第二一六話 シャルロッタ 一六歳 煉獄 〇六
「敵第一弾が到着っ! 攻撃くるぞおおっ!」
魔獣が放つ咆哮とメネタトン守備隊の怒号が響く中、街に迫った大暴走の第一陣が城壁へと向かって地響きを上げながら殺到してくる。
その光景は凄まじい恐怖を守備隊とその協力者たちの心に呼び起こす……大暴走には段階があり、今現状は第一段階であると考えられていた。
だが……明らかに斥候の観察による進路は人為的、もしくは何らかの意図が働いているかのように不自然なくらいメネタトンへと向かっており、先導者がいるということが男爵の耳にも入っている。
つまり……何者かがこのメネタトンを滅ぼして休養しているシャルロッタを殺そうと目論んでいるのではないか、という不愉快だが明確な意思を感じて、彼自身も怒りを覚えていた。
「いいか! 大暴走では魔獣は命を守る行動はしない、ただ相手を食い殺すためだけに向かってくる」
「「「はいっ!」」」
「これに抗うにはどうすれば良いか!?」
「「「我々も全力で戦います!!」」」
「そうだ! やらなければやられる、確実に相手を倒せ! お前らが失敗すれば友が死ぬ! 妻が死ぬ! 子供が死ぬぞ! 死に物狂いで抗え!」
「「「おおおおっ!」」」
男爵の言葉に一〇〇名に満たない守備隊とその協力者、元冒険者や狩人そして勇気ある住民たちが声を張りあげる……練度はそれほど高くない、だが大暴走発生の報告以後メネタトンの街は防衛のための柵や土塁など可能な限りの工事が行われていた。
そして……ソイルワーク男爵の隣にのそりと黒い巨躯、美しい毛皮と赤い瞳を持つ幻獣ガルムが姿を現したことで、群衆は一斉に息を呑んだ。
事前に説明はされていたがそれでも三メートル近い体を持つ巨大な狼にしか見えない幻獣の姿に全員が一歩後退りする。
「……ここにいるのはインテリペリ辺境伯のご令嬢シャルロッタ様が契約する幻獣ガルムである! 今まで黙っていたが、今かの辺境の翡翠姫はこの街にて静養されている」
「ま、まじか……」
「辺境の翡翠姫が……?」
「お、俺演劇見て感動したんだよ……」
「でもなんであの辺境の翡翠姫がこんな街に……」
「シャルロッタ様が契約する幻獣ガルムは我々とともに戦うことを決意した……その意思に応えるために我々はこの街を守る! 戦士としてそして一人の兵士として……シャルロッタ様の名前と共に! メネタトン万歳ッ!」
男爵の言葉に守備隊が大きく吠える……ソイルワーク男爵家の立ち位置は全員理解している、現在起きている王国の内戦には積極的に参加していないことも、そうせざるを得なかった男爵の苦悩も。
だが、この領地を長年支配するインテリペリ辺境伯家への思いというのは忘れることはない……良政を敷き、対外的な戦争でも負けることのなかった支配者の令嬢の名の下に戦えるということが彼らの意識に火をつけている。
そう……王国に名高い辺境の翡翠姫を守るという一つの目的が、数少ない守備隊を勇猛な兵士へと変えていく。
「「「「おおおおおおっ!!」」」」
「……弓を放てええっ!」
男爵の号令とともに、メネタトン守備隊から放たれた矢が一斉に魔獣たちへと迫る……数はそれほど多くない、元々守備隊の中でも一〇名程度しか弓兵は所属しておらず、元冒険者が参加することでようやく二〇名程度しかいないからだ。
だが……幻獣ガルムが大きく野太い咆哮を上げると同時に、空を舞う矢に一斉に炎が灯り、着弾と同時に大爆発を起こしていく。
炎は魔獣の体を吹き飛ばしていく……体の小さいゴブリンは悲鳴をあげながら吹き飛び、タスクボアーは体の大半を焼き焦がされ、呻くように地面へと倒れていく。
「「「おおっ! すげえぞ!」」」
「さあどんどん放ってください、我が魔力で強化します故」
「幻獣が味方しているのだ! 恐れず放てええっ!」
ユルが行っているのは放たれた矢に付与する炎魔法の一つだが、本来この数の矢に魔法を付与することは難しい……さすがはシャルロッタ様が契約する幻獣……と男爵は感心したように何度か頷くと、剣を掲げて号令をかけていく。
次々と放たれる矢へと炎が灯ると、次々と迫る魔獣を吹き飛ばしていく……それはまるで炎は舞うように、幻想的とも言える光景に見えた。
大暴走によって進む魔獣たちには恐怖心はない、ただ前に進まなければいけないという一つの意識で前に進む。
その通りに魔獣たちは前へと前進を繰り返していく……メネタトン守備隊の兵士たちが槍と盾を構えて鬨の声を上げる。
「かかってこいっ! 俺たちの街は絶対に守る!」
「ゴアアアアアアアアッ!」
