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(幕間) 死を呼ぶ音色 〇四

「ああ、確かに先日……もうふた月ほど前になりますが、長年軍に所属していたラッパ手が退役していましたねえ……」


 クリストフェル・マルムスティーンとその侍従ヴィクターとマリアン、そして婚約者であるシャルロッタ・インテリペリは王都にある王国軍の司令部に隣接している一般兵の管理部署に来ていた。

 ちなみに王族がこの場所を訪ねることは珍しく、応対をしている初老の事務方は少し驚きながらも彼らが世間で起きている事件の鍵を探していると話し、現場で見つけた徽章を見せると興味深そうに何度か細かい細工を確認し、分厚い軍の帳簿から該当する人物の名前を探し当てていた。

「名前は……ギボンズ? 姓はないのかい?」


「平民の中には姓を持たないものも多く存在していますから……出身地の村の名前を姓代わりに名乗る者もいますね」


「そ、そうなのか……すまない、僕はそういったことは全く知らなくて……」

 なぜかショックを受けたかのように表情を暗くするクリストフェルに、皆気にしていませんよとフォローを入れると事務方はギボンズの略歴を確認していく。

 ギボンズ、一六歳の時に王国軍へと入隊し基礎訓練を終えた後、演奏の才能を認められラッパ手として従軍……勤務態度は非常に良好で地域紛争では自分の居場所を敵に察知されることを厭わず勇敢に命令を伝え続けたとして、褒章を受けたこともある。

 無茶な作戦計画でも職務に忠実に精励し、役目をよく果たしていた……さらに彼は部隊がほぼ全滅するくらいの戦いの中でも生き延び、軍へと復帰していたことから不死身というあだ名をつけられていた。

 とても気が優しく仲間想いの良い兵士であったが、軍役最後の数年は仲間の死に耐えきれなかったのか、言動がたびたびおかしくなっていたり、奇妙な行動を繰り返すようになっていた。

 見かねた上官が静養も含め長年の軍役を慰労する意味で除隊を進め、彼は死んだ仲間の家族に遺品を届けるとだけ話してその後行方不明になった。

「この徽章はギボンズのものに間違いがないですね、本当にこれが殺人現場に?」


「ああ、シャルロッタが見つけてくれた、そうだよね?」

 クリストフェルが誇らしげに愛する婚約者を紹介すると、彼女は一度話しかけられたことに驚いたようだったが、すぐに少しあいまいな微笑を浮かべて頷く。

 クリストフェルはにこりと微笑んでから再びギボンズの経歴を食い入るように見ている……そんな彼らを交互に見ていた事務方の男性はふうっ……と大きくため息をつくと、何度かかぶりを振ってから困ったようにクリストフェルへと視線を戻す。

「殿下、ギボンズはラッパ手としては卓越した能力の持ち主ですが……彼は剣の腕や槍の扱いはからきしでして……とても彼が何人も殺せるとは思えないのです」


「いや、剣の腕とかあまり関係ないんだよ……なんせ何らかの能力で死者を蘇らせているのだから」


「え……? 彼には魔法を扱うような素養はありませんでしたが……そんな馬鹿なことが」


「ところが最近目を疑うような出来事が多いんだよね……まあ、ありがとう大体目星がついたよ」

 クリストフェルは事務方の肩をねぎらうようにポンポンと叩くと、侍従と婚約者に向かって行こうか、と声をかけて部屋を出ていく。

 なれない王族の訪問に少し緊張していたのか、事務方の男性は彼らの姿が見えなくなると深く深くため息をついてから、帳簿に書かれたギボンズの経歴や支払われた金額などをもう一度見直してから、何もわからないと言わんばかりの顔で書類を閉じると、再び自分が行わなければ行けない仕事に集中しなおすように何度か頬を両手で軽くたたく。

「さ、仕事に戻るか……でもどうしてクリストフェル殿下はこんなことを調査されているのか……兵士にでも任せればいいのに」




「おそらくギボンズは死別した同僚を蘇らせているつもりなんだろうね……帳簿の中に記載があったけど、彼のいた部隊で死んだ兵士とその家族へと慰労金が支払われていた」

 クリストフェルたちは一度王城にある彼の執務室へと戻ると、今後を話し合うために全員で話し合っていた。

 経歴の中にギボンズは不思議と死ぬことがなかったが仲間の死を強く悲しんでいた、という記述が多く書かれていたのを見てクリストフェルは罪悪感や後悔が何らかの良くないものを彼自身が引き寄せてしまったのだという結論にたどり着いた。

 事件で襲われた家はすべて、子供を元王国軍へ送り出した家庭……しかも地域紛争で死んだ兵士の家ばかり、さらにギボンズの所属していた部隊の兵士の家だけなのだ。

 目撃証言にも調子のおかしい、狂った音程で奏でられるラッパの音が聞こえたと近隣の住人は話していた……ギボンズが何らかの手段で死者を復活させて人を襲っているのであれば辻褄は合う。

