第一六八話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 一八
——銀色の戦乙女と巨大な藍色の獣は常人にはもはや判別のつかない速度で攻防を繰り返している。
「な、なんて速度の防御なんだ……しかもシャルロッタ様は攻撃を見ずに防御してないか? あれ」
エルネットの隣に立つリディルが何が起きているのか理解できない、といった表情を浮かべている……エルネットですらその神速の防御はかろうじて判別できる程度。
だが少しわかった事がある……猟犬と呼ばれる化け物は本体が目の前にいるが、攻撃は空間を飛び越え、相手の背後だろうと上空からでも攻撃を加えてくる。
シャルロッタは自分以外には対処できない、と判断したのは正しかったのだ、前から迫る攻撃を受けるのと同時に、背後からの攻撃、真下から迫る攻撃などどうやったら防げるのか皆目想像すらつかない。
「どうやって防御するんだろう……感覚のようなものなのだろうか?」
「あれは……圧倒的な速度と研ぎ澄まされた感覚で剣を置きに行っているのですかね……」
その様子を呆れたような顔で見ている幻獣ガルム族のユルは、もはやああいうのを見ても驚かないと言わんばかりの顔だが、シャルロッタはほぼタイムラグなしで迫る攻撃を難なく捌いている。
しかも本人は攻撃に視線を動かすことはなく、あくまで猟犬本体を見つめ続けているのだ……その口元には笑みが浮かんでおり、明らかに余裕の表情だ。
しかも相手の体長は優に五メートルを超えており、小型のドラゴン並みといっても良い……その衝撃は鍛えていない人間であれば簡単に押し潰されてしまうようなものだ。
「あんな細い体でどうやってあの衝撃を受け止めているんだ」
「受け流しているんですかね……地面に衝撃を逃がしているのもあると思いますが……」
その証拠にシャルロッタの立っている地面には衝撃が伝わっているのか、攻撃を捌くたびに軽く揺れているようにもみえ、衝撃に耐えきれなくなった地面が割れていくのが見える。
普通揺れる地面の上で剣を振るうのは相当に難易度が高く、揺れる船の上で戦う訓練を行う海兵も素質がないとなる事ができないと言われている。
それと似たような状況でも彼女の剣は的確に相手の攻撃を防御している……どれだけの研鑽を積めばそうなるのか? エルネットだけでなく、その場にいた全員が驚きを隠し得ない。
「お、構え直した……珍しいですね、シャルが剣を構えるのは……」
「そういえば彼女は普段構えを取らないよな」
ユルがシャルロッタの構えが変わったことに気がつくが、それを見てエルネット達が反応する……シャルロッタは普段剣を構えることは多くない、彼らの前では相手を拳で殴り飛ばしたり魔法を使って殲滅するなどの行動が多いからだ。
だが構えたということは猟犬の能力がそれだけ高いということだろうか?
それに合わせるように猟犬の姿が空気に溶け込むように消えていく……見えない敵と戦う?! 相手の場所がわからない状態でどうやって戦うのか。
エルネットはごくり、と喉を鳴らすとあくまでも笑みを浮かべたまま剣を構えるシャルロッタの見つめる。
「……どうやってこの状態から勝つのか……俺に理解できるのだろうか? いや……必ずその高みにまで迫ってみせる……」
わたくしの前から猟犬の姿が消える……これは光学迷彩のように光の屈折を利用したものではなく、空間の狭間に隠れるというまるで違う原理によって起きている現象である。
つまり姿を消している時は本当にこの世界に肉体が存在していないため、攻撃は当たらないのだ……今考えてみても、この生物無茶苦茶だな。
基本的には空間の狭間にいる間はお互い手が出せないのだけど、猟犬はその狭間を伝って攻撃をする事ができると言われている。
先ほどのほぼタイムラグなしの攻撃もその一つで、空間を捻じ曲げて強制的に攻撃を到達させていると考えれば良いだろう。
「だけど空間の狭間にいたとしても位置情報は同一線上にあるわけでね……姿が見えないだけなのよ」
わたくしは魔力を一気に集中させていく……相変わらず猟犬の荒い息遣いはあちこちから聞こえてきている。
こちらに自分の位置を把握させないための行動だろうが、わたくしはそもそも息遣いとか声で相手の場所を特定しているわけではないので、大した欺瞞にはならないんだけどね。
次の瞬間背後から迫る攻撃をわたくしはそれまでと違い、防御結界で防ぐ……魔力で強化した結界に触れた猟犬の爪は何か超硬質なものにぶち当たったかのように、わたくしに触れる事なくその場で静止する。
「……何これ? 硬い? いや硬いだけじゃない……」
「魔力、しかも高純度の強い魔力」
「人間のくせに生意気な、なんて力……!」
