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(幕間) 死を呼ぶ音色 〇一

 ——物悲しい音が暗い森の中を駆け抜けていく……時には力強く、時には繊細に……旋律は空気に乗って広がっていった。


「ダメだ、ダメだ……こんな音じゃないんだ、俺が求めているのはもっと……」

 一人の老人が手にしたビューグルを手に持ったまま、悔しそうに地面を蹴り飛ばす……おかしい、小さなころから音楽に触れてきた自分がある日を境に理想とする音を出せなくなっていった。

 小さなころから彼は音楽が好きで、成長していくにつれてその才覚は素晴らしいものへと変わっていった……生まれた家は貧しく、働き手として彼の親は兵士として彼は若者のころから最前線へと送り込まれていた。


 彼の役目は兵士たちへと指令を届けるラッパ手……彼以上にビューグルを上手に吹けるものがいなかったこともあり、彼はイングウェイ王国の国境紛争に従軍して必死に音を奏でていた。

 何度も死にかけた、何度も捕虜として捕まりそうになった……だが彼は必死に生き延び、逃げ続けた……そして再び王国のために音を奏でていたのだ。

 長い長い軍隊生活を送るうち、彼を軍へと送り込んだ両親は他界し、天涯孤独の身となった彼はそれでも音を奏でていた、音を奏でることが生きがいであってそれ以外のことをあまりよく知らなかったからだ。


 戦いに参加し、音を奏でる……所属していた部隊が勝つときもあれば、負けることもある……だが、彼は不思議と死ぬことはなくひょっこりと戻ってくる。

 不死身のラッパ手と呼ばれ、王国軍の中ではそれなりに名を知られた存在だったため、彼はあまりさみしいと思っていなかった。

 だが軍役を終えて王都で退役の儀式を終え、恩給を片手にふと街に出た際に彼は自分がもう老人と呼ばれる年代に差し掛かっており、自分が一体今まで何を積み上げてきたのかわからなくなったからだ。

 そして共に戦い、残念ながら敵の手にかかって死んだ戦友の遺品をまだ生きていた家族へと渡したときに、家族が放った何気ない一言が彼を深く傷つけた。

『あいつが死んだとき、お前は何をしていたんだ? お前が突撃の合図を奏でなければあいつは死ななかったのか?』


「ちがうんだ、俺が本当に出したかった音は……」

 戦場では自分が音を奏でると人が死ぬ……それに疑問を感じていなかったのに、急に夢を見るようになった……彼が音を奏でようとすると、恨みがましい顔で死者が彼を見つめるという悪夢。

 ちがう、違う、チガウ……俺はお前らを殺したくて音を奏でたんじゃない、俺はそれしか知らなかったんだ……俺は誰も殺していないし、殺したくもなかった。

 だが……あの家族の目はそうではない、と告げていた……お前が殺したのと同じなのだ、とそう言っているような気がしてならなかった。


 冷静に考えれば、それは家族を失った悲しみをどうにかして忘れたいと思う気持ちがそういったのかもしれない。

 だけど……彼は深く傷ついた、どう応えていいのかわからないくらいずっと考えなかったようにしていた自分が音を奏でると人が死んでいたという事実。

 それが怖くなって彼は一人森の中に粗末な小屋を立ててそこでずっと暮らすことにしていた……だが恐怖がずっと彼の心を蝕むようになり、彼はその恐怖から逃れるように音を奏でるようになった。

「こんなんじゃない……俺が最初に出した音はもっと澄んでいて……」


 ああ、どうしてラッパ手になった時に気が付かなかったのだろうか?

 音を奏でると人が死ぬということに……彼は人を間接的に殺し続けていたということに、どうして気が付かなかったのだ?

 次第に彼の心は暗く、陰鬱な暗闇の中で藻掻くようになっていく……それでも救いを求めるように、音を奏で続ける。

 彼はずっと音を、ずっと最初の音を、希望の音を奏でるのだ、奏でた先に何があるのか? 奏で続け、そして彼が絶望と恐怖と悲しみにくれたその先に、光が見えたような気がした。


「……いい音を鳴らすものだ……お前の心は絶望に沈んでいる、これは良い……その陰鬱で悲しい目……素晴らしい人間の目だ」

 一人の男が彼に話しかけてきた……背が非常に高く、とてもがっちりした体格なのか黒いローブの上からでも立派な体がわかるようだった。

 奇妙なのはその人物は鳥を模した奇妙な仮面を被っていることだった……眼窩に当たる部分には無機質で鈍く光る赤い瞳が見えている。

 老人はビューグルを鳴らす手を休めてその人物を見上げる……目が笑っていない、じっと何か老人の心の中を覗き込むような不安を感じる目だ。

「……あんた、何者だ……俺は人を殺す音から救われなきゃいけない、だから良い音なんか吹いていない」


「これは失礼……私の名前は闇征く者(ダークストーカー)……混沌神の訓戒者(プリーチャー)たる存在である」


「混沌神……? 訓戒者(プリーチャー)? なんだそれは……」

 闇征く者(ダークストーカー)と名乗った男は「難しく考える必要はない」と応えると、老人の持っていたビューグルを指さし、クフフッ! と引きつるような笑い声をあげた。

 老人は自分の持っているビューグルに視線を移す……不思議なことにそれまで何十年も愛用してきたその楽器から、ぽたぽたと血が流れ出してくるのが見え、彼は慌ててビューグルを地面へと投げ捨てる。

