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第一七四話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 〇四

「しゃ……シャルっ!」


「あ……クリス……」

 エスタデルの市街を抜けてインテリペリ辺境伯家の住まう居城……王都に住んでいると王家の方々が住まうオーヴァーチュア城のズバ抜けて豪華かつ煌びやかな雰囲気に慣れすぎていて、質素にすら感じてしまうのだが、それでも住み慣れた自宅の門を潜ったわたくし達を見つけて、一人の男性が走ってくる。

 金色の髪を靡かせ、美しい青い瞳をしたこのイングウェイ王国第二王子にして、わたくし達第二王子派の旗頭であるクリストフェル・マルムスティーンその人がわたくしの側へと駆け寄る。

 護衛でついていたはずの侍従の二人なんか置き去りにして、しかも彼の目は少し潤んでいるようにすら見える。

「……無事……だったんだね、よかった……」


「当たり前ですよ、わたくしには頼れる仲間もいるのですから……」

 クリスはじっとわたくしの目を見つめると、少し泣きそうな表情を浮かべる……心配かけちゃったんだな、とわたくしはにっこりと微笑むが、次の瞬間彼はわたくしを少し強引に引き寄せると、ぎゅっと抱きしめてきた。

 あまりに突然だったので、わたくしも反応できず……されるがまま彼の腕の中へと収まるが、ほんの少しだけ彼の手は震えていて、心の底から無事であったことを喜んでくれている気がして、わたくしは黙ってそのまま彼の抱擁を受け続ける。

 温かい……そっか、彼の腕に包まれた時になんだか幸せな気分になるのはこんなに温かかったからかな……わたくしは目を閉じて彼の体に身を預ける。

 少しの間だけ、二人だけの時間が流れるが……ん、んんっ! と軽く咳払いが聞こえたためにわたくし達は抱擁を急いで解くが、そんな二人へと別の方向から声がかけられた。

「……仲睦まじいのはいいんだがね、それを見せられる側の気にもなって欲しいものだな」


「ウォルフ兄様……」


「あ、いやその……こ、婚約者を心配してですね……」

 気まずそうな表情を浮かべて頬をカリカリと掻いているのは、インテリペリ辺境伯家長男にして現在は当主代理を務めているウォルフガング・インテリペリ、わたくしの兄様だ。

 王都から帰還して当主代理を務める間に、ほんの少しやつれた気がする……決めなきゃいけないことや、対応に追われて疲れているのだろうが、それでも立派にお父様の代わりを務めているというのがその雰囲気からもわかる。

 わたくしが兄様へとカーテシーをして見せると、彼は「おかえり」とにっこりと微笑み、わたくしの肩に大きな手を乗せて、労うようにポンポンと軽く叩いた。

「疲れただろう? この後食事でもしながら我が家のおてんば姫の勇姿をじっくりと聞くことにしよう……マーサや「赤竜の息吹」の皆様も一緒にな」


「え? 私たちは……」


「妹を無事に領都まで連れ帰ってくれたのだから、ぜひ労わせてくれ……それと現状の状況を説明しておきたくてね」

 ウォルフ兄様は執事に指示を出しながら、エルネットさんへと微笑むと、リリーナさんやエミリオさん達に頭を下げた……貴族があまり頭を下げることはないのだが、それでも身内を助けた相手への礼儀は必要だと思ったのだろう。

 少し困り顔をしていたエルネットさん達だったが困ったようにわたくしへと視線を向けてきたので、黙って頷いて「断らないほうがいい」という意味を込めて微笑む。

 それを見た「赤竜の息吹」のメンバーは改めてウォルフ兄様へと向き直ると、頭を下げて一礼した。

「承知いたしました、ありがたく受けさせていただきます」


「我がインテリペリ辺境伯家は王都の貴族と違って、礼儀作法などには細かくないからな……気楽にしてくれ」

 ウォルフ兄様はそれを見て微笑むと、それではとばかりに手をあげてその場から去ろうとするが、去り際にわたくしと目が合うと軽くウインクをしてからにっこりと微笑んだ。

 その意味が全然わからなくてキョトンとしていたのだが、わたくしの肩にそっとクリスの逞しい手が置かれたため、わたくしは少し背の高い彼を見上げる。

 整ったクリスの顔は王都で別れた時よりも少しだけ痩せており、相当に心配をしていたんだろうなという気がする……わたくしは彼の目を見つめてにっこりと微笑む。

「改めて……無事帰ってまいりました、殿下……いえ、クリス」


「ああ……おかえりシャル……君が本当に無事でよかったけど……噂が流れててね、それを確認しておきたい」


「……噂?」


「その……君が英雄的な行動で、ハーティを救ったという……それに防具もいつの間に手に入れたんだ?」

 クリスはわたくしから手を離すと、少し全身を確認するように下から上に視線を動かす……ハーティで手に入れた銀色の魔法の胸当て(キュイラス)は道中何があるかわからないので着用したままだ。

