第二三九話 シャルロッタ 一六歳 内戦 〇九
「な、なんだ……!?」
「婚約者殿! 悪魔が近づいておりますッ!」
味方ではなくスティールハート軍の中団から悲鳴が上がったのを聞いて、クリストフェルと侍従二人は思わず身構える……何かおかしなことが起きている、そう直感したからだ。
以前よりも似たような感覚に襲われたことがある……プリムローズ・ホワイトスネイクが学園で暴れた時に近いかもしれない。
あの時別の場所で何かが起きている……という気分を感じていたが、目の前に起きている事象を止めるために考えないようにしていた。
ユルの言葉にクリストフェルは混乱する……悪魔といえば、邪悪なる混沌神の尖兵として顕現する邪悪な怪物、そして目的のためなら全てを滅ぼすものとして知られている。
「悪魔……?! なんでそんな怪物が戦場に……」
「……呼び出したのでしょう、人間の血と恐怖と肉を使って……どうやら敵軍にはこちらの想像以上の魔法使いかそれに匹敵する使い手がいますね」
ユルはいつの間にかにクリストフェルの側へと姿を現すと、グルル……と唸り声を上げる。
クリストフェルはそんなユルの背中にそっと手を添えて軽く撫でると、手に持った名剣蜻蛉をもう一度構え直す。
「赤竜の息吹」リーダーであるエルネット・ファイアーハウスに剣の稽古をつけてもらったときに、彼が悪魔との戦いで感じた恐怖や、絶望感について話してくれた時があった。
彼曰く……人生で最も身近に「死」を感じた、冒険の最中や絶望的な状況で何度も死の危険を感じたことはあるが、あれほどまでに目前まで死が迫ったことはなかったと。
あの時シャルロッタが割り込んでこなかったら自分と仲間はこの世にいない、確実に殺されていた……と。
寂しそうな目で彼が話すのを見てクリストフェルは未だ自分がそういう危険を感じたことがない、と素直に思った。
「……エルネット卿も悪魔を倒した、次は僕の番だと思わないか?」
「殿下?!」
「い、いやそれは無謀と……」
「違う! 無謀などではない……僕は幼い頃から勇者の器と呼ばれてきた、だけど今の僕はなんだ?」
クリストフェルが珍しく声を荒げる……幼い頃からずっと彼は物分かりの良い優しい王子として知られてきていた、剣の腕も素晴らしかったが、それは訓練場でのことだった。
実際に今彼は戦場に立っている……影で重ねてきた訓練が実際に役に立っていることは知っている、だけど……そんな小さな努力では追いつけないそんな存在が彼の隣に立っている、いや隣に立ってくれるはずの彼女は遥か遠くにいる気がする。
王族であれば守られる立場でいても良いのかもしれない、だけど……夜の訓練場でシャルロッタが見せてくれた流麗な剣技、それを見せたのは追いついてこいという彼女なりの意思だったのではないかと思うのだ。
貴方ならついて来れるはず、彼女の深緑の瞳はそう語っていた……だからここで助けを求めるのは絶対に違う。
「僕はクリストフェル・マルムスティーン、この国第二王子にして勇者の器……いや、勇者と呼ばれる者、そうなるために今ここに立っている!」
クリストフェルは空に向かって虹色の刀身を持つ蜻蛉を掲げる……彼の気合いと勇気に応じたのか、王家に伝わる名剣である蜻蛉は陽の光に照らされて眩く光を放った。
その光に反応したのか、スティールハート軍の中からドンッ! という音と共に周りにいた兵士たちを引き裂き、砕き、肉片を宙に撒き散らしながら巨大な怪物が彼の元へ向かって空中へと身を踊らせた。
巨大な蜘蛛の胴体、人間の上半身……人を模した顔つきだが口元は四つに引き裂かれたように開く不気味な怪物……暴力の悪魔がその姿を現す。
悪魔は目的の人物……クリストフェルを見つけたのか、複数ある脚をバタバタと動かしながら空中で姿勢を制御しつつ、そのまま彼から少し離れた場所へと轟音と共に着地してきた。
「こんにちは、第二王子クリストフェル・マルムスティーン様……私の名前は暴力の悪魔クーラン」
「……暴力の悪魔……!」
クリストフェルの前へと出現したクーランはクリストフェルを七色の光を放つ複眼で見つめながら、恭しく首を垂れる。
目の前に立つとわかる……目の前にいる暴力の悪魔は人間が敵うような存在ではない、その存在感と雰囲気がまるで違う。
これが悪魔……神が遣わす絶対的な殺戮者にして、破壊の権化……そして最終戦争における最強の戦闘兵器。
