第一七話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 〇七
「……何方でしょうか? わたくしたちに手を出すと色々後悔いたしますわよ?」
「気が強そうな娘っ子だな、おい痛い目見たくなければそこの優男共々おとなしくしてもらおうか」
わたくしとリディルの前にこの「私たち正真正銘の盗賊です」とでも顔に書かれたような男たちが立ちはだかったのは、二人で街の中を散策し、それなりに会話も弾んだ散歩の帰り道に宿に帰る路地裏に差し掛かったところだ。
賊の数は一〇人ほどで私の体と顔を交互に見ながら腕で涎を拭いちゃったりなんかしており、わたくしは内心「うわぁ……テンプレート悪役だぁ」という嫌悪感を感じつつも、一応表情には出さないように毅然と対応する。
と言うのも貴族令嬢が卑屈になる必要はないし、強気に出たら引き下がる気の弱い悪党と言うのも多数存在しており、手を出したら怖いよ、手を出すと後でどうなるかわからないよ? と言う示威行動は必須スキルとなっている。
「知らねえなあ……随分良い身体しているじゃねえか、ガキだが楽しめそうだぜ……ぐへへ」
「や、やめろ! 僕はこの街……セアード領主の息子だぞ! この女性に手を出すなッ!」
リディルがわたくしを庇うように前に出る、やはり彼は紳士だな……足は震えているし相当に恐怖感を感じているのかもしれないが、男子としてやらなければいけないことをきちんと理解している、と思う。
ただわたくしを散歩に誘った時の状況を考えるとこの辺りは台本でも用意しているんじゃないか、と思ってたりもするので、正直これを見て「リディル様……♡」みたいな感覚には流石にならず、うーんこの茶番劇三〇点! とか考えてしまう自分がいる。
どうするか迷っているわたくしに気がついたのか、ユルの声が念話によって伝わってくる。
『仕方ありませんな……危なくなる前に我が出ますか?』
いや、相手の手札をちゃんと見たいからまだいいよ、本当に危ない時は口に出すから。
そのわたくしの言葉に納得したのか影の中にいるユルは黙って引き下がる……インテリペリ辺境伯家関係者以外にはわたくしが幻獣ガルムと契約していることを知っている人はそう多くない。
流石に王国上層部と高位貴族には秘匿情報として伝わっているらしいが、「まだ子供のガルムなんで狼くらいです、大型犬とあんまり変わりません、全然危ないものではないのですよ」とか報告しているらしく本当の意味でヤバさは伝わっていないらしい。
これはお父様が自慢げに話してたからだけど、それは後で大目玉どころではないのだろうか? と内心ヒヤヒヤしているくらいだ。
ただ実はこれには裏があって……ガルムと契約したわたくしは戦闘力という意味で軍へと引き抜き、いや言葉を正確に使うのであれば誘拐してでも取り込もうとする連中から守りたかった、という事情がある。
「……わたくしをどうするおつもりですか?」
「大人しくしてりゃ手荒な真似はしねえよ、領主の息子とも対立したくねえしな……」
中でも一人だけ恰幅の良い男がニヤニヤと笑いながら話すが、ふむ……意外なことにその言葉には全く嘘はない。
つまり何かもっと重要な命令がきちんと出ていて、彼らがわたくしに傷一つでもつけると色々と面倒なことになるのだろう……ならここでの選択肢はリディルをちゃんと逃してあげることになるな。
「承知しましたわ、それでは皆様に捕まることにいたします……リディルを解放してくださいまし」
「シャ、シャルロッタ?!」
「ほう? 随分と聞き分けがいいな、ならこっちへ来な……ぐへへ……楽しませてもらうぜ?」
「危険だ! 行ってはいけない!」
「……ご安心を、これでもわたくしは辺境の翡翠姫と言う愛称もついております、わたくしに何かあればインテリペリ伯爵家とその兵はこの人たちをどこまででも追いかけます……その覚悟がないものはわたくしを傷つけることはできません」
ですから大丈夫です、こいつらにそんなことをやるだけの度胸はない……わたくしはリディルに微笑むと、黙って恰幅の良い男の前に立つ……わたくしが本当に抵抗する気がないとわかったのか、わたくしを後ろ手に荒く巻かれた麻縄で縛ると、わたくしの口元に謎めいた色合いの液体が入った小瓶を近づけてきた。
だが、わたくしは一向になんともないことに疑問を感じたのか、グイグイと何度も小瓶を振っては近づけ、振っては近づけをくりかえしている。
もしかして……これは睡眠薬の一種か? 随分と効果が弱いものでハッキリ言えばこの程度の薬品ではわたくしの抵抗力を奪うことはできないのだが……仕方ない、わたくしはワザと普段張り巡らせている防御結界を一時的に消すことにする。
