第二〇六話 シャルロッタ 一六歳 暴風の邪神 〇六
「嘘でしょ?! だけど……!」
わたくしの前で展開したはずの聖痕の乙女が崩壊し、魔力を失って消滅していくのを見てしまい、思わず声を上げてしまう。
一瞬怒りが心を支配しそうになるが、違う冷静になれわたくし……今あいつは何をした? 態々魔法に巻き込まれるところを能力を使って消滅させたんだぞ。
だけど効果がないわけじゃない、本当に効果がなければ暴風の邪神はあんな行動で魔法を消滅させにかからないはずだからだ。
つまりあの巨人は神滅魔法を無理やり消滅させなければ何らかの影響を受けると判断していたと思える……わたくしの神滅魔法であれば、倒せる。
「もっとすげーのブチかませば、あの生意気そうなツラに一発かませるってことね」
「シャル……その言葉遣いは品がありませんよ……」
「今は誰が聞いてるわけでもないからいいの」
「ゴアアアアッ!」
「シャ、シャルッ!」
「逃げてッ!」
空中で静止しているわたくし達を見て、巨体を沈み込ませるような姿勢をとった暴風の邪神を見て、わたくしの背中が総毛だった気がした。
まずい……あいつこの高さまで跳躍する気だ! わたくしは咄嗟にユルを蹴飛ばすように空中に身を踊らせると、巨人に向かって数十発の火球を叩き込んでいく。
ドドドドドッ! という爆発音が響き、暴風の邪神の体の表面で連鎖的に炎が爆発していくが、この魔法程度では全くダメージは入らないだろう。
巨人の体表には常に薄く真空が幕のように張っていて、そこに魔法が衝突して爆発しているだけなのだ、見た目は派手だけどさ。
「こっちよ!」
「オアアアアアッ!」
次の瞬間、二〇メートルを超える巨体が地面を蹴飛ばすように飛び上がる……わたくしの視界いっぱいに暴風の邪神の巨大な手のひらが映る。
こいつ……! 咄嗟に空中を蹴ってその手のひらから逃げると、思ったよりも動きが早いことに驚いたのか、そのままの姿勢で地面へと落下していく。
だが、咄嗟の空中での姿勢制御はわたくしにとっても制御が難しい……姿勢を崩しながら体を回転させて空中に魔法陣を展開して着地する。
地面へと落下した暴風の邪神が地響きと濛々と雪煙を巻き上げながらその姿が見えなくなる。
「ふう……流石にあの手に握られたら危ないわ」
「シャル!」
「危ないから離れてて、タイミングを合わせて魔法をぶち込むわよ」
その言葉が終わる前に、雪煙の中から暴風の邪神の醜い顔が飛び出してくる……まるで垂直に飛び上がるロケットのような速度でこの巨体を飛び上がらせる身体能力は凄まじい。
必死にこちらを捕まえようとする手を避けて、わたくしは大きく飛び退きつつ破滅の炎を掌から連射して巨人の肉体へと次々と炎の花を咲かしていく。
だがこれは牽制程度にしかならない……が確実に巨人の表情に怒りの色が浮かび始めると、怒りの咆哮をあげると周囲に不自然なほどの暴風が吹き荒れる。
暴風の勢いでそれまで飛ばしていた破滅の炎が、巨人の体表に当たる前に消滅させられていく……こりゃすごい。
「ゴアアアアアアアッ!」
暴風は普通の人間であれば吹き飛ぶレベルではあるが、荒れ狂う風の中微動だにせずに胸を張って空中に静止しているわたくしを見つめて怒りにその炎のように輝く瞳で睨みつけてくる暴風の邪神。
わたくしは軽く手を振ってから空間を割って魔剣不滅を手の中へと顕現させると、切先を巨人へと向けて笑みを浮かべて片手で手招きをする。
こちらが挑発している、というのは理解できるのだろう……メリメリと肉体が音を立ててそのすさまじい筋肉が盛り上がっていく。
暴風の邪神は大きく口を開くとその口から、超低温の青白いブレスが射出される……わたくしは体を回転させながら、破滅の炎を放ち対消滅させるが、それを見た巨人はブレスを連続で放ってくる。
「あ、ちょ……それずるい!」
わたくしは迫り来るブレスへ破滅の炎を次々と放っていくが、ギリギリを掠めるようにとんでいく撃ち漏らしたブレスの冷気を感じて心底背筋が寒くなっていく。
人間の脆い肉体なぞ直撃すれば一瞬で氷結して粉々に砕け散るだろう……肉体の損傷を復活させるにはそれなりに時間がかかるし、その間にあの巨大な手に掴まれたら流石にまずいかな。
だが、暴風の邪神の頭部にいきなり火線が伸びると大爆発を起こす……それ自体は効果としては低く、巨人に傷を与えるようなものではない。
「シャルっ! 距離をとって!」
「でかしたっ!」
爆発の勢いで暴風の邪神の体が揺らぐ……ユルの放った火炎炸裂の爆発で一瞬だが、巨人が蹈鞴を踏んで数歩後退する。
その隙を狙ってわたくしは手に持った不滅を一度くるりと回す……まずはその邪魔な腕を叩き落とす……!
