第二三話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 一三
——ガタゴトと列車に揺られ、わたくしはお父様と一緒に王都へと向かっている。
「……はあ……憂鬱……婚約かあ……」
列車、そう……わたくしは列車に乗っているのだ……剣と魔法の世界であるはずのマルヴァースにおいても実は数が少ないながらも原始的な機械が存在している。
転生前に魔導機関があると女神様が話していたけど、その魔導機関で動く魔導列車はイングウェイ王国の領地内にいくつか敷設されており、インテリペリ辺境伯領と王都の間にも列車は繋がっていて、輸送の一部及び人の行き来については、この魔導列車を経由して行われているのだ。
魔導列車は魔導機関……つまり魔力を動力とした巨大な機械を使って動かしている、らしい。
らしいというのも詳しく構造を聞くためには専門的な勉強が必要で、勉強しようと思ったら侍女たちに止められたからだ……「令嬢たるものそんな知識要りませんよ!」と。
ということで、知識として魔導機関自体があることは知っているが、どういう構造でどうやって動くのか、などの知識はいまいち疎く、どうやって動いてるんだろうなー、と考えている次第だ。
ちなみに魔導列車は各公爵領、辺境伯(うちともう一家)、そして王都の一部に小型のものが敷設されているのだとかで、合計七本の路線がある。
本来は国境警備用の兵員輸送に使うために敷設された線路らしいが、イングウェイ王国は軍事的にもかなり強力で、小競り合い以上の戦争はここ二〇〇年近く起きていない。
そうなってくると別に兵士を送る必要がなくなった線路をどうするのか……で国のお偉方が揉めた結果、輸送と交通の便をよくするための路線にしようとまとまった。
そこから一般開放された魔導列車は旅行や移動に使用されるようになり、王国内の長距離移動に使用されるようになった歴史がある。
ただ、料金がそれなりに高額なため、一般の旅人は安価な馬車や馬での移動がメインになっており、貴族の御付きなどでないと魔導列車に乗ることは難しく、今も乗っている乗客はわたくしのような貴族か、裕福な商人だけになっている。
ところが王都の路線は環状路線で設計されていて、料金がほぼ無料のため庶民が利用できるようになっている反面、貴族は庶民との同席を嫌って王都内では馬車を使うという逆転現象が起きた。
利用料金を安価にしたのは数代前のイングウェイ王国国王の執政で、「これからの魔導機関は庶民にも慣れ親しむものであってほしい」という狙いがあったそうだが……果たしてその想いは届いたのだろうか?
どちらにせよあと二年もすれば王都にある王立学園に入学が決定しているわけだし、その時は一度話のネタに環状路線に乗車してみようとは思っている。
「シャルは列車に乗るのは久しぶりだったね、気分は悪く無いかい?」
「前に王都に行った時以来ですわね……大丈夫ですわ、わたくし乗り物で酔ったことがないので……」
向かいの席に座っているお父様がニコリと微笑む……わたくしは窓の外を見ながら応えるが、その時点でこれからのことを考えると憂鬱にならざるを得ない。
ここから一週間ほどだが、王都にあるインテリペリ辺境伯家の別邸に寝泊まりしていくつかの夜会、そして今回の目的である王城へと赴き、婚約者であるクリストフェル・マルムスティーン第二王子と面会しなければいけないのだ。
魔導機関という大層な機械がある癖に、この世界には写真機に相当するものは存在せず、貴族向けの絵師が似顔絵を描いてくれるわけだけど、絵画で見たクリストフェル殿下は非常に男前に描かれているが、本当にこんな顔してんのか? ってくらい美化されているような気がした。
まあ、実際にあったら無茶苦茶イケメンって可能性もあるけどさ……それでも何で婚約を……むしろ婚約するんだったら王族じゃなくて同じくらいの家格になる侯爵家とか、伯爵家の男性を選ぶのかと思ってたよ。
「そういえばお父様、どうしてクリストフェル殿下……いや王家はわたくしを婚約者にご指名なされたんでしょうか? 他のお家の方も名乗りを上げられていたのでは?」
「……そうだな、本来は侯爵家あたりが良いのでは? とは思っていたのだがね、クリストフェル殿下と国王陛下は辺境の翡翠姫と名高いお前の噂を聞いて是非ともと申されてな……」
あー、つまり誇張されて伝わっている辺境の翡翠姫という美名に釣られて、殿下はわたくしを一度見たいと考えたんだな。
穿った見方であれば辺境の翡翠姫って名前も、言い様によっては田舎の小娘って意味も込められているはずなんだよね、王都に呼びつけて「ほら大層な名前の割に大したことねえじゃん」ってやりたい層も一部混ざって誇張しているのだろう。
