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(幕間) 死を呼ぶ音色 〇五

 不死者の群れが命を感知する……彼らは色を感知しない、ただ匂いと視界に入った命の輝きだけを見て、そこに輝く命のきらめきに気が付くと獰猛なその性質をあらわにしていく。


「ギュアアアアアアッ!」

 食屍鬼がその鋭い牙をむき出しにしながら、自らの目の前で剣を振りかぶる金色の髪を靡かせる男……イングウェイ王国第二王子クリストフェル・マルムスティーンが剣をふるうと、不死者が腐った血を吹き出しながらどおっ、と地面へと倒れていく。

 その背後では王子の背中を守るように侍従であるヴィクターとマリアンがクリストフェルほどの鋭さはないものの剣をふるい、敵を打倒していくのが見える。

「殿下! 背後はお任せを!」


「頼むっ! ……すまない我が国の民よ……だが君らは命あるものを脅かしている、だからここで切らせてもらう!」

 クリストフェルの剣は素早く、こちらに気が付いた不死者の首を、腕を、腹を切り裂いて次々に倒していくが、それでも狂気の旋律を奏でるギボンズが蘇らせた不死者の数は膨大で、切っても切っても次から次へと姿を表し、クリストフェルたちを進ませないように妨害を繰り返している。

 無心で剣を振り、敵の攻撃を回避してまた切りつけていく……クリストフェルはもともと剣の腕にはそれなりに自信があり、公務の合間には剣を振る姿を兵士が目撃している。

「す、すげえ……」


「ヴィクター、ぼおっとしてないで剣を振って!」


「あ、ああ……でも殿下の剣ってあんなに鋭かったか?」

 クリストフェルはこれまで実際に実戦の中で剣を振ったことはあまり多くなく、今この瞬間にクリストフェルはその腕をメキメキとあげていった。

 稽古や訓練だけではわからない実戦ならではの間合い、力の入れかた、握りの調節……それまでになかった経験値を手に入れていく彼の剣はどんどん冴えていく。

 背後を守ると言ったヴィクターたちですら、クリストフェルの振る剣が鋭さを増していくのを感じる……これが天賦の才というものだろうか?

 まるで熟練した剣士がそこにいるかのように、血煙と不死者の断末魔の叫びがあたりを支配していく。


「……なんて数……どれだけの死体を蘇らせて……」

 マリアンは刺突剣で敵の頭を貫くと、そのまま胸を蹴り飛ばしてまだまだこちらへと足を引きずりながら迫る不死者の数に表情を引きつらせる。

 ギボンズが奏でる調子はずれで、物悲しいビューグルの音があたりに響き渡っている中、不死者があげるうなり声が奇妙に調和し、まるで現実味のない光景が広がっているかのようにすら思える。

 ふと、自分が何か現実ではない異世界の中へと紛れ込んでしまったかのように思えてくる……そうだ、私は夢の中にいるのかもしれない。

「マリアン! 何ぼうっと……」


「キシャアアアアッ!」


「あ……」

 一瞬意識が途切れたのか、マリアンが棒立ちになった瞬間、複数の不死者の手が、牙が彼女の身体に伸びる……侍従としてそれなりに鍛えられたはずの彼女であっても、これだけの攻撃を躱すのは難しいはずだった。

 だが……マリアンの前に金色に輝く稲妻のようにクリストフェルが敵との間に割って入ると、すさまじい剣閃を繰り出し、不死者達を切り伏せた。

 マリアンは驚きで目を見開いて、敬愛する……いや心の奥底で恋焦がれてやまないクリストフェルの姿を見つめている。

「大丈夫? マリアン、敵の数は減っている……疲れただろうけどもう少しだ、頑張れ」


「で、殿下……その……も、申し訳……」


「謝罪はいらない、僕が君を助けたいと思ったのだから気にするな」

 クリストフェルはあくまで前を見ながら彼女へと答える……その姿を見て、マリアンは胸が大きく高鳴った気がした。

 彼が見ている女性は自分ではないと知っていながら、それでもずっと憧れてきた殿下……先ほど一瞬集中力がそがれたのは完全に自らの失態だった。

 それを咎めることなく、前を剥いて敵と戦い続けている彼のことがやはり……だが、マリアンはすぐに大きく息を吐くと表情を引き締める。

 彼女の前にのそのそと歩いてきた不死者の頭を刺突剣の一撃で貫くと、彼女はクリストフェルへと答えた。

「はいっ……この失態は働きで返します!」


「……ああ、僕も君たちを信頼しているからね、後ろは預けるよ」

 クリストフェルは口元に笑みを浮かべると、彼の前にようやく姿を表した老人……イングウェイ王国の兵士が着用する制服に身を包んだ一人の男へと目を向ける。

 ギボンズという名の老人は、暗く沈み切った瞳をしている……その手には美しくも怪しい光を放つビューグルが握られており、クリストフェルは直観的にその楽器から立ち昇る不気味な魔力に気が付いた。

