(幕間) 不死の王 〇一
シャルロッタが一〇歳くらいのお話です
——古い古い時代、それは歴史の中に埋もれた国のお話だったのかもしれない。
遠い昔のように思えるが、それはわたしの記憶にしっかりと残っている確かな真実である。
一番古い記憶はわたしを見つめる優しい両親の笑顔、そして傅く多くの男たち……その者たちはこれからわたしの配下となるのだと両親が話していたことを覚えている。
両親による愛情は長く続き、わたしはお世話係の老婆と、いつも美しく輝くローブを纏った老人に連れられさまざまなことを学ぶこととなった。
後で知ったが老婆は昔父も学んだ素晴らしい学者で、ローブを纏った老人は魔法使いの長であるという。
わたしが住んでいる白くて大きな場所は城と呼ばれるそれは豪華な宮殿だった。
城は小さくも素晴らしい王国の中心に位置しており、美しい外見から白い鳥のようだと呼ばれた歴史的建物であった。
城から見える広くて美しい街並みにはわたしの父や母が治める国の国民たちが住んでいるのだという……そのうち貴方の国民となるのですよ、と伝えられてもその時は理解できなかった。
学んだことはたくさんある……星を詠み未来を予測すること、さまざまな文化や異国の言葉、そして人を統べるための政治について。
彼らはわたしに言う、貴方様はいつの日か大陸を統べる素晴らしい王になられるのだと期待に満ちた目でわたしを見つめていた。
父や母もわたしに期待をしていた……わたしが幼い頃から城には秘密があるのだ、宝物庫の奥王族しか入れない場所には誰も入れてはいけないよ、と教えてくれた。
これはわたしと父母だけの秘密なのだと……いつの日かわたしに子供ができたら、その子にだけは教えていいのだと話してくれた。
わたしはその言葉を信じてずっと黙っていた、口をつぐみ両親の教えを守って。
それから何年も経過し気がつけば青年となったわたしは父や母から王権を譲られることとなった。
その頃には父も母も幼い頃の思い出よりもずっと歳をとり、白髪まじりの頭で涙ぐんでわたしの戴冠を見守っていた。
儀式の終わり、兵士たちだけでなく、多くの男や女たちが彼らはわたしをまっすぐな瞳で見つめて、轟くような声で忠誠を誓った。
それを聞いてわたしは思った、そうかこの人たちはわたしの忠実な配下となるのだ……わたしは両親に一度頭を下げると自らの手でこの王国を育てていこうと誓った。
それから数年後、わたしの治める国へと隣の大国が攻め込んできた。
理由は簡単、わたしの国は彼らが欲しい領土の隣にあった……それだけだった。
あっという間に恐ろしい武器、恐ろしい表情の男たち、そして恐ろしい軍隊がわたしの国を蹂躙していった、悲鳴と恐怖と絶望だけがわたしの国を支配していた。
戦ったさ、ああ戦った……でもわたしの国は大国よりも弱かったんだ、だから負けた。
わたしは城の中を歩き回っていた……最後の王として潔い死を迎えることは怖くなかった、だけど最後の勇気が出ずに逃げ回った。
気がつけば宝物庫の奥にある不思議な扉の前に立っていた……王族しか入れない場所、そこには何があるのだろうか? もうすぐ死ぬ人間が入るのであれば問題ないだろう。
どうせわたしの王国はここで終わる、だから最後だけは約束を破ってもいいだろう? それまでずっと良い子でいた、両親の教えを守り、ずっと自分のやりたいことはやらずに、ずっと努力を重ね……そして最後は虫ケラのように死ぬのであれば、最後くらいは約束を破ってみようと。
扉を開けて中に入ったそこには、予想に反して一つの書物があるだけだった……不思議な力に満ちていることだけが異様だった。
わたしはその本を手に取る……魔法を学んだわたしはその本に書かれていることが理解できた。
辿々しい声でその本に書かれた呪いの言葉、決して口にしてはいけないと書かれていた言葉を声にのせる……心地よい気分であった。
約束を破ったことに後悔はない、約束を守り続けたから、わたしの王国は消えてしまったのだから……その時声が響いた。
『そうだね、君はいい子すぎたね……』
声の主は姿を見せない……だがその声は続ける。
宝物庫に響く声で、威厳ある王のような、だが時としてあどけない幼女のような、そしてある時は嗄れた老婆のような声がわたしの頭へと響き渡る。
『そうだね、わたしが力を貸してあげよう……君の幸せな時間をちょっと違った形で元に戻してあげよう』
……どうして? もう何も残っていないよ。
わたしの時間が戻るってどうして? 何が目的なの?
『その方が面白いから』
本当に戻せるのであれば、戻して欲しい。
わたしが幸せだったと思えるその時まで、わたしはあの過去に戻りたい。
誰もが幸せなあの時間に、わたしを戻してほしい。
『……んー、ちょっと魔力が足りないなあ……今できるのは君に仮初の命を与えることだけだね、それでもいいかい? 大事な人たちは……まあ形が変わるけど一応戻せると思うよ』
それができるなら戻したい、わたしはわたしの大事なものを取り戻したい。
『なら契約だ、わたしの力で君と君の大事なものを与えてあげよう』
ありがとう、わたしの大事なものを戻してくれるなんて貴方はどんな存在なの?
