第二〇五話 シャルロッタ 一六歳 暴風の邪神 〇五
——それはじっと息を潜めていた……空間と空間の狭間にその行動は怪物にとっていつもの日常であった。
その怪物は古き時代より世界と世界の間を飛び回っていた。
どうしてそうするのかはわからない、そうしなければいけないと思っていたから……彼は時折世界へと顕現し、その足跡を残していた。
それは怪物にはわからなかったが、マルヴァースだけでなくレーヴェンティオラにおいても怪物の足跡は「天災」として歴史にも刻まれている。
怪物は意図せずして顕現することによって世界の一部を破壊していくのだ……それを人類は神の与えたもうた厄災として記録していた。
怪物が歩くたびに小さな生物が命を失っていく、だが怪物にとっては人間の感覚でいう小さな虫を潰した程度の痛痒しか感じず、それが何かに影響するなどとは考えていなかった。
長い間この世界を歩くことはしていなかった……あまりいい匂いがしなかったからだ。
怪物が歩くたびに何かがぶつかる気がする。
羽虫の悲鳴が聞こえる……絶望と恐怖、そして命が弾ける音がする……それはまあ良い、彼自身もそれは自分という存在を引き立たせる音楽の一つだと思うから。
だけどこの世界はあまりいい匂いがしない……もっと凍りついた場所で、凍りつくような寒さで、何もかもが静止したような場所でする匂いではない。
火の匂いがする……それは彼にとってあまり心地の良いものではないのだ、炎は憎むべき敵であり忌避する光である……それ故に怪物は人の営みがある火の匂いを踏みつけ破壊している。
だが……少し前、怪物にとっては瞬きするような一瞬の出来事だが、どうしてもその世界を歩かないといけないという気がしていた。
それは怪物が本質的に混沌の存在に近かったからだろうか? それとも何か大きな意思が怪物を突き動かしているのか、本人ですらわからない何かに従ってその世界を歩き始めた。
歩くことで何があるのかわからない、だが不思議な声に導かれるように、その魅惑的な声を求めるように怪物は数歩歩を進めた。
だが世界において怪物は異質の存在であり、その荒ぶる魂を実体へと移すだけで恐ろしいまでの力を消耗していった……ほんの少し歩くと怪物は消耗し尽くし、そして緩やかに休眠する。
だがあっという間に怪物は回復すると再び歩み始める……怪物が実体化すると周囲には恐るべき吹雪と、暴風が吹き荒れた。
しかし怪物はすぐに睡魔に襲われる……その力は強大すぎてこの世界に顕現するには少し疲れてしまうからだ。
うとうととした微睡と朧げな夢の中で怪物は自分が今いる場所に向かって、恐ろしく強い魂が近づいてくることに気がついた。
普段の怪物であれば気にも留めないであろうその魂……だが、怪物は微睡から目覚めつつあることに驚いた……そう、より高次元の何かが怪物にその魂を滅せよと呼びかけたからだ。
言葉ではない、意志のようなもの……それが命ずるままに怪物は再びこの世界へと姿を現していく……眠りを妨げた魂の輝きを見て怪物はその巨大な口を開けて咆哮する。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「マジか……! 天災級ってのも頷けますわね」
空中を駆けていたわたくしの周りの空気が突然凍りついたようにパリパリと音を立てるとともに、暴風が渦を巻いて目の前の空間に巨大な影が生み出されていくのが見える。
こちらの接近に気がついた? 微睡んでいるはずの暴風の邪神が咆哮すると、大気中に巨大な電流が生み出され、荒ぶる稲妻と化して地面へと叩きつけられていく。
轟音と共に暴風は次第に氷の嵐と化すが、わたくしとユルは防御結界を展開することによって、瞬時に凍りつくことをなんとか防ぐが……これやべーな。
「こ、これが暴風の邪神……!?」
「そうよ、バカみたいに醜いツラしてるわ」
「醜いというか見るだけで何かがおかしくなりそうな……!」
実体化した暴風の邪神は煌々と輝く炎のような二つの赤い瞳でわたくしたちを凝視しつつ、複雑に捻じ曲がった鹿の角のような器官から紫電を発している。
身長は二〇メートルを遥かに超えており、神話の時代にいたとされる神々の尖兵たる始原の巨人の生き写しのような巨体だ。
顔は人間とも動物ともつかない奇妙な顔をしており、巨大な口はまるで奈落のようにどこまでも黒い色をしているのが見える。
その見ているだけで気分が悪くなるような醜悪な顔をした怪物が、はっきりとわたくし達を見て吠えた。
「クオオオオオッ!」
「くるわよ!」
巨人の咆哮とともに周囲の大気が突然弾けるようなパチパチという音を立てていき、わたくしの全身の毛に細かい光と、弾けるような感覚を伝えてくる。
次の瞬間巨人とその周囲の大気に凄まじい量の稲妻が弾け飛ぶと、凄まじい爆光と共に周囲の木々が弾け飛び、黒焦げに変化し……そして空間に爆発を起こす。
わたくしはユルの背中に跨りつつその凄まじい範囲攻撃の中を潜り抜け、攻撃の範囲外へと脱出する……あぶねー! あの範囲内にとどまっていたら防御結界が一瞬で消し飛ぶところだった。
空気中を駆け巡る稲妻はわたくしが使う雷帝の口付けにも特性が似ているけど、それ以上の破壊力だな。
「クオオオオン!」
先ほどの範囲攻撃で仕留めきれなかったと理解したのか、暴風の邪神はその巨大な拳を広げてわたくしたちを捕まえようと手を伸ばす。
視界いっぱいに広がるその手を避けて、空中を駆けるように飛び回るユル……こちらのサイズが小さすぎて巨人の動きでは捉えることが難しいのだろう。
もどかしそうによたよたと歩きながら逃げ回るわたくしたちを追いかけてくる暴風の邪神……巨人が一歩足を進めるたびに地面が激しく振動し、暴風が生み出され地面にあった木々や岩が空中を舞う。
「シャル! 反撃しませんと!」
「炎が効きそうね……終末の炎嵐ッ!」
わたくしが片手を掲げると空中に凄まじい速度で巨大な火球が生み出される……この世界では古代魔法に該当する禁呪扱いになっている魔法だが、神に等しいこの巨人に効果が出るだろうか?