 なんだ? 幻覚……? だが彼の両手にはビューグルから流れ出したであろう血液が付着し、生々しい感触を伝えてきている。

「な、なんなんだ……俺が殺した奴らの血だっていうのか?!」


「その妄想を否定する、お前はただ音楽を愛しただけ……戦争で死んだ命は死ぬべくして死んだだけ、お前が今罪悪感に悩まされているのは単なる思考の飛躍に過ぎない」


「だ、だからって……俺が殺したことに変わりはない! 俺は人殺しなんだ!」


「無垢なる殺人者……貴重だな、クフフッ! よかろう、お前に一つ力をくれてやる」

 闇征く者(ダークストーカー)は地面に落ちて血まみれとなったビューグルを拾い上げると、おもむろに何かの呪文を唱え始める……すると不思議なことに何年も使い続け、汚れへこみなども目立っていたビューグルがまるで昔の姿のように美しく輝きを取り戻していく。

 驚きつつも美しく銀色に輝くビューグルを再び老人へと手渡してきた男の顔を見ると、その瞳は不気味なほどに笑っているように見えた。

「あ、あんたは……」


「先ほども名乗った、二度目はない……この楽器に特別な力を付与してやった……お前が仲間を殺して罪の意識に悩まされるのであれば、再び旋律を奏でよ」


「な、何を……」


「命を蘇らせてやる、と言っている」

 仮面の下に光る赤い瞳が鈍い輝きを放ったような気がする……老人は目の前に立つ男が本能的に人間ではない、ということにそこで気が付いた。

 神か? いや悪魔なのかもしれない……だが、老人は先ほどの言葉、命を蘇らせるという言葉に強く惹かれるものを感じた。

 人を蘇らせることができる? それであれば死んでしまった同僚を蘇らせることも……あの時苦しみながら死んでいった新兵を蘇らせることもできるのでは……?

「ほ、本当に命を蘇らせることが?」


「できる、ただ時間が経過している者はそれなりの姿でしか蘇れない……死者を連れ戻すことはそれだけ難しいと理解しろ、あとはお前の気持ち次第……クフフフッ!」

 闇征く者(ダークストーカー)はそれだけを告げると、まるで夜の闇の中へと溶け込むようにずるりと姿を消していく……その不気味すぎる存在感が薄れると、老人はホッと大きくため息を吐く。

 手の中には昔まだ老人が音楽を奏でることに夢中になれたあの時の輝きを放つビューグルが残っている……ほんの少し前までくすみ、傷だらけだったはずなのに。

「命を……」


 老人はゆっくりと立ち上がる……その目には暗くどこか狂気にも似た光が灯っているのが見える。

 独り言をつぶやきながら老人はビューグルを片手に、森の外へと向かって歩いていく……その方向には、少し前に彼自身が遺品を届けた家族の住む村があるはず。

 老人はどこか遠くを見ながら、それでも一つの想いに突き動かされて歩いていく……あの家族の願いをかなえてやるのだ。

「あいつはいつも家族のもとへと帰りたがっていた……だから俺が殺した命を俺が蘇らせるのは神が与えた試練なのかもしれない……蘇れ我が同胞よ……」




 ……ドン! ドン! と粗末な木造の扉が叩かれる音を聞いて、それまでぐっすり眠っていた女性は眠い目をこすりながら寝台から起き上がる。

 先日くたびれた老人が、彼女の一人息子の遺品を届けてきた……その日からずっと死んだ息子のことを考えてしまう。

 あの老人に思わず悪態をついてしまったことを詫びる間もなく、傷ついた表情を浮かべた老人は黙ってその場を逃げるように立ち去った。

 もう一度顔を見ることがあれば、謝らなければいけないと思っているが……それでも女性は息子のことを考えて眠れない日々を過ごしていた。

「誰だい、うちには金目のもんなんかないよ!」


「……か、かあさ……ん……あけて……よ……」

 扉の向こうからたどたどしい声が聞こえる……しわがれた、まるで喉の奥からゴボゴボと絞り出すように苦しげな声が聞こえる。

 聞き覚えがある……あの日英雄になるんだと言って笑顔で出征していった息子の声にも聞こえ、女性は思わず口元を押さえた。

 まさかそんな……再びドン! ドン! と扉が叩かれる……うめき声のような者が聞こえ、女性は思わず扉まで駆け寄ると扉を固定している板を外そうとしてふと疑問を感じる。

「私の息子は死んだって聞いてる……あんた誰だい!」


「ぼくだよ……もどって……きたんだよ……」


「本当に? 本当にお前なのかい?」


「……またかあさんの……つくったすーぷが……のみた…‥いよ……」

 あの子が笑顔で食べていた野菜くずと少量の肉が入ったスープ……美味しいはずがないのにあの子はずっと美味しいって……涙があふれる、あの子が戻ってきた。

 老人はうそをついていたんだ……板を急いで取り外し、扉を開けた女性の前に立っていたのは、息子だったはずのモノ。

 身体は腐ってひどい匂いを放ち、腹部からは虫や動物に食い荒らされた内臓が零れ落ちた異形の姿……息子だったはずの死体が、腐り落ちていく肉がまだ辛うじて垂れている顔にまるで笑顔を浮かべるようにそこには立っていた。


「ただいまぁ……かあさん……にくをたべる…‥おいしいか……ら、いただきまぁあす」


_(:3 」∠)_ ホラー短編書いてて、あれ? これ話として行けるんじゃね? ってなった幕間開始。


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[良い点] 外道だな、この1点のみで万事に値する。 [一言] 直接走狗に成り果てた者には慈悲を。 外道には己の行いを後悔し、信じる神すら捨てさせる死を。
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