第一九七話 シャルロッタ 一六歳 打ち砕く者 〇七
——甲虫の姿をした怪物と、冒険者達の戦いは佳境を迎えていた。
「うおおおおっ! これでも食らえっ!」
エルネットの凄まじい斬撃が這い寄る者の左腕を切り飛ばす……ドス黒い体液が切り裂かれた腕から吹き出し、痛みを感じたのか訓戒者の表情が歪んだ気がした。
返す刀でエルネットは怪物の腹部を斬撃で切り裂くと、大きく切り裂かれた腹部から輝くような白い内臓が地面へとこぼれ落ちていくのが見えた。
そこへユルの放った火炎炸裂が着弾し、這い寄る者の全身が炎に包み込まれるが、それでも死を迎えることのない怪物は残った右腕で連接棍を振るう。
『ガハアアッ! だが、これで死ぬわけには……! カアアアッ!』
強欲なる戦火と名付けられた伝説的な武器は、所有者の魔力に反応して凄まじい攻撃力を発揮することで知られている。
元々はこの武器自体は神話時代に活躍した一人の英雄によって振るわれた武器であり、魔力を乗せることで速度と破壊力を増す神の武器の一つでもある。
だが……今の這い寄る者には全ての力を発揮できないある原因が存在しており、エルネット達はその真の破壊力を目にすることはなかった。
『私の一撃を……食らえええっ!』
「……っ!?」
その攻撃はエルネットが左腕に構える盾によって阻まれる……ドギャアアッ! という鈍い音と共に盾がひしゃげるが、間一髪その鉄屑と化した盾を捨て、エルネットは普段は片手で振るう剣を両手で構え直すと一気に前に出る。
その動きはこれまで以上に素早く、そして鋭い一撃となって這い寄る者へと向かった……エルネットの刺突が体勢を崩した訓戒者へと迫まり……そして怪物はその凄まじい加速に驚愕しながら迫り来る切先を眺めていた。
『ば、バカな……!』
「これで終わりだっ!」
鋭い切先が固いはずの外皮を貫き、這い寄る者の喉元にエルネット・ファイアーハウスの剣が突き立てられる。
黒色の血液が流れ出し、ちぎれた腕をバタバタと蠢かせてなんとか逃れようとするが、すでに満身創痍となった訓戒者はガクガクと体を震わせながら致命傷の痛みに悶え苦しむような姿を見せている。
エルネットの背後には満身創痍となった仲間と、同じく黒い毛皮のあちこちから血を流した幻獣ガルムのユルの姿があった。
「なんて頑丈さだったんだ……」
『……まさかシャルロッタ・インテリペリどころか、冒険者如きに私が倒されるとは……』
「本来のお前だったら僕たちは死んでいただろうな……」
エルネットは肩で息をしながらこぼれ落ちる汗を拭うと、戦いに勝った高揚感よりもギリギリの戦いになんとか勝利したという安堵感で大きく息を吐く。
本来の彼の能力であればユルを加えた全員ですら手も足も出なかっただろうが……シャルロッタの仕掛けた封印を無理やり解いたことで発動する第二の効果……玻璃の牢獄による弱体化は凄まじく今の這い寄る者は第三階位の悪魔にすら劣る能力しか出せていない。
『……クフフッ! 私は死ぬことはない、神の眷族たる私は見えざる神の元へと赴き、新しい命として生まれいでる……次貴殿と戦う時には元の姿に戻って戦うことをお約束しよう』
「……なら鍛えるさ、本気のお前に勝てるくらいのな」
『クハハッ! ではその時を楽しみに私は混沌の泥濘へと戻るとしよう、エルネット・ファイアーハウス……覚えたぞその名前は』
途端に這い寄る者の体は黒い煙を上げながら、ドロドロと溶けていく……悪臭に思わず鼻を抑える「赤竜の息吹」とユルだが、みるみるうちに訓戒者の体は姿を消していった。
後には黒く変色した地面と、不気味すぎる存在感を発揮したまま後に残された強欲なる戦火がそれまでの激闘の記憶を鮮明に残しているかのようだった。
死んだ? いや……彼の言葉を借りるのであれば、泥濘へと戻り……そしていつの日か復活するということなのだろう、エルネットがもう一度深くため息をつくと、その胸の中にリリーナが笑顔で飛び込んできた。
「エルネット!」
「リリーナ……うわ、っと!」
お互いの愛情を確かめるように座り込んだエルネットはリリーナの柔らかい感触を感じながら、包み込むように抱きしめる……その様子を見ながらやれやれ、とでも言いたげな顔でそっぽを向いているデヴィットや、エミリオに治療してもらっているユルはにっこりと微笑む。
ついに自分たちの手により訓戒者の一人を退けることには成功した……確かにシャルロッタが散々に弱らせた後ではあるが、それでもエルネットの剣の冴えは以前よりも遥かに成長している。
リリーナの柔らかい髪を撫でながら、彼は自分自身の成長に満足感を覚えている……そして彼女の頬に軽く口付けをすると、すぐに表情を引き締めて仲間達へと話しかけた。
「……すぐに殿下の元へと戻ろう、ここで時間をかけすぎた」
