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第一七五話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 〇五

「……ではここであれば、夜の時間は使えますわ」


「あ、ああ……」

 クリスとわたくしはインテリぺリ辺境伯家に仕える騎士たちが普段訓練を行っている訓練場へと移動している。

 もちろん部屋に行ったときの薄い夜着ではなく、以前から所有してタンスに放り込んだままにしていたパンツスタイルの狩猟服に着替えてからだ。

 もちろんクリスも動きやすい服装に着替えており、お互い身体を動かす気満々の状態ではここへと足を運んでいる。

 ここで訓練をするというのは、リヴォルヴァー男爵には伝えてあるが……何を勘違いしたのか彼はわたくしとクリスの顔を交互に見て「汚さないでくださいね」とだけ伝えてきたんだけど……何に使うと思ってるんだ?

「さっきの格好も色っぽくていいけど……僕は健康的な今の服装のほうが好きだよ」


「……記憶から消してくださいまし……嫁入り前なのにはしたない姿をお見せしちゃいました……」


「あ、ああ……でも綺麗だったよ、その場で抱きしめたくなった……」

 クリスのお世辞にほんの少しだけ頬が熱い……あんなことをお父様に知られたら怒鳴られるどころじゃすまないだろうな。

 盛大な勘違い……でもさー、あんな言い方されたらもう逃げられないな、って思うじゃん?

 せめて事が始まる前に魔法で昏倒させれば貞操の危機は免れるかなって思ってたからそれほど心配はしてなかったんだけど。

 わたくしは夜の冷え込みにほんの少しだけ、ふうっ……と息を吐くが、王都を出発したころよりも空気は冷えているのだろう。

 白い息が広々とした訓練場の空へと消えていく……冬、か……インテリペリ辺境伯領の冬は結構厳しいから、春先に合わせて第一王子派は攻撃してくるような気がするけど。

「剣はこちらの訓練用のものが使えますわ」


「さすがインテリペリ辺境伯家だね、使い込まれた剣だらけじゃないか」


「幼少期にお父様に頼んでも、振らせてくれませんでしたわ……危ないからって」


「そりゃそうだろうね……ちなみに僕も幼少期は木剣で訓練したんだよ」

 クリスが苦笑いを浮かべながら、訓練用の剣を取り出して握りを確かめている……その姿を見てあれ? と思った。

 わたくしはあまり彼の訓練している様子を見たことがないので、これが初めてなんだけど……思ったよりも剣を握った姿が様になっていることに気が付いた。

 そういえば彼は侍従の二人とミハエルを伴ってシビッラの開設した訓練施設に通ってたって噂があったから、そりゃそうなるか。

「……クリス、強くなったんですね」


「……一目でそれが分かるということは、実力者なんだね……まったく、僕の婚約者はいつも僕を驚かせてくれるッ!」

 言葉が終わらないうちに彼は一気にわたくしに向かって本気の一撃を見舞う……ガキャーン!! という甲高い金属音が訓練場に響き渡るが、わたくしはその一撃を先ほどまで持っていた剣で難なく受け止める。

 だが思っていたよりも重い剣だったことでわたくしはほんの少しだけ驚いた……エルネットさんほどの腕はないけど、その分思い切りよく剣を振っている。

 片手で全力に近い一撃を止めるわたくしを見て、クリスは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに口元に笑みが浮かぶ。

「……もっと本気でいいですよ」


「ならっ!」

 クリスはすぐに剣を引くと、わたくしめがけて連続した突きを放つ……うん、このあたりの切り替えと思い切り良く振るのはシビッラが教え込んでいるのだろう。

 わたくしはその突きを上半身の動きだけで躱していくと、かなり手加減はしているものの、横薙ぎの一撃を見舞う。

 だがそれも予測していたのか、クリスは剣を立ててその一撃を受け止める……だがわたくしの一撃は相当に重く彼の身体は大きく宙へと浮き上がり、彼はおっとっとと言った感じで体勢を整えるように蹈鞴を踏んで後退する。

「シビッラが良い教え方してるんですね……流石だわ」


「……やっぱり君はいろいろなことを隠してたね……プリムの時は何をしていたんだい?」


肉欲の悪魔(ラストデーモン)を倒しておりました……プリムローズ様は悪魔に操られて学園を崩壊させようとしておりましたので……」


「そうか……プリムとは先日連絡を取ったよ、肉体も魔力も回復しているそうだ」


「そうですか……お会いできる日があればご一緒にお茶を飲みたいですわ」

 クリスとわたくしは言葉を交わしながら剣を交える……正確にはクリスは全力で剣を打ち込み、わたくしはその攻撃を受け止め、いなし、そして反撃を寸分たがわず彼が防御できる位置へと打ち込んでいく。

 剣の修行……剣戦闘術(ソードアーツ)を学ぶ際に師が存在したが、師はわたくし、正確には前世の勇者ライン時代に立場を逆に変えた状態で稽古をつけてくれた。

 今クリスに対して見せている剣技は、マルヴァースには存在しない戦闘術(アーツ)の型をそのまま繰り出している。

 嘘偽りなく剣をもって対峙してわかる彼は勇者の器、いやまぎれもなくこの世界の勇者たる素質を持っていると確信する。

 これだけの実力差があって、しかも婚約者が化け物よりも強いという事実がありながらも瞳の奥に燃える炎は一層輝いている。

「剣の握りをもう少し頭に入れて振ったほうが良いですわ」


「こうかなッ?!」


「そうそう……呑み込みが早いですわね……」

 いつの間にかわたくしとクリスはお互い笑みを浮かべながら剣を振っている……それまであまりこんな時間がなかった。

 わたくしは令嬢としての仮の姿を保っていたし、クリスは王族の務めで政務を必死にこなしていて、たまにお茶をする時間で他愛もないお話をするくらいでしかなかったのに。

 今わたくしとクリスはそれまでの時間の何倍も……お互いのことを伝えあっている気がする。

 剣が交差するたびにお互いの考えていることがはっきりわかる、どうしてほしいのか、どうしたいのかを分け隔てなく伝えている気がする。

 クリスはこの時間の間でもあっという間にわたくしの剣筋を飲み込んでいき、自分のものにしようと成長していく。

 わたくしには弟子はいない、師がいるのみだがもし前世で魔王討伐後に人を教えることがあればこんな気持ちを感じたのだろうか?