少しぎこちない動きながらもクーランはクリストフェルと侍従であるヴィクター、マリアン……そして唸り声を上げるユルへと視線を動かし、パキパキという音を立てながら口元を大きく開いた。
鋭い牙が並ぶその四叉の顎の奥には、小さいが蠢く小さな手が複数生えており、それが細かく動いているのが見える……あまりの嫌悪感にマリアンが口元を抑えてうぐっ……と込み上げる何かを押さえ込む。
「私の使命は第二王子を半殺しにしまして、戦闘不能にすることです……それ以外の有象無象には用はないですが、死んでもらいます」
「……やれると思ってるのか?」
「暴力の悪魔は暴力を肯定します、暴力を愛します、暴力……最ッ高ッ!」
その言葉と共にクーランは凄まじい速度の拳を振るう……それは人間ではまるで反応できない速度で振るわれており、直接命中させる気はなかったようだが、勢いでクリストフェルたちへと衝撃波が放たれる。
衝撃波は地面を引き裂きながらクリストフェル達へと迫るが、その衝撃波が彼らを引き裂く前に幻獣ガルムの大きな吠え声が響き渡る。
その吠え声に同調した魔力の盾が幾重にも展開され、悪魔が放った衝撃波を受け止めるとせめぎ合うようにギリギリギリッ! という軋むような音を発する。
「やらせんっ!」
「……人間の肉と血はワーボス神の祭壇へと捧げられます、神に感謝して死にましょう……肉体を引き裂き、血飛沫を撒き散らしながら死にやがれください」
「行くぞっ!」
衝撃波と魔力の盾が対消滅し、ガラスが割れるような甲高い音を立てた瞬間……クリストフェルはそれまで見せたことのないような速度で前に出る。
思いもかけない王子の突進にクーランは一瞬反応が遅れ、凄まじい勢いで振るわれる斬撃を避けきれずかろうじてその腕を使って防御体制をとった。
だが名剣蜻蛉は悪魔の左腕をまるでバターでも切り裂くかのように、するりと切り落とすとそのまま切先はクーランの腹部へと食い込み、どす黒い血液を撒き散らす。
「……!? 危険! 危険! 予想以上の戦闘能力……予想外!」
「うおああああっ!」
裂帛の気合いと共に横凪に振るった斬撃を、クーランは大きく後方へと身を踊らせながら回避する。
空中に身を踊らせた悪魔の体に火球が幾重にも衝突し、爆発を巻き起こすがその攻撃は表面を少し焦がすだけであまりダメージを与えていないのがわかる。
少し離れた場所に重量感のある音を立てて着地したクーランは切り裂かれた左腕を眺めて首を傾げる……この世に顕現した際に悪魔にはある程度の知識が付与される。
標的となるクリストフェル・マルムスティーンの戦闘能力はそれほど高くない……はずだった、だが彼の身体能力は驚くほど高く、さらには彼が手に持つ剣は凄まじい切れ味だった。
「……データにない武器を所持……王家の剣? 名称蜻蛉……」
当のクリストフェルも今の一撃は自分の想像以上の効果を生んでおり、少し驚いたような表情になっているが……だが、勝手に持ち出してきたこの剣が暴力の悪魔にも確実に効果がある。
その事実に彼は以前侍従達へ話していた「自分は運が良い」という言葉を改めて噛み締めることになった……本当に運が良い、この蜻蛉を見た時から持っていかねばならないと心が囁いたのだ。
子供の頃からずっと見てきた剣だが、今手の中にある蜻蛉はまるで長年連れ添った相棒のように手に馴染み、そして彼に勇気を与えるかのように鈍く震えているようにすら感じる。
「そう易々と取らせてはくれないか……」
「殿下! 前に出過ぎです!」
「我らを盾に……!」
「一撃に気をつけろ! 大きく飛んで避けるんだ!」
クリストフェルの言葉にヴィクターとマリアンは頷くと、彼の両脇を固めるように立ち武器を構え直した。
そしてユルが大きく吠え声を上げると、三人の武器より魔法の炎が立ち上る……付与魔法はマルヴァースでもメジャーな存在ではあるが、術者が複数の対象へと同時に効果を付与できる例は珍しい。
ユルが付与させたのは炎の武器と呼ばれる冒険者にも愛用される魔法ではあるが、込めている魔力が凄まじく、青白い光をはなつ炎へと変化していくのがわかった。
クーランはその光を憎々しげに見つめながら、左腕を一瞬で再生しながら威嚇するように口を大きく開いた。
「ワーボス神は言いました、人間は死ぬ以外に価値がありません、価値なきものは命を投げ出しましょう」
_(:3 」∠)_ 暴力最高っ! 最高っ! 最高ッ!
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