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第一八三話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 一三

 ——ディー・パープル侯爵軍とクリストフェル率いるインテリペリ辺境伯軍は互いの陣地を挟んで睨み合ったまま数日が経過していた。


「……動かぬのか……何を考えている」

 ディー・パープル侯爵は辺境伯軍が馬防柵の内側に籠ったまま動こうとしない様子を見て、疑心暗鬼に陥っていた。

 彼の知るクリストフェルは病気になるまでは快活な若者であり、第一王子アンダースと比べると覇気には欠けるが知的で好奇心旺盛な性格だった。

 その彼がこちらの出方を見ているかのようにじっと動かない様は侯爵にとって不気味に感じられ、余計に動きを取れなくなってきている。

 血気盛んな若者であれば単純に攻め込んできたのだろうが……侯爵が苦々しい表情でハーティを見ていると、焦れたのか騎士ハーガンディが彼へと話しかけてきた。

 ハーガンディは黒髪に立派な体格をした強面の騎士だが、彼は侯爵へと恭しく頭を下げる。

「……このままこう着状態を続けても埒があきませぬ! 出撃の許可をいただきたい」


「……だめだ、相手が動くまでは……」


「敵軍の一部に動きがありますっ!」

 兵士の声にハーガンディも侯爵も慌てて彼らが指差す方向へと目を向けるが、なんとハーティの正面に騎馬姿の一団が姿を現した……先頭には離れていても分かるくらい明るい金髪に、藍色の軍服を纏った人物の姿が見える。

 侯爵はその先頭に立つ人物がクリストフェル・マルムスティーン本人であることをすぐに理解した……アンダースとは違って細身だが、醸し出す雰囲気は圧倒的で思わず侯爵軍の誰もがその姿を見て見惚れてしまうくらいの優雅さを感じる。

 クリストフェルと少数……一〇〇騎程度の騎士たちは悠然と侯爵軍が見ている前を横切るように移動し、小高い丘の方向へと移動していく。

「侯爵閣下!」


「ど、どういうことだ……? 見せびらかすように」


「閣下! 王子殿下がハーティを出立しています……ここで捕えれば内戦が終結いたします!」


「ぐ……三〇〇持っていけ、いいか決して深追いするなよ?!」

 侯爵は本来熟慮を重ねて事にあたるタイプであり、事態の急変などに対応することはあまり得意ではない……だが、内戦の終結という部下の言葉に衝動的に動かざるを得なくなった。

 ハーガンディは大きく頷くと、兵士たちに号令をかけて出撃の準備を始める……その間にもクリストフェルと少数の兵が丘の上へと布陣した後、まるでかかってこいとばかりに悠然と隊列を組んでいるのが見える。

 強い違和感……態々誘うかのような動きに何かおかしいと思いつつ、侯爵は陣営に残る兵士へと改めて命令を下すまでは待機だと伝えると、再びクリストフェルの布陣する丘へと視線を戻す。

「なんだ? 何がおかしい……何かが……」


「侯爵閣下、ハーガンディが出撃いたしました」


「む……」

 ハーガンディは侯爵軍の中では新参者だが、勢いに乗った時の突撃には定評があり侯爵自身も先鋒としてだけでなく、決定的な場面で投入することが多い騎士の一人だ。

 三〇〇名の騎兵隊を引き連れ、ハーガンディはまっすぐにクリストフェルと思しき人物が率いる少数の集団へと向かっていく……。

 だが、その様子を見ていた辺境伯軍が動き始める……丘を放棄するのか、ゆっくりと後退を始めているのだ。

 その様子を見ていた侯爵軍が歓声をあげ、勢いに押されたのか勢いを増してハーガンディ率いる部隊が丘を駆け上がっていく……侯爵軍が固唾を飲んでその様子を見ていると、突然まるで違う方向……陣営の反対側で大きな連鎖する爆発音と悲鳴が上がった。

「な、なんだ?!」


「敵襲ーーッ!」

 侯爵軍は突然の敵襲に混乱を生じ始めた……本陣以外、特に襲撃を受けた東側にいた兵士たちは何が起きているのかわからないようで、悲鳴と怒号が場をさらに混乱させていく。

 襲撃は巧妙だった……大きな爆発音は魔法使いが使用する火球(ファイアーボール)の魔法が複数叩き込まれたことで起きたものと、もう一つなんらかの火薬が炸裂した音が混じっていた。

 そして混乱した陣内へと、少数だが恐ろしく腕の立つ戦士たちが踊り込んできたのである……冒険者「赤竜の息吹」を率いるエルネット・ファイアーハウスと、辺境伯軍に所属していた騎士が数名がまさに特攻ともよべる速度で飛び込んできていたのだ。

「……死にたくなければ逃げろ! 深追いなどしないッ!」


「ひ、ひいいっ!」

 エルネットが振るう剣が容赦無く反撃を試みた兵士の槍を切り裂き、鎧を貫いていく……金級冒険者として名高いエルネットの剣閃は凄まじく、恐ろしいまでの速度で振るわれるため、防御すらままならぬまま数人の兵士が血飛沫をあげて地面へと倒れていく。

