第二二八話 シャルロッタ 一六歳 煉獄 一八
——ほんの少し前、リオン達とブラドクススの戦闘が始まろうとしていた時に遡る……。
「レーヴェンティオラに帰れる? 帰れるの?」
火焔鳥が放った信じられないような一言にわたくしの中に、望郷の念のようなものが湧き上がる……最初の転生から二〇年以上を過ごしたあの世界。
恐ろしく過酷で、正直言うならいつだって日本に戻りたいって考えてしまっていたあの世界に対してこんな気持ちが湧き上がるとは思わなかった。
あの時の仲間の顔を一目でも見たい、もう彼女達の顔はっきりと思い出すことすらできないのに、声だけはやたらはっきりと覚えている仲間に会いたい。
「お前が望むならな……ただ二つの世界は時間経過も同じだ、お前が転生しても同じ時間が流れていると思った方がいい」
「一六年分経過しているってことですか……」
わたくしからしてもこの年月は長いと思ってるからな……魔王を倒して平和になったはずのレーヴェンティオラならさらに多くの変化がもたらされているだろう。
どうなっただろうか? 初めて転生して農夫としてこき使われたあの農場はまだあるのだろうか? 初めて仲間となった彼女と出会ったあの酒場は。
剣戦闘術を叩き込んできた師匠はまだ生きているのか? それに仲間達は新しい生活を手に入れることができただろうか……もう一度あったら「勝手に死んでごめん」って言えるだろうか?
大好きな仲間にもう一度会ってわたくしに「おかえり」って声を掛けてほしい……それはずっと思い描いていた願い。
「……どうして泣く?」
「なんででしょうかね……わからないわ」
懐かしいから、恋しいから、もう一度だけ声を聞きたいから……なんだろう複雑な思いがわたくしの目から溢れ出る涙を抑えることを拒否している。
レーヴェンティオラはずっとずっと暮らしにくくて、どうして自分がここに転生したんだろうか? 何かの罰なんだろうか、と女神様を呪ったことすらある。
勇者として覚醒してからもずっとこの世界は暮らしにくいと思っていて、それでも世界を救うって使命を持ちながら、わたくしが踏ん張れていたのは大切な仲間のおかげでもあったのだ。
今更ながらずっとわたくしはあの時の仲間や友人への想いを胸のうちに秘め続けていたのだと、気が尽かされた気がする。
「……戻れるのであれば、そりゃレーヴェンティオラに……」
「一つだけいうが、世界を跨ぐ行為というのは本来制約に反する……それ故に一度かの世界へと降り立ったならお前は二度とマルヴァースに戻ることはできない」
ボロボロと涙を流す私に対して火焔鳥は当たり前だが、厳しい一言を言い放つ……そりゃそうだ、本来その世界に住んでいる魂を自由に移動できるなんて聞いたことないしな。
意図してないけどマルヴァースに再転生したことでかなりの揉め事になっている気がするし、混沌四神が「強き魂」とか言ってるの絶対わたくしだもんな。
涙を軽く拭った後、私は本気で悩む……いやどーするよほんと、本音を言うなら日本に戻りたいけど、もう遠い過去のことになっちゃってて、今更日本戻ってもどうにもならない気がする。
「……わたくし……」
どうしよう……本気で悩んできた。
望んでたわけじゃないし……半ば強制的に女神様により転生してきたわけで、今女性として生きてはいるがわたくし自身の本質的な部分は男性なんだとずっと思ってる。
そりゃー確かに長く女性として生きていると、なんだかこうドキドキしたりするのはもう生理現象みたいなもんなんだから仕方ねーだろと思いつつ生きているわけでさ。
逡巡しているわたくしを見てクスッ、と苦笑した火焔鳥は掴んだままのわたくしを見て一言話しかけてきた。
「ふん……お前の心はもう決まっているのだろう?」
「き、決まってなんか……」
「わかりやすいやつだな、だが一つ言っておく……自分が生きている世界はそれがどんなものでも尊い、私にとって煉獄は帰るべき場所である以上に、大切な場所であることは間違いない」
「尊い……あの連中が?」
「あの場所にいる生命そのものが尊いと言っても良い、あそこでしか生きることができない、それはすべて尊いものだ」
わたくしにとって生きている世界……マルヴァースの皆は確かに深く深くわたくしの心に根付いている。
一六年間マルヴァースの貴族令嬢シャルロッタ・インテリペリという少女として生き続けてきて、いろいろな事があった……優しいマーサ、幻獣ガルム族のユルと出会ったこと、ターヤとの出会い、冒険者「赤竜の息吹」、大切な家族。
ふと一人の人物の顔を思い浮かべる……彼と出会ってもう三年、ちょっとだけ押しが強いけど有り余る才能を見せてくれる彼。