 ギボンズはどこか遠くをじっと見つめる空虚な瞳で、三人を見つめている。

「……ああ、貴族様だ……俺たちをひどい戦場に送り込んで死に追いやった貴族様だぁ……」


「君がギボンズかい?」


「ああ、俺の名はギボンズっていうんだ……村で一番演奏がうまいっていうんで……兵士になったんだよぉ……」

 ギボンズは記憶をどこか懐かしむように恍惚とした表情で虚空を見つめている。

 彼は周りに立っている不死者に同意を求めるように話しかけているが、もともと高位の不死者以外は会話能力を持っていない。

 だが彼はそれでもかまわずに一方的に話しかけ、彼だけにしか聞こえない返事を聞いて満足そうに頷いたり、ニコニコと温厚そうな笑顔を浮かべている。

 完全におかしくなっている……クリストフェルは目の前の老人に憐れみを感じながら彼へと語りかけた。

「……僕の名前はクリストフェル・マルムスティーン……この国の第二王子といえばわかるだろうか? 君は今死者を蘇らせ事件を起こしている……」


「王子様……王子様……どうして俺たちは危険な戦場に追い立てられたんだ」


「……っ! な、何を……」

 急にギボンズが異様な目つきでクリストフェルへと捲し立てはじめた。

 食料が乏しい中、必死に戦い何とか撤退した戦場で死んだ仲間のことを、無理な攻撃で自分を見つめながら矢に貫かれて倒れた戦友の顔を。

 ボロボロと涙を流しながら彼は一人一人死んでいった仲間のことを話している……それはクリストフェルたちのようにまだ学生が知らないリアルな戦場の光景だった。

 ギボンズはすがるような眼でクリストフェルを見つめている……絶望と苦痛だけがそこでは語られている。

「俺たちはあんたたち貴族の駒として死んだ……だが俺はこの音で蘇らせてやるんだ……俺だけがそれを……」


「君がそれに対して悲しみを、そして僕らに強い憎しみを持つことはわかる……だが、それを理由に他人を傷つけていいわけがないだろう」


「う、うるさささいいいいっ! 俺はあいつらを……」

 クリストフェルは軽くため息をつくと、抜く手も見せずにギボンズが持っていたビューグルを一刀のもとに叩き切った。

 甲高い音を立てたビューグルは、ギボンズの手から弾かれて真っ二つになって地面へと落ちていく……それをあっけにとられながら見ていたギボンズは低いうめき声をあげながらその場にうずくまって嗚咽を漏らし始める。

 そして魔力の源が絶たれたのか、周りにいた不死者たちが突然黒い灰となって崩れ落ちていく……彼が持っていたビューグルが肉体を維持するためのカギだったのか、その場にいたものがあっという間に崩れ落ちていくのを見て、ヴィクターとマリアンはあっけにとられていた。

 クリストフェルはそっとギボンズの首筋に剣を当てると、慌ててこちらへと向かってくる二人へ命令を下した。

「……この老人を……捕らえよ、衛兵隊に引き渡ししかるべき裁きを下す……」




「……シャルはこれを予測していたので?」

 幻獣ガルム族のユルが、クリストフェルたちが戦っていた場所から遥か高く……上空からその様子を見ていたシャルロッタへと話しかける。

 彼女は微笑を浮かべると、見事なガルムの鬣をそっとなでると「さあね」とだけつぶやき、一度自らの婚約者の方へと視線を移す。

 先ほどの戦いでクリストフェルは素晴らしい剣の腕を見せた……そして侍従であるマリアンが危ないときもきちんとフォローに回り、守るように立ちまわっていた。

 最初に出会ったときの病弱で、少し頼りなさげな彼の姿から考えると想像しにくいくらいに成長している……それはシャルロッタにとっても喜ばしいことだった。

 老人を傷つけず……原因となったアイテムのみ破壊し、能力を奪い取った……とてもやさしい人物だと思う。

 勇者に条件があるとすれば、一つは強いことがあげられるが、それとは別に慈愛……誰よりも優しく人を守れることがあげられる。


 無制限にやさしく、だが敵となった場合には圧倒的な強さで立ち向かい、相手を滅ぼす。

 シャルロッタが知っている勇者とはそういうものなのだ……彼はその階段を上りつつある。

 その先に彼がどれほどの力をもち、覚醒していくのかが楽しみで仕方がない……それは師匠が弟子の成長を喜ぶような親心とはすこし違う色合いのこもったまなざしだった。

 ユルがそんな彼女の微妙で複雑な表情が何を示しているのかわからずにじっと見つめていると、シャルロッタは視線に気が付きにっこりと笑って帰ろうとジェスチャーを送った。


「……この世界の勇者はやはりクリスなのよ、わたくしではないの……だから、彼が成長する先をちょっとだけ見てみたいって思っただけよ」

_(:3 」∠)_ 一応クリストフェルに対しては評価しているシャルロッタさん


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