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第一六九話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 一九

「さあ、覚悟しなさい? あれだけの人を食い殺しておいて自分が殺されるはずない、とか思わないことね」


「ううう、うううるさいっ! お前みたいな人間に僕が殺せるはずがない……ッ!」

 わたくしの言葉に、空間の狭間に逃げ込めなくなった猟犬(ハウンド)が、その鋭い牙が並ぶ大きくな口を開けて威嚇を始める。

 そういえばちゃんと猟犬を見たのはこの世界では初めてだなとまじまじと見るが、図体は非常に大きいのだが、それに反比例するかのように鋭い爪の生えた脚はひどく細く感じる。

 だが、筋力やその巨大な体を動かす瞬発力は相当なものだろうし、それ以上に背中でゆらゆらと動いている触手は一突きで人間の体を簡単に貫く。

 そして口の中に見えている細くて長い舌も殺傷能力が非常に高いと言われており、まともに接近戦なんか挑むのは自殺行為であるともされている。


 ……そりゃ普通の人間が戦うならね。


 わたくしは相手に向かってゆっくりと前進を始める。

 あまりに無防備に前に出てくるわたくしに少し驚いたのか、ある程度の距離まではこちらの出方を窺うようにじっと見ていた猟犬(ハウンド)の目が次第に怒りの色を帯び始める。

 舐められてる、と感じたのだろう……恐ろしい速度で鞭のように死なる触手をわたくしへと叩きつけてきた……バシイッ! という音を立てて防御結界に衝突した触手が、わたくしの身体のほんの少し数センチ上あたりに静止する。

「だから意味ないって……わたくしの防御結界は異世界で魔王の攻撃も相殺したのよ? 獣風情の攻撃が貫通するほどやわじゃないの」


「これならどうだっ! ガアアアッ!」

 その言葉と同時に猟犬(ハウンド)は恐ろしい速度で跳躍すると、わたくしの身体を丸のみにしようと大きく口を開いて飛びかかってくる。

 ああ、確かに猟犬(ハウンド)の口の大きさを考えたら比較的小柄なわたくしを丸飲みするってのはありなのか……だけど! とわたくしは自分の体の表面に展開していた結界をすこし大きく広げる。

 球状に結界を広げてわたくしを丸飲みできないように展開しなおすと、その結界へと猟犬の牙が衝突し、それ以上口を閉じれなくなった怪物が目を丸くして驚く。

「あががが……ど、どうして……」


「生臭いわねえ……寝るときは歯を磨かないと虫歯になるわよ?」

 と、憎まれ口をたたいてみるものの正直猟犬(ハウンド)の口臭は耐えがたいくらいの悪臭を放っており、わたくしはそっと匂いを遮断するように魔力を強化してひどいにおいをシャットアウトする。

 猟犬(ハウンド)は必死にわたくしを丸飲みにしようと口を締めようとしているが、防御結界の前にミシミシと自らの牙が軋むような音を立て始めたのを聞いて、慌ててわたくしから距離をとるように飛びのいた。

 わたくしはそれを見てから再び球状に展開していた結界を、元の位置……身体の表面に添うように展開しなおすと、両手を広げて肩をすくめる。

「殺すんじゃないの? わたくしがのんびりしている間に殺さないと、貴方後悔するわよ?」


「ば、馬鹿にしやがって……ゆ、ゆゆゆるさないッ! ウォオオオオン!」

 怒りの表情を浮かべた猟犬(ハウンド)が大きく口を開くと遠吠えを上げる……その声に呼応して、渦巻く魔力がその肉体へと干渉しメリメリメリッ! と大きな音を立てて全身の筋肉が盛り上がっていく。

 巨体が一回り大きく膨れ上がり、口元から黒い煙を吹き出しながら、前足で地面を何度か掻くと。猟犬はいきなり姿を消す。

 次の瞬間、わたくしの視認できないスピードで猟犬(ハウンド)の爪が結界に叩きつけられ、甲高い音を立てながらすこし離れた場所に怪物が出現した。

「この速度であれば、お前は反応できないらしいな? それに今触って理解したぞ……お前の身体を薄い膜のように覆っている結界、決して無敵の防御ではないな?」


「……ご明察、この結界はわたくしが魔力を練り上げて構成しているから、超強力な攻撃であれば貫通するわよ」

 実際這い寄る者の一撃は多少なりとも防御結界が薄くなった時に貫通してわたくしの肉体へと傷をつけているし、絶対無敵というわけじゃない。

 ただ、その防御結界を貫通するための攻撃力が尋常ではないレベルで繰り出さなきゃいけないというだけなのだけど。

 猟犬(ハウンド)は力押しであればなんとかなると思ったのか、その長い舌で口元をぬぐうように舐めまわすと少し低めの体勢となる。

「お前はまだ僕を舐めすぎている……お前の身体を引き裂いて、痛みで泣き叫ぶお前を生きたまあ食ってやるぞ……しねえっ!」


「はっ……やれるもんならやってみなさいっ!」

 その瞬間、猟犬(ハウンド)の姿がその場から消え去る。

 そしてわたくしの周囲すべてに猟犬(ハウンド)の姿が同時に出現し、爪を、牙を、触手を、舌を同時にわたくしの身体へと突き立てようと迫りくる。

 そのすべてが実体を持ち、同時にあらゆる方向から繰り出される……いわゆる多重分身攻撃(パラレルアタック)と呼ばれるこの攻撃を見たわたくしの脳裏に、別世界に生きた最強の剣聖が残した伝説が蘇る。


