第一八〇話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 一〇
「すると、レイジー男爵と守備兵はまだ戦っているということか……」
「はい……なにとぞ、なにとぞ援軍を……男爵と兵をお救いください……」
涙を流しながら跪いているリディル・ウォーカー・カーカス騎士爵の言葉を聞きつつ、かなり難しい表情を浮かべるお父様とお兄さまたち。
お父様が目覚めた後、第一王子派の攻撃をどうするのかという会議の最中、ハーティから戻ってきたリディルは、途中で迂回してきた敵兵に追いかけられながらも何とか逃げ切り、エスタデルへと到着している。
身体のあちこちに血がにじむ布が巻きつけられており、相当に追撃が激しかったことがうかがえる彼の姿は痛々しいが、それ以上にハーティが再び攻撃されたという事実の方が驚きだ。
正直冬が迫る中攻撃を仕掛けてくるとは全く考えていなかったのだから。
「……すまんカーカス騎士爵……私は先日ようやく復帰したばかりでな、軍勢の集結にはもう少し時間がかかるのだ」
「そこをなんとか……シャルロッタ様にも助力を……」
「……たしかにリディルの申します通り、わたくしが出れば一軍相手でも勝てますわね……それは間違いないです」
わたくしの言葉にマジかよ、と言いたげなお父様の顔とその言葉を待っていたとばかりに、リディルの顔が希望に満ち溢れたものへと変わる。
だが……わたくしの中にある超冷静な自分が今から行ってもおそらく間に合わない、という事実だけを伝えてくる。
攻撃があったのが数日前で、ディー・パープル侯爵軍がどれだけの数かわからないが、すでに一度第八軍団による攻撃で消耗した守備隊は確実に勝てない。
その事実があるからこそレイジー男爵はリディルだけを逃がす決断をしたのだろうし、街に残る人たちも強制的に脱出させているはずなのだ。
「男爵自身はハーティが陥落することを覚悟の上で、リディルを逃したと考えています」
「それはそうだな……問題は前回と違って攻守を逆転した状態で戦わねばならんということだな」
ウォルフ兄様が難しい顔をしながらわたくしの言葉に頷くが、実際にはハーティの防衛能力はさほど問題じゃない。
軍勢を引き連れてそれだけで攻め立てるのであれば、確かにあの地形と堅牢な防壁を破るには相当な戦力と犠牲を払う必要がある。
それは前回の戦いでも実証されているし、猟犬による襲撃がなかったとしても第八軍団は退却を余儀なくされていたと思うのだ。
だが、わたくしという世界最強の殲滅能力を持つ戦力が加われば話は別だ……あの程度の防壁であれば、神滅魔法一発で破壊できるし、更地にすることも容易い。
「攻撃自体はわたくしが出張ればそれほど問題ではないですわ、地形を変えるくらい造作もないことです」
「……それは頼もしいな……」
できるのかよ! という目でお父様達がわたくしを見るけど……実際前回ハーティ防衛でわたくしは地形を変えて見せているので、それを知っているリディルは黙って頷く。
だけどそれは普通の兵士などを相手にした場合のみだ、懸念としては明らかに第一王子派には混沌の眷属が味方をしており、神滅魔法のような大掛かりな魔力を行使しようとした瞬間を狙って出てくる気がするのだよね。
まあ今までのような形で出現してくれれば対応はそれほど難しくないのだけど……こちらの望むタイミングで出てくれるとは限らないからな。
「もし訓戒者……今まで散々邪魔してきた悪魔を使役する者たちがいたとしたら、わたくしは全力で対抗しなければいけません」
「……それが何か問題になるのか?」
「……恥ずかしながらわたくしの力は無差別です、敵味方関係なく吹き飛ばして良いのであれば勝ちますが、味方の犠牲も多くなります」
わたくしの言葉に、あ! と言わんばかりの表情となるお父様たち……そう、わたくしの力は圧倒的な能力を誇っているが、それが敵味方関係なく巻き込んでしまう可能性もあるのだ。
当たり前だけど味方だけ避けて攻撃するなんて、ゲームみたいなことはできないので射線上に味方がいれば敵ごと吹き飛ばしてしまうし、剣戦闘術の技でも生物無生物問わず影響を与えてしまう。
ユルの能力を防衛に使っているのは、わたくしが放つ魔法の巻き添えで味方ごと吹き飛ばすのを防ぐ意味合いもあるけど、そっち側に誤射をしないという目印でもあるのだ。
今までほぼ一対一の構図になったから被害が出てないだけで、実際には味方を巻き込んでいる可能性すらあるのではないか。
「……強いといっても万能ではありませんわ、戦争ともなれば……あ……」
「……どうした?」
話をぶった切って急にフリーズしたわたくしをみて、皆が驚いているが……わたくしは自分で話している内容に違和感を感じた。
戦争ともなれば……そうだ、戦争中に訓戒者が襲い掛かってきた場合わたくしは敵味方の区別なくふき飛ばしてでも対抗しなきゃいけない。
もし第一王子派との戦争にわたくしが出たとして、味方ごとせん滅をしなければ行けない状況が生まれたとしたらどうする?
