第一七三話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 〇三
——インテリペリ辺境伯家が治める領都エスタデル……地方都市としては破格の規模と、経済市場を持つこの都市に長い旅路を終えてたどり着いた者たちがいた。
「いやー、ようやくエスタデルですわね……久しぶりに帰ってきましたけど、ずいぶん活気が……」
わたくしと「赤竜の息吹」のメンバーが乗る馬車、およびウゴリーノ兄様が引きつれた軍勢が、インテリペリ辺境伯領都であるエスタデルの門をくぐっていく。
街の様子はというと、以前とあまり変わったところ……は多少ある気がする。
わたくし達が街へと入っていくと、自然と住んでいる民衆が軍勢を見て手を振ったり、笑顔で駆け寄ろうとする子供たちなどが兵士によって止められているのが見える。
「……街の中に斥候が入り込んでいますね……視線を感じます」
「まあ、衆目の中で襲い掛かってくるようなことはないとおもうわ」
足元で伏せている中型犬サイズになったユルの言葉に、わたくしは窓から手を振りながら答える。
貴族の使っている馬車はそれなりに頑丈で、いざというときに盾に使えるくらいの装甲が仕込まれている……逃亡中に乗り換えた荷馬車ならまだしも、レイジー男爵が用意した馬車はかなりごつい装甲におおわれており、流石に無理に攻撃はしてこないんじゃないかなと思う。
だが……馬車の屋根で油断なく周りを確認していたリリーナさんがいきなり手に持った短弓から、弓矢を撃ちはなった。
「……シャルロッタ様相当第一王子派から恨まれてますねえ……ちょっと音がしますよ」
「え?」
次の瞬間、リリーナさんの放った矢が誰かが投げ込んだであろう球体のようなものを射貫き、空中でドゴンッ! という爆発音を起こした。
そしてそれをきっかけに軍勢とわたくし達を見るために集まった民衆が悲鳴を上げて逃げ惑い、大パニックが巻き起ると、ウゴリーノ兄様や軍指揮官の状況を鎮めようとする怒号と、悲鳴……そしてわたくしの感覚にその隙を狙って馬車に近づいてこようとする人が感知される。
「……せっかくの帰還だというのに……無粋ですわ」
「あ、ちょっと……」
ムカッとしたわたくしは、憮然とした表情のまま馬車の扉を開けると、止めようとしたエミリオさんやユルを振り切って外へと飛び出した。
わたくしが思い切り外へと出てくるとは思っていなかったのだろう……町民のような服装の下に薄い皮鎧を仕込み、手にはどろりとした紫色の液体を塗りたくった小剣を握った六人ほどの男たちがぎょっとした顔でわたくしを見つめている。
「……あのですね、命が惜しい人はさっさとしっぽ巻いて逃げなさい? そうでない場合はお仕置きしますわよ」
「……はっ……馬鹿じゃねーの? 貴族令嬢ごときがお仕置きだってよぉ!」
その言葉にキョトンとした表情を浮かべた男たちは、次の瞬間爆笑し始める……あれ? もしかしてこの人たちわたくしの噂を知らないタイプ?
わたくしが腰に手を当てて仁王立ちの状態で不機嫌そうな顔をしているのがよほど可笑しかったのだろう、にやにやとした笑みを浮かべて男たちはわたくしの周りを囲もうとしていく。
リリーナさんが短弓に矢をつがえて男たちへと警告の意味を込めて、足元へと矢を打ち放つが、そんなことはお構いなしとばかりに一気に距離を詰めてくる。
「……捨て身、ね……仕事熱心でご立派ですわね」
「……あ……え?」
だがこの程度の速度ではわたくしを捉える、むしろ小剣を突き立てることなど不可能である。
彼らよりも早く、わたくしは銀色の髪を翻して前に出ると、一番先頭にいたにやけ面で無精ひげが少し汚らしい男性の顔面へと掌底を叩き込んだ。
パグッ! という少し鈍い音と共に男性の顎が軽くひしゃげ、脳天を思い切り揺らした男はそのままの勢いで地面へと突っ伏して動かなくなる。
「ひゃう……っ……!」
だが次の男性がその攻撃にひるむことすら許さずに、わたくしは身体を高速回転させて男の足を払うと、そのまま左拳を握りしめ空中に浮いた男の腹部に拳を叩き込み、さらに身体を逆回転させて別の男の腕ごと胴体へと蹴りを叩き込む。
一瞬で二人の男が空中で変な形になりながらすっ飛んでいくのを見て、残りの男たちが叫び声をあげながらほぼ同時にわたくしへと飛びかかってきたが、わたくしは姿勢を正すと軽く男たちへと手を刺し伸ばして笑顔のまま言い放つ。
「……殺すとまずいからね……すこし眠ってね、魔力の衝撃」
わたくしの手から放たれた不可視の衝撃波が、飛びかかってきた男たちを一瞬にして大きく跳ね飛ばした。
この魔法は腕や手などから不可視の衝撃波を飛ばして相手を攻撃するれっきとした攻撃魔法なのだが、基本的に殺傷能力はそれほど高くなく、暴徒鎮圧などにも用いられることが多い。
まあ、それは基本的な魔法を行使すれば……という前提で、わたくしのようになるとこの魔法だけで相手の肉体を粉砕することも可能だし、先ほどのように手から放射するのではなく体のどこからでも発射することもできるようになる。
「……シャルロッタ様……相手生きてますよね?」
「手加減はしましたわ、捕縛をお願いします」
わたくしの言葉にやれやれ……と言わんばかりの顔で馬車から降りてきたエミリオさんやエルネットさんたちが気絶している男たちを縛り上げに向かう。
