第一八九話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 一九
——その異様な雰囲気を纏った部隊が戦場に姿を現したのは後退する侯爵軍に向かって、辺境伯軍が攻勢を強めていた時だった。
「な、なんだ……?」
エルネットとクリストフェルが辺境伯軍主力と共に前進を開始した時には、すでにその漆黒の部隊がかなりの距離まで近づいてきていた。
別働隊かと考えあまり深く考えていなかったが、近づいてみるとその部隊が纏う衣装は侯爵軍のものとは全く違う、見るだけで不快になる装飾が施された奇妙なものであることに気がついた。
そして……その部隊は急ぐでもなく、常に一定の速度を持ってこちらとの距離を詰めてきている……なんだ? とエルネットがその奇妙な一団へと視線を向けた時、その先頭に立っている二人の人物に釘付けになった。
「で、殿下! まずい……あれは悪魔の……!」
「……なんだって……!?」
それまで全く気が付かなかったが先頭に立って歩く人物は手には異様な存在感を放つ連接棍が握られているが、その姿は完全に人間のそれではない。
白いマント姿ではあるが、その肉体はヌメヌメとした茶色に彩られ、腕が複数本見える……その姿は二足歩行する甲虫そのものだ。
そんな怪物がゆっくりとこちらへと向かって歩いてくる……それはあまりに不気味な光景で兵士たちの間にもざわめきが漏れていく。
不快すぎるゴキブリのような見た目、それは先日シャルロッタが倒したはずの訓戒者そのものだ……その姿だけでもエルネットは全身の毛が総毛だったような気分になる。
「……這い寄る者……?! 倒したはずでは……」
「……どうやらシャルロッタ様が封印したのを解いた者がいるみたいだな」
エルネットの隣にデヴィットが馬を寄せ彼に話しかけてきた……リリーナやエミリオも彼の元へと馬を寄せエルネットの顔を見て頷く。
一度はシャルロッタが倒した相手だ……その敵を自分たちでも倒せるようにならなければいけない、そうしなければあの至高の存在に追いつくことなどできないだろう。
彼はクリストフェルに視線を動かす……その視線に込められた意思を理解したのか、第二王子が黙って頷いたのを見てエルネットは微笑む。
「……では彼は私共にお任せを、あの黒装束の軍団は何か奇妙です、十分に気をつけてください」
「承知した……こんなところで死ぬ気はないからね、君らも僕の手で叙勲させるのだから死ぬなよ」
「当たり前ですよ、侍従の二人も死んじゃダメよ?」
リリーナがクリストフェルの言葉に微笑み、そしてヴィクターとマリアンへと話しかけるが、その言葉に二人は少し緊張した面持ちで頷く。
乱戦ともなればクリストフェルを守るのは自分たちだけになるということを理解したのだ……エルネット達は馬を降りると武器を構えて王子たちから少し離れるように別の方向へと歩いていく。
それを見ていたのだろう……這い寄る者は黒装束の一人に何やら指示をすると、一人エルネットたちが移動する方向へと歩き始め、部隊はそのまま侯爵軍の陣営へと向かいクリストフェル達の進路を塞ぐように移動を始めていく。
エルネットはそれを見てリリーナ達へと話しかけた。
「……どうやら向こうも俺らを狙ってるね、ならそれはそれで好都合だな、俺たちの手で倒すぞ!」
「這い寄る者が冒険者を引き寄せた……侯爵よ、あとは我が言うように正面から攻めかかると良い」
打ち砕く者は少し不安そうな表情のディー・パープル侯爵へと話しかける……侯爵は辺境伯軍に押されたように見せつつ、じっくりと防御陣を整え直しなんとか軍隊としての形を維持していた。
侯爵自身がそれなりに優秀な指揮官であったが故に、大きな崩壊には至っていない……とはいえ指揮官の数が足りない。
一部の兵士は作戦とも知らずにそのまま逃げ出す者が増え始めており、その混乱が部隊にも波及し抗戦などできそうにない兵も続出している。
「大丈夫なのか? お前の連れてきた部隊は一〇〇名程度だろう?」
「混沌の戦士団は一〇〇名しか作れなかった、だがそれで十分……それと我は王子には手を出さんぞ」
「なぜだ?」
「……我が王子を殺したところでお前達の名誉にならんだろう? あくまでも辺境の翡翠姫だけが我の敵だ」
当たり前だろう、といわんばかりの顔で打ち砕く者は少し呆れた表情を浮かべるが、ディー・パープル侯爵はムッとした顔で隣に控える怪物を睨みつける。
