(幕間) 迷宮探索 〇五
——プリムローズと、ドワーフの戦士セオルデン、そしてミュルミドンウォリアーであるギギネア、さらに数人のワーカーによる混成部隊は暗闇のさらに奥へと進んでいるところだった。
「……混沌の魔物か……」
プリムローズは先ほどまでクイーンであるビリアからの依頼についてふと考える……ビリアはまだ幼く繁殖が難しいため成長には時間がかかるのだが、次の羽化が迫っておりその一番無防備な状態を狙っているのか、混沌の魔物は捕食のためにその時期を待っているのだという。
帝国であれば最も安全な場所でクイーンは羽化をするのだが、残念ながら国を離れた場所で羽化をする以上魔物に襲われることはある程度予見できていたのだという。
『仲間はワシを守るために気が立っていて……とはいえこの数の集団では先ほどの通り魔物に対抗するには力が足りぬでな……』
ビリアは寂しそうに触覚を垂れさせながら呟いていたが、慣れてくると案外あの顔でも感情が読めるものですわね、と変なところで自分の適応能力の高さに驚いてしまう。
どちらにせよ混沌の魔物を地下に放置するわけにもいかず、プリムローズは少数の人数でその魔物を倒しに向かい、残りはビリアを守るという作戦を立ててそれを実行するために今坑道の奥深くへと歩いている。
これ、冒険者組合への報告も相当に気を使わなければいけない状況ですわね、と内心この先に待っている面倒ごとについて想いを馳せる彼女だった。
「プリムローズ殿、混沌の魔物とは戦ったことは?」
「……数回、勝ったことも負けたこともあるわよ」
ズキリと腹部が痛む気がした……冒険者となって数回戦ったことと、悪魔に堕落させられ意図せぬうちに自分が加害者となったこと、いまだに心の傷は癒えていない気がする。
彼女の返答で負けたことがあるという奇妙な返答にセオルデンとギギネアは訝しがるように顔を見合わした後、小声で「それにしては無事な様子だが……」と呟いた。
混沌の魔物に負けるということは確実な死もしくは女性であれば繁殖の道具に使われるとされていて、無事に戻れることはそう多くない。
「……悪魔の誘惑で愛する人に牙を向いた、負けたと言ってもおかしくないわ」
「……そうか、すまない……それで雰囲気が人間と少し違うのだな」
ギギネアは悪いことを聞いたと思ったのか素直に謝罪するが、意味をよく理解できなかったセオルデンは不思議そうにプリムローズを見ていた。
彼女の感覚にも濃密な混沌の気配が感じられる……それに応じて体内に眠る混沌の核が反応しているような気がして気分が悪い。
少し顔色の悪い彼女を気遣うようにギギネアが彼女の前へと立ってついてこいと身振りで促す……だがプリムローズは原因となる核が眠る腹部を少し摩ると改めて前を向いて歩き始める。
「大丈夫、それより前が開けるわ……そこにいるわね」
「ああ……」
彼らの前に巨大な空間が広がる……そこは地底湖が広がる空間であり、打ち寄せる湖の波の音だけが静かに響いている場所だった。
こんな空間があるとは……と全員が驚くが、ポツンとその湖の上にこちらをじっと見ている顔が浮かんでいるのがみえ、全員に緊張が走る。
その顔は彼女達を見つけるとニヤリと笑った後ゆっくりと湖畔にいる彼らのもとへと近づいてくる……波をほとんど立てていない、顔は人間の女性のようにもみえるが瞳孔はなく赤い瞳をしており普通の生物にはとてもでは無いが見えない。
岸が近づくにつれてその顔は水面の上へと持ち上がっていく……白く美しい裸身を晒しながらその姿がどんどんと上へ上へと持ち上がるが、それに従って水面から全く同じ顔が何個も浮き上がる。
「……な、な……なんだあれは……!」
「悍ましい魔物だ……!」
水面からいくつもの腕と出鱈目に生えた足がのぞく……全てが美しい造形であるにも関わらず、体のあらゆる場所から別の顔が、その顔の横から足が腕が伸び、それらが地面をかき分けるようにバタバタと動いてこちらへと進んでくるのが見える。
いくつもある女性の顔がくすくすと笑い声を上げて笑う、なんだこれは……プリムローズやセオルデン、ギギネアの知識にはない悍ましい怪物、混沌のスキュラと言っても過言ではない冒涜的な怪物がその全貌を表した。
最初に見えていた顔が彼女達を見ると、ぐにゃりと歪んだ笑顔で話しかけてきた。
「……人間が来るとは珍しい……クイーンを捧げに来る気になったか?」
「クイーンを捕らえてどうするの?」
「ミュルミドンは卵生だ、その卵は滋養がありよい食糧となる……私の食糧庫として飼ってやるさ」
「断るわ、第一混沌の生物と馴れ合う気はないの」
「それは異なことを……お主混沌に接触しておるだろ? 仲間かと思ったぞ」
スキュラはプリムローズの腹部を指差す、そこには悪魔により植え付けられた核が眠っている。
