第一九八話 シャルロッタ 一六歳 打ち砕く者 〇八
——その瞬間、目の前に立つ銀髪の戦乙女の雰囲気がガラリと変わる……。
「……な、んだ……? 急に笑みを……」
打ち砕く者が少し離れた場所に立つシャルロッタ・インテリペリの纏う雰囲気がガラリと変わったことに気がつき、眉をひそめる……それまで人間らしい恐怖、怒り、焦り、葛藤などの感情を表す複雑な表情を浮かべていた少女が、まるで違うものになったかのような恐ろしく冷たい目で自分を見ていることに違和感を覚えた。
シャルロッタは無造作に剣を手に取り、構えを取ることをしていないが彼には分かった、彼女はどこからでも自分を切り裂けるからこそ構えないのだということを。
「……ちゃんと受けろよ?」
「……は?」
次の瞬間いきなりシャルロッタの姿が消えたと同時に、肩から左腕が寸断される……凄まじい衝撃と、この距離を走るわけでもなく一足飛びに詰めてきた?!
切断された左腕が地面に落ちるのと同時に打ち砕く者の背後、少し離れた場所にシャルロッタが悠然と立っているのが見える。
ボコボコという音を立てて黒い泡が傷口から吹き出し、切り落とされた左腕が修復されていくが訓戒者は未だ混乱していた。
「ど、どういうことだ……」
「……なんだよ受けもできねえのか、クソが」
「……何を……」
「わたくしの身体に傷を付けた、それができるなら受けれるかと思ったんだけど……ダメね」
心底つまらないという表情で再び体をゆらりと揺らした瞬間、シャルロッタの姿が消え打ち砕く者は恐ろしいまでの殺気を彼から見て右下、視界からは死角となる位置に彼女がいることに気がつき背中が総毛立つ。
なんだ? いきなり距離を詰める技か? 彼は咄嗟に鉈を振るうが切先が彼女に当たる前にその姿が消失し、腹部に鋭い痛みが走ったのを感じる。
視線を動かすと致命傷にならない程度、だが大きく切り裂かれ自分の人間を模して作られてはいるがおどろおどろしい色合いの内臓がずるり、とこぼれ落ちかけているのを見てギョッとした表情を浮かべる。
「な、あ……」
「……直す時間はくれてやるから治しなさい、優しいでしょ?」
打ち砕く者が傷口に手を当てるとゴボゴボと音を立てて泡立ち、腹からこぼれ落ちていた内臓が腐って地面へと落ちていく。
見えない……攻撃はかろうじて見えるが、移動が見えない……何をしたらこうなる? 先ほど彼女が言葉にした「魔王を倒した勇者の力」とは? この世界において彼らが崇める魔王様を倒したのは遠き時代の勇者のみ。
その勇者とシャルロッタ・インテリペリは別人であることが分かっている、そうでなくては一〇〇〇年も前の人物が生き残っているなどと誰が信じようか。
「……お前は一体……」
「さっき言ったでしょ、魔王を倒した本物の勇者……ああ、安心しなさいわたくしお前らの考えている魔王とか知らないから」
「……どういうことだ?」
わけがわからない、魔王様は魔王様だそれ以外はあり得ない。
別にいるわけがない、それなのに目の前の少女は魔王を倒した本物の勇者と名乗っている……打ち砕く者の背中に冷たい汗が流れる。
勇者に偽物も本物もないと思っていたが……だが訓戒者として長く生きている彼にとって、自らが視認できない攻撃を放つ強者の存在など予想だにしていなかった。
目の前の少女は何者なのだ……? 単なる貴族令嬢ではないのは分かっているが、それでも異常すぎる戦闘能力を持っている。
「……理解できないものを理解しようとする姿勢はいいけどね、でも無駄よ」
「……ッ!」
次の瞬間、目の前に現れたシャルロッタから、まるでモーションの見えない拳が繰り出される……その拳は打ち砕く者が防御するよりも早く腹部に叩き込まれる。
だがこの攻撃はそれまでよりも威力が小さい……彼が視線を戻すと、シャルロッタは体を縦に回転させて脳天へと踵を叩き込むところだった……腹部にくらった拳打の衝撃で崩れた体勢が元に戻せない。
視界を歪ませる凄まじい衝撃と共に、打ち砕く者は地面へと叩きつけられると、悲鳴をあげる。
「ぐああああッ!」
「……ねえ、まだわたくし戦闘術を使っているわけじゃないの」
「あ、戦闘術?」
ぐらつく打ち砕く者が地面から立ち上がると、シャルロッタは少し離れた場所で恐ろしく冷たい表情を浮かべている。
その目が気に食わない、なぜこの少女が余裕を浮かべて立っているのか? なぜ自分が弱者のように惨めに這いつくばらねばならないのか?