領地に篭っていても女性の悪意というのは割と身近にあって、嫉妬などの感情をストレートにぶつけられることもあるから、わたくし個人としては愛称の流布は望んだものでは無いのだ。
「私はシャルがようやく婚約候補となって嬉しいよ……お前は私が保証するが、王都にいるどんな女性よりも美しいと思うぞ」
「……いやですわお父様、わたくし以上の美女如き、王国にはごまんとおりますわよ?」
とは言ってみるものの、確かに前世基準で考えますとね……わたくしシャルロッタ・インテリペリは今現在でも絶世の美女と評されてもおかしくない容姿ではあるのだ。
白銀の美しく輝く髪、エメラルドグリーンの瞳に、彫刻のように整った容姿、白磁のように滑らかな肌……一三歳、たった一三歳なのにすでに女性らしい体型であり出るとこ出ており、なんかお尻とか腰のラインについては自分で見ていても惚れ惚れするくらい綺麗だ。
これもマーサ達が毎日こまめにお手入れをしてくれるおかげではあるが……やだなー、もしこれで見初められましたとでもなったら本当に王族入りが確定してしまう。
確かにクリストフェル殿下は第二王子で今後王位を継ぐことはほぼ無いとされているけど、ほぼ無いって絶対に無いわけでは無いからな。
魔物も多く存在しているこの世界では事故で王族が殺されたりするのは割とメジャーなトラブルとも言われ、三年前に出現した悪魔がどうしてあんなところで油を売っていたのか、とか魔王は本当にいないのか? などの疑問はまだ晴れていないからだ。
わたくしはお父様に聞こえないように窓の外を眺めながら、そっと呟く。
「……やだなあ……結婚とか他の人に変わって欲しいのに……」
「……王子、クリストフェル殿下……本日にはお見合いの相手が参られるのですぞ……駅まで迎えに行かなくてよろしいのですか?」
心配そうな顔を浮かべる初老の男性を尻目に、金髪に碧眼のまだ若いが美しい顔をした少年……貴族らしい仕立ての良い衣服に身を包んだクリストフェル・マルムスティーンは書類を確認する手を休めて、初老の男性へと視線を向ける。
そういえば本日だったか……王族でありながら一三歳になるまで婚姻の話を先延ばしし続けてきたのは理由があり、それは彼自身が女性に対してあまり良い思い出がないという部分に起因する。
「……今回のお見合い相手は、誰なんだっけ?」
「インテリペリ辺境伯のご令嬢、シャルロッタ様です! 何度も申し上げましたのに……」
「ああ、そうだ辺境の翡翠姫とか言ったか……貴族の娘なのだから、高慢でわがままな女性なのだろうな……」
クリストフェルには本来婚約者候補としてハルフォード公爵家の令嬢であるソフィーヤ・ハルフォード嬢が内定していた……だが、残念なことにソフィーヤは絵に描いたような貴族の令嬢であり、本人もその出自を笠にきて我が儘な女性として育っていた。
そんな彼女に振り回され続けたクリストフェルはほとほと同年代の女性に幻滅しており、一度距離をとって冷静な目で世間を見たいと婚約自体を延期してしまっていた。
体調が悪く咳が続いているのもあるが、彼自身が女性に興味を持てなくなりつつあり、周りが焦り始めているのだ。
「……殿下、確かにソフィーヤ嬢はその、我が儘でした。ただ全ての女性がそうであるとは限りません、シャルロッタ嬢はインテリペリ家のご領地に住まわれていますが、悪い噂を聞きません」
「ハルフォードの古狸も娘のことは『きちんと躾けてます』って言ってたぞ……それであれなら僕は女性など縁遠い生活で構わない」
クリストフェルの古い傷を思い切り抉ったと気がついて、初老の男性……王子の執事を務めるマチュー・エランデルは困った顔で黙り込む。
ソフィーヤ……ハルフォード公爵令嬢は周りから見てもとても我儘で、調子が悪いから休ませてくれと頼むクリストフェルの部屋に押しかける、使用人の態度が気に食わないと平気で鉄拳制裁を行う……などなど行動に問題がありすぎた。
決定的にクリストフェルが怒ったのは平民出身の侍従であるヴィクター、マリアンに対してとてもではないが看過できない言動を繰り返したためなのだが、それでも彼女はなぜ「婚約者候補」から外されたのか理解をしていないようで、未だ婚約者であるかのように振る舞っているという。
だがマチューを困らせる気はなかったのだが、結果的にそれがワガママにしか聞こえないかもしれない、ということに気がついたのかクリストフェルはハアッ、と大きくため息をつくと、少し苦しそうに咳き込みながら書類を机に置くと、椅子から立ち上がって歩き出す。
「ゲホゲホッ……わかった、迎えに行こう……だが、ソフィーヤのような女性であったら即刻領地に帰ってもらうことにしよう」
_(:3 」∠)_ ファンタジーと魔法を使った機械文明……個人的にどストライクなので作って見たかったんですわ……
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