作戦は理解している……侯爵軍と辺境伯軍の全面衝突を誘発し、その兵士の中に混沌の戦士団を紛れ込ませ、辺境伯軍を指揮するクリストフェル・マルムスティーンを倒す。
おそらくクリストフェルを守るためにシャルロッタは確実に戦場へと向かってくる……そこを打ち砕く者が奇襲攻撃で倒す。
シンプルだが、これが確実だろうと言う結論に達した……未だ辺境伯軍の兵力よりも侯爵軍の兵力は多く、士気はそれほど高くないとはいえ時間をかければ確実に削り切れる。
侯爵は兵士たちに紛れて棒立ちになっている混沌の戦士団の一人へと視線を動かすが……その戦士は侯爵の視線を感じても動ずることはなく、キチキチという奇妙な音を立てて立っているだけだ。
「……あれは人間なのか?」
「人間ではない、とでも言って欲しいのか? 素材はちゃんと受領した、それ以外に何が知りたい……侯爵軍の兵士へと襲い掛からぬように調教はしてある、安心して戦え」
「む、う……っ」
侯爵軍の兵士たちも不気味で異音を立てる混沌の戦士団から少し距離を取りたがっているのか、怯えたような表情で必死に身を捩っているものなども存在している。
これで本当に戦闘になりえるのだろうか? という不安を感じつつも侯爵は、こちらへと向かってくるクリストフェル率いる辺境伯軍が隊列を組みながらゆっくりと近づいてきていることで覚悟を決めた。
兵士たちへと檄をとばすために、馬を軽く走らせると往年の侯爵らしいよく通る声で叫んだ。
「いいか! クリストフェル殿下がここに向かってきている……だが我々は王家へと忠誠を誓った身、国王代理、アンダース殿下のために粉骨砕身最後まで戦うのだ!」
「「おおおおっ!」」
「良いか! 命を惜しむな、貴殿らの勇戦は後の世の歴史家が必ず伝説として語るだろう……ディー・パープル侯爵の名において、この戦い勝利を掴むぞ!」
「「「うおおおおっ!」」」
長年侯爵家へと仕えてきた兵士たちだ……王家のために働くというよりも侯爵家のために戦う者が多く存在している。
彼らの主人であり、当主自らが飛ばした檄に応じない兵士などない……たとえ隣に奇妙な生物が立っているとしても、今この瞬間だけはそれを忘れて武器を振り上げると雄叫びを上げていく。
侯爵軍の兵士は熱狂しているが、奇妙な音を発している混沌の戦士団達はそれには応じず、棒立ちのまま虚空を見つめるだけだ。
だが侯爵のそばに控え口元を歪めて笑う打ち砕く者は、まだ戦場に姿を現そうとしない白銀の戦乙女との戦いに心を躍らせている。
侯爵は何も言葉を発しようとしない打ち砕く者を見上げて軽く舌打ちをすると、そのまま馬を走らせて軍の先頭へと移動して行った。
そう、これでいい……打ち砕く者の体は大きすぎて目立ってしまう……目立たないためには相手の認識を阻害し、存在感を消さねばならない。
彼がそう願うと、次第に彼の姿は周りの混沌の戦士団達へと紛れていく……戦士かつ狩人でもある打ち砕く者は自らの姿を集団に溶け込ませ、相手に認識をさせない特殊な権能を持っている。
「……神よ、狩の時間である……御身の権能を我に貸し与えたまえ……」
混沌神ワーボスは眷属の願いに応える……兵士たちは先ほどまでいたはずの不気味な巨人の姿がいつの間にか消えたことに気がついていない、いや気がつくことができていない。
強力な混沌神であるワーボスの目が矮小なる人間の目を誤魔化しているからだ……兵士の中にはその力に抗うものもいるだろうが、そう言った人間は根源的な恐怖を感じてそこに目を向けることができない。
本能的な恐怖心はじわじわと人の心を侵食していく……打ち砕く者は満足そうに頷くと、同じ眷属に近い混沌の戦士団の一人に軽く指示を飛ばす。
「……行け、侯爵軍の助力をしろ、その時まではな」
混沌の戦士団はその指示に従い兵士達に紛れて歩き始める……見れば両軍の先頭はかなりの距離まで近づいており、戦いが始まろうとしている。
まだ打ち砕く者の感覚にはシャルロッタが放つ強烈な魔力は感知できていない。
この戦場へと降り立てばすぐに気がつく……そしてどんなに強力な英雄であっても混沌神ワーボスが見ている戦場にて、打ち砕く者をギリギリまで知覚することは難しい。
「……では、狩猟を始めよう……標的は銀色の戦乙女のみ……思う存分殺しあおうぞ」
_(:3 」∠)_ ちなみに封印を解いたのは這い寄る者本人なのですが、それは本人しかわからないという
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