これで……少しは眠く……と思った瞬間、すうっと意識が暗闇に落ちていくのを感じて、わたくしは最後にユルに念話で身体を守ってくれ……と伝えると、完全に暗闇の中へと落ちていった。
「ああ、これで……僕は共犯者に……」
気を失ったシャルロッタが盗賊組合のメンバーに抱えられ、運ばれていくのを見てリディルはその場で膝をつく……シャルロッタを攫いこの後領主の館の地下室へと連れ帰り、リディルはそこで彼女に媚薬を与え彼女を自分に惚れさせる。
彼女を惚れさせた後はリディルの言うままに動かして、インテリペリ辺境伯家に彼女の婚約者として潜り込み、盗賊組合の関係者を中へと引き込む……これが父ジェフの描いた策略。
正直言えば粗過ぎて成功するとは思えない策だが、気の弱いリディルはこれを断ることはできなかった、それゆえに止まることはできない。
「坊っちゃん、早く屋敷に戻りますよ……ウチの媚薬はピカイチでさぁ。助けにきたとか言って水を飲ませる代わりに飲ませてやってくだせえ」
「あ、ああ……でも彼女が戻らないとわかったらセアードの衛兵と共に、インテリペリ辺境伯家が動くのではないか?」
「そっちは別の情報を流してありまさあ……郊外に別の手を用意してまして、それがそろそろ動く手筈になっています。さあ、行ってくだせえよ……」
リディルの心配をよそに、セアードの街の衛兵たちが騒ぎ始めるのが聞こえる……慌ててリディルは大通りに出ていく、そこでは街の衛兵たちがバタバタと走り回っているが、彼らは口々に「郊外に魔物が!」「早く対処しないと……!」とかなりの騒ぎになっている。
魔物の襲撃……インテリペリ辺境伯領はイングウェイ王国においてもかなりの数が生息しており、小型のものから大型の竜種までその種類は様々だ。
街へと魔物が襲撃するという事件も頻繁に起こっており、その対応のためにインテリペリ辺境伯家は領内を巡回し、魔物狩りを行なっている。
リディルは近くにいた若い衛兵へと声をかける……。
「お、おい……どうしたんだ?」
「あ……リディル様! 郊外に大型の魔物……キマイラが出現したとの情報が入りました! 衛兵隊はこれから部隊を組織して対応にあたる予定です、念のためお屋敷へとお戻りください!」
「……わかった……気をつけてくれ」
リディルが衛兵に軽く手を振ってからカーカス子爵家の屋敷へと戻る様子を見て、声をかけられた衛兵は敬礼するとすぐに詰所へと走っていく。
キマイラは巨大な獅子の胴体に、大蛇の尻尾、そして背中に山羊の頭を生やしたかなり危険な魔獣の一つとして知られており、冒険者組合でも討伐対象としては相当に高ランクのものとして扱われる。
その戦闘能力は高く、獰猛な肉食獣であり、山羊の頭は中位レベルまでの魔法を使いこなし、大蛇の牙には致死性の毒があるため、集団で戦っても簡単に勝てる相手ではない。
衛兵にも多くの犠牲が出るだろう……カーカス子爵家の衛兵は普段より魔獣討伐などにも当たっているが、キマイラが出るのは数十年ぶりと言うこともあって、かなりの大騒ぎになっている。
「こんな、こんな騒ぎを起こしてまで……僕は、父さんの野望に……」
リディルは自分が今何しているのか悩みつつ、ボロボロと涙をこぼしながら歩いていく……自身が持つ正義感との葛藤で感情がコントロールできない。
父親がやろうとしていることは明確な反逆行為だ……しかもあの屈託なく笑う美しい少女の笑顔を踏み躙る役を、自分が行わなければいけない。
確かにシャルロッタは一三歳と言う年齢の割に表情も、体も大人びた少女だ……魅力的と言うにはあまりに美し過ぎて、隣に立つことすら気が引けてしまいそうな、そんな神々しさを持っている。
その少女の意思を奪い、彼女を傷つけ……そして彼女を自分のものに? そこまで考えたリディルは少しだけ背筋がゾクっとする。
美しいシャルロッタが僕を欲情した目で頬を染めながら迎え入れると言うのか? 彼の想像力が不意に脳裏に微笑むシャルロッタの姿を映し出し、思わず心臓が高鳴る。
リディルは高鳴る心臓と、不安を覚える心を抱えながら屋敷へと戻る……すでに屋敷の前ではカーカス子爵である父ジェフがニヤニヤと笑いながらリディルが戻ってくるのを待っている。
その顔を見ながら、リディルは作り笑いを浮かべて……葛藤する心をなんとか落ち着けようと必死になって歩みを早める。
「い、いや……だめだ、彼女に一本でも指を触れれば……傷つけでもしたら、僕は死ぬことになるだろう……であれば……」
_(:3 」∠)_ シャルロッタちゃんには毒薬耐性などもあるので、実は媚薬飲まされたところで防御を解かなければ効果がないという……
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