第二四話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 一四
「さあ、王子この魔導列車にインテリペリ辺境伯とシャルロッタ嬢が乗っております。くれぐれも……」
「わかっている、お前はいつから僕の小姑になったんだ」
クリストフェルは普段着慣れていない礼服を身に纏い、少しだけうんざりした気分で列車が停車するのを待っている。貴族が王都に来る際に派手な出迎えなどを催すものもいるとは聞いているが、インテリペリ辺境伯は元々軍人でありそう言った出迎えは控えて欲しいと常日頃伝えてきていたため、今回の出迎えはクリストフェルとマチュー、そして最小限の護衛のみでの出迎えとなっている。
「どんな人が来るのかねえ……」
「辺境の翡翠姫って噂になっているの知らないの? とんでもない美人だって噂になっているらしい。それと幻獣との契約者……あまりの美貌にガルムが契約を申し出たんだって、一部の貴族の間で話題になってたよ」
クリストフェルの護衛には二人の侍従がつくことになった……少し軽薄そうな赤髪の少年であるヴィクターと、栗色の髪に冷静そうな表情の気の強そうな男装の少女マリアンである。
二人は王子の訓練相手として、また幼少期によく城を抜け出して遊んでいたクリストフェルの幼馴染として平民出身でありながら抜擢され、少年少女ながら武官としての訓練途中にある。
そんな二人の耳にもインテリペリ辺境伯家の令嬢辺境の翡翠姫の噂は耳に入っていた絶世の美姫、一度見たらその美しさに釘付けになるとさえ言われる深窓の令嬢。
「美人って言ってもさ、ソフィーヤ様だって美人だったのにあれだけすごかったんだぜ、今回も同じじゃねえの?」
「おま……それは不敬だぞ……」
「僕としてはそっちの方が断りやすいけどな……もうあんなのごめんだよ、ゲホッ……」
二人の話に突然クリストフェルが苦笑いを浮かべて同調する……違いない、と苦笑を浮かべた三人を睨みつけて、マチューが咳払いをしたことで、慌てて直立不動の態勢に戻るヴィクターとマリアン。
クリストフェルは王族でありながら身分を隠して街へと降り、幼少期から庶民の子供に混じって遊ぶことが好きだった。第二王子という立場で、覇気に溢れた兄が上にいたこともあり自分自身は王族としての生活などしなくても良いと思っていたからだ。
国王であるアンブローシウスも上の兄を後継者へと指名する旨を非公式ながら発言しており、クリストフェル自身は今後王国内の辺境地において太公に任じられて気ままな余生を過ごすのだろうと貴族の間でも噂になっていた。
それ故気ままに市井で遊ぶ彼は身分をそれほど気にしない「ちょっと変わった貴族の子供」という扱いで、民衆の一部から愛されていた少年でもあった。
そして彼自身もその境遇に腐ることなく、少年とは思えないほどの大人びた性格へと成長していく。
だがその身に流れる血は彼のささやかな自由を奪っていく……庶民に混じって遊ぶ王子を見た貴族たちが彼の資質に疑問を投げかけた事件が発生し、クリストフェルは三年ほど前から街へと降りることは無くなった。
ただ、その時に一番長く共にいた二人……ヴィクターとマリアンを侍従として推挙し、側仕えへと登用することだけは押し通すことになったのだ。
王子としてそれまで全くと言っていいほど、自分のわがままを押し通さなかったクリストフェルだが、唯一この時だけは譲ろうとしなかったのは語り草になっているくらいである。
列車が止まり、それほど多くない乗客が降りてくる……魔導列車には貴族専用の車両があり、インテリペリ伯爵家の紋章が掲げられた車両の扉が開き、栗色の髪に赤い目をした偉丈夫……仕立ての良い貴族らしい服装に身を包んだ男性が降りてくる……インテリペリ辺境伯クレメント、広大な王国の中でも最も外縁に位置する領土を治める貴族。クリストフェルの顔を見た瞬間に彼は王子へと微笑むと、膝をついて頭を下げる。
「殿下、このような場所へとお越しいただくとは……大変な名誉にございます」
「楽にしてくれインテリペリ辺境伯……今回僕の周りの声がうるさくて申し訳ない」
クリストフェルがクレメントの肩をポン、と叩いてから微笑む……第二王子であるクリストフェルにはそれほど後ろ盾が多いわけではない。
彼も王族であるため……第一王子の派閥から締め出された一部の貴族などが彼を支持して、独自に派閥を作ろうという動きに巻き込まれてしまい、その中で高位貴族であるハルフォード公爵家との繋がりを作るために工作が行われた結果、ソフィーヤ嬢との婚約がほぼ決まりかけていた状況だった。
結果的には彼女の素行に辟易したクリストフェル側から白紙撤回を申し入れた……これによりハルフォード公爵家は第一王子派閥へと取り込まれてしまい、第二王子派閥を作ろうとする貴族達は相当に焦っているのだ。
加えて近年重い病気に罹っており、長くは無いかもしれない……神にすら見放されているとさえ噂されているのだ。
それを危惧したクリストフェル支持の貴族家の仲介でインテリペリ辺境伯の令嬢シャルロッタに白羽の矢が立てられたと言ってもいい……つまりは王国上層部の権力争いに巻き込まれたのだ。
列車の扉に一人の女性が姿を現した時に、供回りとして参加していたヴィクターとマリアンそしてマチューは思わず息を呑んだ。
時が止まったような気がして、彼女を見た全員が固まる……白銀の長い髪に、エメラルドグリーンの瞳を持ちまるで神話に出てくる女神のように整った顔立ち……背の高さは一五五センチ程度なので平均よりほんの少し高いだろうか?