炎の矢による攻撃を潜り抜けたホブゴブリンの一団が肉体のあちこちを欠損させながら、粗末な武器を構えて向かってくるのが見える。
守備隊の兵士たちはゴクリと喉を鳴らす……メネタトンは辺境伯領でもさらに僻地と呼ばれるような場所にある小さな街でしかない。
守備隊も本来は街道の警備や、小規模な魔獣の活動に対応する程度の危険にしか遭遇していなかった、それゆえにメネタトン守備隊の練度はそれほど高くないと言われていたのだが。
怒号と共に守備隊は前へ出る……咆哮を上げながら殺到するホブゴブリンへと無我夢中で槍を突き出すと、一瞬の抵抗と共に魔獣の体に武器が突き刺さると、悲鳴と共に地面へと転がっていく。
「前には出るなよ?! 柵を盾に戦うんだ!」
「「「はいっ!」」」
その言葉の間にも魔獣たちは迫りくる……炎の爆発を乗り越えてきたホブゴブリンはすでに瀕死の状態であるにも関わらず、欠損した肉体に構いもせずに向かってきている。
その光景は恐ろしい……まるで狂戦士を前にしているような気分にさせられ守備隊の面々は背筋が寒くなるが、それでも殺さなければこちらが殺されてしまう。
必死に武器を振るって戦い続ける……夢中になって戦う守備隊の背にソイルワーク男爵の檄が飛んでいる。
「そうだ! 不格好でもいい必死に戦うんだ!」
「……この大暴走には意図がありますね……」
次々と放たれる矢へと魔力を込めつつ幻獣ガルム族のユルは大暴走として向かってくる魔獣の異変に気がついていた。
本来の大暴走では魔獣には恐怖が生まれない、そして凶暴化した魔獣には一切の躊躇がなく、ただ前に進むことだけを目的とする。
だが……彼の嗅覚にはほんの少しだけだが、魔獣たちの恐怖に近い匂いが感じられており、それが余計にユル自身に違和感を持たせる結果となっている。
「どうしたユル殿……」
「この大暴走は何らかの意思が働いていると思われますが、男爵どのは気がつかれたか?」
「……違和感は感じるが、襲撃に意志があると?」
男爵の言葉に黙って頷くと、一度大きく咆哮したユルから複数の火球が放たれ魔獣の群れへと飛んでいくと、大爆発を起こす。
その攻撃で再びサーベルトゥースタイガーの体の一部や、タスクボアーが宙に舞うのを見て兵士たちから歓声が上がるのを見て、感心したようにほぅと男爵は声を上げる。
そしてすぐにユルへと視線を戻すと、ガルムは男爵を見ると少し考えた後再び口を開いた。
「本来大暴走は無我夢中に何の意思も感じさせずに前に進むと聞かされていました」
「この状況がそうではないのか?」
「恐怖を感じます……まるで無理やり歩かされているような、ほんの少しだけですがそういった匂いを感じます……」
「恐怖か……人間にはわからないな……」
男爵の目から見て魔獣たちには一切の躊躇や恐怖のようなものは感じない、だが幻獣ガルムの嗅覚には何か感じるものがあるのかもしれない。
今の所守備隊は大暴走を防衛し続けていると考えられるが、まだ後方にはオーガやさらに巨大な魔獣などの姿も見えており、この攻撃がまだ終わりではないことを示している。
そんな男爵は一度自らが居城としている砦ヴァルケヒエッテンの客室にはシャルロッタ・インテリペリが眠っている……本来ソイルワーク男爵はインテリペリ辺境伯家とは距離を置きたいと考えていたのに。
眠る彼女を見て彼自身の騎士、王国の貴族としての心が再び動き出した気がする……美しい令嬢を守らずして何が貴族か、騎士なのかという若い頃の想いが蘇っているのだ。
「ユル殿……攻撃が少し緩んできているな」
「ということは少し間をおいての本格的な攻撃が始まります」
大暴走の第二段階……本格的な襲撃が始まる前ほんの少しだけ間が開くとされており、その通りの動きが目の前で起きようとしている。
それが逆に不安だ……先ほどのユルの言葉によれば無理やり大暴走風に仕立てられた状況が生まれているということになる。
意図しているものは何者なのか、辺境伯家へと仇なす何者かの攻撃……第一王子派?! まさか……と男爵は表情を歪める。
もし魔獣を自由に操るようなことができれば、やりたい放題にできるではないか……と男爵がユルを見ると、幻獣ガルムは口元を歪めて笑い、そして再び街の外へと視線を戻す。
「……そうですな、だがこの王国に潜んでいる連中はこの程度朝飯前ですよ……我契約者シャルロッタ・インテリペリの敵とはそういう者たちなのです」
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