 不滅(イモータル)は流石に腰には差していないけど、それでも武装しているわたくしなど初めて見たのだろう、クリスは少し意外なものを見ているような目でわたくしを見ている。

「……その噂は事実ですわ……クリス、わたくし貴方に嘘をつき続けてました」


「……そっか……でもそれは必要な嘘だったんだろ?」


「……驚かないんですの? それにクリスに嘘をつき続けて……わたくし婚約者としては不適……」


「プリムとの戦いの際に、ユルが僕を守りにきたろ? あそこで僕は君が何かを隠しているってわかってたよ」

 わたくしの言葉を遮ってクリスは割とあっさりとした返答を返して微笑む。

 その微笑みが別に気にしていない、とでも言わんばかりの清々しいもので、わたくしは思わず自分が彼に嘘をつき続けてきたことが途端に恥ずかしくなり、頬が熱くなった。

 バレバレだったってことだよね? ずっと隠し切っていると思い込んでたけど、クリスははっきりとしたことはわからないにせよずっと黙っててくれたってことだよね? うわめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。

 クリスは微笑みながらわたくしの頬に手を沿わせると、耳元まで口を寄せてから他の人に聞こえないように囁いた。

「……でもちょっとだけ嘘をついてきたことの仕返しはしたいかな、後で二人きりになろう」




 ——帰還を祝って今回功労者である「赤竜の息吹」やマーサを祝福する食事会は、長旅で疲れたわたくし達にひとときの癒しを与えてくれた。

 無礼講だと言われたからかもだけど、エルネットさんがあんなにお酒を飲んで笑う姿も初めて見たし……マーサがエミリオさんに絡みまくって彼が本当に泣きそうな顔をしながら許しを乞うなど、阿鼻叫喚の宴となった。

 ウォルフ兄様はよほど楽しかったのか、リリーナさんと飲み比べをしていたので明日は二日酔いで大変そうだなあとか思ったけど、実はその宴の最中わたくしはそれらのことがぶっ飛びそうになるくらい内心ドキドキであまり気が気ではなかった……クリスの言葉がずっとわたくしの心を支配し続けていたのだ。

 そして気がつけば本当にわたくしが覚悟しなければいけない時間がやってきてしまい、心臓が跳ね上がりそうになりながらもクリスの寝室へときたのだった。

「く、クリス……きましたわよ……」


「ああ、来てくれたんだ……ってなんだいその格好……!」

 部屋に入ってきたわたくしが、夜着姿……体のラインがわかるような少し薄めの生地を使った高級品なのだけど、それの上に軽く羽織っただけの姿をしているのを見て、クリスが慌ててこちらを見ないように別の方向を向いた。

 貴族の令嬢として、一通りの性教育というのはされていて(もちろん座学だけだけど)、転生前の知識などもあるのでまあ、こんなもんだよねとは思ってたけど、実際に「夜夫となる人物の部屋を訪問する際は」みたいな座学でこうしろと書かれていた格好は流石にスースーする感覚でちょっと羞恥心が増している。

 わたくしは本当に恥ずかしい気持ちを押し殺しながら、目を伏せてクリスの質問に答えた。

「ふ、二人きりに……って仰ってて……わたくし夜寝る時はこういう格好ですし……その……」


「ち、違う! そういう意味じゃなかったんだよ! と、とりあえずこれを羽織ってくれ」

 その言葉を聞いたクリスは慌てたように自分の衣装タンスから、一枚上着を引っ張り出し、こちらをできるだけ見ないようにしながら藍色の上着を渡してきた。

 それを受け取って上に羽織ると、ようやくクリスは大きなため息を吐いてからわたくしをソファへと座らせ、その対面に座ると何度か手で顔を仰ぐ。

 よく見ると彼の顔も真っ赤で、クールなクリスにしては珍しく軽く汗を滲ませている……そこでわたくしは自分がかなり言葉を曲解して受け取っていたことに気がついた。

「……わ、わたくし先走った……ということですか?」


「……ぼ、僕も男だから……今ずっと君を押し倒したい気持ちと戦っている……でも我慢する……だからちょっと待って……」

 クリスは何度も深呼吸をしてから胸を何度もどんどんと叩き、そして頬を数回叩いた後に真顔になってわたくしの目をじっと見つめる。

 その真剣な眼差しに射すくめられたような気分になって、わたくしは思わずどきり、と心臓が跳ね上がった気分になった。

 クリスはわたくしの目を見つめながらそっとわたくしの両手を握り、少しその態勢でお互いがじっと見つめ合うだけの沈黙の時間が流れていく。

 そしてクリスはそのままの姿勢で、口を開いたが……その言葉を聞いてわたくしは目を丸くするしかなかった。


「シャル……僕と剣を持って立ち会ってくれ、君がどれほど強いのかこの身で知りたいんだ……」

_(:3 」∠)_ シャルロッタがなぜそんな格好で行ったのかは次回に……


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[良い点] あらあら乙女じゃん。 背後にはリリーナが居ると見たw
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