青を基調としたドレスは辺境の翡翠姫の名に相応しく翡翠と同じ色であるオレンジを差し色にしており、彼女のためにオーダーメイドで作られたものであることが分かる。
時が止まったかのように、その絶世の美姫は呆けたように彼女を見つめるクリストフェルと目を一度合わせると軽く目を閉じたまま頭を下げる。
「娘のシャルロッタです」
「シャルロッタ・インテリペリと申します……殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
クレメントが笑顔で自らの娘を紹介すると、シャルロッタは優雅に軽くスカートを上げつつ、目の前で彼女を見るクリストフェルへとカーテシーを見せると、父親の後ろで目を瞑ったまま控えている。
そこで初めてクリストフェルは自らが彼女の美貌に見惚れていたことに気がつき、慌てて咳払いをすると気を取り直してシャルロッタへと挨拶する。
「……挨拶が遅れて申し訳ない、クリストフェル・マルムスティーン、ゲホッ……この国の王子だ」
シャルロッタは再び頭を下げると、クリストフェルを見上げるように見つめる……この世のものとは思えないほどに美しく可憐な少女……護衛として参加しているヴィクター、そして同性であるはずのマリアンですら目の前に立つ少女の美しさに圧倒されている。
辺境の翡翠姫の異名が伊達ではなく、むしろその呼び方自体が彼女の美しさをまるで理解していないものが流布しているのではないかと思うくらい、実物は想像を遥かに超えている。
全員がぎこちなく固まっているのを見て、クレメントがニヤリと笑ってから、軽くウインクを飛ばす。
「目に入れても痛くないくらい自慢の娘でしてね……正直いえば名花は領内で愛でたいと思っておりましたよ」
「シャルロッタ・インテリペリと申します……殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
わたくしは常日頃の淑女教育の賜物なのか、自分でも感心するくらい見事なレベルのカーテシーを見せつける……ドヤァ、わたくしだってこのくらいはできるんだぞ。
だが次に顔を挙げた時に、あれ? と思った……クリストフェル殿下は何故かわたくしを見て驚いたような顔をしており、御付きの男性と、もう一人は女性だが武官はわたくしの顔を見てポカンと口を開けている。
執事なのか初老の男性ですら間抜けな顔をこちらに向けていて、それでいいのかと思うくらいぼうっとしているのが見える。
翡翠……この世界にもこの鳥はいて、図鑑などを見るとわたくしはほんの少し懐かしい気分になるのだが、わたくしの愛称である辺境の翡翠姫をイメージしたと言われるこのドレスが似合っていないのだろうか。
でもこれすごい金額かかっていると聞いているしな……侍女たちも「シャルロッタ様に似合わないドレスなんかありません!」と言ってたから多分大丈夫だろう。
クリストフェル殿下を見ると、彼はほんの少しだけわたくしより背が高く、金髪に碧眼の利発そうな顔をした青年だった……王族らしく顔は非常に整っており、婚約相手としては申し分ない気もするが、それよりもとても気になるのが顔色の悪さだ。
病的というか、これって呪いでもかかっているのか? と思うくらい頬が痩けて少し貧相に見える、我慢しきれないように漏れる咳の音もこれまたひどい。
『……この王子には非常に強力な呪いがかけられていますね』
ユルの念話で軽く魔力の流れを確認するが、確かに良くない魔力、強くそして不快感を伴う不気味な呪いの気配を感じる。
王子が咳を何度もしているのはもしかしてこの呪いの影響だろうか?
『こんなに強い呪いをかけられても動けるということは、本来の生命力は相当なレベルなのでしょうね』
そうだね、この人はもしかしたら勇者に匹敵する力を秘めている可能性がある、なんか鍛えたくなっちゃうなこういう人を見ると。
わたくしはじっと自分を見ている殿下に軽く微笑むが、その笑顔は破壊力が強すぎたらしい……殿下は少しだけ頬を染めると、急に首を振ってからついてこいとばかりに手招きをして歩き出す。
「……シャルロッタ嬢、貴女は王都の情勢に疎いと聞いている……僕が案内しよう」
_(:3 」∠)_ クリストフェル王子は今後も主要人物として扱われます(当たり前だけどさ
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