 彼は史上最強と言われた剣士の一人だった。

 その世界において、彼にかなう剣の持ち主はおらず彼はあらゆるものを切り裂く腕と、太古から紡がれた最強の剣術を修めた無敵の剣豪の一人だった。

 彼はその人生においてすべての戦いに勝利し、一度も敗れることなく勇者の仲間として悪と戦い、そして最後にはその身を挺して仲間を守り命を落としたといわれている。

 彼の死によってその剣術の伝承者は途切れ、永遠にその剣技は失われてしまったのだが、彼が奥義として最も愛用し、そして最も多くの敵を屠った技がこの多重分身攻撃(パラレルアタック)だったという。

多重分身攻撃(パラレルアタック)による飽和攻撃ね……狙いの付け所は悪くないわ」


「死ねっ!」

 猟犬(ハウンド)のすべての攻撃がほぼ同時に着弾する……だが、わたくしの防御結界はそのすべての攻撃を受け止め、肉体に触れることなく寸でのところで静止しているのが見える。

 猟犬(ハウンド)の顔が驚愕にゆがむのが見える……まあ、狙いは悪くない、防御結界を貫通する攻撃を必要としたこと、その攻撃に多重分身攻撃(パラレルアタック)を使って飽和攻撃を仕掛けたところ。

 そしてそのすべてをこれだけの高速移動中にやってのけたこと……ぶっちゃけわたくしもこの攻撃は結界を使ってしのぐしかなかった。

「じゃあこっちのターンよ……わたくしは多重分身攻撃(パラレルアタック)ってのはあまり多用しないの、一撃が重いほうが確実に相手を殺せるからね」


「あ、あああ……お前はなんなんだ、なんなんだよ!」

 猟犬(ハウンド)は攻撃を防がれたショックと、これだけの技を繰り出した反動……当たり前だが筋肉や肉体に相当な負担がかかることをやってのけたのだ、疲労困憊と言っても仕方がないだろう。

 ふらふらとわたくしの前で恐怖に目を見開きながら震えている……だが、彼は第八軍団の兵士を笑顔で、しかも残忍に殺戮した怪物だ。

 その報いを受けてもらわなければ困るのだ……わたくしは不滅を構えなおすと、ほんの少し腰を落とす。


「——我が白刃、切り裂けぬものなし」


 わたくしの身体の表面をほとばしる魔力が稲妻のように走り抜ける……この技はわたくしが最も愛し、もっとも信用しているシンプルだけど確実に相手を切り裂く必殺の一撃。

 魔力が体の表面を走るたびに、バチバチと音を立てわたくしの長い銀色の髪が動きに合わせて舞い踊る。

 その話に出ていた剣聖が多重分身攻撃を愛したように、わたくしはこの技を最も愛し、そして磨き上げてきたのだ。

 この技でとどめを刺すのは目の前の怪物が、思っていたよりも強敵の部類に入っていたから、そしてその礼と言っては何だが、わたくしが放てる最高の技で相手を倒すのが礼儀だと感じていたからだ。

 漲る魔力がわたくしを包み込み、わたくしはただ一つの雷光となって駆け抜ける!!


剣戦闘術(ブレードアーツ)一の秘剣……雷鳴乃太刀(サンダーストラック)

 雷鳴のごとき音と共に、わたくしは猟犬(ハウンド)の後背へと剣を振りぬいた構えで現れた。

 ビクン! と体を震わせた猟犬(ハウンド)は、ゆっくりと真っ二つに切り裂かれ、ズズズズッ! と鈍い音を立てながらゆっくりと地面へと倒れ伏した。

 わたくしは一度くるりと剣を回転させると、そのまま空間へと収納すると、ほうと大きく息を吐く……以前よりも魔力が膨大なものになりつつあり、技を出した後もわたくしの身体を電流のようなものが時折走っていくのが見える。

 こちらを見ている視線に気が付き、わたくしがハーティのほうへと目をやるとそこには驚いたように目を見開くレイジー男爵やリディルと、「赤竜の息吹」のメンバーがわたくしを見て微笑んでいるのが見えた。


 なんやかんや言ってもハーティ防衛には成功し、第八軍団の損害はもはや不明だが第一王子派の初撃は防いだことになるのかな?

 少なくともハーティは新たな第一王子派の軍勢が来ない限り安全な状態になったといえるだろう。

 その間にわたくしと「赤竜の息吹」は急ぎ領都エスタデルへと戻りインテリペリ辺境伯家の辺境の翡翠姫(アルキオネ)は無事だということをイングウェイ王国に知らしめる必要がある。

 だがまずは、わたくしが守ろうとした人たちが無事だったということを喜ぶべきだろうな、わたくしは彼らに微笑むとハーティへと歩いていく。


「これからまた急いで行動しないとダメだろうな……何もないといいんだけど」

_(:3 」∠)_ 次回ハーティ防衛の最終話です……エピソードはまだまだ続きます!


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