第一八八話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 一八
——侯爵軍の数回にわたる突撃は辺境伯軍の頑強な抵抗の前に粉砕され、次第に焦りの色を強く帯びてきたものへと変化していた。
「来るぞ! いいか……ここで受け止めて追い返してやれ!」
「「「おおおおおっ!」」」
クリストフェルの声に応じて、辺境伯軍の兵士たちは雄叫びを上げる……今彼らを率いている王子の勇敢さ、そして個人的な武勇が優れているのを見て、兵士たちの士気は最高潮に達しようとしていた。
数回にわたる侯爵軍の突撃をクリストフェルと、それを補佐するエルネットが的確に対処し、綻びそうな場所へと向かい自ら剣を振るって戦い、そして相手を押し返していく。
自らも傷を負いながら、美しい金色の髪に返り血を浴びつつクリストフェル・マルムスティーンは兵士たちとともに懸命に戦っている。
「……殿下! 前に出過ぎです!」
「わかってるけど……ここで食い止めないと……うわっ!」
クリストフェルの体がグイッと後ろに引かれ、彼は思わずひっくり返るがそれまで彼の頭があった場所を無数の矢が通過していくのが見えた。
彼を引っ張って倒したのはエルネット・ファイアーハウス、金級冒険者「赤竜の息吹」リーダーにして高名なる戦士の一人だ。
彼はすぐにクリストフェルの手をとって少し乱暴に立ち上がらせると、そこへと迫ってきた敵兵士の槍を右手に持った剣で切り払い、相手の胸を蹴り飛ばすと後ろに控えていた兵士たちへと号令をかける。
「反撃しろっ! 殿下を守るんだ!」
「「「うおおおおおっ!」」」
エルネットの声に反応した辺境伯軍の兵士たちが槍を持って一気に前へと推し出る……その勢いに侯爵軍の攻勢が止まり、幾度かの攻防を繰り返した後次第に劣勢となって後退を余儀なくされていく。
エルネットに手を繋がれたままだったクリストフェルは、ようやく安全になり始めているというのを理解したのか、その場にどかっと腰を下ろすと傍で一息つくように大きく息を吐いたエルネットを見上げる。
冒険者でありながらこの内戦において最も名を挙げた英雄……年齢は今のクリストフェルと一〇歳程度離れており、若い頃から冒険者として活躍し、王都においては最も優れた戦士の一人だと謳われた人物でもある。
「……すまないね、エルネット卿……ちょっと頑張りすぎたよ」
「いえ、殿下の勇気に皆が一所懸命に働けていますよ……ただ前に出過ぎですね、あなたは旗印なのだからそこまで前に出なくてもいいんですよ」
「……いやあ……でも義兄の作戦がうまくいってるようだし、僕も頑張らなくてはってね」
軽く頭を掻いて恥ずかしそうな表情を浮かべるクリストフェルの顔を見て、少し頬を綻ばせるエルネット……二人は戦いの中で王族と冒険者という枠組みを超えて奇妙な友情のようなものが芽生えており、互いに背を預けて戦えるまでに信頼関係を築いていた。
辺境伯軍が何度目かの侯爵軍による攻撃を押し返し始めている……もともとハーティは要害の地でもあり、攻めにくい地形に建設された砦を中心に発展した街だった。
瓦礫に埋もれたとはいえ、堅牢な城壁は健在であり、さらには辺境伯軍の士気は恐ろしく高い……無理に攻めて出なければ侯爵軍は撤退を余儀なくされるだろう。
「……それまでこちらが持つかな?」
「持たせないといけないでしょうね……もうすぐ冬です、補給路を断たれて勝てる軍は存在しません」
クリストフェルが最前線で戦っている間、ベイセル率いる別働隊はハーティを離れ、侯爵軍の補給部隊へと繰り返し襲撃をかけていた。
侯爵軍もそれを捕らえようと警戒を強めているのだが、地理を熟知している辺境伯軍の神出鬼没の戦いぶりに、全くもって後手に回っているらしい。
そのおかげなのか、侯爵軍の勢いが日に日に弱ってきている……攻勢も初日ほどの圧力はない、だがそれでも数の差が如実に現れており、二人が最前線で剣を振るうことでなんとか押し留めているような状況なのだ。
「……義兄は敵に回したくないなあ……」
「辺境伯家の子息は優秀ですね、第一王子派が可哀想になるくらいに」
「まあでも絶対的な数の差はあるからね、油断はできないよ」
「そうですね……今ハーティを守っていても局地戦にしかすぎませんし……本格的な衝突で勝てないことだって考えられますよ」
そう、現時点ではハーティという一都市で行われている局地戦では良いようにやられている第一王子派が、主力同士の戦いでは勝つ可能性があるのだ。
兵力の差は如何ともしがたく、第二王子派は絶対的に不利な状況であることは変わっていない……こうしている間にも中立派貴族の取り込みを両陣営は積極的に行なっているが、第一王子派の数が徐々に増えていっているとも言われている。