「そうね……あの黒装束の連中、這い寄る者よりは弱いだろうけど殿下には負担をかけてしまうわ」
リリーナがそう答え彼の抱擁を解いて立ち上がると、デヴィットやエミリオも同じように頷くが、その時ユルが突然うめき声をあげてフラフラとよろめいたことで、全員が驚いてガルムのそばへと駆け寄る。
ユルは何かに耐えるような仕草をしながらも、なんとか倒れることを拒否し……そして苦しそうな表情でエルネット達を見ると、体を震わせながら驚いたように口を開いた。
「シャルが苦戦しているようです、強い痛みのようなものが感じられます……こんなのは初めてです……何かよくないことが起きているかもしれません!」
「……かっ……は……ああ……」
喉を貫かれたことで声が出ない……そして突き刺さったままの小剣を左手を使って引き抜こうとするが、黒装束の戦士は奇声を上げながら私の行動を邪魔しようと突き立てた剣をさらに深くねじ込むために手を伸ばした。
無理矢理にねじ込まれた異物の感覚と体を動かしたことによる激痛に顔を顰めた私だが、怪物の胸あたりに肘打ちを叩き込むとその衝撃で黒装束の戦士の肉体が粉砕され、血飛沫を上げながら地面へとどう、と倒れた。
ようやく邪魔が入らなくなったことで首に突き立てられた小剣を引き抜き、急いで回復能力を発動させる……一気に肉体が修復され流れ出す血液も止まっていく。
この武器……! 地味ながら防御結界無視の魔力が練り込まれている……引き抜くと同時にわたくしのてのなかで小剣がその役目を終えたのか粉となって消滅していく。
「げはっ……あ゛? ……こ゛え゛が゛……」
「クハハハッ! いやいや、ここまですんなりと攻撃できるとは思ってもいなかった……さあ、続きをしようかッ!」
打ち砕く者はその隙を逃さずに距離を詰めて肉薄すると膝蹴りを叩き込もうとするが、咄嗟に肘を使って防御したわたくしの身体がその凄まじい衝撃で宙に浮く。
くそ……喉の内部にかなりのダメージが入っていて回復能力に回す魔力で防御結界に綻びが……そこへ訓戒者の凄まじい拳が体勢を整えることのできないわたくしの横腹へと叩き込まれる。
パキパキッ! という音と共に肋骨が数本へし折れた音と、身を捩りたくなるような激痛にわたくしは思わず悲鳴を上げた。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛……っ!」
「本来の肉体は脆い……つまり体を構成する組織は人と同じ、殺せるな」
「なん……がはあっ!」
打ち砕く者が冷たい目で地面へと叩きつけられたわたくしを見ている……くそっ! 万全の状態なら反撃すら許さないというのに。
わたくしはフラフラとよろけながら立ち上がるが、そこへ容赦のない訓戒者の前蹴りが叩き込まれ、そのままわたくしは大きく跳ね飛ばされる。
だが勇者としてのわたくしの能力はそれでも負けることを許さない……負傷部分はさらに速度を上げて修復され、痛みはすぐに感じなくなり、空中で猫のように軽く体を回転させると地面を滑りながらもなんとか勢いを殺す。
「……すでに声が出るように……なんて回復速度だ、お前こそ怪物ではないか」
「はぁ……は……うふふ……」
「なんだ気でも狂ったか? この売女め」
急に口元を緩めたわたくしを見て、打ち砕く者が侮蔑の言葉を投げかけるが……わたくしはこの状況に恐ろしいまでの高揚感を感じていた。
肉体に傷をつけられてもすぐに治せる、痛みを感じてもそれはすぐに消化されアドレナリンに転換される……完成された勇者が戦闘兵器と呼ばれる所以だが。
でも、この訓戒者は転生一五年目にしてついにわたくしに血を流させた唯一の敵として相対しているのだ!!
いや細かいことを言えば昔似たようなことがあったかもしれないが、手練手管を利用してついにここまでわたくしを傷つける存在が出てきた。
「あはは……ようやく、ようやくか……」
「な、なんだ……?」
わたくしは顔についた自らの血液を軽く拭うと、獰猛な笑みを浮かべて笑った。
こいつはわたくしに勝てないなりに自らの知恵を振り絞って戦いを挑んだ敵……知恵ある者なんか比べ物にならないほどの戦闘巧者だ。
残念ながら普通の人間であればこれだけやられればすでにあの世行きだろうけど……わたくしは普通の令嬢ではないため、これでもまだ立ち上がって戦うことができる。
ならばその覚悟に敬意を表して本気も本気、本当の勇者の姿を彼に見せてやろう、そして彼に絶望を植え付けて滅ぼしてやろう……魔王を倒した本物の勇者の力を見せて。
「……見せてやりますわよ、打ち砕く者……魔王を倒した勇者の力ってやつを!」
_(:3 」∠)_ ようやく這い寄る者さんの退場……再生怪人だからね!
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