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第二一五話 シャルロッタ 一六歳 煉獄 〇五

「オラああっ!」


 近寄ってきたイビルインセクトへとわたくしは不滅(イモータル)の一撃を見舞う……だが、その一撃はガッキャアアアン! という凄まじい音を立てて外皮へと食い込むとそこで止まってしまう。

 こいつめちゃくちゃ硬いな……わたくしは追撃を避けるために、イビルインセクトの胸を蹴って後ろへと飛んで距離を離すが、相手の反応は鈍くすでにその場にいないはずのわたくしに向かって両腕をブンブン振り回して攻撃しようとしているのが見える。

 地面へと着地したわたくしを探すようにイビルインセクトは左右へと視線を動かしているのを見て気がついたが、こいつ触覚の探知できる範囲が割と狭いのか……とわたくしは一気に前に出ると、左拳に魔力を込めて思い切り先頭の個体へと叩きつけた。

「鉄より硬いってか!」


「キャルルルルルッ!」

 思い切り殴りつけたイビルインセクトの顔面がひしゃげるように潰れ、紫色の体液をぶちまけてひっくり返る……魔力を込めた攻撃なら殺せそうだ。

 その一撃でわたくしが再び近くにいると気がついたのか、一斉にこちらを見たイビルインセクトが飛びかかろうとしてくる……だが動きはそれほど速くない。

 わたくしは一気に剣へと魔力を纏わせてから視認できないレベルの神速の斬撃を振るうと、一度不滅(イモータル)を軽く振って付着した体液を飛ばして、そのまま空間の狭間に剣を仕舞う。

 次の瞬間、一斉に飛びかかろうとしていたイビルインセクトの体が細切れになって地面へと音を立てて崩れ落ちていくが、それを見たトカゲ顔の怪物が感心したような声をあげて再びわたくしの隣へと顔だけを出してきた。

「ほぉ……見た目よりも遥かに凶悪な技だ、素晴らしい……」


「まだ本気じゃないですわよ?」


「そのようだな……イビルインセクトの外皮は鋼鉄より固くしなやかだ、魔力を込めない攻撃は通用しないことをすぐに見抜くとはな……」

 再び血液の渦が生まれるとトカゲ顔の怪物はその全身を表すと、わたくしに向かって恭しく礼を見せてきた……思ってたよりも美しい所作でほんの少しだけ驚いた。

 怪物はそんなわたくしを見て牙を剥き出しにして笑うと、地面に転がっている最初にわたくしが殴りつけたイビルインセクトの体を、前足を使って転がすと、腕に生えた複数の触手を伸ばしてその腹部を引き裂く。

 紫色の体液が吹き出し、中から両手で抱えるくらいのバッグにも見える白い卵のようなものを取り出すと、その卵を地面に作った血液の渦の中へと放り込んだ。

「……これは栄養価が高い、後で馳走してやろう」


「……え、遠慮しておきますわよ……」

 栄養価が高い? 馳走……? いやいや虫の卵だろ?! それに先ほどの卵は大きさ的には馬鹿でかいけど、明らかに図鑑で見るような昆虫の卵ににた形をしていたし、なんなら表面にはそれっぽい筋なんかも入ってたから明らかに人が食うものではなさそうなんだけど……そこまで考えたわたくしは胃液が逆流してきた気がして思わず口元を抑える。

 だがそんなわたくしを気にすることもなく、怪物は再びわたくしへと向き直ると、もう一度美しい所作の礼を見せると、凶暴な笑みを見せたまま自己紹介をしてきた。

「我の名前はシェルヴェン……本来はもう少し長く格式高き名があるが、お前のような人には発音しにくい、シェルヴェンと呼ぶといい」


「……シャルロッタ・インテリペリですわ」


「知っている、この煉獄(プルガトリウム)へと落ちる罪人の名は我ら門番(ウォッチャー)が知るところ」


門番(ウォッチャー)?」


煉獄(プルガトリウム)を管理するものと考えればいい」

 シェルヴェンはなんだそんなことも知らねーのか、と言いたげな本当にバカにしたような表情と目でわたくしを見るが、そりゃ知るわけないだろこんな場所のことは!

 わたくしの顔を見て再び意地の悪そうな牙を剥き出しにした笑いを浮かべたシェルヴェンは、触手にしか見えない指をふらふらと動かして行くぞとばかりに歩き始めた。

 ったく……こいつが味方すらもわからないのに、右も左もわからない状態だから従うしかないというのが実に気に食わないんだけど。

「……アンタ味方なの?」


「面白いことを言うなお前は」


「訳のわからないところにいるんだから心細くもなるでしょ」


「……そうかそうか……なら今は味方とだけ言っておく」

 くすくすとあまりこちらの気分がよくはならない笑いを上げると、シェルヴェンはこちらを一度だけ振り返ってから再び歩き始める。

 今のところは味方……か、なら従うしかないな……とわたくしが黙って彼の後ろをついていくと満足したのかシェルヴェンはグルルと喉を鳴らす。

 しかし……どう言う生物なんだろうか? 一見するとケンタウロスのように上半身は人間型、下半身は四足歩行獣の姿ではあるがトカゲというかドラゴンのようにすら見える鱗を生やした爬虫類の胴体だ。

