第二一話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 一一
「はあ……幸せ……極楽だわー……」
立ち上る湯気の中、わたくしはインテリペリ辺境伯家の屋敷に設置されている伯爵家の人間だけが使う浴場で湯浴みを楽しんでいる。
イングウェイ王国の文化の中で異質だなーと思っているものがあるとすれば、わたくしはまずこのお風呂文化を挙げるかもしれない。
前世の勇者になる前、わたくしは前々世の人生が日本人であったことからお風呂については割と馴染み深い文化ではあったものの男性だったためお風呂自体は正直「烏の行水」レベルでしか楽しんでいなかった。
温泉に連れて行ってもらった時もあったけど、長風呂も苦手だったしのぼせてしまうのが好きではなかったからね。
前世の世界であるレーヴェンティオラはあまりそういった観念がなく、このように長いお風呂を楽しむという文化は存在しなかった。
豪華な湯浴みは貴族のものとされ、平民であったわたくし……勇者ラインとしての生活は水で濡らした布で体の汚れをとるのが一般的であり、それに慣れきってしまっていたため、すっかりお風呂に入る楽しみを忘れてしまっていた。
だからこそわたくしは勇者時代に体を綺麗にするために浄化の魔法を使ったのだ……まあ結果としてはそのおかげで体の汚れをとる別の効能を発見したりもしたのだけど。
ところがこのイングウェイ王国……温泉に浸かり、お湯を楽しむという文化が存在している。
しかも貴族は自分の邸宅に巨大な風呂を作ってしまうし、観光地にはちゃんと効能のある温泉などが用意されていて、そこに浸かることが娯楽として存在しているのだ。
これには正直驚いており、ちゃんと男湯と女湯……観光地によっては混浴などもあるらしいが、このマルヴァースにおけるお風呂文化に魅せられてしまっているわけだ。
軽く手をお湯から出して眺めてみるが、恐ろしく細く滑らかな肌にほんの少し満足感を覚えて軽く撫でてみる。
お湯に濡れてすべすべした肌は本当に陶磁器のような滑らかさを持っており、自分の体のことながら恐ろしさすら感じてドキドキしてしまう。
女性として転生して、割と自分が一三年間で慣れてきてしまっているのもあるけど、わたくしの体は恐ろしくスタイルが良い……いや良すぎる。
姿見で見ていても思うが「本当に一三歳なのか?」と疑問に思いたくなるくらい、発達が良く胸なんか割と大きめだし普通に揺れる……しかも形が恐ろしく良い。
肌に艶とハリもあって、指も驚くほど細くしなやかで、腰のくびれは綺麗すぎるラインを描いており、お尻についてはモデルさんかな? と思うレベルでしっかりと整っている。
軽く胸を触ってみるが柔らかいのに弾力があって、しかもまるで極上のクッションにふれたかのようにふわふわなのだ……軽く触っているとちょっといけないことをしている気分になってきてしまいビクッと軽く身を震わせる。
女性の体は自分のことながら、恐ろしく敏感な部分もあるから……気をつけないとハマってしまいそうでちょっと怖い気分になってしまう。
「うんっ……ちょっとなんでそんな目で見てるのユル……」
「……我がいる前でよくやりますね……」
「ん……やだ……恥ずかしいから見ないでよ……」
ジト目でわたくしを見ている幻獣ガルム一族にしてわたくしの侍従であるユルが、お風呂で軽く自分の胸に触れて頬を赤らめているわたくしに呆れたような声で話しかけてくる。
幻獣ガルムであるユルはお風呂については割と嫌がっていた方だった……まあ犬も風呂に入ることを嫌がる子がいるように、ユルは当初お風呂に入るという行動を理解できず、かなり嫌がっていた。
とはいえわたくしと一緒にいるのに体も洗いもせずに、汚れ放題というのは衛生的にも良くないし、わたくし自身も綺麗好きになってしまったこともあって正直耐えられず、無理を言ってお風呂には付き合ってもらっている。
まあ一年も続けるとユルはユルでこのお湯に浸かると割と気持ちが良いということに気がついたのか、ちゃんと体をわたくしに洗ってもらってから湯船に入ってのんびりするという行為を楽しめるようになっている。
ちなみに最初洗おうとしたら「ガルムは洗わなくても綺麗なんですっ!」とかなり必死に抵抗していたけど、洗った後に干し肉をあげるようにしたら食いしん坊な彼は黙って洗われるようになった。
「まあ……私自分が絶世の美女だって認識はあるんだけどね。いやあ転生者チートだわ、これはずるいんですわ〜」
「ちーと……という言葉が何を示しているのか分かりませんが、まあシャルは恵まれていますよ。我たちガルムは人間のことなどにあまり興味を持っていませんが、伝え聞く限りは戦争や貧困に喘ぐものも多いですからね」