「わたくしの防御結界は物理、魔法問わず防ぎますわよ?」
正確にいえばそれだけではないのだけど、猟犬に全てを教えてやる必要もないし今はこの程度でいいだろう、わたくしは体を高速回転させて、不滅を振るうが反撃を予想していたのか、斬撃が到達する寸前に再び狭間へと姿を隠す。
完全に姿を消している時……忍び歩きと呼ばれる状態では実は彼らもやれることが限られるというのは猟犬と戦った英雄達が記録に残している。
最も脅威となるのは最初のように姿を見せていた状態での距離を無視した連続攻撃にあるわけで、動物的な本能で反撃を受けないように行動している今の方が対処がしやすかったりもする。
まあこれは通常の猟犬への対処法なので、王級となっている目の前の個体はもう少し隠し球くらい持っていそうだけど。
「……手数を打ってこないとわたくしは倒せませんわよ? 数打ったところで倒せないですけどね」
「なら手数を増やす……影の槍」
「焼き尽くす……破滅の炎」
「動きを止める……荊棘の呪い」
「その肉体を貫く……氷の槍」
わたくしの防御結界に突然パキパキと音を立てて巻き付くドス黒い荊棘の蔓が巻き付くと同時に、地面を突き破って何本もの影の槍が結界に叩きつけられる。
そしてまた別の方向から稲妻状の炎が、そして背後から白い冷気を発しながら氷の槍がわたくしへと突き立てられ、衝撃で周りの空気が振動し、奇妙なくらいの甲高い音と爆発音をあげていく。
だが、それら全ての攻撃はわたくしの結界に阻まれ、ビリビリと振動しながら空中に静止しており、肉体に触れることすらできていない。
魔法の四重奏ね……なかなかいい攻撃持ってるじゃないの、だけどこの程度の魔法ではわたくしの防御結界を貫くことは難しいんだよね。
「あら、結構いい攻撃持っているのね? 同時に四種類の魔法を放つなんてこの世界では初めでですわよ?」
「まだまだ攻撃は続くよ……火球」
「焼き尽くす……破滅の炎」
「破壊してやる! ……石弾」
「ハリネズミにしてやる……魔法の弾丸」
わたくしへとさまざまな方向から魔法が迫る……だがわたくしは意に介することなく、そのまま前進を続けていく。
結界に衝突した炎が爆発し、魔力で構成された回転する石の弾丸が砕け散り、魔力の矢すら結界を貫通することなくその場で砕け散っていく。
だがわたくしは笑顔を浮かべたままどんどん前へと出ていく……魔力を使って視界を強化すると、猟犬が隠れている狭間の位置を確認していく。
空間の狭間は視認できないが、必ず攻撃に転ずる瞬間に何かしらの反応が見えるはず……視界の隅にこちらをみている瞳がチラリと見え、その場所に思い切り腕を突っ込む。
「……いたわね? 出てきなさいッ!」
「……ひいっ!」
「この人間、僕を掴んで……」
「やめろ! やめろおおっ!」
「いい子だからこっちへいらっしゃいな!!」
わたくしは空間の狭間に突っ込んだ腕を引き抜くと、巨大な藍色の体が何もない空間を引き裂くようにズルズルとその姿を表していく。
わたくしが思い切り腕を振り抜くと、体長六メートルほどの異形の怪物が地面へと大きく放り出され、悲鳴をあげてゴロゴロと転がっていく。
さて、なぜ狭間から無理やり引き摺り出したのか……というと、猟犬は狭間に姿を隠している時には特殊な魔力のフィールドを使って自由自在にその位置を隠している。
だが、このフィールドはわたくしの防御結界などと違い、空間のズレとかそういったもの感知する器官を利用しているらしい。
この感知というのは猟犬自身が本能的に行っているものではあるそうだが、無理やりに狭間から引き摺り出された場合、器官の働きに影響を生じる……つまりバグが発生して一時的に狭間の中へと戻る事ができなくなるのだ。
「……前世で聞いた猟犬対策なのよねー……無理やり引っ張り出すと、そいつは結構長い時間世界にとどまらなければいけない」
「この食料にしかならない人間が……ッ! 僕を引き摺り出していい気になりやがって……絶対に食ってやる!」
猟犬が怒りの表情を浮かべながら巨大な口を大きく開く……怒りで藍色だった体色が、次第に紫色に近くなっていく。
こうなればあとは力押し……わたくしが最も得意とする腕力でどうにかなるだろう……口元を歪めて笑みを浮かべてからわたくしは再びほんの少し腰を落とした構えを取る。
そして醜く巨大な怪物を前にし、自身に秘められた莫大な魔力を解き放っていく……!
「さあ、早くも最終ラウンドよ! ここから先は一方的にぶち殺してやるわ、覚悟なさいッ!」
_(:3 」∠)_ まあ、空間のズレとか間とかを厳密にやると大変難しいので、だいたいそんな感じ! でお願いします
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