(幕間) 迷宮探索 〇二
「ミュルミドン? あの蟻みたいな種族かしら?」
眉を顰めたプリムローズの問いにセオルデンは黙って頷く。
ミュルミドンは直立歩行する蟻の姿をした知的種族であり、この大陸ではかなり珍しい生物の一種でもある。
元々はもっと南方にある別の大陸で生活をしており、見た目とは違って高度な社会制度を構築していることでも知られていて、その大陸では紅の帝国と呼ばれる地下帝国を形成している。
元々神話の時代に偉大なる母と呼ばれる神の眷属として生み出された種族であり、その特徴的な姿をしている蟻と同じようにいくつかの役割を持って生まれる。
労働階級のミュルミドンは体も小さく彼らの帝国領土を拡張するためだけに存在しており、その上にあたる戦士階級のミュルミドンは体が大きく獰猛なことで知られている。
帝国の行政を担当する学者階級のミュルミドンは社会システムの維持を目的としており、さらに支配者階級のミュルミドンは偉大なる母の司祭として生きている。
一度その階級として生み出されたミュルミドンはどんなことがあってもその役割から逃れることができない。
階級は絶対であり、その役割は神の意志であるという偉大なる母の教えによる教義が彼らを縛り付けている。
大半のミュルミドンはその役割を忠実に守って一生を終えるのだが、時折帝国より出奔するミュルミドンが存在するため他大陸でもこの奇妙な外見の種族が存在することを理解している。
ただその数は恐ろしく少なく、プリムローズも文献でしかその存在を見たことはないのだ……逆にどんな姿をしているのか好奇心を掻き立てられた彼女はセオルデンへと問いかける。
「なんでミュルミドンがこんな場所にいるの?」
「わからん、元々ここは我らの公道でかなり昔に掘り進めた場所だ……だがさらに地下深くへと進んでいった先、そこに彼らのコロニーが存在していた」
「……学術的発見と言ってもいいわね、誰も気が付かないなんて」
大陸は海を挟んで向こう側……距離もかなり遠くイングウェイ王国との交易は行われているが時間が恐ろしくかかる。
イングウェイ王国でミュルミドンのコロニーが発見されたことはない……にもかかわらずこの場所にはコロニーが発生しているのだという、学術的発見とプリムローズが言うのも間違いではない。
セオルデンはその言葉に頷くが、彼が焚き火などを焚かずに休憩していたのも熱を感知するミュルミドンの感覚に察知されないためなのだろう。
「ところでドワーフもこの王国では珍しいけど、仲間はいるの?」
「ああ、坑道を進んだ位置に我々の集落がある」
「家の領地にドワーフが住んでいるなんて知ったらお父様は発狂するわよ……なんで地下を」
「我々は地上に出ることもあるまいよ、空の下に出るのは違和感があるでな」
「領民なら税金は支払ってほしいところだけどね」
ホワイトスネイク侯爵領がイングウェイ王国内でも比較的大きな領地を持っている貴族の一つでもあり、その統治は安定傾向にある。
ドワーフは金銀などを掘り出す採掘のスペシャリストでもあり、彼らが領民として生活していれば引く手あまただろうな、とはプリムローズは考える。
そして、今の自分が貴族令嬢としてではなく、冒険者プリムローズとしてここにいる事を考えると別に家へと報告する義務もないなと考えてから、彼女は苦笑する。
貴族令嬢としての人生は終わったも同然なのに、実家の侯爵家のことを考えてしまう自分に、まだ令嬢としての未練があるのだと実感したからだ。
「どうして笑う?」
「こちらのことよ、自分の家のことを考えるのに馬鹿馬鹿しいと考えただけ」
「……そうか、だが家族は大事なものだぞ?」
「……わかってるわ」
シャルロッタ・インテリペリ……最近急速に彼女の名前を聞くようになった。
ハーティの女神……どうやらあの白銀の髪を持つ少女は、誰もが予想し得ない能力を有していたようで、英雄としての一歩を踏み出しつつある。
クリストフェルも戦争で活躍したと噂が流れている……当たり前だ、彼は勇者の器としての神託を得た人間なのだから……そしてプリムローズが想いを寄せる唯一の人間だから。
その二人が惹かれ合うのは確かに必然であり、悔しいが彼らが玉座へと座る姿を想像すると、納得できるものではあるのだ。
納得したくない自分も心のうちにいるし、クリストフェルへの想いは捨てることは難しい……だが今は目の前の事象に対応をしなければいけないと考え、彼女はセオルデンへと尋ねた。
「……ミュルミドンが貴方たちの生活を脅かしているのであれば手伝う準備はあるわ」
「もし人間の……しかも魔法使いの助力を得られるならそれは助かる、だが大丈夫なのか?」
「何が?」
「お前は高貴な生まれなのだろう? 我々とミュルミドンの抗争に手をだす必要はないはずだ」