訓戒者を滅ぼすにはわたくしも全力で戦わねばならないのに、戦争という局面で混戦の中彼らと戦うことになったら?
「……そうか、わたくしを戦場に引っ張り出して……」
「シャル?」
「……相手の狙いがわかりましたわ、戦場にわたくしを引っ張り出すのが目的ですわね」
わたくしの言葉を聞いて、クリスやお父様は何が言いたいのか理解したようだ……戦争ともなればわたくしは仲間や家族を守るために全力で戦うことを余儀なくされる。
だが、戦場でわたくしが活動する際に、訓戒者の襲撃があった場合……わたくしは全力で反撃をしなければいけないけど、味方が周りにいる状態で魔法や剣技を放ったらどうなるだろうか?
わたくしが全力を出した拳で人を殴ったとしたら、まず上半身はミンチになるし、受け止めた盾は粉々に砕け散るだろう……戦闘術なんか使った日にはもっと悲惨だ。
多くの犠牲を払って勝利を得たとして、敵味方関係なく犠牲を出したものを伴侶にするクリスはどうみられるだろうか
正当性という意味でもわたくし達に待ち構えているのは茨の道だ……わたくしはどうせ前世のこともあるから気にしないけど……とクリスを見ると、彼は黙って気にするなとばかりに笑顔で首を振る。
「……一騎打ち……なんて受けてくれないでしょうねえ、勝つために人を利用しているような連中ですし」
「ここぞというタイミングで投入しなければいけないということだな」
お父様の言葉にわたくしはこくり、と頷いた。
わたくしは軍指揮官としての経験がない……いやある程度勉強はしているけど前世含めて指揮官を務めることがなかったので、実際やってみないとわからないのだよね。
この時点ではお父様やお兄様たちのように経験豊富な人間に任せてわたくしは一戦力としての扱いを受けたほうが、場を乱さずに済むだろう。
ま、軍指揮官なんか面倒なんだよ、書類仕事のほうがはるかに多いし……。
『……シャルの良くないところですよ、面倒なことを嫌がるのは……』
わたくしの思考を読んだユルが姿も見せずに念話で呆れたような感情を伝えてくるけど……うるさいな、誰だって面倒だなって思う仕事をやりたいわけじゃない。
それにわたくしが動くのであれば後方ではなく最前線……常に危険と隣り合わせの死線を潜る場所での戦いが最も相応しい。
強いものがそうでない者を守るのは当たり前だし、わたくしは誰よりも強い自負があるからこそ……命を懸けて前線に立つのが責任だと思っているからだ。
「……つまり戦いを進めていく中で敵側の主力……その件の訓戒者が出現した段階で兵を引きつつシャルを前に出す……か」
「最初から姿を見せて誘因するというのも効果的かと思いますが、悪魔の上位互換と考えると人を操って思いのまま動かすというのはお手の物でしょうしね」
プリムローズ様はそうやって操られているわけだし、操った人間が持つ潜在能力を簡単に引き出すこともできているわけで。
もしかしたら一部の兵士や貴族が改造されている可能性も加味しなければいけないだろうか……一度肉体や魂を汚染され改造され切った人間をもとに戻すのは難しい。
プリムローズ様は運がよかった……魂の一部を汚されただけで済んでいるし、肉体を改造されるまでは至っていない。
肉欲の悪魔がそこまでの力がなかっただけだとは思うけど、下手をすると殺戮人形にされていた可能性もあるからな。
「ホワイトスネイク侯爵令嬢の件だな」
わたくしは黙ってうなずき、クリスはそのことを思い出して表情をゆがめる。
彼にとっても大事な妹のような存在だったと話してくれている……今は領地で静養しており時折書状をクリス宛に送ってくるそうだ。
その中にも彼女の力は復活をしつつあり、いつか必ずクリスのために力になりたいという言葉が書かれているのだと嬉しそうに話してくれた。
話をするクリスの顔はとてもうれしそうで、モヤッとする気持ちもあるけど……どちらにせよ今はハーティをどうするのか? が主題だな。
「……リディル、傷はすぐに治せ……お前にも働いてもらわないといかん」
「それでは……」
リディルの顔が明るくなる……お父様は黙ってうなずくと、椅子から立ち上がり……ほんの少しだけ身体を支えるのに苦労していたが、それでも往年の威厳ある辺境伯としての威厳を保ったままその場にいた全員を一度見回す。
お兄様たちも、リヴォルヴァー男爵も、そしてクリスやエルネットさんも……お父様と目が合うと頷く。
お父様は優雅な動きで一度クリスへと頭を下げると、再び顔を上げてよく響く声で宣言した。
「インテリペリ辺境伯家は長年の功労者を見捨てない……今出立できる軍のみでハーティへと向かう……必ず敵軍を滅ぼすのだ!」
_(:3 」∠)_ ということでようやく出陣……次回以降からは本格的な内戦のお話へとシフトします。
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