第二三三話 シャルロッタ 一六歳 内戦 〇三
——クリストフェル・マルムスティーンと第二王子派主力貴族代表たちは馬を駆り戦場の下見を行っていた。
「殿下、大軍が集結できる場所は街道沿いに数箇所ありますが、数万の軍勢が展開できるのはこの辺り……オクタヴァリウム平原が最初の地点となります」
オクタヴァリウム平原はインテリペリ辺境伯領に入るとすぐに広がっている大きな平原で、魔導列車の線路が敷かれている場所でもある。
元々はここで平原を走る魔獣などが生息していたが、現在ではその数を減らしていて牧畜を生業とする住民住む集落が点在している場所である。
現在内戦の危機を感じた住民たちは近隣の村へと避難しており、今では数を減らした魔獣たちが獲物を狙って彷徨いているのが見える。
「まずはこの平原で決戦というところですか……」
「正面からぶつかったらまず勝ち目はないよね」
「そうですなあ……今簡易的ではありますが野戦陣の構築を進めています」
平原と呼ばれてはいるが実際には高低差はそれなりにあり、緩やかな丘が連続した地形となっている。
特に平原の中央に位置している大きな丘、そこから繋がる小さな丘陵は防衛には適した地形となっている、とクレメント達は地図上から判断していた。
ここに野戦陣を築いて敵軍主力を引きつける……数が少ない第二王子派としては積極的な攻勢に出る事が難しく、ある程度防衛戦のような形で敵を削り切る必要を感じている。
「あとはバカ正直に構築した陣地へと攻め込んできてくれるかですね」
「誘導が必要ですな」
「別動部隊で敵軍を誘き寄せる役目か……小規模で騎兵中心で構成しますか」
「危険な役目です……リヴォルヴァー男爵あたりが適任でしょうか、経験も豊富ですし……」
「餌は大きければ大きい方がいいですよね? 僕が行きます」
クリストフェルの言葉に全員が驚いたように目を見開き、彼の顔をじっと見つめる……確かに餌としては最上級の素材だと言っても良いだろう。
しかし旗印自ら囮になるとは……そんなことを考えていた全員が苦笑いを浮かべるが、当のクリストフェルは微笑むと黙って頷いた。
ここ最近間近で彼のことを見ていた貴族達も、クリストフェル・マルムスティーンという人物が勇者の器と言われるだけの勇気と実力を備えていると感じさせる光がある。
「……死なないでくださいよ? 旗印なんですから」
「死にませんよ、義父上……シャルとの結婚式には全員無事で参加して欲しいですし」
「……ではそれを楽しみに我々も生き残るとしましょうか、食事は美味しいものでお願いしますよ」
「ならワインはこちらで用意しましょう、いいのがありますからね」
その場にいた全員から軽い笑い声が巻き起こる……そんな明るい仲間達に釣られてクリストフェルも笑い出す。
そんな王子達の様子を見ていたヴィクターとマリアンはお互い顔を見合わせて苦笑する……彼らの忠誠を捧げる王子は良い仲間を得ている。
そして忠誠を捧げようとしてくる貴族の中にも、多少は下心のあるものもいるがインテリペリ辺境伯家や主要な貴族の当主たちにはそういった下心を感じさせない配慮などがある。
戦いに勝利できれば……このイングウェイ王国の王にクリストフェルが即位すれば、今よりもずっと明るい国が出来上がるかもしれない。
「ああ、ここにいる皆とともにそんな未来を祝いたい、だから僕は必ずこの戦いに勝利する」
クリストフェルの言葉に貴族たちは頷く……これから待つ本格的な戦いは確実に辛く厳しいものとなるだろう、今笑っている貴族や騎士達も全員が生き残れるなどという保証はない、全員死んでいる可能性すらあり得るのだから。
だがそれでも、輝かしい未来を目指して全員が戦いに挑むと決めている、クリストフェルのように王位を得ようとするもの、義務と責任において彼を助けると決めたもの。
クリストフェルであればこの国をより良くしてくれると信じているもの、所属している貴族が第二王子派に参加すると決めたもの、単純に第一王子派に居場所がなかったものなども存在している。
烏合の衆と笑うものもいるかもしれないが、その彼ら全てが金髪の王子のカリスマ性を次第に感じ始めている。
「では、まずは全力でここでの戦いに勝利しま……」
「クエエエエエッ!」
いきなり叫び声が聞こえると、上空から巨大な羽を生やした鷲の上半身に馬の下半身をした魔獣ヒッポグリフが彼らの近くに向かって急降下してくるところだった。
ヒッポグリフがこの辺りに出現するのは珍しい……グリフィンはイングウェイ王国でもメジャーな魔獣の一つで知能の高さと凶暴性で危険度が高い。
そのグリフィンが馬に生ませたとされるヒッポグリフ……絶対数からしても少なく、その姿を見ることは珍しい。
