第二〇九話 シャルロッタ 一六歳 暴風の邪神 〇九
「あなた……普通に喋れんのかいっ!」
「……お前……そもそも我にとって人間が矮小なもの、声などかける価値……ない……お前は特別」
思わずツッコミを入れてしまったが、暴風の邪神の大元になった怪物が何であるかわからないが神格を得るということは違う次元の存在へと進化しているのだから、喋れて当たり前か。
それくらい神格を得るというのはすごい? 恐ろしい? まあとにかく別格だと思った方がいいって女神様がむかーし言ってた気がする。
暴風の邪神はゆっくりとわたくしを地面へと優しく下ろすと拘束を解き、膝をついたままの体勢でわたくしをじっと見つめる。
すでに敵意はない、自分がこの世界に留まれる時間がそれほど多くないと理解しているからだろう。
「強き魂……境界線の破壊者……世界の異物とはよく言ったもの」
「その強き魂ってよく聞きますけど、いったいなんなんですか?」
「混沌四神の探すもの……そして我を倒したもの……強いものは好きだ」
そのまま巨人は苦しそうに残った右腕を地面へと着くと、大きく咳き込む……すでに暴風の邪神の再生能力は働いておらず、どくどくと青白い血液が地面へと滴り落ち、触れたものを氷結させて行っている。
混沌四神がわたくしを探しているというのは昔聞いた、それゆえに訓戒者が繰り返し襲ってきているし、なんならこのイングウェイ王国の第一王子派の背後には彼らがいるのだ。
だが……そもそもなぜこのイングウェイ王国……いやマルヴァースという世界が狙われているのだろうか?
全てがよくわからない、女神様は説明を面倒くさがっていたのか、それともわたくしなら大丈夫だと思ってたのかわからないけどとにかく情報が足りなすぎる。
「マルヴァースはなぜ混沌神に狙われているの?」
「我にとって気まぐれに立ち寄る先に過ぎない……理由は知らない……それゆえに答えはない」
「そう……答えがないなら言いようがないわね」
「ただこの地は大いなる滅びの使徒が眠る場所……一〇〇〇年の微睡……目覚めの時は近い」
「滅びの使徒? 目覚めが近い?」
うーん、ここまで話しているとマルヴァースには「滅びの使徒」とかいうのが一〇〇〇年眠ってて、訓戒者はその使徒を目覚めさせるために暗躍してるって話になるのかな?
それにしても……前世の世界レーヴェンティオラにいた魔王は倒してるわけだし、この世界に転生する際にそれを説明されたわけじゃないのにな。
暴風の邪神は考え込むわたくしをじっと見て、フンと気に入らないかのように鼻をならす……多分こんな小さな人間に倒されたという事実が相当に気に食わないのだろう。
「お前は……強い……立ち寄りし先……勇者……それに近しい存在」
「……レーヴェンティオラのことをおっしゃってます?」
「彼の地は平穏……女神の恩寵を取り戻し……魔王は打ち滅ぼされ……厄介なこと極まりなく」
「……そうね、同じようなものと思ってもらえればよろしいわよ」
「そうか……なら我は逝く……遠い未来の雪原にて……相まみえることを望む」
聞きたかったことが聞けて満足だ、とばかりにそのまま肉体が崩壊していく暴風の邪神……うわ、まだこっちは聞きたいこと全部聞いてないんだぞ?!