 だが……急に表情を曇らせたわたくしを見てクリスが訝しがるような表情になる。

「シャル……どうしたの?」


「クリス……わたくしは貴方の婚約者にふさわしい人間ではありません、わたくしは……」


「誰がなんと言おうと……シャル……いや、シャルロッタ・インテリペリは僕の隣に立つにふさわしい女性だと信じている」


「……でも、わたくし貴方が考えているような……」

 先ほどまで話しながらも振っていた剣が止まる……ああ、そうかわたくし彼に嫌われたくなかったんだな。

 ずっと婚約解消しても大丈夫って思ってたけど……今自分から彼を目の前にしてそれを伝えようとすると、胸が痛い。

 クリスとの思い出はそれほど多いわけじゃない、でも彼の笑顔を見ているのは本当に好きだったし、他愛もないおしゃべりも深く深くわたくしの心に刻み込まれてしまっている。

 わたくしが剣を振るのを止めると、クリスはわたくしの傍へと近づき……そしてわたくしを優しく抱きしめてくれた。


「……どんな人であろうと、君が本当は悪魔の手先だったとしても、僕は君を全力で愛する……それ以上は言わないよ」

 クリスの言葉に胸が高鳴る……彼の腕の中は暖かく、なんでも包み込んでくれるような気がする。

 そっと彼に体を預ける……その重みを感じて彼はわたくしの背中を優しくあやすように、ポンポンと叩くとそのまま沈黙の時間だけが過ぎていく。

 訓練場にはわたくしとクリスだけ……時折、フクロウの鳴き声が聞こえるだけで、わたくしたちはそのまましばらくの間、その格好のままお互いの体温を感じあっていた。




「……さすがにそれ以上はなさそうね、でも結構仲は進展してるみたいで良かったわ」

 遠眼鏡を片手に訓練場をじっとのぞき込んでいた妙齢の女性……インテリペリ辺境伯クレメントの妻ラーナ・ロブ・インテリペリ辺境伯婦人が茶目っ気のある笑顔を浮かべる。

 その隣にはシャルロッタの身の回りの世話をしている侍女頭マーサが控えているが、彼女も遠眼鏡を片手になぜか拳を握りしめている。

 今二人は屋敷から訓練場が見れる部屋の窓際で、事の成り行きを見守っていた……というのも、宴の途中でもシャルロッタとクリストフェルは何かを意識してお互いをチラチラ見ていた。

 それに気が付いた夫人が何かある、と思って見張っていたのだった。

「……我が娘ながら訓練場でお互いの気持ちを確かめるなんて変わってるわねえ……部屋に行ったときはびっくりしたけど」


「奥様……それよりもまだ婚礼の儀もあげていない二人なのですから……」


「ええ? 王都では何もしてないの? あの子何してたの? それなのにあんな格好で部屋に行くなんて……」


「……ええ……? お嬢様は殿下とお茶をしたり……おしゃべりしたりと真面目なお付き合いをされてましたが……」

 ラーナがなんだか残念とばかりに表情を曇らせたのを見て、マーサはドン引きした表情で夫人を見ている。

 だがラーナはそんなマーサの表情に気が付くと、おほん……と軽く咳ばらいをしてから自分の娘が隠していた才能について頭を巡らせる。

 はっきり言えば……シャルロッタの本当の才能に恐怖を覚える者もいるだろう、異端扱いされてしまうかもしれない。

 だが、その立場を唯一庇うことができるのはクリストフェル……つまり王族しかいないため、もっと必死に関心を引こうとするのかと思っていた。

「……昔からちょっと浮世離れしてるのよねえ、気が付いていないと思ってるのが本当にかわいくてね」


「まあ、昔から仰ってましたね……可愛すぎるって」


「あれが外見のことではなくて、中身のことだって説明したらクレメントったら驚いてたわよ……」

 ラーナは窓を閉め、カーテンをおろすとマーサに下がっていいわよ、もう今日は何もないだろうから、と伝えると自らも寝台へと移動していく。

 インテリペリ辺境伯家はクレメントのみの力で治められているわけではない、ラーナ夫人……辺境伯家の女傑とまで謡われる彼女の才覚と、カリスマ性によって安定していると言ってもよいのだ。

 クレメントが倒れた中、辺境伯家が混乱を治めることができたのは彼女の能力によるところが大きい。

 ラーナ夫人は退室するマーサを笑顔で送ると、誰もいなくなった部屋で一人ぽつりとつぶやいた。


「……この領地にいる間に、既成事実を作って置いたほうがいいかもしれないわね……殿下も一途だから心配いらないでしょうけど……」

_(:3 」∠)_ ということで「早く既成事実作れよオラァ!」を楽しみにしていた人物はお母さんでした


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