第二王子クリストフェル・マルムスティーンの優しい眼差しを思い浮かべ……わたくしは火焔鳥へと話しかけた。
「……そうね、もう戻らなきゃいけない場所は決まってるの……それは」
「な、ブラドクススの結界を……お前はぁ!」
「あん? なんだよクソ雑魚第四階位悪魔じゃねーか……こりゃ暇つぶしにもなりそうにないわね」
銀色の髪を靡かせ、美しい少女が結界内へと侵入してくる……シャルロッタ・インテリペリを初めて見たリオンとミルアは、まるで神話に出てくる女神のような神々しさを感じさせる彼女を見て開いた口が塞がらない。
こんな危険な結界内、しかも結界の外殻を最も簡単に粉砕して突入してくるなど尋常な能力の持ち主ではないと直感的に感じた。
結界が破壊されたことで色を失った大地が元へと戻っていくが、結界内に満ちていた汚泥は行き場を失い荒れ狂う水柱となって渦を巻き始める。
「シャル! いけません……内封された魔力が暴発しかかっています!」
「バカがぁ! これで屍鬼の外套の魔力は無差別に広がる……助けに来たつもりで被害を拡大してるよぉ!」
「はっ……この程度で暴発するなんてちょっと早すぎるんじゃないのー?」
シャルロッタは意地悪く笑うと軽く指を鳴らす……次の瞬間まるで汚泥だけが時間が止まったかのようにその場に静止しし、震えるようにビクビクと痙攣している。
時間を止めている!? 限定的ではあるが魔力の流れを強制的に凍結させて、それ以上汚泥が拡散しないようにしている……ユルだけでなく、リオンやミルアでも今何が起きているのかなんとなくしか理解できないが、それでも目の前で起きていることがとんでもないことだとわかった。
シャルロッタはそのまま左手に魔力を込めると手のひらから複雑な魔法陣が展開され、光を放つと屍鬼の外套の汚泥は力をなくしたかのようにただの泥と化して地面へと落ちていった。
「ま、わたくしが良い女すぎてそうなっちゃうのは理解しますけどね……さて、貴方は諦めなさい?」
「ぐ、ぐ……う……何を……」
ニヤリと口元を歪めて笑うシャルロッタはブラドクススへと指を指すと、絶対的な力の差を理解しているのか疫病の悪魔は逃げ出そうとしているのかヨタヨタと後退する。
だが……ブラドクススの背後にいつの間にかそれまでいなかった人物が立っていることに、誰もが初めて気がついた。
不気味な存在だ……三叉に別れた細く柱のような頭、そこには金色の瞳がいくつも付いておりギョロギョロと蠢いているのが見える。
三つに分かれた頭が交差する場所に小さな口がついているが、端が歪んでおり冷笑のようなものを浮かべているのがわかる。
身長は二メートルを超える長身だが、ローブの端から見える手足は異様に細く青白い不死者のような印象を与える存在だった。
「……ブラドクスス、逃げることは許さん」
「……使役する者……それは……」
小さすぎる口から発せられる言葉は不気味で、リオンとミルアにとっては恐怖を掻き立てられる凄まじい迫力を持っている……二人はあまりの恐怖に体を震わせその場で動けなくなる。
なんだこの生物は、それまでの冒険者生活などでは絶対に見たことのない恐怖、彼らが引退するきっかけになった不死の王オズボーン王に比肩するレベルの絶対的な恐怖。
立ち向かったら死ぬ、目にみえる絶対的な死に人間としての本能的な恐怖感が掻き立てられる。
だが……シャルロッタはふん、と軽く鼻を鳴らすとその使役する者に向かって※※※※ジェスチャーを向けて咲う。
「アンタ訓戒者でしょ? てめーからノコノコ出てきやがって今からボッコボコにしてやりますから覚悟しなさい?」
「ケハハハッ! 相変わらず貴様はクソ女だシャルロッタ・インテリペリ」
「淑女にそんな口の聞き方は許されませんわよ?」
パキパキと指を鳴らすシャルロッタは凶暴な笑みを浮かべるが、そんな彼女を黄金の瞳をぎょろぎょろと動かしながら使役する者は震えながら動けなくなっているブラドクススの頭へとその細い指を持つ手を当てる。
次の瞬間、ブラドクススの体が不自然に膨れ上がる……歪んだ体がまるで風船のように膨れ上がると、バキバキという音と共に悪魔が別の姿へと変化していく。
強制進化……いやある意味の転生とも言えるだろうが、悪魔の形状を変化させることで使役する者は第四階位にすぎない疫病の悪魔を別の存在へと変化させているのがわかる。
「今この段階では私と戦うことは能わず……勇者の残火よ、お前にはこの程度の怪物がお似合いなのだ!」
_(:3 」∠)_ ノスタルジーを感じるんやで
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