第一八一話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 一一
「……軍勢が出立したと? それは誠かな?」
「はい、確かにインテリペリ辺境伯家領都であるエスタデルを出立した軍があるとのことです、ただ急だったのかその数は二〇〇〇程度だったと報告が来ております」
ディー・パープル侯爵がハーティの残骸……すでに町並みは平和だったころから比べると崩壊し、あちこちが焼け焦げ……まだ片付けられていない死体が転がった廃墟となっているのだが、その中心部にある仮説のテント内で報告を受け、ふむ……と考え込む。
ハーティ攻撃により街は陥落し、守備隊は全滅しているため瓦礫の山を何とかしなければいけないわけだが……どうにも破壊しすぎたために遅々として進んでいない。
「……ここで籠城するのは愚策だな、あそこまで頑強に抵抗されると仕方ないのだが」
「侯爵、とはいえ敵軍は二〇〇〇ということであれば野戦で蹴散らすことも……」
「お前はインテリペリ辺境伯をわかってないな、あれは戦の申し子のような人物だぞ? それに第八軍団を壊滅させた辺境の翡翠姫のこともあるだろう」
ディー・パープル侯爵は目の前に広げている地図上に配置された駒を見つめながら考える……クレメント伯と轡を並べて戦ったことが一度だけあったが、彼の勇猛さや大胆さは見ていて末恐ろしいと感じる迫力があった。
たった二〇〇〇の兵とはいえ、それを何倍もの軍勢として扱うことができる稀有な将ともいえる存在なのだ。
暗殺未遂から回復して日がそれほど経っていないとはいえ、彼が出てくるとなればそれ相応の犠牲は考えなければいけない。
そして……クリストフェル王子の傍に侍る美しい姫……辺境の翡翠姫シャルロッタ・インテリペリが英雄としての能力を持っているとすれば、兵力の差など無いにも等しいのだ。
「……侯爵、我らの力が必要かな?」
「訓戒者殿……」
テントの端に佇む巨躯の怪物が口元を歪めながら侯爵へと話しかけるが、異形の怪物の姿にほんの少しだけ怯えた表情を浮かべるが、すぐに口元を引き締める。
アンダース国王代理から「役に立つ仲間として扱え」と命令があった者たちだが……纏う雰囲気が普通のそれではないことから、できるだけ遠くに離しておきたいと思っていた。
しかし……レイジー男爵が籠城した際に、目の前にいる打ち砕く者が彼を討ち取り、結果的には兵の損失は押さえることができたわけだが。
戦闘能力だけで言えば侯爵が引きつれている兵たちよりも遥かに強いことは理解しており、戦力としては申し分ない存在なのだ……不気味な外見と、どこか信用のおけない怪しさはあるのだが。
「……我らはシャルロッタ・インテリペリと相まみえればそれでよい、戦の功績は侯爵閣下が独占されるのが望ましい」
「あの銀髪の生意気な小娘がそれほど強かろうとはな……だが、戦場で出てくるのか?」
「インテリペリ辺境伯家は一族には優秀な人材がそろっているが、第一王子派ほどの多彩さはない……戦は基本的には数が物を言う、戦が続けばどこかで必ず損失を嫌ってあの女は出てくるはずだ」
基本的にインテリペリ辺境伯家に代表される第二王子派の貴族の兵力は限られている……国境沿いの貴族は比較的兵力を多く所持しているが、それでも第一王子派と近衛軍を合わせた数よりは遥かに少なく、王都に残る者たちの多くはクリストフェル派貴族が敗北すると考えている。
裏社会では今回の内戦を賭け事に利用しているらしく、そこでもオッズは八対二というクリストフェル派不利の情報が流れ続けているのだ。
そんな中、シャルロッタ・インテリペリという稀代の英雄の噂が徐々に広まってきている。
彼女のイメージは王子を篭絡する悪女、幻獣を使役する魔女という悪名もあるが、それ以上に学園では笑顔を絶やさない明るい少女だったとか、平民にも分け隔てなく接する心優しい女性など、相反する評価が分かれているのも不思議な印象を与えている。
「しかしあの少女がそれほどの強さとはな……」
「本来幻獣ガルムは人に使役されることを良しとしない、それが主従契約をしている時点で異常なのだ……あまり例がないことで見過ごしたのだろうが……」
「ちなみに貴殿の見立ては?」
「英雄以上の能力がある……軍隊をぶつけても勝てるまいよ」
打ち砕く者の言葉に、驚いたのか息を詰まらせるディー・パープル侯爵……軍隊をぶつけても勝てないというのはイングウェイ王国では建国の勇者であるアンスラックスと同等であるということに等しいからだ。
伝説の中に埋もれた勇者と同レベル……現代を生きる侯爵にとっては、それがどれほどのものか想像がつかないのだがそれでも目の前にいる怪物がそういうのであれば、本当なのだろうと納得してしまう。
軍隊をぶつけても勝てない相手に勝つには……侯爵の視線に気がついた打ち砕く者はニヤリと笑う。
「……英雄を倒すのはいつだって魔物や伝説の悪魔だ、安心されよ我がシャルロッタ・インテリペリと戦う……侯爵閣下は戰に専念していただければ良い」
「期待しておるよ、私たちでは勝てない相手は貴殿にお任せする」
