第二〇七話 シャルロッタ 一六歳 暴風の邪神 〇七
——メネタトンの街の衛兵であるチアゴ・デルタは門の外に立ちながら、音が響く方向へと目を凝らしていた……。
「なんだ……? なんか音がしないか?」
相棒である衛兵カリーナがチアゴの言葉に黙って頷く……足元にも地響きのようなものが伝わってきているが、今何が起きているのか彼らには全く理解ができていない。
昨日からこのメネタトンの街には不思議なことが起きている……例年の冬にしては温度が低すぎると老境の衛兵が話していた。
おかげで城壁にこびりついた氷が取れなくて持ち回りで担当していた衛兵仲間がぼやいていた……狩人達も小さな魔獣すらも狩ることができないと話していたな。
明日掃除をしなきゃいけないんだっけな……と軽くため息をついたチアゴに、カリーナが声をかけてくる。
「そういや聞いたか? 昨日すげー別嬪が街を出ていたってよ」
「まじか? 誰から聞いた?」
「アダムだよ、なんでも不思議な女で、すげーでっかいシャドウウルフの背中に乗ってたとか」
「冒険者か? そんないい女なら一眼見たかったね」
くだらない日常の話をしつつ、それでも不気味な音が響く先を見つめているが……その時、赤い火線が空中へ向かって伸びたり、白い稲光が遠くの方で光っているのが見える。
それに合わせてゴオオン……という鈍い音や、巨大な生物の咆哮が空に響き渡るのを聞いて、二人の衛兵は飛び上がりそうになる程の恐怖を覚えた。
凄まじい咆哮が何度も響いている……辺境伯領では魔獣や魔物の被害も多く、常日頃衛兵であっても魔獣狩りなどには参加を余儀なくされている。
だが……二人が聞いたことのない野太く低い咆哮が何度も響くのをきいて、慌てて詰め所へとチアゴは走るとすぐに警戒態勢に移るべくそこで椅子に座ってウトウトと居眠りをしていたアダムを叩き起こした。
「お、おい馬鹿野郎! とんでもねえ化け物が少し離れた場所で騒いでる! 急いで領主様に連絡するんだ!」
「ふ、え? ……あ?! なんだって?」
「聞こえねえのか! やべえぞ、こんな咆哮聞いたことねえよ!」
チアゴの言葉に頭を振って少し眠気を飛ばしたアダムだが、そこで初めて何かが起きていることに気がついたらしく慌てて立ち上がると、異変の起きている方向へと視線を向ける。
そこには巨大な黒雲と激しい稲光……そして赤い光と爆発音のようなものが響いているのが見えた……アダムは二人よりも経験の長い衛兵だが、それでもこの光景は見たことがない。
なんだありゃ……とポカンと口を開けて驚くアダムに、チアゴが焦った様子で頬を叩くと叫び始める。
「なんかやばいことが起きてる! 早く警戒を呼びかけるんだ!」
「ゴアアアアアアアッ!」
威嚇……いや、本気で戦おうとする獣の本能? どちらにせよ暴風の邪神はわたくしを明確に敵認定している。
自らの肉体を切り裂かれる経験などないだろう、元々はどういう存在だったかわからないが、少なくとも人間如きに傷をつけられたことなどないはずだ。
それは神格を得た至高の存在からしても屈辱……いや、本能のままに暴れ回っても壊れない対象を見つけたことへの喜びだろうか? 怪物の口元が歪んで見える。
「……来いよデカブツ! アンタを切り刻んでやる!」
「グオアアアアアッ!」
次の瞬間暴風の邪神は地面を、わたくしは空中に展開した魔法陣をほぼ同時に蹴った。
地面が陥没し凄まじい轟音と共に巨人が跳躍する……ほぼ中間地点でわたくしは不滅を、暴風の邪神は拳を振り抜く。
わたくしのほぼ真横……数センチも離れていない位置を巨大な拳が通り過ぎていく……代わりにわたくしの剣が、相手の肉体を切り裂いていく。
だが踏み込みがほんの少し甘いのか、暴風の邪神の腕は完全には切り裂けず怪物の右腕に大きな裂傷をつけるにとどまる。
「くそ……流石にあの大きさの拳をまともに受けたら危ないって自分でもわかってるから……!」
「ギャアアアアアオオオオッ!」
大きく跳躍した暴風の邪神が地面へと着地すると、切り裂かれた右腕を軽く抑えて憎々しげにこちらを睨みつける。
白い煙を上げながら肉体を修復していく巨人……だが確実に少しづつだが相手を削っている感触はある。
相手を削り切った後に神滅魔法を使うことで、抵抗できない状態を作り出すしかない……わたくしが地面を蹴って一気に前に出ると、意図を察したのかユルが援護射撃のように走り回りながら火球を暴風の邪神へと叩きつけていく。
火球では巨人の肉体へと傷をつけることは難しいが、相当に煩わしいのだろう……少し苛立ったような仕草を見せながら、ゆっくりと移動しつつユルを捉えようとねじくれた角からいくつもの稲妻が地面へと叩きつけられていく。
「直撃すると直すの大変よ!」
「わかってます! ひゃあああっ!」
ユルはその持ち前の運動能力を発揮して飛ぶように逃げ回りながら、巨人の足に向かって魔法を連射していく……ドドドッ! という重低音があたりに響く。
そしてその音を掻き消すように暴風の邪神が放つ稲妻が地面を穿つように爆発を起こしていくのが見える……今完全に巨人の意識はユルに持って行かれている。
チャンス……! わたくしは稲妻を回避しながら不滅を放って投げ捨てると、一気に地面を蹴って垂直に跳躍した。
——我が拳に、打ち抜けぬものなし……!