セオルデンの言葉はある意味正しい……プリムローズ・ホワイトスネイクは侯爵家令嬢であり、本来地下で起きる抗争など見て見ぬふりをすることすら許される立場である。
昔の自分であれば関係ないとばかりに見て見ぬふりをしてのけただろう……それを許されたし、彼女はそれが当たり前だと信じていたからだ。
だが今の自分は冒険者プリムローズなのだ、と改めて自覚をし直し、彼女はにっこりと微笑むとゼオルデンへと語りかけた。
「……冒険者としては見て見ぬ振りはできませんわ、ミュルミドン側にも主張はあるでしょうけど……まずは貴方の言葉を信じます」
「……だが、その魔法使いの少女を信じる理由などないだろう?」
「ミュルミドンと争ってなんになる……」
「ワシらは下のコロニーへと戻るべきでは?!」
「だがあの鉱床を捨てるのか?! ミスリルだぞ?!」
数十人のドワーフが集まる集会に参加したプリムローズは、この種族は酒がないと議論すらできないのだなとむせ返りそうな強いアルコール臭にクラクラしながら議論の行方を見守っている。
地下坑道に潜んでいたドワーフの数は三桁を超えていた……これも予想外ではあるが、侯爵家も案外管理できてないなという自嘲気味の感覚で彼女はその集会を見守っている。
ドワーフは集団で生活し行動を共にすると言われており近しい親族でコロニーを形成して生活をすると王立学園で習ったが、それにしても同じような髭面をした彼らが酒を飲みながら議論を交わす光景は新鮮だった。
なおドワーフの女性は髭が生えていないだけで樽のような体型をしているのは変わらないのだな、と違う意味で感心をしていたプリムローズだったが、彼女たちは議論には参加しないことが気になっていた。
「……同じ種族なのに女性は議論に参加しないのかしら?」
「客人は黙っとれ!」
「コロニーの行末を決める会議に女の出る幕はない!」
「人間、しかも貴族だろうお前は……!」
「ああ……そういう感じですか」
どこも変わらない、貴族でも令嬢の扱いはかなり酷いケースが存在する。
イングウェイ王国は比較的女性の立場が強い国ではあるが、それでもひっくり返すことのできない慣例や習慣のようなものが存在する。
ドワーフのコロニーも似たようなものかとため息をつくが、ふと視線に気がついてプリムローズがその方向を見ると、じっと彼女を見つめる一人のドワーフの姿が瞳に映った。
そのドワーフは女性で、少し薄汚れた格好ながら瞳に強い意志を感じる瞳を湛えている……この瞳の強さには記憶がある。
シャルロッタ・インテリペリのような強い意志の瞳だ……昔は気に食わなかったけど、今になって思えば気に食わないと思った自分を恥じたくなるような想いがする。
「……意見は聞くわよ?」
「では……私は戦うべきだと思います」
「「「「何を言っている!」」」」
議論をしていたドワーフの男性陣が驚きのあまり叫ぶ……ミュルミドンは冷血な戦士でもあり、ドワーフでも苦戦する相手である。
集団戦の強さでは群を抜いており一糸乱れず、死を恐れない戦士としての彼らは厄介な存在なのだ。
特に戦士階級のミュルミドンは熟練すると英雄とも言っていいレベルの個体が出現することもあり、彼ら自身が複数の腕を持つこともあって強力な戦闘能力を発揮するからだ。
だが全員から叱責された女性ドワーフは少し考えた後に、はっきりとした強い意志の光を感じさせる瞳で真っ直ぐに男性ドワーフたちを見据えると、口を開いた。
「今ならまだ産卵の時期ではないはず、それに集団戦となればこの魔法使い殿もいるのです」
「はっ……! その小娘が何になる!」
「……それは聞き捨てならないわね? 私一応冒険者……それに実家は魔法使いの家系でしてよ? そこらへんの有象無象より強い自信はあるわ」
そう、プリムローズが持つ魔法の力は群を抜いて強い……本人は全く知らないが、本来の彼女は勇者であるクリストフェルを補佐する勇者パーティの魔法使いという立ち位置である、
このマルヴァースにおける勇者の仲間……混沌によって歪められた本来の立ち位置に戻れば、プリムローズは世界でも有数の魔法使いとして存在できるはずである。
その事実を知っているわけではないだろうが、女性ドワーフはそれでも彼女が持つ潜在的な魔力の強さを何らかの感覚で感じ取ったのかもしれない。
プリムローズはその女性ドワーフの心意気を感じ取ったのか、自信ありげに頷くと美しくも勇ましい笑みを浮かべて笑った。
「私を味方につける……貴方達運がいいわね? イングウェイ王国最強の魔法使いたるホワイトスネイク侯爵家の令嬢が味方するのよ? 負けるなんてあり得ないわ」
_(:3 」∠)_ 案外ちゃんとしてる堕落した令嬢様
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