第一八五話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 一五
「……近くの村に魔物が出たそうだ」
「こんな時にですか? それは楽し……いえ、大変ですわね」
ハーティから少し離れた場所に存在する小さな村グラマから、血まみれの男性が逃げてきたのは、クリスが初勝利を得てから数日後のことだった。
なんでも村に魔物が押し寄せてきて多数の被害者が出ており、早急に助けを求めたいということだった……なんでも近くで戦争をやっていると聞いていたので、領都にいくよりも先に動いてもらえるかもという判断でこちらにきたそうだあが、よく兵士に取り押さえられなかったなとは思う。
戦争に参加している兵士は恐ろしく気が立っていることもあるので、本来は悪手でしかないのだけど……最初に話を聞いたのがエミリオさんでよかったと思うべきだろう。
「……シャル? 今楽しそう言って言わなかった?」
「言ってませんわ、早く対処しなければいけませんわね」
「……そうだね」
ちなみに侯爵軍と辺境伯軍はその後大きな攻勢に至らず時折小競り合いを続けながら睨み合っている……消極的にも見える侯爵の行動にベイセル兄様や、クリスは戸惑い何か裏があるのではないかと訝しげ、有効な手を打てずにいる。
なんとなくだけど単にそれ以上の消耗を決断できずにいるだけじゃないかな、と思いつつもわたくしが前面に出ていくのは不味かろうということで、あえて口出しはしていない。
しかし……思ったよりも退屈な状況が続いていたため、わたくしは思わず飛びつきそうになってしまった。
「早めに対処しなければいけませんわ、領民の安寧を守ることも貴族の役目……そうですわよね?」
「……そうだね」
呆れ顔に近いベイセル兄様の表情を横目で見ながら、わたくしは視線を合わせないようにしながら笑顔を浮かべているが、内心さっさと話を終わらせてその魔物とやらをしばき倒しに行きたいなあと思っている。
戦争に加担するのは簡単だが、おそらくわたくしが前面に出て行った段階で殲滅戦になってしまうし、訓戒者のような連中がそれを見過ごすはずもない。
そうなった場合は敵味方関係なくわたくしは殲滅しなければいけない可能性があり、今後の内戦においてあまり良くない影響を与える可能性がある。
そう言った観点からベイセル兄様にも余程の事態じゃないと出られないとは伝えてあるし、クリスからは出なくて済むようにしたいとも伝えられている。
「……とはいえ軍隊側の対応でどうにかなるとは思えないから、シャル行ってくるかい?」
「いいのですか?」
「暇なんだろ? シャルがずっと暇そうにしている方が士気に影響するよ」
ベイセル兄様はため息をつきつつそう告げると、わたくしに一枚の司令書を手渡してきた……書面とは言っても羊皮紙に書かれたものではあるが、文面としては『グラマ付近で起きている事象を解決せよ』と書かれており、これを持っていれば陣営から抜け出しても罪には問われないということになるな。
わたくしが黙って司令書を懐に入れると、兄様は何かに気がついたのか表情を少し変えたのち、申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。
「……エルネット卿に頼もうかと思ったんだけど、彼らも今作戦行動中なんだ」
「知っていますわ、だから暇な……あ、いえ、手が空いているものが動くべきですわよね」
エルネットさん達「赤竜の息吹」は、現在インテリペリ辺境伯家内では軍属待遇での契約を結んでいる……そのため、作戦行動に入ると他の任務は任せられないし、途中で抜け出すわけにもいかなくなる。
結果的に今辺境伯の陣営で一番暇なわたくしが動くしかない、ということなのだ……仕方ないね。
わたくしは黙って一礼すると、そのままテントを出て軽く体を伸ばしつつ、自分のテントへと歩いていく……軍服などは持っていないが、一応パンツスタイルの騎士服で最近は過ごしていて着替える必要があるからだ。
ずるり、とわたくしの影から幻獣ガルムであるユルが姿を見せるが、大型犬サイズの状態でわたくしについて歩きながら話しかけてきた。
「魔物という事ですが、混沌の眷属の影響ですかね?」
「多分誘ってきてるのよ、こっちに来いって……あえて乗っかってやろうじゃないの」
もしわたくしがいることで、侯爵軍の全面攻勢ができない状態だったとして、その原因が取り除かれれば軍が動くだろうか? 侯爵の慎重な性格を考えるとそれでも積極的な攻勢に出れるとは思わないけど、きっかけとしては十分な気もする。
ただ……全面攻勢に対しての対策も考えているわけだし、多少なりとも防衛するための備えもあるから耐え切ることは可能だろう。
