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第一七九話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 〇九

 ——攻撃から四日……ハーティの街は未だ陥落していなかった。


「男爵っ! 矢の在庫が心もとありませんっ!」

「報告! 第三分隊が全滅し、そこを足がかりに敵軍の歩兵隊が城壁へと取り付いています!」

「正門を放棄し、屋敷へと後退するぞ!」

 満身創痍の兵士と、レイジー男爵は必死に防戦を繰り返しながら後退を余儀なくされていた……ディー・パープル侯爵軍は第八軍団と違い、じわじわと圧迫をするような攻めを見せ、ハーティ守備隊はその重圧に耐えきれないように各個撃破を余儀なくされている。

 元々数の少ない守備隊がどうにか持ちこたえていたのは先日の戦いでシャルロッタが見せた英雄的な行動に感化されてのことだった。

 思ったよりも頑強に抵抗し、死を恐れずに反撃を行ってくる守備隊に手を焼いていた侯爵軍ではあったが、数の差はいかんともしがたく……守備隊は一〇〇名を切り、その大半がけが人だらけという惨状だった。

 それでも寡兵が大軍を相手に四日も良く持ちこたえたものだと思う。

 普通であれば一日目であっという間に陥落するであろう兵力差であっても、必死に戦うハーティ守備隊の猛反撃に侯爵軍の兵士たちは恐怖すら覚えていたのだから。


「罠を発動しろ! 少しでも……一秒でも進軍を遅らせるんだ!」

 街のあちこちで小規模な爆発や、悲鳴……そして怒号のようなものが聞こえる。

 レイジー男爵に突き従う供回りの兵ももはや戦闘能力は維持できていない……ハーティの街にある屋敷は籠城戦を考慮し石造りの頑強な砦のような構造になっているが、籠ったところで状況が好転するわけではない。

 それが判っているが故に男爵はくやしさに歯噛みをしつつ、歩けなくなっている兵士を担いで歩みを止めない。

 最後まであきらめてはいけない、一秒でも一瞬でもハーティの街が犠牲になろうともここで足止めを行わねばならない。


「うぉおおおっ!」

 レイジー男爵が剣を振るたびに、侯爵軍の兵士が血しぶきをあげて倒れていく……目には恐怖を、そして驚愕の色が浮かんだ兵士がゆっくりと倒れていく。

 肩で息をしながらも、男爵は必死に屋敷の方向へと進んでいく……敵軍は相当数がハーティの街へと入り込んでいる。

 すでに民間人は逃げた後のため、街中に残っている者は兵士だけになっている。

 あちこちで悲鳴が聞こえるのは、どちらかの兵士が戦って死んだ断末魔の叫びだろう……だが、それでもハーティ守備隊は決して抵抗をやめようとはせず、市街戦の様相を呈してきている。

 男爵たちはなんとか堅牢な屋敷へと逃げ込むと、籠城するための準備を開始し始めた。

「何人残っている……?」


「六人だけです、他は外で少しでも時間を稼ぐと……」


「そうか……すまないな、貧乏くじを引かせてしまったようだ」

 兵士たちは家具を倒して扉が開かないようにバリケードを作っているが、それをみて男爵は頭を下げた。

 屋敷にはすでに男爵の家族や、兵士たちの家族はいない……戦いが始まる前に着の身着のままで街を脱出させてある。

 だが、兵士たちはここに籠ってしまった以上、逃げ場所が存在しない……つまり圧倒的な敵軍を前に死を覚悟しなければいけない状態なのだ。

 それでもレイジー男爵をみる兵士たちはさわやかな笑顔を浮かべている……彼らは最後まで勇敢に戦ったのだという満足感すら感じさせる。

「男爵、俺たちはインテリペリ辺境伯家のために役に立ちましたよね?」


「ああ、皆勇敢だった……最後まで戦い抜いた……」


「なら最後の最後まで勇敢に……俺たちは単なる兵士ですが、この街のために、仕えるべき英雄のために死ねるんですから、頑張った甲斐がありますよ」


「そうだな……お前たちはハーティを最後まで守るために戦った勇者だ、それはシャルロッタそしてクリストフェル殿下もお認めになるだろう」

 男爵の言葉に得意げな顔を浮かべる兵士たち……彼らは男爵が鍛え上げた精鋭たちだ、そとで今も戦い続けているものもそうだ。

 必死に戦う彼らの心には、インテリペリ辺境伯家にいる最強の存在……シャルロッタ・インテリペリの姿が焼き付いている。

 彼女を守る……いや守る必要はないかもしれない、だが彼女が大切にしている辺境伯領への第一王子派の進行を一秒でも遅らせることができたのであれば、それは誇りに思うべきなのだから。