だが……第一王子派が辺境伯家を攻めあぐねている状況は、王都だけでなく諸外国にも伝えられており、時間が掛かればかかるほど第一王子派の優位性は次第に失われていく。
それがわかっているからこそアンダースは冬に入ろうかというこの時期にハーティへと侯爵軍を向けたのであり、主力の決戦前にここで勝利を得て、士気をあげていきたいという狙いもあるのだろう。
「侯爵軍が無理に攻め込んできたのは戦の勢いを維持したまま冬に突入したいからだろうな……」
「ですがこのままでは攻め落とすことは難しいでしょう、瓦礫の山だからといってハーティを放棄したのは悪手ですよ」
ハーティという街にはいくつかの戦略的な要素があった、辺境伯領の端にある小さな都市ながらこの場所を押さえているのがどちらかであるかによって、確実に次に打てる手段が変わってくる。
第一王子派は辺境伯領へと攻め入る拠点の一つとして……そして辺境伯軍の鼻先を抑える重要な要としての役割、それらを考えるとあっさりと放棄したことが不可解だ。
だがハーティが街として機能するかというとすでにそれは難しい……住民はエスタデルへと逃げているし、瓦礫と残された仕掛けや罠だらけ、挙げ句の果てには復興するための資材にすら事欠く。
侯爵がそれを嫌って放棄したことも理解はできる……逆に辺境伯家はこの街の住民を戻すために、復興をするという名目が立つ上、失われた兵力も小さい。
人材の損失は痛手ではあるが、それでも復興事業に際して、大きな投資や商いなどが動くきっかけになる。
「……さて、あまり前に出るなと言われているけど……このまま兵士たちに任せておくのも癪だね」
「ふっ……「赤竜の息吹」が殿下を護衛いたしますよ」
笑うエルネットの背後には頼もしき「赤竜の息吹」の面々が同じようにクリストフェルを見つめて笑顔を浮かべている……全員が奮戦したのだろう、受けた傷も少なくない……だがそれ以上に目には希望と、そして覇気のようなものが宿っている。
彼らと共に、クリストフェルの侍従であるヴィクターとマリアンも同じように武器を構えてクリストフェルを見つめると黙って頷いた。
クリストフェルは剣を振りかざすと、戦場によく通る声でその場にいた全員へと命令を下した。
「……よし、ここで侯爵軍を押し返すぞ! 我に続け……ッ!」
「……戦の匂いが変わったな」
打ち砕く者がヒクヒクと鼻を動かしながら傍に控える這い寄る者へと語りかける。
二人は戦場を見渡す丘の上に立つと、ハーティを守る辺境伯軍と攻め寄せる侯爵軍の動きをじっと観察していた……特に打ち砕く者は何かを観察するように視線を動かしつつ、彼にしか分からない感覚で何かを感じとっているのだろう、感心したように時折感嘆の声を上げながらその様子を見守っている。
ここから見ると侯爵軍はまだ数に勝るが、勢いは守備側の辺境伯軍が優っており、侯爵軍の隊列が歪に歪んでいるのがよく見える。
『……負け、ですかね』
「ああ、侯爵は初手で全軍を持って力押しをするべきだった……最初のハーティ攻撃ではそれが出来ていたのに、自軍の損害が思ったよりも大きくて尻込みしたのだろう」
『……人などいくら死んでも変わりますまい』
「戦争は違う、戦争は損害が出れば出るほど何が正しいのか、間違っているのか指揮官は迷うものだ……味方の損害を気にせずに攻撃のみを下知できる人間はそう多くない」
すでに指揮官クラスの戦死者も出ているのだろう、部隊ごとによっては有効な反撃ができずにずるずると後ろへと下がっていくのが見える。
打ち砕く者がゆっくりと立ち上がる……そろそろか、そろそろ自分たちが出ないとこの戦は確実に負けで終わる。
「……ムーシカも全滅したようだ」
『まああれは捨て駒ですしね……次の準備はできていますよ』
這い寄る者は軽く別の方向へと目をむける……そこには数はそれほど多くないが、異様な装飾の施された衣装を身に纏った人物たちが立っている。
彼らは顔が見えない兜をかぶっており、武具に至るまで施された装飾は見るだけでも不快になるような、どことなく歪で狂気じみた紋様が施されているのが見える。
彼らの手には恐ろしく巨大な怪物の骨で作られたであろう、戰斧や長槍が握られているが、兜の奥に光る目は異様なほどの殺気を帯びたものだ。
数は一〇〇人程度……その異様な集団を見た打ち砕く者は口元を歪めて笑うと、ゆっくりと丘を降りていく……そして無言のまま怪物へと付き従う集団が音もなく戦場へと向かって歩き始める。
「……ではこの戦をはじめとして我らの強さを知ってもらうとしよう……行くぞ混沌の戦士団よ……初陣である」
_(:3 」∠)_ 実は最初訓戒者の呼び名は混沌の戦士だったんですが、そのままだとつまんねーなと思いまして色々調べて変えました
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