第一九話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 〇九
「うわああああああっ!」
「黒い獣があああああ!」
「なんだあれは……!」
わたくしとユルが牢屋を脱出してカーカス子爵の屋敷を破壊し始めたことで、カーカス子爵家の衛兵およびそれに混じっているであろう盗賊組合の盗賊たちが大混乱に陥っている。
ユルは幻獣ガルムの一族ということで、物理でもかなり強いが本来は魔法能力……特に炎に関する魔力が圧倒的に強く、現在屋敷の地下に火をつけてまわっている訳だが、何やら放火魔のような気分になってくるのは致し方ない部分ではある。
「忠実なる我が下僕よ、シャルロッタ・インテリペリの名において命令する。無駄な人死は避けよ……カーカス子爵だけを罰すれば良い」
「承知した、我が愛しそして敬愛する主よ。敵は可能な限り無力化する」
わたくしは忠実なガルムへと命令口調で伝える……主従契約を結んだ時から、わたくしの言葉はユルにとって絶対となっており、本来ユルはわたくしの言葉に対して従順でなければいけない。
ただわたくしは彼を主従としてではなく対等な友人として扱いたいと思っている、主従契約を結んだのは彼自身の希望もあるがそっちの方が都合良かったからだ。
そのためわたくしは彼ともう一つの約束を交わしている……普段は友人となって欲しいこと、ただしわたくしの望むときは忠実なる下僕として振る舞って欲しいこと。
その際はユルは一匹の使役される幻獣として、その能力を如何なく発揮してほしいということをお互いの中で取り決めたのだ。
「行け! 我が前に現れる不遜なる輩にお前の恐怖を植え付けよ!」
「なんだあの女は……こんな、こんなことがああっ!」
「あれが……あれが辺境の翡翠姫だって? 世間知らずの小娘じゃねえのかよ……誰だよそんな噂流したやつは……ぎゃああああっ!」
わたくしたちの前に武器を持って現れた盗賊や衛兵を凄まじい勢いで無力化していく黒い幻獣……炎の中にあってわたくしの白銀の髪が揺らめきそして輝いている。
カーカス子爵側についている衛兵は黒い獣を従えて笑顔のまま歩いてくるわたくしを見て、恐怖に震えている……腰を抜かして座り込んでいる衛兵の一人にわたくしは尋ねることにした。
「失礼、貴方にお聞きしたいの。カーカス子爵はどちらにいらっしゃいます?」
「は、はい……っ……この時間であれば自室にいるかと……」
「寝室ですか……じゃあご子息のリディル様は?」
「ご、ご自分のお部屋かと……で、ですので殺さないでください……私は子爵に雇われているだけなのです……」
「感謝いたしますわ、それと武器を捨てて降伏するなら何もする気はありませんわ」
わたくしがお礼を言って微笑むとその衛兵は慌てて手に持った武器を地面へと投げ捨てる。
その様子を見ていた他の衛兵たちも慌てて武器を落とし、必死に嘆願するような目で見てくるが……あれ? なんかわたくし怖がられていない? 魔王でも見るかのような目でわたくしを見てるけど……。
ユルが怖いんだよね? とわたくしは傍で唸り声を上げて彼らを威嚇しているユルをチラリと見た後、衛兵たちの視線をもう一度確認するが……どう見てもユルよりわたくしを恐怖に満ちた目で見ている。
「失礼、子爵の自室って……」
「お、お許しください! お願いだから殺さないでえええっ!」
「……え?」
わたくしが声をかけた衛兵はそれはもう見事な土下座で地面へと這いつくばる……うーん、わたくし普通にユルに守ってもらっているだけなんだけどなあ。
困ったな……わたくしあんまりこの屋敷のこと詳しくないんだけど……夜会で少し動き回ったくらいで、割と大きな屋敷だったためどこに何があるかまでは全然把握していないんだよな。
ポカンとして彼を見るわたくしの背後に、ふわりと女性が降り立ったため、わたくしはそちらへと視線を動かすと、そこには革鎧に身を包みスタイルの良い肉体を押し込めた少し年上の女性が膝をついている。
「えっと……カミラ様でしたっけ?」
「はい、兄より案内役と露払いを……という話を受けたのですが、正直必要なさそうですね、これは」
苦笑いを浮かべながら小剣をフラフラと振っているが、この女性の腕はかなり立つな……体のバランスが非常に良く、何より隙が全くない。
兄様やリヴォルヴァー男爵、そして伝統派を指揮するトゥールさんの妹だけある……盗賊組合はインテリペリ辺境伯家にとって重要な取引相手、かつ密偵でもある。
わたくしが子供の頃にも数回、彼女たちのような密偵として活動する盗賊組合のメンバーを何人か見たことがあり、貴族教育の中で彼らが王国の暗部、また裏側を仕切っているからこそこの国はちゃんと成り立っているのだ、ということを教えられて以来、一目置くようになっている。