「で、でも結果的にその家族を殺して回るって……おかしくないですか?」


「だから目的と行動がおかしく、その……おそらくすでに狂人となっていて自分が何をしているのか理解していないのだと思う」


「そんな……」

 ヴィクターとマリアンはクリストフェルの言葉に押し黙ったまま少し悩むような表情を浮かべる……戦闘訓練を受けているとはいえ、この三人は地域紛争などの泥沼の戦争に参加したことは皆無であり、ギボンズという男性が味わった苦痛は理解できないからだ。

 沈黙が続く中、軽く咳ばらいをしたシャルロッタの声が思ったよりも大きく響き、三人が慌てて彼女へと視線を集中すると、彼女は笑顔を浮かべてクリストフェルに話しかけた。

「クリスはもう彼が次に向かう先はわかったのでしょう? 暗い顔をしている場合ではなくてよ、すぐに向かわないと」


「そ、そうだね……どれだけの数の不死者(アンデッド)を蘇らせているかわからないけど……僕たちの手で悲劇を終わらせなければ」

 クリストフェルは頼れる侍従のヴィクターとマリアンと視線を合わせると、お互いの考えを読んだかのように頷き、すぐに出発するための準備を整えていく。

 そんな彼らを見ていたシャルロッタは笑顔で一度頭を下げると、そっと彼らの邪魔をしないように部屋から出ていく……クリストフェルが気が付くと彼女の姿はすでになかった。

 だが彼女は彼らの邪魔にならないように黙ってここを出ていくことを選択したのだ、ということに気が付きクリストフェルは少し微笑むと、準備の終わった侍従二人と共に部屋を後にした。




「……婚約者殿を助けないのですか?」

 インテリペリ辺境伯家の屋敷へと戻り、自分の部屋にあるソファーへと腰をおろしてくつろぐシャルロッタへと、カーテンの影からずるりと姿を現した黒い幻獣ガルムが話しかける。

 姿を現したガルム族のユルはシャルロッタが幼少期に契約した幻獣であり、並みの兵士では太刀打ちできないほどの強さを持っている。

 彼女の影に潜み、護衛代わりとなっておりインテリペリ辺境伯家……貴族令嬢でしかない彼女が普段護衛もつけずに歩き回っているのはこの頼れる護衛がいるからだといわれている。

 中には命知らずにも彼女へと絡むものも現れたりもするのだが……その大半が二度と彼女に近づかなくなるという結果に終わっている。

 シャルロッタはいきなり現れた巨体に動揺することなく、手に持ったカップから軽くお茶を飲むとそっとテーブルの上に戻してからユルへと視線を向けてから、何もしないと言わんばかりの少し大きめの手振りで応えた。

「せっかくクリスがやる気出してるんだし、邪魔することはないわよ」


「ですがどう考えてもあちら側の差し金でしょう? 婚約者殿に危険があれば……」


「本気でわたくしに何かしたいのであればもう少し直接的に関わってくるわよ、おそらく今回の事件はお遊び半分ってところでしょうね」

 シャルロッタからすると低級の不死者(アンデッド)とそれを操る者を倒したところで、訓戒者がその場に出てくるとは思えないし、そもそも混沌の眷属がやる犯罪にしてはお粗末すぎる。

 それに……とシャルロッタはあの時廃屋の中で感知した魔力に混沌の形跡があるものの、その匂いが恐ろしく薄いことが気になっていた。

 何らかの付与魔法をもって、哀れなラッパ手の生命力、精神力などを吸い取りそれを触媒に死者を復活させているとすれば、普通の人間であればもう助からないのではないかと思うのだ。

「もし婚約者殿の前に訓戒者(プリーチャー)が現れたら……」


「クリスはユルが思ってるほど弱くはないわ、誰も気が付いていないでしょうけど、彼の中にある勇者の器は混沌の眷属に対して強く反応する」

 シャルロッタ自身がそうであったように、勇者とは死を前にした危機的状況の中で大きく成長を遂げるとされている。

 伝承にある勇者たちはすべからく、命の危機に出会う時にはそれを乗り越えてより強く、より偉大にそして人という枠組みを超えて強くなっていくのだ。

 中にはそうならずに志半ばで死んでいくものもいる……「勇者の出来損ない」と神々は呼ぶらしいが、クリスはそんな人物ではないと彼女は考えている。

「わたくしが彼を婚約者として認めているのは、同じ匂いがするからですわ」


「は、あ……シャルと同じ匂い? たしかに貴女はいつもいい匂いがしますけど」


「あのね……そうじゃないわ、彼は本物の勇者の器だって話、わたくしの前世の……いや止めましょう、こればっかりは結果を待つほうが分かりやすいわよ」

 シャルロッタはもうこれ以上は話さないとばかりにかぶりを振ると、テーブルの上にあったカップからお茶を飲み干し、身に着けている装飾品を外して湯あみをするために準備を始める。

 ユルはそんな主人の顔をじっと見つめながら、彼女が信頼し心を許しているあの金髪の王子の顔を思い浮かべる。

 確かに一度目にすると忘れられない魅力を持った人物であることは間違いない、ユル自身も彼を見たときに思わず傅きたくなる気持ちを抑えるので精いっぱいだった。

 そんな彼を鍛える? シャルの考えは時折不可解なものがあるようにも思える……だが主人がそういうのであれば、と彼はそのまま影の中へと姿を消していった。

_(:3 」∠)_ いい匂いがするらしい


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