怒りの感情が打ち砕く者の心に沸々と湧き立っていく……自分が強者である所以、戦と殺戮の神であるワーボス神が見ている前で無様な姿は見せられない。
立ち上がった打ち砕く者は魔力を集中させていく……その異常なまでに膨れ上がった魔力を見て、シャルロッタは美しい唇を歪めて笑った。
「……やればできる子じゃない」
「ぬかせ……我はお前を殺す! 魔王様にお前が辿り着くことはない……絶対にだ!」
打ち砕く者が勝つには、確実に殺せる場へと引き摺り込むしかない。
彼がワーボス神より与えられた魔力は基本的には肉体の強化や、権能のために使われている……基本的には彼の卓越した戦闘能力と、剣技や狩人として動くための能力を優先しているからだ。
それでも自分が認めた最強の敵に対しては唯一使用を許されている絶対的な魔法が存在する……まさかここで使うことになるとは思わなかった。
認めよう、目の前にいる少女は自分が出会った、強者たる自分が戦える最高の相手なのだと。
「混沌魔法……確殺なる世界ッ!」
「……混沌魔法、ね」
打ち砕く者が唱えた確殺なる世界という魔法の発動と同時に、周囲一〇〇メートルの地面に赤黒い血液が染み出していく。
血液は人間のものではないようだが、どろりとした感触を足の裏に伝えてきており、あまり気分が宜しくはない……周りの兵士たちは先程のやり取りであらかた逃げ出しており、この魔法の有効半径にいるのはわたくしと打ち砕く者、そして先程の虐殺で事切れたものいわぬ死体だけだ。
「お前は危険すぎる……ここで確実に殺す!」
「……やれるものならやってみなさい」
血液の合間から呻き声と、怨嗟に満ちた表情を浮かべる人型をした何かがずるり、ずるりと血液を滴らせながら染み出していく。
その手には何かの骨を使って製作されたかのような、無造作で無骨な武器が握られているがこれは魔法そのものが見せる幻覚のようなもので実体ではない。
本当の攻撃は……とわたくしが顔を上げるとそこへ、強い衝撃と共に防御結界を突き破って凄まじい量の斬撃がわたくしへと文字通り着弾した。
防御結界無視……わたくしの玉のようなお肌に切り傷が次々と生み出されていき、血が流れ出していくがわたくしは動じることなくその場で立っている。
「クハハハッ! お前の防御結界は魔力で構成しているな? ならそれ以上の魔力と質で攻撃すれば突き破れる……この魔法は我が神が授けた殺戮魔法……お前に解けるはずも無い!」
「なら術者を殺すわ」
勝ち誇ったような打ち砕く者に向かってわたくしは全力で飛び出す……攻撃は魔法の範囲内にとどまること二秒くらいで発生している。
立ち止まると延々と切り刻まれて肉片にされるだけだ……わたくしが突進したことで、攻撃が躱されたと分かったのか訓戒者はその進行方向を予測して鉈を横凪に振るう。
偶然か、いや彼の戦士としての経験の長さがわたくしが攻撃のためにそこへ来ると本当にわかっていたのだろう、凄まじい速度で振るわれた鉈がわたくしの横腹へと食い込む。
「……取ったッ!」
「いいや、これじゃ死なないね」
横腹の肉を引き裂き、肉体へと食い込む鉈の感触を感じつつわたくしはお構いなしに打ち砕く者の腹部に再び拳を叩き込む。
ドゴオオオッ! という凄まじい音と共に、彼の表情が苦痛で歪む……腹部に食い込んだ鉈がブレて、わたくしの腹部から血が吹き出す……気の遠くなるような激痛にもわたくしは表情を変えず、そのまま相手の顎に向かって左拳を叩き込んだ。
ガゴオオオッ! という轟音と共に打ち砕く者の顎が跳ね上がる……その瞬間わたくしの腹部に食い込んでいる鉈を持つ手が緩んだ。
わたくしは姿勢を変えると、治療に使用するための魔力を右拳に集中させる。
「が……あ……な、治さなければ死ぬぞ?!」
「治さねえよ、その前にお前の命を奪るッ! 拳戦闘術……大砲拳撃ッ!!」
わたくしの拳が再び打ち砕く者の腹部へと突き刺さる……本来であれば拳打で周囲の空間ごとぶち壊すような恐ろしいまでの破壊力が訓戒者の肉体と、空間を制御している魔法の障壁へと叩き込まれた。
ゴオオオオッ! というせめぎ合い……わたくしの拳をもろに喰らった打ち砕く者の肉体がくの字に曲がる……恐ろしく頑丈な肉体と、超再生能力がこの攻撃を吸収しようと何度も何度も消滅しそうな肉体を再構成して威力を削っていく。
わたくしの喉奥から血液が逆流する……ゴボッ! という音と共に口から吹き出した血もおかまいなしにわたくしは全力で拳に乗せる魔力を増強していく。
「ぎゃあああああっ! や、やめろ! 死ぬぞお前も!」
「……前世で一度死んだ人間にそのセリフは陳腐すぎるわ、このまま吹き飛ばしてやる!」
わたくしの拳がさらに光り輝く……爆発的な魔力が訓戒者の肉体に穴を開けていく……再生能力すら追いつかない、正真正銘わたくしが放った魂の一撃が魔法で構成された結界を粉砕していく。
全てが白に染まっていく……魔法で構成された確殺なる世界の効果が崩壊し、地面に染み出していた血液も、怪物のような幻覚も、そして魔法の効果さえもガラスを破るような甲高い音と共に砕け散っていく。
わたくしは拳を振り抜いたそのままの姿勢で、誰に語りかけるわけでもなく静かにつぶやいた。
「我が拳にブチ抜けぬもの無し……ッ!」
_(:3 」∠)_ 我が拳にブチ抜けぬものなしいいっ!
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