてキモい。
ローブから覗く腕は異様に細くて長く、両手は地面につきそうなほどだ……ローブはゆったりとしているけど、多分あの中にある肉体は腕や頭と同じように以上なほど細いだろう。
「いかにも……辺境の翡翠姫には初めて名乗るな、私は使役する者」
「使役する者……で、このキモいオジ様達はわたくしのファンかしら?」
「クハッ……そう思っていただいて結構、本来は効果的なタイミングで混沌の戦士を戦場に突入させるつもりだったが……まあバレたのであれば仕方あるまいよ」
細い指を口元に寄せて笑う使役する者だが、発せられる雰囲気は混沌の戦士とは全く違うものなのがわかる。
強いな……見た目は奇妙だけど、醸し出している雰囲気が完全に強者のそれであり、はっきり言えばここから一足飛びに襲いかかっても簡単にあしらわれるような気がする。
単純に隙だらけに見えるけど、隙がないっていうパターンの敵だ……厄介な。
「……そりゃ違和感だらけの魔力を出していたらわたくしでなくても気がつくわよ?」
「ああ、そうだろうな……隠す気はなかったのだし」
「負け惜しみ? 愚痴っぽい男は嫌われるわよ?」
わたくしの言葉に笑みを浮かべる使役する者だが、そこで彼が今わたくしと戦う気がないことが理解できた。
おそらくだが本来ここにわたくしが来ることは予定されていなかったのだろう、本来第一王子派と第二王子派の激突を支援するために用意された混沌の戦士は、クリス達が苦戦もしくは押し返した状況に投入され、戦場での敗北を決定的にするために存在していたのだと思われる。
わたくしの背後にいる混沌の戦士が呻き声と共に肩をガシッと掴む……全く、こういう行動が女性に嫌われるというのがわからないのかしら?
「……無粋よ、手を離させなさい」
「ご自分でどうぞ」
「そう? なら遠慮なく……」
わたくしは肩を掴む混沌の戦士を見ずにそのまま顔面へと裏拳を叩き込む……その一撃で背後にいた一体の顔面が吹き飛び、痙攣しながらその場に崩れ落ちていく。
硬さ的には人間と同等……以前打ち砕く者が使役していた連中と変わらない、わたくしにとっては路傍の石と変わらないレベルの相手ではあるが、普通の人間にとってはかなり厄介な者だろう。
一撃で混沌の戦士を破壊したわたくしを見て、感心したような声をあげる使役する者だが、何かを思いついたかのように軽く指を鳴らす。
「ふむ……これでは足止めにならん……というのであれば足止めになるものを用意すれば良い」
「……貴方自身が戦えばよろしくて?」
「それは今後の楽しみだよ、我々が相見える時は殺し合いしかないでな」
「否定はしませんわよ」
ズンッ……とひどく重い音が響いたかと思うと、使役する者の背後より身の丈三メートル近い巨大な影が姿を表す。
それは突き出した角が複数に生えた奇妙すぎる姿であり、人間型ではあるもののその体はいくつもの節によって構成された鎧に包まれた芋虫を連想させる形状をしていた。
鮮やかな緑色の体色は、毒々しい色合いでもあり明らかに混沌神ディムトゥリアの眷属であることを示している。
顔に当たる部分には二対の大きな顎がカシャカシャと耳障りな音を立てており、瞳のように見える期間は紫色の瘤にも見える少し歪んだ形状をしている。
「お、おおおおお……我は世界へと顕現したり……」
「なんですのこのキモすぎる外見……」
「ご紹介いたそう……混沌神ディムトゥリアの第二階位に存在する大感染の悪魔だ」
大感染の悪魔はうねうねとその体を捩るが、その動きに合わせて滴り落ちる体液が地面に触れた瞬間に、シュワッ! という軽い音を立てて一瞬で溶けていくのが見えた。
第二階位の悪魔は凄まじい能力を持つものが多い……大感染の悪魔がマルヴァースに顕現した記録はないので、おそらく初めてなのではないだろうか?