侯爵軍は、兵力が揃っている状態でインテリペリ辺境伯軍の先鋒を迎え撃ち撃滅した上で、領都エスタデルへと侵攻し、第一王子派の諸侯が到着するまで包囲するという作戦を立案している。
作戦通りにことが進めば、インテリペリ辺境伯軍は窮地に立たされるだろうし、第二王子派諸侯も勢いをなくし内戦は一気に第一王子派の優位に進むことだろう。
ディー・パープル侯爵は目の前に広げられた地図を眺めながら、軽くため息を吐く……本来この内戦に参加する気はなかったはずなのに。
「……可能な限り人死には避けたいものだな……それにクリストフェル殿下とは争いたくないのだが……」
「殿下、本当によろしいので?」
軍の先頭で馬に跨るクリストフェル・マルムスティーンへと、ベイセル・インテリペリが話しかける。
インテリペリ辺境伯家の精鋭二〇〇〇を指揮するのは、領地へと帰還したベイセル・インテリペリ辺境伯三男に託された。
だがベイセルは元々交渉事などを得意としている人物であり、実質的な戦闘の指揮はクリストフェルに託されていると言っても過言ではない。
だが本来辺境伯家が匿うべき人物が先鋒として出陣しているという異常事態ではありながらも、兵士たちの士気は恐ろしく高い。
「……シャル一人に任せるわけにはいかないからね、僕はお飾りの大将などではないとみなに知ってもらう必要があるし」
「とはいえ旗印が前線出てきちゃうのはどうかと思いますよ」
彼の隣で馬に跨っているシャルロッタ・インテリペリが呆れたような表情を浮かべるが。そんな彼女の顔を見て優しく微笑むクリストフェル。
シャルロッタは銀色の胸当てを身に着け、動きやすい騎士服をベースとした格好だが妙に様になっており、兵士たちもその美しさと凛々しさに見惚れている。
さらに彼女に付き従うのは、金級冒険者「赤竜の息吹」の面々と三メートルを超える巨体をリズミカルに揺らしながら歩く幻獣ガルム。
神話の軍隊に混ざったかのような不思議な感覚が兵士たちの心を高揚させている。
「君が出るのに僕が後方にいるわけにいかないだろう?」
「いや、クリスに何かがあったらこの戦負けなんですけど……」
「ユルやみんなが守ってくれるだろ?」
「そりゃ守りますけどね……婚約者殿に何かあれば叱責されるのは我ですし」
ぼやくように幻獣ガルムのユルがため息をつくが、そんなユルの様子を見てにっこりと微笑むクリストフェルをみて、口の中で何かごにょごにょとつぶやいたシャルロッタは後ろに控えているエルネット達へと視線を向ける。
分かってるとばかりに「赤竜の息吹」の面々は彼女にうなずくが、それを見て再びため息をついたシャルロッタは軽く首を振ってからあきらめたように微笑を浮かべる。
「……少なくともユルやエルネット卿たちがいれば安心ですわ、大船に乗った気分で……でもクリス、無理をしてはいけませんよ」
「そりゃ無理なんかしないさ、相手の兵力もよくわかっていないんだし……斥候に出した連中はまだ戻っていないよね?」
「そろそろ集合時間ですね、戻ってくるとは思いますが」
ベイセルは馬を歩かせながらクリストフェルの質問に答える……斥候を買って出たのは盗賊組合の面々で、以前革新派との抗争時にシャルロッタに助けられたからという理由だけで、この危険な任務を請け負った。
クリストフェルは自分の婚約者が昔からいろいろなことに首を突っ込んでいたことをようやく知ったのだが……意外に思うよりも変に納得してしまう気分になっている。
自分より強く、そして今王国を包み込む異形との戦いを以前より続けていたことや、嘘をつき続けてきたことを丁寧に謝罪してきた彼女を見て、なお一層愛しいと思える。
だから彼女に並び立つ自分になりたいと努力をしてきたのだ、振り向いてもらえるように、彼女に認められる人物になるのだという気持ちは間違っていなかったと思っている。
「……敵はディー・パープル侯爵なんだろ? なら出方は大体想像できるよ」
「お知り合いでしたっけ?」
「ああ、兄上の派閥に所属しているけど分け隔てなく接してくれていた人だよ」
クリストフェルの脳裏に笑顔で接してくれるディー・パープル侯爵の在りし日の姿が思い浮かぶ……悪い思い出ではない、職務に忠実で慎重な性格をしており、軍人らしからぬ印象を与える人物だった。
そんな人物がハーティ攻略に駆り出されたのは、忠誠心を推し量るためかそれとも厄介払いなのかわからない……だが、それでも彼を倒さなければアンダース第一王子と対決することすらかなわないだろう。
クリストフェルは馬を歩かせながら空を仰ぎ見る……そこには青空が広がっているが、ふと風が次第に冷たくなってきているのを感じる。
冬が近い……侯爵軍を退け、まずは時を稼ぐための勝利を自らの手でもぎ取らなければ行けないだろう。
「……勝つよ、誰が相手でも……僕は絶対に負けることは許されないのだから」
_(:3 」∠)_ ハーティは廃墟化していますが、侯爵軍との戦いはここが舞台となります
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