「拳戦闘術……!」
右拳に膨大な魔力を込める……大きく拳を振りかぶったわたくしに気がついたのか、暴風の邪神は急いで振り返り左手を向けてきた。
だがその肉体はあまりに大きく、これだけ練りに練った魔力をしっかりと充填する時間は稼げた……空中にいるわたくしの視界いっぱいに巨人の掌が映し出されるが、もう遅い!
わたくしはそのまま巨大な魔力を込めた右拳を振り下ろすように暴風の邪神の掌へと叩きつけた。
「いくぞッ……鉄塊拳撃ッ!」
ズドオオオオオオオッ! という鈍く響く音と共に、わたくしの放った拳は迫り来る暴風の邪神の左拳を押し返していく。
拳戦闘術随一の近接攻撃である鉄塊拳撃……魔力を十分に充填した拳を振るって、相手の肉体を完膚なきまでに破壊し尽くす必殺の一撃である。
その質量は拳一つで建造物を容赦無く粉々にすることができるし、人間は本当に消し飛ぶレベルの破壊力がある……だが他の拳戦闘術のように衝撃波を飛ばしたりできず、効果範囲は拳が触れた部分のみ。
だからこそこの攻撃は魔法の隕石落下で振りそそぐ超質量の隕石すら破壊できるわけだが、鍛え上げられた肉体と綿密な魔力コントロールが重要となるかなり上級者向けの技なのだ。
「グオオオオオアアアアッ!?」
暴風の邪神の左腕が、まるで空気でも入れて膨らませた風船のように膨らむと肉体がそれに耐えきれなくなったのか限界を迎え、ドンッ! という音を立てて破裂する。
破裂した肉体は辺りに凄まじい数の氷を撒き散らしていき、左腕を失った巨人は痛みに耐えるためなのか、失った左腕を修復しようと右手を添えた。
やらせるか……! わたくしは間髪入れずに右手へと更なる魔力を集約させる……紅に輝く魔力がキュイイイイイン! という音を立てて集約する。
「紅の爆光ッ!」
わたくしの放った爆炎が扇状に広がり、暴風の邪神が撒き散らした氷を一瞬で蒸発させていく……だがその数千度の炎であっても巨人の肉体には焦げ目ひとつつけることができない。
だが凄まじい水蒸気を上げながら、炎と氷のせめぎ合いが始まる……肉体を修復する魔力をほんの少しでも遅らせられれば、それでいいのだ。
わたくしの背後から何本もの火線が暴風の邪神へと着弾し、爆炎を撒き散らす……ユルか、ナイスアシスト!
そのままわたくしは大きく跳躍する……体を回転させながら、勢いをつけて一気に巨人の顔面へと蹴りを叩き込む。
「おりゃああああッ!」
鈍い音と共に暴風の邪神の体が大きく揺らぐ……そのままバランスを崩すと、ゴオオオオオオン! という凄まじい地響き、轟音と共に巨人が地面へと倒れた。
あまりの重量なのか、周囲に軽く地震にも似た地響きを起こすが、それでもこの怪物には大きなダメージとなっていない。
そこへ容赦無くわたくしは破滅の炎を巨人の体へと叩きつけていく……着弾と同時に凄まじい量の爆発が巻き起こっていく。
だがその攻撃にも動じずに、ゆっくりと身を起こした暴風の邪神は身体中にわたくしとユルの魔法を叩きつけられながらも、ノロノロと立ち上がっていく。
「くそ……なんて硬い……」
「グ……オオオ……」
何十発もの破滅の炎を叩きつけたことで、巨人の身を覆う冷気が次第に炎へと侵食されているのはわかるんだが、それでもダメージは微々たるものだろう。
どちらかというと先ほどまでブチ込んだ拳戦闘術のように一撃で相手の纏っている冷気の防御結界などを破壊するくらいのものでないとなかなか難しいか。
立ち上がった暴風の邪神の左腕は次第に生え変わっていくが……明らかに速度が鈍化しつつあるのがわかる。
確実に殺せる……わたくしの能力と積み上げた技であれば、この邪神を確実に……わたくしは微笑むとゆっくりと姿勢を低くしていく。
「よっしゃ……そろそろフィニッシュといきましょうか、暴風の邪神……この世界がお前の墓標になるのよ?」
_(:3 」∠)_ アイアンフィストは名曲ですよねー
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