第一六七話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 一七
「さて、と……」
わたくしはハーティの城壁を軽々と飛び越えると、ふわりと固く閉じられた城門の前へと降り立ち魔力で強化した目であたりの状況を窺う。
猟犬は第八軍団の兵士を食い散らかし、殺戮し、そして命を喰らってより強力な生物への進化を始めているかのように、ゆっくりとその姿を変化させていっている。
体長はすでに八メートル程度の大きさまで巨大化を始めているので、王級としてもかなりのサイズ感へと変化しているようだ。
それでいて動く速度は小型の狼並みっていうかなりチートくさい生物なんだよね、それも全ては空間を飛び越えるという能力に起因しているのだけど。
「……ま、問題ないでしょ」
わたくしはゆっくりと前へと歩みを進める、そのついでに自らに纏っている不可視の防御結界をこれみよがしに強化するように魔力を放っていく。
相手の目をこちらへと集中させて、極上の魔力を喰えるかもという期待を持たせるためだ、ついでに空間を割って不滅を引き抜くと片手でくるくる回しながらその握り心地を確かめていく。
どうやらこちらに気が付いたのか、殺意を持った視線がわたくしへと集中する……猟犬は目が複数あって、空間を飛び越えてものを見ているため、視線は一方向ではなく複数の場所のように思えてならない。
「……美味しそう? 美味しいに決まってるね」
「美味しい? そうだよね、男より女の方が美味しいよね」
「美味しいよね? そうだといってよ」
いきなり耳元で囁かれる……違う、まだ本体は遠い、これは声が空間を飛び越えて聞こえているだけ……複数いるように聞こえるが、現れたのは一頭だけだ。
複数だったらもっと騒がしい、という記録を見た事がある……これは前世で戦う前にわたくしが調べた知識にもそう書かれてた。
知能があるゆえに相手を狩るためにはどうすればいいのかをよく判っており、徹底的に恐怖を植え付けて必死に命乞いをする人間をゆっくりとバラバラにして食した、などの胸糞悪いエピソードがあったりもしたな。
とにかくこいつらは飢えを満たすために命を食らうが、彼らの価値観では恐怖に歪む獲物の顔を見ながら、絶望感を植え付けて殺すことが最も最上の味になると思っているらしく、そういった行動をよく取るのだとか。
そんなことを考えていると耳元でわたくしの匂いを嗅ぐような獣臭い息がかかる……だがこれも違う、こちらを怖がらせるためだけにこういうことをしている。
「いい匂い……女だね、女は食べるところがたくさんあるよ」
「女は柔らかいよね、特に腹を食い破る時の感触が大好き」
「でもこの魔力はなんだろうね? 普通じゃないかも」
ハァハァ……と生臭い息を吹きかけてくるのがとてもウザい、少し間違えれば変質者にしか思えないのだから。
だが次の瞬間、凄まじい殺気を感じてわたくしは咄嗟に不滅を振るいほぼ背後からの攻撃を防御する……ガキャアアアン! という甲高い音を立てて、わたくしの持つ剣と猟犬の鋭い爪が衝突すると、そのまま爪を振り抜いた怪物はまるで蜃気楼のようにわたくしの正面へと姿を表す。
想像できる中で最も冒涜的な姿……濃い藍色の体は少しヌメヌメとした光沢を帯びており、ひどく生臭いような獣臭いような奇妙な悪臭が漂っている。
顔は狼のような作りにも似ているが、瞳はそれぞれ五つ並んで配置されており金色に光っているが、回転するようにあちこちへとぎょろぎょろと動き続けている。
「おや? 防いだね、どうして防げるの?」
「防ぐね……偶然なのかな?」
「見えていないのに防いだね? これはおかしいね」
恐ろしく鋭い歯が並んだ口は、大型の獣であっても丸呑みにできそうなくらいに大きい。
その中からチロチロと鋭く尖った触手にすら思える動きを見せる舌が覗いているが、この舌は人なら簡単に刺し貫く威力を持っているので要注意だ。
おそらく普通の人間であれば防御不可能な位置からの攻撃を防いだことで、不思議に思ったのかもしれない……猟犬は興味深そうにわたくしをいくつもある目で見つめると、楽しそうに口元を歪めて笑みを見せる。
そして非常に自然な動作で前足でわたくしへと指を指すと語りかけてきた。
「……君は何者かな? 見た目よりも遥かに強い」
「恐ろしい魔力、さっきまでいたお肉と全然違う」
「優れた剣技、細い腕なのに力強い、こんなの初めて」
「わたくしの名前はシャルロッタ・インテリペリ……この地を治める貴族の娘です」
わたくしが答えた瞬間も真上から左足の攻撃が降り注ぐ……だが、この攻撃もわたくしはその方向を見ずに不滅を振って受け止めると、再び甲高い金属音が辺りへと響き渡る。