 それを補佐するかのように辺境伯軍の騎士数名も、混乱で反撃が覚束ない兵士達を切り伏せると雄叫びを上げながら次々と集団の中へと飛び込んでいく。

 エルネットはある程度兵士を倒し終えると、侯爵軍の態勢が整い始めたと判断したのか首に下げていた笛をかき鳴らして騎士と共に離脱していく。

 そこへ再び火球が複数飛来し、反撃に転じようとした兵士たちを容赦無く炎の爆発へと巻き込んでいく……、気が付けば侯爵の陣地には無数の死体と、呻き声をあげる怪我人が横たわる地獄絵図と化しており、唖然とする間もなくさらに反対側、ハーガンディが丘を駆け上がっていく方向で悲鳴ともつかない声が上がる。

 かろうじて命拾いをした兵士の一人が、目の前で血を流しながらうめく仲間の兵士を見ながらポツリとつぶやいた。

「な、なんだ……なんでこっちの方が優勢じゃなかったのかよ……いきなり何が起きたんだよ」




「どうやらうまく行ったみたいだねえ」

 クリストフェルはゆっくりと腰に履いていた名剣蜻蛉(ドラゴンフライ)を引き抜くと、その虹色に輝く刀身が太陽の光を浴びて艶かしい色合いで光り輝く。

 今回の作戦はまず彼が率いる少数の集団が敵の目を引き、そちらに敵軍を集中させている間に、盗賊組合(シーヴスギルド)の斥候が突入経路を見張る監視兵を排除、「赤竜の息吹」のデヴィットとリリーナ、そして少数だが従軍していた魔法兵による魔法攻撃と共にエルネット率いる辺境伯軍の中でも特に腕に自信のある騎士数名により奇襲を行う、というものだった。

 ディー・パープル侯爵が正道を好み、慎重かつ熟考による戦術を選択するという彼の性格を逆に利用しようとしたベイセルの発案によるものだ。

「殿下、目の前の騎兵隊は自軍の混乱に気がついたのか足が止まっております」


「そうだね……では……我に続けえっ!」

 彼のそばに控えていたエミリオの言葉に頷くと、クリストフェルは混乱と状況の変化に戸惑い丘の途中で混乱し始めたハーガンディ隊に向かって蜻蛉(ドラゴンフライ)を天に掲げながら突進し始める。

 旗印であるクリストフェルに遅れてなるものかとばかりに、彼に従った一〇〇名の騎兵が丘を駆け降りるようにハーガンディ隊へと一気に突進を開始した。

 クリストフェルはこちらに気がついて慌てて武器を構えようとした騎兵を蜻蛉(ドラゴンフライ)の一撃を見舞う……まるで金属製の鎧が紙切れだったかのように、抵抗もなく肉体を切り裂くと、血飛沫をあげながら落馬していく兵士を横目に、彼はハーガンディ隊の中央へと突進していく。

「く、クリストフェル殿下が来たぞおおっ!」


「は、反撃しろっ!」

 ハーガンディの悲鳴に近い怒号が響くが、人間状況が混乱している際にはまともな思考能力が働くものではない……虚をつかれた格好と、自軍の混乱、そして本来自分達が攻めているという状況が脆くも崩れ去っていく中、まともな反撃ができるものが何名いるだろうか?

 クリストフェルが蜻蛉(ドラゴンフライ)を振るたびに、虹色の剣閃と赤い血が宙に舞う……悲鳴と怒号の中、彼は無心で剣を振るい続ける。

 少し離れた場所では「赤竜の息吹」のエミリオが槌矛(メイス)を振るって、敵兵を地面へと叩き落としているのが見える。

「指揮官はどこだっ!」


「殿下! お覚悟を……!」

 クリストフェルの呼びかけに答えたのか、一人の騎士が姿を表す……一度だけ彼の姿を王都で見たことがあったな、と思いつつも雄叫びを上げて切り掛かってきた別の兵士を一撃で切り伏せてからクリストフェルはハーガンディへ向かって剣を向けた。

 彼の手に握られている剣が王家に伝わる名剣蜻蛉(ドラゴンフライ)であることに気がついたのだろう、目を見開くよう驚いた表情を浮かべた後、ハーガンディは何度か首を振って余計な思考を飛ばすと、クリストフェルに向かって大声で叫んだ。

「私は騎士ハーガンディ! 殿下を捕らえて内戦を終わらせるものです!」


「覚えてるよハーガンディ……だが君に負けるようでは兄上に辿り着けないんでね、かかってこい!」

 その言葉と同時にハーガンディは手に持った戦斧(バトルアックス)を振り翳して突進する……膂力で勝負するタイプか、とクリストフェルは馬の腹を蹴ってあえて前に出る。

 ハーガンディはその動きに対応しきれず、苦し紛れに武器を振るうがクリストフェルはまるでその軌道を予測したかのように剣をおくと、事も無げにに受け流した。

 キャイイイイン! という甲高い音が響く……ハーガンディは体勢を崩したまま視線をクリストフェルへと向けるが、手に持った虹色に輝く剣が振るわれるのをどこか遠くの出来事のように見ていた。

 一瞬、虹色の閃光が走ったかと思うと視界がゆっくりと地面へと落ちていく……暗闇へと意識が落ちていく中、彼の耳にクリストフェルの声が聞こえたような気がした。


「……すまない、ハーガンディ……本来ならばこんな場所で死ぬような人ではないだろうが……許してくれ」

_(:3 」∠)_ クリストフェルの武力は多分結構高い……w


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