なお、盗賊組合の元締めとなる貴族は存在しておりスティールハート侯爵家と呼ばれる密偵上がりの一族が王国の貴族として名を連ねたりもしているのだが……これはまあ今回は関係ないか。
カミラさんが考え込むわたくしを心配そうに見つめていることに気がつき、慌てて愛想笑いを浮かべるが、そんなわたくしに彼女は問いかける。
「どうされますか? ウゴリーノ様がカーカス子爵の身柄を押さえに行っております、シャルロッタ様が動かれなくても良いかと」
「あら……そうなのですか、少し困りましたわね……」
さてどうするか、最初はカーカス子爵をぶん殴ってやろうと思って地下牢からユルを使って脱出したのだけど、はっきり言ってこの屋敷内にいる人物でわたくしと戦えそうな人物もいないし、衛兵もユル見たら速攻で戦意無くしちゃったしなあ。
しかし次の瞬間、わたくしの感覚に強い魔力……かなり離れた場所にある何か不愉快な感覚が膨れ上がったのを感じて、わたくしは傍にいるユルを見つめるが、彼もまたわたくしの目を見て黙って頷く。
元々あった気配、キマイラがいたあたりだろうか? もしかしたらこんな場所は放っておいて対処しなければいけないことが一つ増えたかもしれない。
「あの? どうされました?」
「カミラ様、わたくしはここから離れますわ……お兄様には宿に戻るとお伝えくださいまし」
ポカンとしているカミラさんに微笑むと、わたくしはユルの背中にふわりと飛び乗る……彼女はわたくしを止めようとするが、その制止を聞かずにわたくしとユルは凄まじい速さで走り抜けていく。
後には呆然としているカミラと、震え上がっている衛兵、そして一部ユルの攻撃で戦闘不能になった盗賊たちが取り残されている。
カミラは開いた口が塞がらない気分ではあったが、辺境の翡翠姫の兄が勝手にやらせておいて良い、と話していたことを思い出し少し苦笑いを浮かべる。
「見た目じゃ全然わからないものね……さて、私たちは私たちの仕事をしますか……」
「ええい……どうなっているんだ!」
自室で震えながら執事に怒鳴りつけているジェフ・ウォーカー・カーカス子爵……小太りの体をさらに振るわせながら、手に持ったクッションを執事に投げつけるが……建物のあちこちで喧騒と、人が争う声が聞こえている。
牢屋に閉じ込めたままの辺境の翡翠姫の様子すら見にいっていないのに……だが地面、いや地下の方から振動なども伝わってきているのでおそらくすでに……。
どうして……夜会が無事終わり、あとはインテリペリ辺境伯家の小娘を薬で籠絡させ、リディルの婚約者、いやこの場合は傀儡人形に仕立て上げるつもりが、伝統派に所属する盗賊たちに混じって、インテリペリ辺境伯家の騎士が混じって屋敷のあちこちへと攻撃を仕掛けている。
「くそ……こうなったら……」
「……子爵、こちらにいらっしゃいましたか」
扉が乱暴に開け放たれ、部屋の中に数人の男性が入ってくる……先頭に立っているのはウゴリーノ・インテリペリ、夜会にも出席していたインテリペリ辺境伯家の次男であり騎士である。
その背後にはスラッシュ・ヴィー・リヴォルヴァー男爵、そしてさらに最後に部屋に入ってきた人物を見て、カーカス子爵は思わず口をポカンと開ける。
「リ、リディル……?」
「父上……私はインテリペリ辺境伯家の臣下として、貴方の振る舞いを許せません……私にはシャルロッタ様を傷つけることなどできない」
「ということだ、子爵……君の悪行は少し前から問題になっていてね。今回シャルを連れて夜会の招待を受けたのも、内偵目的だったんだよ」
「な、なんだ……と……」
「まさか我が妹に手を出すとは思わなかったよ、目先の欲に駆られて焦ったな。それと妹はその……規格外なのでね、薬を嗅がせた程度ではどうにもできんよ」
ガクガクと崩れ落ちるように膝をつくカーカス子爵……それを見てウゴリーノが黙ってリディルへと振り向き頷く……それは、リディルの手によってカーカス子爵を捕縛しろ、という無言の命令。
そしてリディルはその命令を忠実に実行した……父親を後ろ手に縄で縛り付け、インテリペリ辺境伯家の名代として立っているウゴリーノへと臣下の礼を持って報告を述べる。
その目にはそれまでのリディルにはない強い意志の光が点っていることを見て、ウゴリーノは黙ったまま満足そうに微笑む。
「私リディル・ウォーカー・カーカスはインテリペリ辺境伯麾下の貴族として、逆賊ジェフ・ウォーカー・カーカスを捕縛し我が忠誠が王国へと捧げられていることを誓うものです、そして我が首……閣下にお預けいたします」
(U・ᴥ・U) 我の出番ですな! → (∪・ω・) ……思ったより少ない……
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。