 さらにはその顔……トカゲのような顔だが、やもすると肉食獣の顔にすら見えてくる……指に当たる部分は複数の触手が生えており、うねうねと動いているのがとても奇妙だ。

「ねえ……アンタなんて生物なの?」


門番(ウォッチャー)と名乗っただろう? それ以上でも以下でもない」

 うーん門番(ウォッチャー)というのが生物名なのだろうか? それでもわたくしが知る限り彼のような姿をしている魔獣や怪物の名前や姿は見たことも聞いたこともない。

 それ故に最初は悪魔(デーモン)なのかな? と考えてしまったのだが……どうもそうではなさそうな感じもするし、わたくしが考えている混沌神の眷属たる悪魔(デーモン)には該当しそうな相手がいない。

 本来マルヴァースなどに出没する悪魔(デーモン)は混沌神の影響を受けて、その眷属たる外見や能力を有している場合が多い。

 それ故にわたくしが今まで倒してきた悪魔(デーモン)は全て、象徴する混沌神にまつわる何かを得ているものだったからだ。

 だが……シェルヴェンと名乗る目の前の怪物はどうもそういった特徴に欠けている気がするが……わたくしはじっと彼を見つめるが、シェルヴェンはその視線に気がつくと引き攣った笑い声をあげた。

「……ハハハッ! 眺めても何もでんぞシャルロッタ・インテリペリ……今は何も考えずに歩くといい」




「……急げっ! 防衛態勢を整えるんだ!」

 ソイルワーク男爵はメネタトンの守備隊へと檄を飛ばすと、荒い息を吐きながら涙を流して震えている狩人ミケルを一瞥して悔しさに舌打ちをする。

 ミケルと共に組んでいたドゥドゥーはベテランの狩人で、以前は弓兵を務めていたほどの弓の名手だ……彼が戻ってきていないのは損失でしかない。

 おそらく若いミケルを生かすために残ったのだろう……何とか逃げ切ったミケルはドゥドゥーを置いてきてしまったことに自責の念を感じており、情緒不安定な状況になってしまっている。

 彼自身も腕の良い狩人で大暴走(スタンピード)ともなれば弓矢を扱える人間が一人でも多く参加させないといけないというのに……攻撃を当てるのに集中力のいる弓を扱わせても今の状態だと役には立たないだろう。

「……ミケル、少し休め……顔色がひどい」


「閣下……すいません……俺のせいで」


「もう一度休むんだ、その上でドゥドゥーの仇を討ちたいと思うならこの街を守ることだけを考えろ」

 男爵の言葉に何度か頷くとミケルはふらふらと自分の家へと戻るためにその場を去っていく……今は一人でも防衛に参加できる戦力が欲しい。

 特に弓矢を扱えるものが一人でも多く参加しなければ、大暴走(スタンピード)を乗り切ることはできないだろう……その時周りが一気にドヨッ、とざわめくのを聞いて男爵が振り返ると彼の元へと向かってくる黒色の毛皮を持つ幻獣ガルムのユルと目があう。

「……ユル殿、シャルロッタ様の状態は?」


「意識は戻っておりません、今この街には大暴走(スタンピード)による魔獣の群れが迫っていますね?」


「ああ、恥ずかしながら守り切れるか……断言できぬよ」

 男爵の言葉に周りで自分を恐怖に満ちた目で見つめている準備中の兵士たちを一瞥すると、はぁ……と軽くため息をついたユルは再び男爵へと視線を戻した。

 赤い瞳はどこまでも深く、知的な光を帯びている……幻獣ガルムの伝説はイングウェイ王国ではあまり知られているわけではない。

 どこまでも人間とは相容れない幻獣ではあるが、シャルロッタのようにその能力を認めた人間に対しては契約を持ちかけることもあると言われている。

 ただ本当に契約をする人間が出るなど数年前までは誰も信じていなかった、それくらい気位の高い幻獣であり契約者にもそれ相応の能力を求められるからだ。

「……では契約者を守るためにも我が助力しよう」


「……良いのか? 本当に守り切れるかどうかわからぬぞ?」


「このまま貴殿らに任せて我が契約者であるシャルを守り切れるかわからぬので……それにシャルなら助けよと申しますよ」

 幻獣が笑うというのは見たことのなかった男爵だったが、それでも目の前のガルムが口元を歪めて笑っていることは理解できた。

 このユルと名乗る幻獣ガルムにとってもシャルロッタ・インテリペリという少女は大事な存在であり、彼女がどう動くのかどう考えるのか、どう判断するのかをきちんと理解している。

 そんなガルムに向かって意外なものを見たという表情を見せたソイルワーク男爵だったが、彼もまた微笑むと軽く頭を下げた。


「……感謝する、噂に名高い幻獣ガルムの能力をぜひメネタトン守備隊にも見せつけてやってほしい」

_(:3 」∠)_ 二〇二三年最後の更新です! 読んでいただいて本当にありがとうございます。また来年もよろしくお願いします!


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