クリストフェルや貴族達が迎撃するために剣を引き抜くが、まるで速度の落ちないヒッポグリフはそのままの勢いで地面へと激突し、轟音と共に濛々と土煙を巻き上げていく。
「な、なんだ……?!」
「グエエエエ……」
地面に倒れたヒッポグリフは悲鳴を上げながらなんとか立ちあがろうともがいている……全員がその場で固まっていると、上空からふわりと銀色の髪を靡かせた少女が降り立つ。
美しい銀色の髪、緑色の瞳……白磁のような滑らかな白い肌と素直に美しいと言える横顔は彼ら全員が思わず見惚れてしまうほど綺麗だ。
辺境の翡翠姫……シャルロッタ・インテリペリがパキパキと指を鳴らしながら必死にもがくヒッポグリフへと近づいていく。
「まったく……この辺りは戦場になるから他に行って欲しいんだけど」
「クエエエエエ……」
ヒッポグリフはもう逃げられないとわかったのか、大人しくシャルロッタの前へと跪くように前足を折ると頭を下げる……これはグリフィンなどが魔物使いなどに従うことを決めた時に見せる服従のポーズだ。
シャルロッタは優しく微笑むと、そのヒッポグリフの頭をガシガシと軽く撫でたあと怪我に気がついたのか、魔法をかけた……淡い光と共にあちこちにできていた傷があっという間に修復される。
多少の痛みが発生したのか、少しびっくりしたかのように立ち上がったヒッポグリフだがそこで初めて肉体がちゃんと修復されたと理解したのか、驚いたように軽く体を跳ねさせるように何度かステップを踏む。
「もう痛くないでしょ、修復したから最初は驚いたかもだけど……」
「クエッ!」
「しばらくの間遠くに行きなさい、仲間にもそう伝えて」
ヒッポグリフはシャルロッタに何度も体を擦り付けるように甘えると、大きく翼を広げてふわりと空中へと舞い上がる……そして何度も上空を旋回するように飛び回ったあと、そのままその場を離れていく。
それを見ていたシャルロッタは優しく微笑むと、ようやくその場にクリストフェルや自分の父親などがいたことに気がついたのか、びっくりしたような顔をしてから慌てて優雅なカーテシーをしてみせる。
「……これは殿下、それにお父様……失礼しましたわ」
「何をしていた?」
「えっと……ヒッポグリフがこの平原で獲物を求めて狩場を広げたって聞いて、他に逃してやろうかと」
少し困ったような表情で頬を掻きながら、シャルロッタは視線を外しながら応える……確かにここにいた獣を狙ってグリフィンやヒッポグリフが集まる傾向があった。
しかし今はここで牧畜されていた羊や牛、馬などは戦争の危険を避けるために移動させており、獲物が少なくなった魔獣達が暴れるようにもなってきている。
ちなみにヒッポグリフの肉も馬肉のような味がするらしく、飢えた軍隊が狩ることもある……わざわざ敵軍に食糧を提供してやることもないだろう、というのがシャルロッタの考えなのかもしれない。
「そうか、だが……空から降りてくるのはどうかと思うぞ」
「……次から気をつけますわ」
「シャル、魔獣はこの平原に多いのかい?」
「元々多かったのですが、最近は獲物が少ないですからね……人を襲うようにならないように追い払っておく必要がありますわ」
「そうか……」
シャルロッタの返答に満足したのかクリストフェルは優しく微笑む……王都周辺ではグリフィンやヒッポグリフを見ることは少ない。
騎士の中には騎乗するためにこれらの魔獣を飼育しているものもいたりするが、元々野生にいる魔獣を飼育することは困難を極め、成功例は少ない。
イングウェイ王国では存在していないが、他国では集団運用に成功した騎士団もあるそうだが、運用コストが高すぎて前線に出すことはないと言われている。
「ヒッポグリフがあっという間に懐くなんて君は本当にすごいね」
「えへへ……魔獣は力の差を見せれば大体大丈夫なんですよ」
クリストフェルの言葉に少し照れたのか、頬を軽く染めた彼女は恥ずかしそうに笑うが……そんな二人を見てクレメントとその隣にいたメガデス伯爵はまるで子供を見ているかのような優しい瞳でそれを見つめている。
シャルロッタは美しいだけでなく、その戦闘能力も凄まじい……だが普段の彼女はそれを感じさせないほど、年相応の表情を浮かべることもある。
ハーティで謎の怪物を倒したのを見た兵士たちも、その偉業を讃え敬うが、彼女自身がそれを鼻にかけるようなことがないため、誰からも慕われていると感じるのだ。
彼らのためにも……戦いで負けるわけにはいかない、第二王子派貴族達は思いを新たにお互いの顔を見て力強く頷いた。
「必ず勝利を、我らがイングウェイ王国の王位をクリストフェル殿下のために……!」
_(:3 」∠)_ シャルロッタさんとクリストフェルのイチャイチャは増やしたいです、いや増やす
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