第一七七話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 〇七
「伝令っ! 現在陣営を構築しているのは第一王子派諸侯軍の模様です!」
「男爵……!」
リディル・ウォーカー・カーカス騎士爵はハーティの街から少し離れた場所に陣を構築している見慣れぬ軍隊の姿に焦りの色を隠そうともせず、隣に立つレイジー男爵を見上げる。
ハーティの街が第八軍団に攻撃を受けてから一ヶ月も経過していない……だが、現実に第一王子派の軍勢はここへとやってきている。
前回の襲撃時よりもはるかに大きな軍勢の到着に、ハーティを守備している兵士たちはどよめきと、そして驚きの声が静かに広がっている。
レイジー男爵は表情を変えずに押し黙ったままだったが、こめかみに一筋汗が流れ落ちたことでリディルは今ハーティが置かれている現状が危機的状況であるということを改めて理解した。
「まさか春を待たずに来るとはな……前回の戦いからまだそれほど日が経っていないというのに……」
「旗印を確認いたしました! ディー・パープル侯爵家の紋章が見えます!」
「……門を閉めよ、主家へ伝令を出さねばならんな……」
レイジー男爵は慌てて走り回る守備兵たちへと指示を出しながらも頭のどこか冷静な部分で、これは死なねばならないかもしれないと半ば諦めのような気持ちになる。
兵士の数から言っても打って出ることはできず、必然的にハーティの街に篭って援軍を待つしかないが……間に合うのか? いや間に合ってもらうためにも必死に防衛しなければいけないだろう。
しかし不思議と兵士たちの顔に絶望の色は見えない……それは先日この街を守ったシャルロッタ・インテリペリという英雄が彼らにはついているということ。
そしてその彼女のために命をかけられるという喜びが彼らの気持ちを奮い立たせているからだ。
そんな彼らに押されるかのようにリディルも必死に防衛体制を整えるために兵士たちへと指示し、自らも両手に槍を抱えて走っているが……その姿を見てふと笑みがこぼれる。
彼はこのハーティでの任務の中で大きく成長した……彼になら後を託してもいいのだろう。
「ふ……シャルと殿下の結婚式、参列したかったな……盛大なものになっただろうに」
「男爵! 配置転換はあと少しで終わります! ってなんで笑ってるんですか?」
「そうか、こちらの話だ……カーカス騎士爵に命令だ、インテリペリ辺境伯家に伝言を伝えよ、荷物をまとめてすぐに出立しろ」
その言葉にリディルは最初ぽかんとした表情で……すぐに意味を理解したらしく、わなわなと肩を震わせながらレイジー男爵へと食って掛かろうとする。
だがレイジー男爵は彼の肩にぽん、と手を叩くようにのせるとにっこりと笑顔を浮かべた。
その笑顔は……リディルにとって見たこともないようなすがすがしいもので、彼はその表情を見て何も言えなくなり、男爵の目を見つめたまま黙ってしまった。
「死ぬ気はない、ただお前さんはここに来てずいぶん成長した……教えることなど何もないし、お前ならシャルと殿下のために働ける」
「で、ですが……自分は副官として……」
「ここから先は元々ハーティを守ってきた者たちの戦いだ、お前は外部の人間だからな、本来肩を並べて戦う必要はないのだ」
レイジー男爵だけではなく、周りにいた兵士たちも笑顔でそのやり取りを見守っている……リディルが本当に頑張っていたことは誰もが知っている。
着任当初は少し頼りない部分も多かったが、実地で学んでいくことで彼は大きく成長し、ハーティの守備隊は彼を非常に信頼している。
だからこそ……誰もが感じる絶望的な戦いに彼を巻き込みたくない、という気持ちが強い。
「ぼ、僕は……」
「いいんだリディル、お前はシャルを守ってくれ……いやあの子を守る必要はないかもしれん、だが婚約者である殿下を助けてやってほしいのだ」
レイジー男爵は優しく諭すようにリディルに話しかけると、すぐに周りの兵士の視線に気が付く……すでに配置についている者もいるが、男爵の周りでその会話を聞いて優しく微笑んでいる者が多い。
すでにハーティは絶望的な状況……それを理解しているが、一人として逃げ出そうとするものはいない。
少し前にこのハーティを守った銀色の戦乙女……シャルロッタ・インテリペリであれば必ずこのハーティを奪い返してくれるのだと信じているから。
兵士長がリディルの傍へと歩み寄ると、書状を彼の手の中へとねじ込みそして笑顔を浮かべる。
「リディル様、このハーティ守備隊全員の名前が記載された名簿です……もちろん貴方の名前は入っておりません、これをエスタデルへと届けてください」
「へ、兵士長……君まで……」