ある意味歴史的な快挙をわたくしは目撃しているわけだが……確かに秘められた魔力というか、存在感は明らかにわたくしが殴り飛ばした闘争の悪魔より格上なのはわかる。
「大感染の悪魔を見るのは初めてですわよ」
「この世界では顕現させたのは初だろう……歴史的快挙と言っても良い」
「おああああおおおおっ……使役する者様ぁ……快挙でございますか? 快挙であれば褒めて欲しいのですぞ……!」
「ああ、そうだカルディバドス……お前が好きなだけ溶かしてよいぞ」
「おおおおおっ……歓喜の極み……ッ!」
なせか嬉しそうに身を捩る大感染の悪魔だが、その動きに合わせて噴き出す紫色の煙に触れた混沌の戦士が瞬く間に消滅していくのを見て、わたくしの警戒レベルが向上する。
一瞬で溶けた?! 名前のくせに強力な酸を辺りに撒き散らしているのか? そんな思いを感じている間にも、カルディバドスと呼ばれた悪魔の周囲の地面はじわじわと溶けているのか白い煙をあげて嫌な匂いを撒き散らしていく。
あれ? こいつ不味くない……?! こんなの放置したら第二王子派の軍勢とか瞬時に溶け落ちてしまう……そもそも大感染の悪魔はその名前の通り人類全体への強い影響を与える病魔を撒き散らすことが権能だと言われている。
権能についてはよくわかっていないことが多く、謎に包まれた悪魔の一つなのだけど……とわたくしが考えていると、思いもかけずに喉の奥から熱い何かが込み上げてくる。
「うぐ……うげえええっ……!」
口を押さえる間もなく、凄まじい痛みと共にわたくしは堪えきれずに血液を吐き出す……しまった、こいつ周囲の空気を完全に汚染しているのか。
うっかりしていたが、大感染の悪魔の本質は病魔……急いでわたくしは魔力を集中させていくが、すでに体内に取り込んでしまった病魔がわたくしの体を瞬く間に侵食していく。
全身を覆い尽くす痛みと苦しさで膝をついて何度も咳き込むわたくしを見て、使役する者がその小さな口を歪ませて笑う。
「……人間である以上食事や呼吸は必ず必要になる、運が良かったな? 私がディムトゥリア神の第一階位眷属に属する病的な天使を呼び出したのであれば気がつく間もなくお前は死んでいる」
「げはっ……ああ、そうかもね? でもわたくしを殺すには病気じゃ無理よ?」
口元に滲む血液を拭いながらわたくしが立ち上がったのを見て、使役する者はその黄金に光る目を興味深そうにぎょろぎょろと動かす。
大丈夫体内に入った毒素、病魔、細菌……肉体を侵食する全ての原因は瞬時に消滅させられる、これであればわたくしの肉体を侵食することは難しいだろう。
それがわかるからこそだろうか? 使役する者はニヤリと笑うと、彼の隣に立つ大感染の悪魔の体を軽く叩くと、そのまま溶けるように影の中へと姿を消していく。
「……強き魂、そして勇者の残り滓よ……今はここで相手するのはこの大感染の悪魔で十分……見事我が配下を下して見せよ」
「おおおお、おおおおおっ……我に役目を……この美しい姫君を無惨に溶かせと……悲しいですなぁ……だが嬉しいっ!」
大感染の悪魔カルディバドスは大きく身を捩ると、周囲に立っていた混沌の戦士をまるで炎の前に置いた氷のように瞬時に溶解させつつゆっくりと前へ進んでくる。
わたくしはそれを見つつ、両手の骨を鳴らしつつ全身にみなぎる魔力を集中させていく……大丈夫、クリス達の元へ行く前にこの気持ち悪い悪魔を叩きのめしてみせる。
わたくしは口元を歪めて凶暴な笑みを浮かべると、一気に集中させた魔力を放出させた……その凄まじい力の波動に、周囲の地面がひび割れ、崩壊しながら宙へと舞い上げられる。
「溶かせるわけないでしょ! わたくし最強の勇者様よ? お前みたいな第二階位の雑魚が殺せるもんならやってみろっていうのよ!!!」
_(:3 」∠)_ ということで次は大感染の悪魔編へ……
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