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第一九五話 シャルロッタ 一六歳 打ち砕く者 〇五

 ——薄暗い部屋の中で二人の人物が向かい合っている。


『……どうやって相手を殺すのですか?』

 一人は甲虫のような姿をした不気味な怪物……這い寄る者(クロウラー)

 その不気味な外見を気にせずに目の前のテーブルに載っている盤面の上で、駒を動かしているのは緑色の対比を持つ巨大な体を持つ不気味な怪物。

 打ち砕く者(デストロイヤー)と呼ばれる訓戒者(プリーチャー)は駒を破壊しないように、慎重な手つきで盤面の上を移動させていく。

 相変わらず下手だな、と思いつつ這い寄る者(クロウラー)は問いかけを再びくりかえす。

『あれだけの能力、そう簡単に殺せはしないと思いますが』


「……かの者は自らの能力を隠して生きてきたらしい」


『ほう?』


「隠してきたのはあまりに強い能力が軋轢を生まないように、他者から怪物と罵られないようにだろうな」

 這い寄る者(クロウラー)が盤面を軽く見た後に、さっさと駒を動かすのを見て少し不満そうな顔で眉を顰めると、打ち砕く者(デストロイヤー)は再び腕を組んで盤面を睨みつける。

 甲虫のような顔で自分を見る這い寄る者(クロウラー)の視線に気がついたのか、打ち砕く者(デストロイヤー)はきちんとした答えが必要なのだと気がついたのだろう、軽く首を傾げるとつまらなさそうな顔で答える。

「だから周りを使う、我と同じ怪物であると貶める……人間は集団で生きる生物だからな、周りの人間からの視線には案外脆いのだよ」




「……何を……お前と同じだなんて……ふざけるな!」


「いつもの言葉遣いはどうした? やはり怪物となると言葉遣いも荒くなるか? クハハハッ!」

 打ち砕く者(デストロイヤー)は嘲笑するような歪んだ笑みを浮かべ、両手を広げて周りにアピールするような芝居がかった仕草を見せる。

 ぐ……わたくしは奥歯を噛み締めながら剣を構えるが、わたくしの周りにいたはずの兵士たちは、何か恐ろしいものを見るかのように少し距離を取るように離れていく。

 それが辺境伯家の兵士であるからこそ余計に感じる苛立ち……単純に高い戦闘能力を見せるだけなら彼らもこんなことはしないのだろうけど。

「……く……どうする……」


「考える時間はないぞ?」


「……はああっ! 破滅の炎(フレイムオブルイン)ッ!」

 次の瞬間、わたくしに向かって凄まじい速度で巨大な鉈が振るわれる……だがこの攻撃は十分予測できていたためわたくしは不滅(イモータル)を振るって受け流していくと、反撃のために左手に込めた魔力を解放する。

 稲妻状の炎が噴射され、打ち砕く者(デストロイヤー)を焼き尽くしたかに見えたが、そこは流石に訓戒者(プリーチャー)というべきか、炎に包まれた肉体には焦げ目ひとつついていない。

 魔力の練り方が足りない? 集中力がどこかで切れて、わたくしのプライドに亀裂が生じていく……だめだ、どうしたらこの状況から脱せるのだ? わたくしはそれまで絶対に見せなかったような表情を浮べている。

 わたくしの表情に気が付いたのか打ち砕く者(デストロイヤー)は一気に距離を積めるとまるで無慈悲に拳を腹部に叩き込んだ。

「ようやく掴んだ弱き心……このままお前を破壊させてもらう!」


「ぐうううっ……かはあっ……!」

 凄まじい衝撃……わたくしの内臓が一気に粉砕された痛みと感覚が伝わり口から血を吐き出して、地面へと崩れ落ちる……だがわたくしが元来備えている勇者としての能力、絶対的な回復能力が死を許さない。

 あっという間に自動的に魔力が内臓を修復し、わたくしは体力を回復させていくが……だが防御結界すら貫く打ち砕く者(デストロイヤー)の攻撃を、何で防げばいいのか思考がまとまらない。

 腹部を押さえて立ち上がるわたくしを見て、打ち砕く者(デストロイヤー)はクハハハッ! と大きく笑う。

「……さあ、お互い能力の全てを出し合って殺し合おうじゃないかバケモノの姫よ……」


「……わたくしは……わたくしは……」


「ん? 何を言おうとしているのだ? 聞いてやろう」


「怪物なんかじゃ……ないっ!」

 叫ぶや否やわたくしは不滅の一撃を打ち砕く者(デストロイヤー)へと叩き込む……避けない?! 肩口まで大きく食い込んだ剣をその大きな手で掴むと緑色の血液を吹き出しつつ……彼は肉体へと食い込む剣を引き抜き、わたくしへとその巨大な牙を持つ顔を近づけると咲う。

 大きく切り裂かれたはずの肉体は、黒い泡を生じて再び元へと戻っていくが……間髪入れず再び凄まじい拳がわたくしの腹部に叩き込まれる。

「がはああっ!」


「普通の人なら腹部ごと吹き飛ぶ攻撃……だがお前は死なないなあ? クハハハッ!」

 これで死ぬわけがない……わたくしの細い肉体が宙を舞う中、再び回復能力が内臓を修復していく……大きく宙をまったわたくしは再度地面へと叩きつけられ、転がり……大きな岩に衝突してその勢いをようやく止める。