彼ら猟犬は捕食者だ、問いかけたり謎解きを持ちかけることもあるが、それは相手の思考に隙を作ることを目的としている。
まあ、普通の人間は考えた瞬間に防御が疎かになったりするわけで、こいつと戦う時には常に複数人の暗殺者に周りを囲まれていると想定しながら戦わなければいけないのだ。
それ故に……エルネットさんやレイジー男爵達には荷が重いと判断したわけだが……うん、超めんどーな敵に当たっちゃったなあという少し苦々しい気持ちが芽生えてくる。
「どうやってこの世界に? 貴方の住む世界は暗くて汚い混沌の世界でしょう?」
「入口を伝って……入口は誰かが作った」
「出口を見つけて、出口は男が持っていた」
「美味しい肉を食べるために、出てきた」
入り口と出口……第八軍団の誰かが世界を繋ぐ対の門を所持していたということか? そんな危険すぎる魔道具なんかこの世界にも存在していたんだな。
しかし思考の最中、空間を引き裂いて斜め下、右、左斜め上から次々と猟犬の鋭い前足の攻撃が降り注ぐが、その攻撃を的確にわたくしは剣を使って防御していく。
剣と爪が交差するたびに衝突音と、火花が散っていく……速度も速いが、重さも凄まじいもので、ビリビリと手が震えるような感覚を覚える。
この攻撃すら防御したわたくしに猟犬は本当に違和感とイラつきを覚えたのか、グルルルル! と唸り声をあげていきなり立ち位置を離した……おおよそ動物的な移動じゃない、姿勢はそのままにいきなり位置がズレたように遠くなる。
「もっと本気でやりなさい……貴方わたくしを簡単に殺せると思ってるかもだけど、そんなチンケな攻撃じゃ傷一つつかないわよ?」
「嫌な女、お前のような目をした奴はたくさん見た」
「性格悪い女……見た目は整ってるのに嫌な女」
「本当に、イライラするね……絶対に殺す」
本体との距離が離れているにも関わらず、左、上、背後、ほぼ地面から立ち上るように連続で爪と、触手による攻撃がわたくしへと叩きつけられる。
その攻撃をもわたくしは剣を振るって防御していくが、あまりに強固な防御を見てわたくしが予想よりも遥かに強いと認識を改めたのだろう、猟犬の体はゆらゆらと蜃気楼のように揺らめくとその姿を消していく。
姿を現して攻撃してくるのはほんの序の口……ここから先は相手の体はほぼ不可視になると思ったほうが良い、見えない敵を相手に戦うことはかなり難しい。
見えるということは非常に重要なもので、あらゆる剣の達人は相手の微細な動きを見て動く事ができるのだという……見えなくても敵を察知して戦うことができる人もいるっちゃいるし、なんなら盲目の剣豪が活躍する物語なんてのもこの世界にはあったりするんだけど、実情は相当に難しいのだという。
「絶対殺す、謝っても許さない」
「その心を絶対に恐怖で塗りつぶしてやる」
「恐怖で失禁するお前をなぶり殺してやる」
「ハハッ……わたくしを恐怖で塗りつぶす? やれるもんならやってみなさいよ」
猟犬の怒りの感情が伝わってくる、その憎悪は普通の人間であれば恐怖で身動きができなくなるくらいの恐るべきものだが、ビリビリと肌へと伝わってくるその怒りはこれでも前世で体験した魔王の怒りそのものよりも生ぬるい。
その怒りの感情を叩きつけても動じずに微笑んでいるわたくしをみて、猟犬はさらに怒りのボルテージをあげていく。
この怒る、という感情の波動があたりの地面が振動し砂埃を巻き上げていくのをみながら、わたくしはそれまで所謂無構えの状態で持っていた剣をくるり、と回転させると水平に構え直す。
「急にどうしたの? 怖くなったの?」
「僕を殺す気になったのかな? 怖いよね」
「構え直したところで、僕はお前を確実に殺すよ?」
耳元で多重音声のように聞こえる不快な猟犬の声だが、わたくしはその声に動じることなく一気に魔力を噴出させていく。
猟犬の怒りと、わたくしの放つ魔力が衝突するとゴゴゴゴッ! という音を立てながら、地面を揺るがして振動し、そして耐えきれなくなったかのように石がボロボロに崩れていくのが見える。
ハーティに影響が出ないようにユルを残して防御させておいてよかったな……わたくしの魔力の放出で街ごと消しとばしました、なんて結構シャレにならない事態だし。
わたくしは剣を構えたまま、再び口元を歪めて咲うと猟犬に向かって叫んだ。
「さあ、ここからはシャルロッタ・インテリペリのターンですわよ? 今まで待ってあげたんだからガッカリさせないでね……少しは耐えてみせろよ?!」
_(:3 」∠)_ つまり、ほぼ同時にあらゆる方向から攻撃ができるわけです、チートじゃん(オイ
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