「……ユルはあまり自分の話しないわよね?」
わたくしの言葉に黙って頷くユルだが、彼はわたくしが一〇歳の頃、つまり三年前からガルムの掟に従って旅に出ている……まあその結果空腹のあまり山賊に捕まってしまい、わたくしに救い出されるまで檻の中に閉じ込められていた。
彼がいうにはすぐにでも出ることは可能だった……とは言っているけど、あの時はあまりツッコまなかったけど、かなり弱っておりあの檻から自分で抜け出すのは相当に難しかったろう。
まあそれくらい弱ってたのに、いつでも出れたというのは強がりだよなあ……そういうところは可愛いけど。
「……我は今のシャルとの生活を気に入っております故……我は幸せなので良いのです」
「生活を気に入ってもらえているなら……ちなみにわたくしもユルは大好きよ、ずっと一緒にいたいわ」
「な……う……ま、まあ我は役にたっておりますからな……」
素直に好きと伝えるわたくしの言葉に照れたのか、ユルは少し湯船に鼻までつけてブクブクと息を吐く……とても人間臭い動きに見えるのもユルならではだろう。
わたくしは湯船の中を移動して、ユルのそばまでくると、彼の背中にそっと額をつける……いつもこの幻獣には本当に助けてもらっている……急にそんな行動をとったわたくしに驚いたような表情を浮かべるユルだが、わたくしは彼の濡れた毛を撫でながらそっとつぶやく。
「本当に大好きよユル……わたくしが死ぬ時には主従契約を破棄して、貴方はわたくしから離れられるようにするからね……」
「シャルはまた風呂か……あの子は風呂が好きすぎるな。しかもユルが一緒だとはな……」
「まあ、年頃の女子が風呂を好きで良いでは無いですか……自分磨きも貴族の令嬢の嗜みですよ」
インテリペリ辺境伯家、当主であるクレメント・インテリペリはワインを片手に、軽くため息をついているが彼の妻であるラーナ・ロブ・インテリペリは妖艶な笑みを浮かべて彼に微笑む。
二人の愛娘であるシャルロッタへの縁談を相談するべく、クレメントは久しぶりに領地へと戻っているが先日のカーカス子爵家の事件の後、王都に向かったクレメントに、アンブローシウス・マルムスティーン……現国王は娘であるシャルロッタへの縁談話を持ちかけてきた。
お相手はクリストフェル・マルムスティーン……勇者の素質を持つと言われる逸材にしてシャルロッタと同い年に当たる青年。
第二王子であり政治的には第一王子アンダース・マルムスティーンよりも立場は微妙で、将来的には王位を継ぐことはないとされる王家の中では比較的自由に行動できる立場の人間だ。
数年前にハルフォード公爵家の令嬢であるソフィーヤ・ハルフォードが婚約者候補として挙げられており、一年ほど前まではソフィーヤ嬢との婚約が確実視されていた。
だが、現在に至るまでソフィーヤ・ハルフォードとの婚約は発表されておらず、クリストフェルは婚約者を持たない王族として存在し続けていた。
これはソフィーヤ嬢の性格に由来している問題……とまことしやかに噂されており、ハルフォード公爵家は根も葉もない噂であると否定し続けているが……結果的には婚約の儀式は行われておらず、噂の信ぴょう性を高めるだけの結果に終わっている。
なお、辺境の翡翠姫の名は王都にも流布しており、インテリペリ辺境伯家唯一の令嬢、シャルロッタ・インテリペリはイングウェイ王国で最も美しい令嬢の一人である……それは誇張でもなんでもなく、事実だと感じており、クレメントからすると王都にいるどんな貴族令嬢よりも美しいと思っていてもそれを信じない人も多数存在している。
「あの子は少し普通ではないからな……普通の令嬢として育てていいのか本当に悩んでいるよ」
「まあ……私はあの子には幸せな結婚、そして幸せな家庭を作って欲しいと思っていますよ」
美しい妻の笑顔に、ふとシャルロッタの笑顔を思い浮かべる……底知れぬ何かを抱えながらも、領民から愛され慕われる自分の娘に誇らしい気持ちを思いつつ……クリストフェル王子がどのような扱いをするのか、心配ではある。
クリストフェルは一年ほど前より謎の奇病に冒され、体調を崩しがちだと言われており本当に彼に愛しい娘を預けていいのか、自分にも判断できなくなっているからだ。
だが妻の笑顔を見てクレメントは軽いため息をついた後に、王国随一の軍事力を持つ辺境伯としての威厳を感じさせる顔で何かを決意したように黙って頷く。
「よし……私は決めた。私の可愛い娘は王家に嫁がせるのが最良だと思う……我がインテリペリ辺境伯家は王家と共にある家柄だ……あの子は王家の元へと送る」
_(:3 」∠)_ 肌色回ですが大事な部分はユルの毛皮で見えなかったりします(安心設計
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