周りを見ると、ようやく民衆があらかた逃げ終わり、混乱を収めたウゴリーノ兄様と数人の供回りがこちらへと向かってくる最中だった。
わたくしはそちらに軽く手を振ると、感覚を研ぎ澄まして周囲にいる敵を探っていく……先ほどの攻撃でわたくしが圧倒的な戦闘能力を保有していることを理解したのだろう。
じっとこちらを見ていた視線はゆっくりとその存在を消していく……わたくしは鼻をひくひくと動かしてあたりを探っていたユルの背中をポンと叩く。
「三人ほど逃げたわ、好きなようにしていいわよ」
「承知……」
意図を理解したのかユルは口元をゆがめてにやりと笑うと、そのまま影の中へととぷん、と消えていく。
最近は直接的な行動が多すぎてユルが持つ能力を十二分に活用できていないが、本来ユルは直接的な戦闘だけでなく、索敵や急襲などその能力を生かした戦いが得意だ。
すでにマーキング済みの逃げた男たちはどこかで集まって作戦でも立て直すんだろうけど……まあ、逃げた人はご愁傷様。
逃げなきゃわたくしの鉄拳制裁だけで済んだのにね、と軽く肩をすくめるとわたくしを呆れた顔で見ているエルネットさんに気が付いた。
「まったく……シャルロッタ様が先に出てどうするんですか…」
「大丈夫ですわよ、このくらい……それにわたくし単体の戦闘能力を誇示したほうが皆様に害が及びにくいですわ」
この辺りはどこまでやるか、という問題なんだけど……わたくしはすでにハーティで戦闘能力を見せている。
それでも襲い掛かってきたのは、情報がきちんと伝えられていない下っ端や小規模の暗殺組織くらいで、こんな場所で襲い掛かってくること自体が「自分たちは切り捨てられる側です」と言っているようなものだ。
ユルに追わせたけど情報の類はないだろう……だが、抑止力としてのシャルロッタ・インテリペリがいるという事実は少なくとも身の回りにいる人間に害を与えることを躊躇させると思うのだ。
「僕たちもシャルロッタ様の護衛として働いているのですから、働く場所を与えてくださいね」
「言いたくはないですが、これからたくさん出てきますわ……こんな小物ども相手にしてエルネット卿たちが傷つくほうがよほど損失です」
わたくしの言葉に、苦笑するエルネットさんだがこの辺りは同じ認識らしく、彼は頷くと周りの警戒を怠らないように兵士達にも伝えてわたくしへ馬車に戻るように促す。
その言葉に従ってわたくしは馬車の中へと戻るが、中では心配そうな表情で扉を開けて入ってきたわたくしを見ているマーサが座っている。
「シャ、シャルロッタ様……大丈夫ですか?」
「問題なしですわ、それよりもエスタデルに刺客が入り込んでいるほうが問題……リリーナさん早めに城へと戻ったほうがよさそうですわ」
わたくしは御者台へと移ったリリーナさんに告げると、彼女は一度頷くと「赤竜の息吹」のメンバーへと声をかける。
その声に応じて捕縛作業を兵士へと引き継いだ三人……エルネットさんやエミリオさん、デヴィットさんが馬車へと戻ってきて、あたりを確認しながらすぐに城へ向かって馬車を走らせ始めた。
「……強いな……あれほどとは……」
襲撃現場から離れ、小さな小屋の中へと集まった男三人が、暗い室内で蝋燭の明かりのみをともした状態でふうっ、と安堵の息を漏らす。
シャルロッタ・インテリペリの暗殺……王都の貴族から請け負った仕事だったが、まさかあれほどの戦闘能力を持っているなんてことを誰も知らなかったことに内心腹立たしい想いになる。
情報量が少ないながら、最近の王国内戦に乗じて一山当てようと考えていたのに、あっという間に組織の構成員が半壊してしまった。
「だがどうする? このまま引き下がるわけには……」
「もう一度夜間城へと忍び込んで襲撃をかけるしかないだろうな」
「……それは無理ですな」
いきなり背後から声がして、三人の男は慌てて部屋の端へと飛びすさる……暗闇の中に真っ赤な目が光っている……怪物? いや先ほど声をかけられて……と三人はこめかみに汗を垂らしながらも武器を構えてその赤い瞳をじっと見ている。
ゆっくりと暗闇の中から大型犬サイズの黒い毛皮に、真っ赤な瞳をした幻獣ガルムが姿を現す……三人の男たちの心臓が早鐘のように鳴る。
「な、なんだお前は……」
「エスタデルに住んでいるなら知っているのでは? 辺境の翡翠姫の傍には幻獣がいる、と」
「幻獣……ガルム?! な、何でここに……」
「シャルがマーキングしてたんですよ、貴方たちはそれに気が付かず……アジトまで我を案内したということですね……」
口元をゆがめて笑うガルム……その威圧感は尋常のものではなく、三人はブルブルと震えながらも必死に恐怖に抗い、切っ先が揺れる剣を威嚇するように前へと突き出す。
だがガルムは全く動じることなく、その姿をゆっくりと大きく変貌させていく……三人は何が起きているかわからず、かすれた声で悲鳴をあげるが……ガルムの尾に炎が灯ると鋭い牙をむき出しにした幻獣が獰猛に笑った気がした。
「……我が主に害をなそうという愚か者よ……命をもって償うといい、それだけがお前たちの魂を救うのだ……さらば」
_(:3 」∠)_ ようやくユルが活躍……!?(少ない
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