「最後に言わせてもらいますね……あんたここで死ぬような人間じゃねえんだ、俺たちが戦う間に一歩でも逃げてくれ、俺たち全員が考えていることなんだから」
リディルは手に持った書状……ハーティ守備隊の名前や、出身地、年齢などが記載されたものを軽く広げると、何かを言おうとして言い淀み、そして書状を懐へとしまうと、男爵に向かって一礼した。
その場にいた兵士たちが感心するくらいその礼は見事で、一流の貴族の所作と言っても可笑しくないものだった。
「……カーカス騎士爵はこれよりエスタデルへと援軍要請に向かいます、必ず戻ります……どうかそれまで……」
「ああ、頼むぞ……安心しろ、ハーティは堅固だ……そう簡単に陥落せんよ」
レイジー男爵と再び目が合うとリディルの目はすでに潤んでおらず、その奥には暖かくも力強い光が灯っているのが見えた。
それを見た男爵はもう大丈夫だと判断したのだろう、優しい笑顔を浮かべた後黙って頷くのを見てリディルはもう一度頭を下げると、急いで街を離れるために荷物をまとめに走っていく。
そんな彼を見ながらレイジー男爵と兵士長は目を合わせて笑う……この街へ赴任した頃とは本当に大きく変わった。
彼はこれからのインテリペリ辺境伯家を支える重要な人物になると、誰もが信じているのだ。
男爵はニヤリと笑ってから兵士長に話しかける。
「さて、兵士長……伝令も出したことだし、昔の流儀でいくとするか……お前らぁ! ここからが正念場だぞ、気合いを入れろおっ!」
「どうやら徹底抗戦のようだな、ディー・パープル侯爵……どうするかね?」
側に立つ巨人……外套を目深に被りその目立つ外見を隠してはいるが、あまりに巨大な体と緑色の異様な皮膚が一目見て異形だとわかってしまう混沌の眷属、打ち砕く者が男性へと話しかける。
男性は煌びやかな装飾が施された板金鎧に身を包んでいるが、本質的には戦士ではないのだろう……どことなく着慣れていない印象を与えている。
神経質なのか、口髭を何度かいじり回してから打ち砕く者を見上げて、吐き捨てるようにつぶやく。
「……余計な手出しをしないでいただこうか」
「ご自由に、しかし我がでれば一瞬で終わるぞ? 兵士を無駄に失わないというのも指揮官の勤めではないかね?」
「……戦は誉ぞ? 異形にはわかるまいが……黙っておれ化け物めが」
イアン・ディー・パープル侯爵は不機嫌そうに手に持った扇で自らを仰ぎながら吐き捨てる……それを見た打ち砕く者はやれやれと言いたげな顔で一度頭を下げるとその場から離れていく。
侯爵はその後ろ姿を見ながら憎々しげに唾を吐く……訓戒者と呼ばれる異形の者たちに特別な権限を与えたのは国王代理であるアンダース・マルムスティーンであるためその命令に背くわけにはいかない。
しかし……明らかに人間ではない彼らのいうことを聞くというのは流石に派閥の長の命令とはいえ、なかなかに納得し難いものがある。
「あのような異形の手を借りずとも、我らの手で反逆者を討伐してくれるわ」
「……敵意、いや嫉妬心か、くだらんな……」
打ち砕く者は敵意に満ちた視線を背中に受けながらも黙ってディー・パープル侯爵軍の陣の中をのしのしと歩いていく。
一応……自分たちに与えられたテントがあるためそこで休憩をしようと考えたからだ。
異形である自分を見る兵士たちの目は恐怖に彩られている……はっきりとした敵意などは感じないが、畏怖や恐怖そして未知の存在への不信感などを一心に感じている。
それはそうだろうと彼は考えている……自分たちは人間ではなく混沌の眷属であるから、知らないものへと恐怖を感じるのは当たり前の感情なのだから。
テントの中へと入った打ち砕く者は中で待機していた這い寄る者へと声をかけた。
「待機だ、侯爵閣下は自分たちだけでどうにかなると仰せだ」
『……愚かな、可惜兵を損ねて今後の戦いに影響が出たらどう言い訳するのでしょうか』
「人間とは感情の生き物だ、我らのようにそうではないものと違ってな」
訓戒者達はテントに設置された椅子……とは言っても彼らの体型に合わせているため、人間サイズではないのだが、それに座るとフードを上げてやれやれ、と言わんばかりに頭を掻く。
人間臭い行動や仕草……これらは混沌の眷属として長年生きてきた中で身につけた無意識下の行動に近い。
少し不満げな這い寄る者を見て、打ち砕く者は口元を歪めると顎を掻きながら彼へと話しかけた。
「安心しろ、どうせ我らの力が必要になる……敵は寡兵とはいえ士気が高い、侯爵軍は寄せ集めに近いからな……泣きついてくるさ」
_(:3 」∠)_ ハーティへの再攻撃……
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