第二一四話 シャルロッタ 一六歳 煉獄 〇四
「……これは……マズいぞ……領主様に知らせなくては」
メネタトン郊外で狩人として生活しているドゥドゥーは息を殺しながら、隣にいるミケルへと話しかける。
彼らが姿を隠しながら様子を窺っているのは恐ろしい数の魔獣が唸り声を上げながらゆっくりとメネタトンの方向へと移動をしている様だった。
それまで見たことがないような巨大な熊……デスベアーと呼ばれる超危険な魔獣だけでなく、巨大な牙を持つサーベルトゥースタイガー、さらに石化能力を持つコカトリス、さらにオーガやホブゴブリンなどの怪物など普段では絶対に行動を共にしないようなもの達がまるで何かに導かれるように前を向いて歩いている。
「明らかにおかしい……」
「絶対に一緒に行動しない魔獣が含まれているよな……」
「この数もおかしいぞ……」
二人は急いでその場を離れていく……もちろん狩人として熟練の極みにある二人にとって音を立てずに移動すること自体は難しいことではない。
だが魔獣は音だけでなく気配を感じ取るものもいるため、このまま同じ場所に隠れているのは悪手でしかないのだ。
今いる場所がメネタトンから数日かかる場所にいるとはいえ、森の外に出ることさえできれば馬を使って街へと戻ることも簡単だろう。
あれだけの数がいると冒険者組合でも対応に苦慮するだろう……それ故に街全体を上げての防衛作戦が必要となる。
総力を挙げての対応が必要になるのは明白で、今足止めなどを考えるよりもメネタトンへと急いで戻り、防衛態勢を作り上げる方が先決なのだ。
「……どこぉ行くのぉ?」
「走れッ!」
いきなり間延びした奇妙な声が響いたことで、二人は急いで走り出す……足音に気がついたのか、集団で移動していた魔獣たちが一斉に叫び声を上げたことで、もはや全力で逃げ切るしか生き登る方法はないと知ったドゥドゥーとミケルは死に物狂いで走っていく。
だが……その動きよりも早く、奇妙な小太りにも見える紫色の怪物が走っているドゥドゥーの真横を並走しながら、ニタニタといやらしい笑みを浮かべているのが見えた。
なんだこいつは……とドゥドゥーは目を見開く……聞いたことも見たこともない不気味な姿だ、体色は紫色であちこちが歪に歪んだ体を持ち、細すぎる手足を凄まじい速度で動かしながら全力疾走する二人をじっと見て笑っている。
「ダメだよぉ……パーティはこれからなんだからぁ……ケヒヒッ!」
「走れっ! 構うな!」
ドゥドゥーがミケルへと叫んだ瞬間、怪物の細すぎる腕には少し大きすぎる手がドゥドゥーへと伸びると、そのまま全力疾走していたはずの彼を地面へと叩きつける。
だが、刹那の瞬間ドゥドゥーは腰に差していた小剣を引き抜くと怪物の胴体を一度切り付け、叩きつけられた勢いのまま地面を転がっていく……。
ミケルがその光景を見て走るのを止めようとしたのを見逃さずに痛みを堪えながらドゥドゥーは思い切り叫んだ。
「走れっ! 逃げ切るんだ!」
「……くっ……」
ミケルはその言葉に自分たちが何をしなければいけないのか理解したのだろう、そのまま後ろも振り返らずに走り去っていく。
ドゥドゥーはなんとか地面から立ち上がるが、叩きつけられた衝撃は凄まじくふらりと体をよろめかせるが、なんとか頭を振って意識をはっきりと保つ。
彼はもともと弓兵として戦場にも立った経験を持っており、他の狩人よりも腕っぷしには自信があった……だがそんな彼でも目の前で歪んだ笑みを浮かべて笑う怪物は見たことがない。
なんなんだ一体……と彼がその怪物を見ていると、それはニタァと薄気味悪く笑い直すとドゥドゥーへと話しかけてきた。
「ケヒヒッ! お前能力高そう……一人逃げたけどまあいいか……」
「な、何者だ……」
「俺、ブラドクスス……疫病の悪魔、今はお仕事中……」
悪魔だと?! とドゥドゥーは目の前のどう見ても珍妙な生物が悪魔とは理解できず、表情を歪める。
彼らのような一般人だと悪魔のことはよくわからない、異世界より訪れ災いをもたらす邪悪な生物としか教えられていない。
そんな怪物を前にどうしていいのかわからない……目の目の怪物がどういう能力を持っているのすらわからないのだ、逡巡するドゥドゥーを見てブラドクススはニタニタと笑う。
「どうしたぁ? 逃げないのぉ?」
「ぐ……」
「人間は脆いよぉ?」
小躍りするような奇妙な動きを見せつつブラドクススはドゥドゥーの目の前でニタニタと笑った後、いきなり凄まじい速度で彼の腹部に拳を叩き込んできた。
まるで岩か何かを叩きつけられたかのような衝撃に、ドゥドゥーは息すらできずに大きく跳ね飛ばされる……そのまま地面へと叩きつけられた彼は、咳き込むとその吐き出したものに血液が混じっていることに気がついた。
