(幕間) 迷宮探索 〇一
——カツン、カツン……と自分が歩くたびに周りの壁に反響して音が響き、その度に暗闇の中から何かが飛び出してくるのではないかと不安になる。
「……まさか領内にこんな場所があるなんて……」
美しい黄金の髪を軽くまとめ、白を基調とした魔法使いのローブへと身を包んだ女性が杖に灯した光の魔法による灯りを頼りに、薄暗い通路を歩いている。
その女性は深く海のような青い瞳をした美しい少女であり、とてもではないがこのような場所を訪れるような人物には見えない。
手に持つ杖はシンプルだが古い古木を削って作られたもので魔法使いが見れば、神話の時代から連綿と受け継がれた銘品である事がわかるかもしれない。
腰には小剣が鞘に入ったまま下げられ、その反対側にはいくつかの皮の小袋が付いている。
彼女の胸元には冒険者であることを示す銅褐色の意匠がついたペンダントが下げられており、それを見れば彼女が冒険者としてはそれなりの実力を備えていることがわかる。
「……一人で来たのは不味かったですわね、銀級昇格のために急いで依頼をなんて欲張ったのがいけないのかしら」
少女の名前はプリムローズ・ホワイトスネイク。
魔法の名門であるホワイトスネイク侯爵家の令嬢であり、過去には第二王子クリストフェル・マルムスティーンの婚約者候補にも上がったことのある美女である。
彼女が悪魔に誑かされ王立学園を危機に陥れた後、逃げるように領地に戻って静養をしていると言われていたが、実際にはあの時のことを恥じ、冒険者として成長しようと依頼を受けるようになっていた。
令嬢時代は縦巻きロールの輝くような髪が自慢だったが、冒険者をするには不向きということで動きやすい髪型になっている。
最初は苦労ばかりだった……欲情した荒くれ者に襲われそうになったこともあり、身の危険を感じながら必死に依頼をこなしてきている。
だが冒険者という生活は思ったよりも刺激的で、王都で取り巻きの令嬢に囲まれてチヤホヤされているよりもよほど生きている実感が感じられた。
領地に籠ったまま死んでいるのか生きているのかわからない生活などよりもよほど……冒険者講習をもう少し真面目に受けておけばよかったと反省したものだ。
「殿下……プリムは殿下の力になるため成長いたしますわ……」
クリストフェルに対する思慕はより一層強くなった、離れて生活し自らの行い、言動などを思い返してみて自身に至らぬ部分が多かったのだと反省させられる。
さらにそれまでは素質にかまけてあまり努力をしなかった自分の魔法は実践ではあまり役に立っていないことにも驚かせられる。
炎の魔法を得意とする彼女だが、生活や要望に応えるために魔法の勉強をしなおしてみてもそれが本当に楽しいと思えるようになった。
冒険者としては下から二番目、銅級冒険者として活動するに従って次第に彼女のことを認めるものも現れてきているのだ。
ふと腹部が熱くなった気がして軽くローブの上からお腹を摩ると、熱く感じたのは彼女の体内に存在する、あの時の罪と罰の象徴……気がついた彼女は軽くため息をついてから前を向く。
快楽と言葉巧みな話術によって悪魔によって体の奥底へと埋め込まれた混沌の核、これを取り除くことはできないと言われた……現代の魔法使いや、神に仕える司祭でも答えは同じだった。
さらに彼女は子を成すことはできないだろう、と……もし子を宿してもその子供は人間である保証がないのだ、と言われ一時は本気で絶望したものだった。
だが……それであれば自分はただ一人のために自らを犠牲にしてでも贖罪しようと考え、それが彼女自身を奮い立たせる原動力になった。
「……こちらが下の階層に続くはず、こっちは惑わせるための罠ね……地図にのっけなさいよ、ったく……」
このイングウェイ王国では単独で活動する冒険者は珍しい……本来冒険者はそれぞれ得意分野が存在し、戦士は接近戦を、魔法使いは魔法による戦闘や補助を、司祭は神の奇跡によって傷を癒やし、斥候は偵察や射撃を担当する。
分業制の効率が良く、また技能を磨くにもその方が良いとされていた。
プリムローズは復活しつつある圧倒的な魔力と才能により、彼女自身もあまり気がついていなかったが王国でも有数の魔法使いへと成長していて、単独行動でも任務をこなせるくらいの実力を身につけている。
また彼女の魂が一部混沌の核により変質したことにより感覚が恐ろしく研ぎ澄まされており、気配を感知することに長けるようになっていた。
もう一度シャルロッタが彼女を見れば、その不気味な存在感に驚いたかもしれない……ある意味魔人としての初歩を歩み始めている、そんな状態だ。
この迷宮は近年発見された地下坑道で、元々はドワーフが大昔に掘り進めていたものだということが記録に残っており、ディスアピアと呼ばれている。
ミスリル鉱を探して掘り進めたのだとか、地下に眠る神話の時代の神具を求めたのだ、など様々な憶測が流れていたが、冒険者による探索が何度か行われており、ある程度調査がされている状況だった。