姿は見せてくれる? どうしたらお返しできるのか?
わたしの時間が戻るのであれば、わたしは貴方に何もかも捧げる、いや捧げたい。
『いいのかな? 悪いね……わたしの名前を伝えるよ、わたしの名前はターベンディッシュ、秘密と魔法を操るものさ』
ターベンディッシュ……そうか貴方の素晴らしい名前をわたしは後世に受けつごう、そして貴方のために何もかも捧げよう。
手始めに何を捧げればいいかな? どうしたらいいかな?
『この宝物庫に入ろうという不埒物がたくさんいるよ、だから君はそいつらをわたしへ捧げなくてはいけない』
でもわたしはもう力なんて持っていないよ?
あれだけの数の人を相手に勝てる力なんて持っていないよ……もう何も無くなった王国の王様なんだから。
わたしには何も残っていないんだ。
『安心して、君はもう生まれ変わったんだ……そう、人ではない化け物にね、気がついていなかった? だいぶ前に君はもう死んでいるんだよ』
ターベンディッシュの言葉が終わると、わたしの手が顔が、胴から肉がそぎ落ちていくのが見える。
激痛がわたしの心をおかしくする……生きながら体が腐っていく気がする、ターベンディッシュは話していた……わたしがもう死んでいるんだって。
それまで肉付きの良かった手は少し霞んだ白色の骨が剥き出しになり、それはまるでおとぎ話の中にいたスケルトンのような見た目にも見えた。
ターベンディッシュの声が本当に楽しげに、そして邪悪な響きを持ってわたしの心へと染み込んでいく。
『……さあさ、わたしの下僕として生まれ変わった不死の王よ、これから面白おかしく命を奪おうよ……永遠なる時間の中で、たくさんの命をわたしへ捧げて』
「とまあ、こんなおとぎ話がありましてね……おや? シャルロッタ様はお気に召しませんでしたか?」
「……くだらない創作ですわね」
わたくしの呆れたような顔を見て、マーサが「弟たちはこれで怖がったのに……」と心底残念そうな表情を浮かべる。
いやいや、子供に聞かせるようなおとぎ話じゃないでしょうよ……本の表紙には『欲深き不死の王』と書かれているが、この世界の連中はどう言う趣味してんだよ。
まあ子供が寝付かない時に聞かせる物語としてはちょっとグロすぎて、逆に眠れなくなるんじゃないか? とすら心配するけど。
とりあえず一〇歳の少女に聞かせる話じゃねーわ、これ。
「でもシャルロッタ様、この宝物庫とお話って本当に実在しているんですよ」
「……え、何それ超聞きたい」
「げ、現金ですね……」
マーサは急に食いついたわたくしを見て少し引いているが、じゃあ寝物語のついでにお話ししますね、とわたくしを寝台に寝かせると柔らかな布団を被せてから、少し思い出すような仕草をしながら語り始める。
この大陸……イングウェイ王国が戦争に明け暮れ、国を滅ぼしていた時期に本当に起きた出来事の一つで、イングウェイ王国が攻め込んだ小さな国の王が、ターベンディッシュと契約して不死の王と化し、占領軍を皆殺しにしたことがあったという。
しかもそれは王国の外れにある死霊の沼と呼ばれる誰も近寄らない場所が舞台であり、今でも不死の王の脅威が残っている。
近隣の冒険者も宝物庫までいくと大変危険なので入ることはなく、死霊の沼に大量発生している不死者を狩って腕試しをするのだという。
ちなみに数年に一回、死霊の沼から脱走する謎の巨大不死者を討伐する依頼なども出たりするので、割とメジャーな冒険スポットにはなっているのだ。
「……不死の王も迷惑でしょうねそれ」
「まあそう言う気持ちが残ってるかどうか分かりませんけどね」
なお無謀にも宝物庫まで進んだ冒険者は戻ってくることはなく、死霊の沼に真新しい装備を身につけた不死者が増えるだけだとかで……まあ冒険者組合もお手上げの場所になっているのだとか。
一〇〇〇年前の不死者か……しかも超高位不死者の不死の王なんてめちゃくちゃ強いんじゃないか?
いかん、寝付かせようとしているマーサに悪いがドキドキして眠れなくなってきた……不死の王超殴りてえ……。
マーサは目をギンギンにして、鼻息荒くふんふん言っているわたくしを見て少しおかしなものを見た目で見ていたが、軽くため息をついてから、明かりを消して部屋を出ていった。
「それではお休みなさいませシャルロッタ様、また明日起こしににまいります……良い夢をご覧くださいね」
_(:3 」∠)_ 過去編のお話なので現在進行形のお話とは関係性が変わっております
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