まるで巨大な氷河に亀裂が入り、崩れ去る瞬間のように巨人の肉体はバラバラに崩れ去っていく……それは小さな雪崩のように、周囲に氷を撒き散らし触れたものを凍てつかせながら、大気へと美しく輝くダイヤモンドダストを発生させていく。
ああ、こりゃ元に戻せないわ……暴風の邪神自体は神である故に死という概念が希薄だ。
ただ存在を滅することで、その世界へと足を踏み入れることが難しくなる……そうだな今後一〇〇〇年くらい、わたくしが生きている間には絶対にこの巨人は出現することができない。
「くそ……もっと情報を引き出させれば……」
「シャル!」
「……無事だった?」
わたくしの元へと嬉しそうに舌を出して、炎の灯る尻尾を揺らしながら駆け寄ってきたユルに微笑むが、彼の見事な黒い毛皮のあちこちにひどい裂傷や、凍りついた場所などを見つけわたくしは少し表情を曇らせる。
思ったよりユルにも怪我を負わせてしまったようだ、どうも見ていない際にもいくつか攻撃の余波で傷を負っていたことに全然気が付かなかった。
だがユルはそんなことは気にしないとばかりにわたくしへと体を擦り付けると、嬉しそうにわたくしの頬を大きな舌でベロリと舐める。
「見た目よりも重くないのですよ、それよりもひどい顔してますよ」
「そうね……」
「最後の魔法は凄まじかったですな……あれは途中で打ち切ったので?」
「いや……魔力切れで勝手に消滅した……それまでに派手に使い過ぎたみたい」
そう、ここ最近あまり認識していなかったが「魔力切れ」という事態に陥ったのは転生してきて初めてだ……以前知恵ある者との戦いの後昏倒してしまったのだが、その時よりもはるかに多くの魔法や技を繰り出しているのだから当たり前と言えば当たり前だけど、今後同じような敵が現れた時にガス欠なんて状況に陥ったら大ピンチだな。
それもこれもそもそもわたくしの抱える魔力は桁違いに大きいが、その許容範囲も凄まじく大きいため、完全な回復には相当な時間がかかるのだ。
言い得てみれば何年もかけて超巨大なダムに水を溜めているような状況、といえばわかりやすいだろうか? 今は渇水している……こういう時は呼吸だけで魔力をフル回復させたっていう至高の王が羨ましくなる。
「大丈夫ですか? 取り急ぎメネタトンに戻りますか?」
「……ちょっと疲れた……載せていって」
「承知しました」
わたくしはユルの背中へとよじ登ると、そのまま捕まってあふ……と軽くあくびをする、とにかく眠い……魔力枯渇は精神を極度に疲労させる。
防御結界も心許ないレベルでしかなく、とにかく少しの間休息を得ることが大事だろう、お兄様やクリスには悪いが数日はメネタトンで宿をとって休み続けないと。
問題はどこで泊まるか……領主はソイルワーク男爵だったか? 辺境伯の寄子だけど内戦には関与しないって立場を貫いているおっちゃんだ。
ってことはやっぱり街の中で……そこまで考えていたわたくしの思考が次第に闇へと落ちていく……何とか最後の力を振り絞ってユルへとやるべきことを伝えながら、わたくしはどっぷりとした深い深い位置へと落ちていった。
「……前に取った宿でなんとか休憩を……お金はあるから……」
「……神を滅ぼすか……凄まじいな」
美しく輝きながら砕けていく暴風の邪神と、幻獣ガルムの背中で倒れるように眠りについたシャルロッタを見る複数の瞳があった。
三叉に別れた頭を持つ明らかに人からかけ離れた不気味な姿、ローブから覗く細い手足は青白く生気のない色をしているが、その背丈は二メートルを越し、雪が舞うこの地において一種幻想的な姿を見せている人物。
訓戒者の一人である使役する者は複数ある黄金の眼球をギョロギョロと動かしながら、去っていくシャルロッタの姿を戦いの場を一望できる崖の上からじっと見つめていた。
実際にこの場に立ったものであれば、到底見えることのない現場を使役する者は詳しく見ることができている。
「これを見ろとでもいうことだったのだろうか? 筆頭は予見していたと?」
闇征く者が思い立ったように冬山見物はどうだ? と話してきた時には理解できなかったが、ようやく合点がいった。
筆頭はこれを見せたかったのだ……三人の訓戒者を倒し、滅ぼした脅威の存在を……魔王様復活の最大の障害となりえるインテリペリ辺境伯家の令嬢、辺境の翡翠姫。
あの力は勇者という枠を超えて神格を得てもおかしくないものだ……あの恐るべき魔法は、このマルヴァースでは存在しない強大なもの。
時間や空間を引き摺り込み破壊するなどとという魔法が存在していたことに内心驚きを隠せない。
「他の訓戒者が倒されるのも理解はできる、あれは神に匹敵する力だ」
彼には申し訳程度についている口に軽く指を当てて考える……どうすれば殺せるのか? 暴風の邪神の能力は非常に高く、人間では倒すことはできないはずだった。
それでもあの女は倒してのけた……今後一〇〇〇年はこのマルヴァースへと暴風の邪神は顕現することすら難しい。
このマルヴァースでは神殺しを達成したものは存在していない、目撃者が存在していれば偉業の達成だったろう、勇者アンスラックスの時代ですらそれはなし得なかったのだから。
だが……この時代にはアンスラックスはいない、いるのは未覚醒のクリストフェル・マルムスティーンと強き魂を持つシャルロッタ・インテリペリのみ。
歪んだ笑みを浮かべた使役する者はくすくすと笑いながらゆっくりと雪の上を歩いていく……極寒とも言えるインテリペリ辺境伯領において神官のようなローブを着用した彼は音もなくその場を去っていく。
「……メネタトンへと戻るのかシャルロッタ・インテリペリよ……よかろう、では疲弊した強き魂がどこまでやれるのか、この使役する者が見極めてやろうぞ」
_(:3 」∠)_ 思わずツッコミを入れてしまう貴族令嬢……喋れんのかーい!
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