だが……プリムローズが依頼を受ける前に、熟練の冒険者による調査で未知の地下空洞が発見され、新しく見つかった空洞内を調査しようという依頼が乱発され、興味を持った彼女も単独で挑戦しているのだ。
「ッと……ここか、新しくできた場所って……」
道を抜けるといきなり魔法の光が届かないほど広く大きくひらけた場所が広がる……天井にはヒカリゴケの一種が群生しているのか所々に光が柱のように落ちており、薄ぼんやりとその全景が見えてくる。
まるでそこは巨大な神殿を地下に建造したかのように幾つもの柱が天井を支えている、そんな荘厳さと静謐でどことなく物悲しい孤独感を感じさせるような空洞だった。
柱になっている部分は土に覆われているが石を組み上げて作られた人工の柱であり、ドワーフが建築をしたと言われてもおかしくない、粗野だが巨大なものになっている。
プリムローズの他には冒険者がいない……もうすでに先へと進んだのか、まだここまで来れていないのか……後者も多いだろうな、と彼女は懐に忍ばせた地図を取り出す。
「ここと、ここが違った……適当な連中だわ」
冒険者組合の御用達を名乗る商人から購入した地図だったが、記録者があまり細かい性格ではないのか、それとも値段なりの腕前なのか地図は間違いが多く、同じ商人から購入した冒険者は相当に苦労するだろうなと首を振る。
自分もその一人だ……馬鹿馬鹿しい、貴族令嬢として命令すればなんでも手に入った時期もあったが、今同じ事をしていたら最悪自分はのたれ死んでいるだろう。
逆境にもへこたれない彼女の気の強さは、こういった時にこそ輝くのか彼女は地図を必要ないとばかりにその辺へと放り投げると空洞をじっと見渡す。
「……何かいる……」
彼女の超感覚が大きく広がる空洞……いやこの大きさは既に地下世界と言ってもおかしくないくらいのサイズなのだが、そこに動いている何かの気配を掴み取る。
杖に灯した魔法の光を消すと、彼女は口の中でボソボソと呪文を唱えるが、彼女の青く美しい瞳がまるで猫のように瞳孔が細く鋭いものへと変化する。
猫の目と呼ばれる魔法で、猫のように瞳を変化させて暗闇での視覚を強化する補助魔法の一つだが、この魔法があまり好まれないのは、使用するものがいわゆる裏稼業の人間が多すぎるということにあるかもしれない。
「便利ね……この光量だとちょうどいいくらいに見えるわ」
プリムローズはまるで昼間のような明るさで周りが見えるようになるとボソリと独り言を呟く……昔はこれほど一人で喋ることはなかった。
令嬢達とのたわいもないおしゃべり、お茶会、ダンス……そういったものを楽しむ人間であったはずだが、全て壊れたのだから。
寂しいと思う気持ちは彼女のどこかに存在している、だから彼女は自分に聞かせるように独り言を喋るようになった、人に聞かれても気にしない……彼女はもう令嬢としての人生は望めないのだから。
彼女は視界を確保するとゆっくりと杖を構えたまま歩き出す……気配はこちらに気がついていないのか動きはしない、どうやら人型、でもずいぶん背が低いわ、と彼女は眉を顰める。
「……こんばんは、それともこんにちはかしら?」
十分近づいたことで彼女はそっと驚かせないように声をかける……が、相手は相当にびっくりしたのか飛び上がるように彼女から距離を取ると、手に持った無骨な斧を手に彼女をじっと見ていた。
背丈は成人男性の半分くらいだが、恐ろしく太く筋肉質な樽のような体型をしている……兜を被っているがそこから見える顔には大きな鼻と、ぼうぼうに生えたヒゲが覆い尽くしているのがわかる。
ドワーフ……プリムローズはイングウェイ王国ではかなり珍しい種族であるドワーフがそこにいることに少し驚いた気分になる。
「……な、なんだお前は……ここは我らの古き公道、人が立ち入ることのない場所だぞ……」
「……私はプリムローズ・ホワイト……いやプリムローズでいいわ、魔法使いで冒険者よ」
「魔法使いだと? 人間が光もなしにここを歩けるのか?」
「魔法よ、いったでしょ魔法使いだって」
ドワーフは用心深く彼女をみると、その手に握られている古木の杖に興味を惹かれたのかじっとそれを見つめた後、どうやら魔法使いだと認めたのか黙って頷いて斧を背中に掛け直した。
それを見たプリムローズは敵意がない事を示すために杖を地面に置くと、両手をふらふらと動かしてから近くのちょうどいい高さの岩に腰を下ろした。
それを見たドワーフも黙ってその場に腰を下ろす……まあいきなり襲ってくるような無法者ではないということか。
「ワシの名前はセオルデンという……名乗りが遅れて申し訳ないが、娘さんや……間の悪い時に来たな、今ここは戦争の真っ只中なんだミュルミドンとのな……」
_(:3 」∠)_ みんなプリムローズ忘れてたよね? 作者はすっかり忘れてました
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