十分に魔力を凝縮した火球はまるでもう一つの太陽であるかのように表面に巨大な紅炎が走っていく……わたくしが暴風の邪神へ向けて手を振り下ろすと、空中に静止していた火球が巨人に向かって落ちていく。
その巨大な炎を見た暴風の邪神は再び巨大な咆哮を上げた。
「ギュオアアアアアアアッ!」
次の瞬間、火球に向かって暴風の邪神の口から青白い光線……いやあれはドラゴンブレスに近いだろうか? 青白い色をしているのはその温度が絶対零度に近いからだろう。
わたくしの放った終末の炎嵐と暴風の邪神のブレスが真正面から衝突すると、ドゴゴオオオオオオン! という凄まじい轟音と共にお互いの圧力に耐えきれなかったのか中間地点で逃げ場を求めるように爆散し、周囲に爆炎と氷結した大気を撒き散らしていく。
その様子を見て再び咆哮を上げていく暴風の邪神……やっぱり古代魔法では威力が足りないか……わたくしはユルに命じて再び空を駆けあげるように走らせると、新たな魔法の準備へと入る。
「やってくれるじゃないの! 神格を得た怪物っていうのがハッタリじゃないのは認めるわ!」
「シャル!」
「わたくしのことはいいから逃げ回って!」
ユルはその命令を忠実に実行していく……空中を駆け回るように凄まじい速度で移動しながら、暴風の邪神が的を絞れないように細かく位置を変えていく。
ユルはガルム……炎に近しい能力を持つ幻獣であり、暴風の邪神からすると相当に目障りなのだろう、その巨大な腕を振り回して近くに寄らせないような動きをしている。
だが、わたくしを背に乗せているとはいえユルの速度は凄まじく、さらには空中に魔法で魔法陣の足場を作って飛ぶように空を駆けていく。
わたくしはその間魔力を集中させていく……神滅魔法はこういう時のために使うのだ、と前世の魔法使いと共に苦労した記憶が断片的にだが蘇る。
「ぶっ潰してやりますわよ! 神滅魔法……聖痕の乙女ッ!」
「ギュアアアアッ!?」
わたくしが魔法を解放したと同時に、空に巨大な雲の渦が湧き上がる……それは明らかに不自然なほど巨大で中心から白銀に輝く巨大な女性を模した彫像がゆっくりと降臨していく。
暴風の邪神がその巨大な物体に気がつくと、彫像の表面が開き巨人の四肢へと美しく輝く鎖が巻きついていく……異常を察知したのか、怪物はその鎖を引きちぎろうとするが凄まじい勢いで聖痕の乙女が暴風の邪神を中へと引き摺り込む。
ミシミシという音を立てて彫像の扉が閉まっていく……内部に突き出した針が巨人の体へと突き刺さったかに見えたその瞬間、暴風の邪神の頭にはえた捻じくれた角が凄まじい光を放ち始める。
「ゴオオオオオアアアアアアッ!」
「きゃあっ!」
「うわあっ!」
爆発的に光り輝いた角を中心に、半径一〇〇メートル近い空間に凄まじい電流が迸る……その白い輝きと共に空間ごと連鎖的に爆発が巻き起こり、周囲に爆風が撒き散らされた。
わたくしとユルはその爆風で大きく跳ね飛ばされ大きく宙を回転しながら舞う……咄嗟に魔力を解放して姿勢を制御していくと、わたくしの目に映ったのは聖痕の乙女で召喚した彫像が崩壊していく様だった。
嘘だろ……? わたくしが呆然とその様子を見ていると、聖痕の乙女を吹き飛ばすように暴風の邪神が姿を現し、大きな咆哮をあげる。
「ウゴアアアアアアアアアアアアアッ!」
_(:3 」∠)_ ゴングがなるんだぜ! ということでバトル開始
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