ハーティ自体も罠や仕掛けが多く、まだ生きている装備を使えば問題ないはずだ。
「シャルロッタ様が出れば万事解決……早く助けにいかないとね、漲るわー」
——グラマ村はハーティからほど近い森の中に作られた小規模な村だが、今はその面影もなく……人々の死体や、絶望の声が広がっていた。
「わえはメルドルメル……村長に尋ねる、次に失われる魂はどれ?」
ニヤニヤと笑うメルドルメルの手には、血塗られた舶刀が握られその切先は怯えた目を浮かべて震える村人に向けられている。
地面には苦悶の表情を浮かべて絶命する数人の村人が転がっている……村の中にはメルドルメル以外のムーシカが複数存在し、動かなくなった女性の死体を貪り、内臓を奪い合い、まだかろうじて命を繋いでいるものへと伸し掛かって生きたまま肉体を引き裂いているのが見える。
村長と呼ばれた老人は血まみれの状態で荒い息を吐いており、治療しなければ数時間も持たずに絶命するだろう……だがメルドルメルは歪んだ笑顔を浮かべながら村長へと尋ねる。
「ムーシカを見るの初めて? クヒヒッ! わえらは人に追いやられた存在、知らないの仕方ない」
「お、お許しを……わしらは単なる村人で……戦争にも参加しておりません……」
「わえは許しは受けない、人間は皆殺し、死体は繁殖に使う……」
メルドルメルはおもむろに舶刀を振るうと、震えていた一人の男性の首がゴトッ! という音を立てて地面へと転がり、血飛沫をあげて身体が倒れていく。
だが憔悴しきった村人達は悲鳴を上げずに、どこか遠くの出来事を見るかのようにそれを見つめている……絶望が彼らの心を麻痺させている。
「どうして、どうしてこの村が……」
「クヒヒッ! 平和など幻……」
メルドルメルは笑顔のまま村長の顎をぐい、と掴むと息を吹きかける……生ゴミのような、それでいて耐えられない悪臭が鼻につき、村長は思わず咳き込んだ。
白い毛皮のムーシカの体には、返り血がベッタリとつき、まるで戦利品を誇示するかのように内臓を肩にかけている……その内臓の持ち主は抵抗しようとして殺された村の男のものだ。
軽い悲鳴をあげて村長は怯え、体を震わせながら腰砕になって許しを乞うように頭を下げ続ける……そんな村長の姿を見て口元を舌で拭ったメルドルメルは、ゆっくりと舶刀を振り上げた。
「わえは血をみたい……真っ赤な血を!」
「ひいいいっ!」
メルドルメルが一片の慈悲もなく、片腕を振り下ろす……だが、その手に持つ武器が村長を切り裂くよりも早く、手首付近で寸断されたのを見て、怪物の目が見開かれ軽い悲鳴をあげた。
断ち切られた手首から赤黒い血が飛び散るのと同時に、その場にいた全員の視線がその場に突入してきた乱入者へと向けられる。
銀色の胸当てと美しく輝く銀色の髪……美しき戦乙女であるシャルロッタ・インテリペリが女性にのし掛かったまま驚いた表情を浮かべていたムーシカを蹴り飛ばす。
その一撃でムーシカの上半身が吹き飛び、内臓と血飛沫をあげて倒れ伏すが、陵辱されていた女性は何が起きているのかわからないのか放心状態のままだ。
「お前は……! うぐ……わえの手を……!」
「あら、思ったよりも貧弱なのね? まムーシカ如きじゃこんなもんか」
「……シャルロッタ・インテリペリ!」
ムーシカ達は慌てて武器を手に彼女を囲もうとするが、当の本人は余裕の表情を浮かべたまま傍で倒れ伏す女性へと何らかの魔法をかけているのが見える。
本来……ムーシカはその見た目などから人間より弱い、と思われがちだが身体能力においては多少非力な部分があるが、ずる賢さや生命力、そして素早さなどでは人間を遥かに凌駕する存在である。
メルドルメルは口元で何かをゴニョゴニョと唱えると、彼の断ち切られた手首から漆黒の泡が吹き出し、そのまま手を再生させると、切り離された手から舶刀を拾い上げてシャルロッタへと向けた。
「わえ達はお前を待っていた……! ここ、きたことを後悔させる!」
「待っていた? ああ、やっぱりそっち方面の作戦なわけね」
この場にいるムーシカの数は七〇体を超えており、一体一体はシャルロッタに敵わなくても、数を使った戦いとなればそれなりに消耗させられる。
メルドルメルは軽く口笛を鳴らすと、屋根の上にはムーシカの弩弓兵が現れシャルロッタ・インテリペリへと武器を向ける……絶体絶命とも思えるその場面において、当のシャルロッタは口元を美しく歪めたまま片手に持った魔剣不滅をゆっくりとムーシカ達へと向ける。
「……かかってらっしゃい、これでも数は全然少なすぎるのよ!」
_(:3 」∠)_ ということでシャルロッタ様は別の場所に出張へ……
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