おそらく叩き落としても修復するだろう、単なる怪物ではない暴風の邪神にどれだけの影響があるかどうかわからないが、少なくとも修復の時間を稼げる。
——我が白刃、切り裂けぬものなし……!
わたくしは空中を蹴り飛ばすと一気に暴風の邪神に向かって突進する。
確実に腕を叩き落とすにはこれしかない! 音速を超えて加速したわたくしは一直線に巨人の左腕を肩口から一撃で切り裂いていく。
肉を断つという感覚とはちょっと違う、何か凄まじい重さの何かを切り裂いていく感覚が手に伝わるが、わたくしはそのまま剣を振り抜く。
振り切ったわたくしはそのままの勢いで地面へと着地すると、地面を大きく陥没させながら勢いを殺して着地する。
「四の秘剣……狂乱乃太刀ッ!」
「ぎゃアアアアオオオオオッ!」
暴風の邪神の悲鳴とも咆哮ともつかない声があたりに響く中、わたくしに断ち切られた左腕が地面へと落下していく……だがその体から血液ではなく、低温の冷気が吹き出しているのが見える。
だが地面に轟音をあげて落ちたはずの左腕がまるで氷の結晶を破壊したかのような澄んだ音を立てて崩れたのを見て、本能的に何かやばいと気がついたわたくしはその場を走り始める。
結晶化した肉体がいきなり渦を巻いてそこかしこを破壊していく……その進路はわたくしに向かってまるで意思でも持っているかのように竜巻となって荒れ狂い、襲いかかってくる。
だめだ、こいつ切り裂いた肉体すらも武器になるじゃねえか! わたくしは一気に跳躍すると魔法をぶっ放す。
「ああもうっ! 魂の焔ッ!」
空中にいるわたくしを中心に白銀の炎が巻き上がる……! その炎は迫ってきていた竜巻に衝突すると、お互いが耐えきれなかったかのように一度撓んだように形を変えた後にドンッ! という音を立てて消滅する。
だが、あの追尾する竜巻はなんとか……とわたくしが視線を巨人へと戻すとそこには視界一杯に広がる巨大な右拳の表面が見えた。
あ、これ避けれないやつだ……わたくしは咄嗟に正面に展開し直した防御結界に全ての魔力をありったけ込めると防御姿勢をとった。
凄まじい衝撃と、全身が引きちぎれそうな痛み、そして突き刺すような冷気と共にわたくしは大きく跳ね飛ばされた。
「ゴアアアア!」
「う、ぐあっ……」
拳による衝撃で空中をくるくると回転しながら大きく跳ね飛ばされたわたくしは、古い記憶を思い出していた……なんだ? そういえば昔もこんな巨大な敵と戦ったことがあるよな。
あの時はどうやって倒したっけ……そうだ確かあの戦いの前、前夜に仲間の作ってくれた温かい料理がめちゃくちゃ美味しくて、オレはありがたがって食べたんだよな。
嬉しそうにスープを食べるオレを見て仲間が全員笑顔を浮かべて……そこまで思い返したところで、わたくしは今自分が回転しながら空中を舞っていることに気がついた。
「お……あ? あれ?」
一瞬意識が完全に飛んでた……姿勢を制御したわたくしは足元に作った魔法陣の上へと降り立つが、着地と同時に全身に鋭い痛みが走り、痛みで顔を顰めた。
着地した時に気がついたが、左足が変な方向に向いている……無理に着地したことで肉が裂け、血が流れ出している……細い右腕もあらぬ方向へと向いており、これまた凄まじい痛みを発している。
だめだこれじゃ戦えない……わたくしは魔力を集中させると、肉体を一気に修復させていく……捩れを元に戻し、肉体を復元する際に通常の人間では耐えきれないであろう凄まじい痛みが全身に走る。
「う……ひううっ!」
ゼエゼエと荒い息を吐きながら、こめかみから垂れる血を修復した腕で拭うとわたくしは眼下で、同じように切り落としたはずの左腕をこともなげに修復していく暴風の邪神を睨みつける。
視線に気がついたのか、暴風の邪神は目を合わせると口元を歪ませる……こいつ大したこと喋れそうにない顔してくるくせに、感情がわかりやすく出るな。
完全に肉体を修復した巨人は再びこちらに飛びかかってこようかというように、ほんの少しだけ身を屈める姿勢をとる……一撃を入れたことで、肉体的には確実に人間と変わり映えのしないわたくしを倒せると確信したようだ。
舐めやがって……わたくしは軽く舌打ちした後に軽く右腕を振るとその手の中に再び魔剣不滅が姿を表し、まるで主人との再会を喜ぶかのように軽く震えた気がした。
「舐めやがって……いくら神格得たとか言ってもわたくしがぶっ殺してやりますわよ……泣いて謝っても許さねーからな、このクソ巨人」
_(:3 」∠)_ 一瞬元の勇者ライン時代に記憶がぶっ飛んだのは、強い衝撃を受けてって感じです
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