 ガツン! という音と共に頭部に強い衝撃が伝わるが、戦闘中ということもあって防御結界が働き最小限の衝撃のみでわたくしは体を震わせながらゆっくりと立ち上がる。

 周りにいた兵士は悲鳴をあげてわたくしの側から少しでも距離を取ろうと怯えて離れていく……明らかに今の一撃は常人であれば死んでいる。

 そしてその兵士は……わたくしが一番聞きたくなかった一言を本音ではなかっただろうが、漏らしてしまった。


「ひ、ひいっ! ば、バケモノ……!」


 わたくしはその言葉を聞いて、ゆっくりとその声の主へと視線を向ける……まだ若い兵士だ、年はわたくしより少し上……新兵なのか、鎧は着慣れていないようで、少しだけ似合っていない感じがする。

 目には恐怖と……打ち砕く者(デストロイヤー)に向ける怯えと同じ色をわたくしを見る目に浮かべている……鎧の徽章には侯爵軍を示す紋章がついている。

 侯爵軍の兵士か……だが、その言葉がわたくしの心にねっとりとした感触で絡みついてくる……その一言がわたくしの心に強い衝撃を与えた。


『……勇者様はお強いですね……まるでその……』

『勇者……なぜ死なない……! お前の腹を切り裂いたのに!』

『お前は……魔王と一緒……強いだけの怪物……!』

『竜を殺す毒だぞ?! なぜ効果がないのだ!』


 違う、これは前世でわたくし……いや勇者ラインが心ない人たちからぶつけられた言葉だ、今この世界に生きるマルヴァースの人たちから言われたことじゃない。

 それ以上にわたくしは賞賛を受けたじゃないか……でもその人たちの言葉はなんだっけ? なんて言ってくれたんだっけ……? わたくしの記憶からすっぽりとその言葉が抜け落ちている気がする。

 勇者とは孤独だ、と前世で散々言われた記憶がある、強すぎるゆえに孤独になるのだと。

 前世で最強とまで言われたわたくし自身がそれを感じていなかったのは、理解をしてくれる仲間がいたからだ……暖かく迎え入れてくれて、優しく褒めてくれて……一緒に笑ってくれたからだ。

「ここは……違う?」


「ハハハハッ! なんと攻撃が通らないぞ?! これは普通ではないなあぁ?」

 打ち砕く者(デストロイヤー)はわざと防御結界を貫かない程度の打撃で、拳を鉈をわたくしへと叩きつける……だがその攻撃はわたくしが常に展開している防御結界を貫くわけもなく、弾き返していく。

 殴られても切られても無傷……明らかに人間業ではないということをわざわざ喧伝して……こいつは……! 怒りで心が揺れ動くが……嘲笑しながらも打ち砕く者(デストロイヤー)は時折防御結界を貫通しそうな攻撃を繰り出し、それを防ぐためにわたくしは魔力を再度練り直す必要に駆られる。

 反撃を……不滅(イモータル)はちょっと離れた場所に刺さっているため、コンパクトにまとめた拳を突き出す。

 だがそれを待っていたのだろう、不用意に突き出した右腕を凄まじく鋭い斬撃が切り裂き……わたくしの右肘から下が切り飛ばされた。

「この……ッ! あ……? ぐ……うっ?!」


「……クハッ!」

 目の前で舞う腕と、そして真っ赤な血液……遅れてやってくる激痛にわたくしは顔を顰めるが……そんな状況でもフルオートで働く回復能力があっという間に腕を再生していく。

 痛みもすぐにシャットアウトされるが……だめだ、こいつの目的はわたくしが打ち砕く者(デストロイヤー)と同じ怪物であると刷り込むことなのに。

 要所要所で繰り出される防御結界を無効化する攻撃に翻弄され、わたくしの思考がどんどん混乱する、嫌だ……嫌われたくない、怯えられる感情を向けられたくない。


 ——誰に? 誰に嫌われたくない?


 そんなのは一人しかいない……今この戦場にはクリスもいる。

 わたくしがこの訓戒者(プリーチャー)を倒すために肉体を破損しながら倒したとして、それを見た彼がわたくしをどう思うのか?

 彼が向けてくれる笑顔、優しい視線、温かい言葉……それらがずっと好きだったと今更ながらに思い知らされた。

 だから今のわたくしを見て、彼がどう思うのか? 恐怖に濁った瞳でわたくしを見る? それは……それは一番向けられたくない視線だ。

 彼にそんな目を向けられたら……強い恐怖がわたくしを支配する……魔力の錬成に乱れが生じ、防御結界に揺らぎが生まれる。

 だが……その時優しくも力強い声が戦場内に響きわたった……その声はわたくしの心に淡く温かい光を灯す。


「……シャルロッタ・インテリペリはこのクリストフェル・マルムスティーンにとって一番大事な存在だ! だからシャル君に命じる……勝つんだ!」

_(:3 」∠)_ 打ち砕く者は騎士道とかそういうのではなく、単純に勝つためにはなんでもやるというタイプの性格です


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