 扉がドン! ドン!と強く振動している……ここで彼らは死ぬとしても、その意思や誇りは決して潰えることはないのだ。

「くるぞ、俺たちが最後までハーティのために戦ったということを敵に教えてやれ!」



 レイジー男爵以下、数人の兵士が痛む体を必死に引きずり武器を構えるが……いきなりその扉ごと家具の山が吹き飛び、男爵たちは地面へとたたきつけられる。

 な、何事が……と吹き飛んだ入口をみると、そこには恐ろしいほどの巨躯をもった外套に身を包んだ人物が立っている。

 肉体は筋肉質であり恐ろしく太くたくましい腕や脚がみえているが、異様なのはその色と形状だ。

 深く濃い緑色の皮膚はその人物が明らかに人間ではないことを示している……そして瘤と傷だらけの肉体がそこにはある。

 外套のフードをゆっくりと上げると、醜く醜悪な顔と巨大な牙の生えた悪夢のような怪物の姿が露わになる。

 彼は手に巨大な鉈のようにも見える無骨な武器を手にしており、その一撃が入口を破壊したのだと全員が理解した。

「な、何者だ……!?」


訓戒者(プリーチャー)という名前を聞いたことがあるか? 誇り高き兵士諸君……」


「……シャルが言っておったな、強力な力を持つ怪物の存在のことを」

 男爵の言葉に怪物はにやりと口元をゆがめると、じいっと中にいた兵士と男爵の顔を値踏みするように視線を動かしていく。

 全員が満身創痍であり、傷だらけとなっているにもかかわらず怪物は手に持った巨大な武器を軽々と扱い、指し示すようにレイジー男爵へと突きつける。

 男爵はその行動が一騎打ちを申し込むような仕草だったことに意外な気持ちを抑えきれずにいる。

 戦士? いや騎士でもないこの怪物がなぜこのような行動をするのか理解できなかったからだ。

「我の武器は強者のみに振われねばならん、残飯処理のようなことをさせられて腹立たしい気分ではあったが、貴殿は強そうだ」


「……残飯処理だと?」


「愚かな侯爵閣下はこの時点でようやく我らを頼ることを決めたのだよ、本当に愚かだ」


「その愚者に顎で使われる者が何を言うか」

 男爵の言葉にクフフフッ! と引きつるような笑い声をあげた怪物は、彼に向かって軽く手招きをしてから屋敷……とはいえもはや防衛には使えないほどに崩壊しているのだが、その場所から外へと出ていく。

 ついて来いということか……男爵は手に持った剣の感触を確かめるように何度か握りなおすと、黙って怪物の後へとついていく。

 その様子を見ていた兵士たちは、男爵の後について出ていこうとするが、それに気が付いた彼は振り返ると黙って横に首を振る。

「……隠し通路がある、そこから脱出しろ……辺境伯家にハーティ陥落をお伝えするのだ」


「男爵……」


「ゆけ、それにワシはそう簡単に負けんよ……」

 男爵は優しく微笑むと、兵士たちに背を向けて屋敷の外へと歩み出る……そこにはもう一人外套姿の人物が立っているが、男爵には興味がないのか押し黙ったまま地面を見つめているように見える。

 緑色の巨人は少し離れた場所で振り返ると、興味深そうに男爵の顔を見て顎をさするような仕草をしていた。

 なんだ? と思ってその怪物の顔をじっと見ているとその視線に気が付いたのか怪物は彼へと語りかけてきた。

「逃げるかと思っていた、貴殿は戦士たる資格があるな、興味深い……」


「この街を治めるレイジー男爵現当主、ミシェル・レイジーだ……ワシがいる限りこの街を落としたとは言わせんよ」


「結構結構……第一王子派の貴族は軟弱でいかん、辺境伯家の戦士は骨があってよろしい……それでこそ我が出張る理由にもなるというもの」


「名乗れ怪物よ、それとも名もなき木偶として墓標に刻んでやろうか?」


「我の名は打ち砕く者(デストロイヤー)……訓戒者(プリーチャー)たる混沌の眷属よ」

 武器を軽々と肩に担ぐと、打ち砕く者(デストロイヤー)は左手でかかってこいとばかりに再び手招きをした。

 男爵は武器を構えなおすと目の前の怪物へと再び視線をむけるが、その瞬間全身が総毛立つかのような恐怖を感じた。

 この感覚は男爵の長い戦場暮らしでもなかなか感じない、とてつもない強者との手合わせの時に感じる感覚だということに、少したってから気が付いた。

 いやまだ相手は武器を構えてはいない、だが一呼吸一呼吸息を吸って吐くだけの動作が、永遠に感じるほど、男爵の全身にはびっしょりとした汗が流れている。

「く、うう……」


「気絶しないだけ素晴らしい、我と向かい合ったものは立ったまま死ぬこともあるでな、貴殿はその分すばらしい」

 打ち砕く者(デストロイヤー)はゆっくりと巨大な武器を振り上げる……恐怖で身体がうまく動かない気がする……だが動かなければ待っているのは「死」のみ、それが分かっているが故に必死に剣を振ろうと前に出る。

 その行動に感心したように打ち砕く者(デストロイヤー)の口元にゆがんだ笑みが浮かぶが、一瞬の後、怪物は男爵が反応できない速度で剣を振り抜いていた。

 それと同時に男爵の視界がゆっくりと斜めに落ちていく……この速度は……あの時シャルが見せたものと同じ……と男爵は暗闇に落ちながらじっと怪物の顔を見つめている。

 その視線に気が付いたのか、打ち砕く者(デストロイヤー)は空いた左腕を胸へと当てると、まるで敬意を表するかのように軽く頭を下げた。


「……満身創痍でなければ一撃は受け止められたかもな、だがその勇敢なる精神に敬意を表する、レイジー男爵よ……見事であった。」

_(:3 」∠)_ 訓戒者がシャルロッタとの対比で弱すぎる気がしたので……ちゃんと強いシーンを……


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