なんだ今の動きは……あの丸っこい体でどうしてそんな動きができるんだ……何度も咳き込む彼に追撃はない、疫病の悪魔はそんな苦しむ彼の姿を見てニタニタと笑うだけだ。
「ぐぁ……なめやがって……」
「ダメダメ、動きが全然遅いよぉ……すぐ死んじゃうなぁ」
「うああああああっ!」
ドゥドゥーは激情に駆られて小剣を振り回す……攻撃は当たる、が疫病の悪魔の外皮は恐ろしく硬く、その攻撃を受け付けることはない。
まるで岩でも相手にしているかのような感覚に手が痺れ、痛みを感じて顔を顰めるドゥドゥーの顔をその大きな手でガシッと掴むとそのまま果実でも握るかのようにギリギリと締め上げる。
凄まじい圧力だがまるで相手の反応を楽しむかのように、時折その圧力を弱めてドゥドゥーが苦しむのを興味深そうに覗き込んでいる。
「ぐあ……この……」
「ケヒヒッ! 死んじゃうかな? 死なないかなぁ?」
ミシミシと頭の骨が軋んでいく音と、凄まじい激痛にドゥドゥーは何度も意識を飛ばしそうになるが、疫病の悪魔はニタニタといやらしい笑みを浮かべながら彼の反応を見て、何度も顔を綻ばせて楽しそうに声を上げる。
だが……人間の頭は悪魔の膂力に耐えられるほど強くない……次第にドゥドゥーの頭は奇妙な形へと変形していき、すぐにグシャッ! という音を立てて脳漿と血を撒き散らしながら地面へと落ちていった。
細かく痙攣するドゥドゥーの死体を見て、おもちゃが壊れてしまったことを悲しむような表情を浮かべたブラドクススだったが、すぐに興味を無くしたのかニタニタとした笑顔を浮かべると、小躍りするような動きを見せながらその場をさっていく。
「壊れちゃったぁ……しょうがないねぇ……おもちゃを探しにいこぅ」
「……見てるんでしょ?」
道を歩いていたわたくしがずっと自分を見ている視線の主へと声をかけると、足元から再び血液が染み出し……渦を巻いたその中からトカゲのような顔がのぞく。
先ほどあった怪物……何者かわからないけど、そいつはわたくしと目が合うとニヤリと口元を歪めて笑う、趣味悪いなあ……とわたくしが表情を歪めるが、それすらも興味深いのか楽しいのかわからないが、そいつは本当に愉快なものを見ているかのように笑い声を上げた。
「ハハッ! 人間にしては勘が鋭い……お前強いだろう?」
「……そりゃまあわたくし最強ですわよ」
「それはそれは……自分で自分のことを最強と称するものは多いが、その大半が身の丈に合っていないものが多い」
「アンタの目から見てわたくしはどうなの?」
怪物はじっとその瞳でわたくしを下から上へ、じっくりと見つめた後にクフッ! と引き攣った笑い声を上げると、納得したかのように何度か頷くが……いや、そんなもったいぶらずに教えろよ、と正直思う。
だが、その答えを聞き出す間もなく、わたくしはこちらへと近づいてくる複数の気配に気がつきそちらへと視線を動かす……やはり普段いる世界とここは違いすぎるのだろう、なんか感覚がおかしい気がする。
わたくしとその怪物へと向かってきているのは、マルヴァースでは絶対に見たことのない甲虫を人間に似せて作ったかのような不気味な生物だった。
顔は……カミキリムシのような形だが恐ろしく長く伸びた触覚は細く、胴体は斑点だらけだが外皮はゴキブリのようなヌメりを帯びており、遅く長い足は鋭い爪を持った凶悪なもので、腹部に当たる部分はカマキリのような柔らかそうな見た目に見える。
「イビルインセクト……この煉獄に生息する昆虫だ」
「……見た目がグロいんですけど……」
「知能はない、食欲は旺盛で腐肉を食らうが、生きている生物を襲って腐肉にすることもあるぞ」
つまりわたくしを狙ってここへと向かってきたということだろうか? あらゆる昆虫を無理やり合成したらこんな外見になるのかな? と思うくらいグロテスクな外見をしたイビルインセクトは、まるで触覚を使ってこちらの位置を確かめるようにあちこちへと視線を向けながら、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。
足元にいたはずのトカゲの怪物は地面へとすぐに潜ると、そのまま出てこなくなる……あ、こいつ人に押し付けて逃げるきだな?
全く……わたくしは再び虚空より不滅を抜き放つと光そのものと思えるわたくしの愛剣が敵を倒すことを喜ぶかのように手の中で震える。
わたくしは剣を構えると、こちらに気がついて一〇体ほどのイビルインセクトが摩擦音のようなものを発しながら走り始めたのを見て彼らに向かって叫んだ。
「……かかってこい! マルヴァースで最強であるわたくしが煉獄に強さを教えて差し上げますわよ!」
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