ギギネアもセオルデンもその行動にプリムローズをじっと見るが、彼女はその視線に気がついて二人を振り返ると優しく笑う。
そして意を結したように彼女はドンッ! と杖を地面へと打ち付けるとまっすぐな瞳でスキュラを睨みつけると、指を突きつけるように指してから首を掻き切るようなジェスチャーを見せた。
その行動を見てスキュラはニタリと笑うと、幾重にも生えている腕や脚をばたつかせて蠢くように動き始めた。
「交渉決裂……では死ねい!」
「やってみろっ! 猛火よ、初源の怒りよ……我が前に、そして全てを炎へと包みこめ火炎炸裂ッ!」
プリムローズの火炎炸裂がスキュラに伸びるのと同時にギギネアとセオルデンが同時に前へと飛び出した。
火線はスキュラの肉体へと衝突すると爆発を起こし、いくつかの顔を焼き尽くす……痛みに悲鳴をあげるスキュラだが、迫ってくるギギネアとセオルデンを近づけさせまいと手や脚を奮って薙ぎ払う。
その攻撃を盾を使って器用に受け止めるとギギネアは手にもった短槍を突き出してスキュラの肉体を傷つける。
さらに斧を振るったセオルデンにより、スキュラの無差別に生えた腕や足が断ち切られ、真っ赤な血液が噴き出すが、いくつもある顔から悲鳴を上げながら怪物は魔法を唱えていく。
「影よ、敵を貫け、影の槍」
「とんでっ! 魔法の盾!」
プリムローズの声に反応した二人が空中に身を躍らせるのと同時に、彼女は複数の魔法の盾を二人と自らの周囲に展開する。
展開された盾に彼らの影からのびたどす黒い槍が衝突するとバキンバキン! という鈍い音を立てて粉砕されていく……魔法を使えるのか!? とプリムローズが地面に着地するのと同時に、魔法の効果範囲内にいなかったワーカー達が魔法の槍に貫かれてバタバタと倒れていくのが見える。
「く……ごめん……っ!」
「ワーカーは消耗品だ、気にせず前に出ろ!」
「ひど……い、いや……踊れ炎、謳え業火よ、御身は原初の怒りと共に、この世界を紅蓮に包みたもう、我が敵を焼き滅ぼせ!」
ギギネアの言葉にプリムローズはひでえ種族だな、と内心思いつつも呪文を詠唱していく……冒険者となって無詠唱魔術などにも挑戦し、学生であった頃よりもはるかに彼女は成長している。
炎系統の魔法に長けた彼女の才能は、古い魔術書に載っていた強力な魔法の数々を行使することを可能としている。
杖を何度か振るうとプリムローズはその強大な魔力と共に魔法を撃ち放つ。
「地獄の大火っ!」
「ぎゃああああっ!」
「逃すかっ!」
スキュラの体が杖から放射された爆炎に包み込まれる……怪物の半身が焼け爛れ、苦痛と怨嗟の声を上げながら必死に湖へと逃げ帰ろうとするその頭部をギギネアの短槍が貫く。
大きく体を振わせながらスキュラはその巨体をゆっくりと地面へと倒し、そのまま痙攣をしながら必死にもがく。
そこへ雄叫びを上げながら突進してきたセオルデンの斧が命中し、一番高い場所にあった女性の上半身が断ち切られると、いくつもある顔が一斉に断末魔の叫びをあげて大きく一度震えるとそのまま動かなくなった。
どっと吹き出す汗を拭って大きくため息をついたプリムローズは、先ほど感じていた腹部の気持ち悪さが消えているような気がした。
「……倒した……わね?」
「ああ、俺たちの勝利だ!」
「嬢ちゃんすげえな、あんた本当にすごい魔法使いだ!」
セオルデンとギギネアの賞賛の声に苦笑いを浮かべつつ、彼女はこれでまずは問題が一つ片付いたと再び大きなため息をついた。
先程まで感じていた濃密な混沌の気配は消え失せ、地底湖の澱みのようなものが消えていくのがわかる……もしかしたらこの地底湖は過去なんらかの神聖な存在が住んでいたのかもしれない。
長年先ほどのスキュラに汚され、今では見る影もないようだが……そのうち元に戻るだろう、彼女は二人に軽く頭を下げてからそれまで以上に満面の笑顔で二人へと微笑んだ。
「……まずは問題一つが解決ね? ではホワイトスネイク侯爵家令嬢として……改めて我が家と交渉することを求めますわ」
——イングウェイ王国地下にミュルミドンのコロニーと、坑道を広げていたドワーフの一団がいたとホワイトスネイク侯爵家に報告があったのはそれから間も無くだ。
両者の扱いについて報告を受けた侯爵家は大いに混乱し、それぞれのリーダーとの会見を行い新しい交易と交流をすることで双方との契約を結ぶこととなった。
ホワイトスネイク侯爵家はこの事態を王都に報告するべく書簡を王家へと送付したが、その報告は混乱を極める情勢の中で消え失せ、内戦の終了まで発覚することはなかったと言われる。
_(:3 」∠)_ 結構強かったプリムローズ様……
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