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第一五話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 〇五

「この世のものとは思えない……なんて美しい人だったんだ……」


 惚けたように窓の外を見て、ほう……と息を漏らすリディル・ウォーカー・カーカスはカーカス子爵家の長男だ。

 カーカス子爵家は元々男爵家で戦功により陞爵(しょうしゃく)した貴族である……男爵家であった頃は比較的質実剛健、騎士上がりの貴族らしい戦士の家系であったが、先代が亡くなった後今のジェフ・ウォーカー・カーカスが後を継ぎ、少しずつ堕落が始まっていた。

 盗賊組合(シーブスギルド)と手を組み、怪しげな商売に手を染めている……リディルもその噂を聞いておりどうにか父に正道へと戻って欲しいと考えているものの、まだ一六歳でしかない彼は街の運営へと手を出すことはできず、手をこまねいて見ているだけとなってしまっている。


 夜会で出会ったインテリペリ辺境伯家のシャルロッタ嬢……この世のものとは思えないくらいの美しい女性で、白銀に輝く髪と白い磁器のようなきめ細やかな肌、そして辺境の翡翠姫(アルキオネ)の名に相応しい翡翠のような瞳、そしてその口から紡がれる声は心地よく、笑顔は女神のように美しかった。

 夜会で他のご令嬢と話すことも多いが、その令嬢たちが霞んでしまうかのような、絶世の美女というのはああいう人を指すのだろう、と思った。

「リディル、リディルはいるか?!」


「ち、父上! いかがされましたか?」

 乱暴に扉が開かれ、リディルは思考の海から無理矢理に引き摺り出される……なぜか笑顔を浮かべる父の姿にふと違和感を感じるが、息子として教育されたリディルは膝をついて彼に頭を下げる。

 ジェフはそんな息子を見てニヤリ、と笑うとリディルの肩にぽん、と手を置いて周りを気にするような仕草をしてから耳打ちするような格好のまま小声で話しかけてきた。

「おい、あの辺境の翡翠姫(アルキオネ)をどう思う?」


「シャルロッタをですか? 美しい女性だと思います……高嶺の花というのはああいう人を言うのでしょうね」


「そうだな、あれを手に入れればインテリペリ辺境伯家を裏から支配することも可能になるかもしれん。お前辺境の翡翠姫(アルキオネ)の夫になれ」


「え……? 身分が違いすぎますよ……」

 父上は何を言っているんだ……? カーカス家は子爵、シャルロッタはインテリペリ伯爵、しかも辺境伯ということで広大な領地を支配している大貴族の一人であり、身分としては侯爵と同じ序列にあたる。

 リディルは父親が何を言っているのか、さっぱりわからずに困惑した表情を浮かべる……だが、ジェフはグフフと笑うとさらにリディルに向かってとんでもないことを言い出した。

「既成事実を作る……盗賊組合(シーブスギルド)と組んであの世間知らずの令嬢を拉致し、媚薬で言うことを聞かせる……安心しろお前があの女を籠絡し惚れさせるのだ。あんな小娘だ、洗脳して仕舞えばわけもない」


「何を……我々は臣下ですよ?! 拉致……しかも彼女を傷物にしたとあっては私たちの首が飛びます!」


「あの娘はクレメント……インテリペリ辺境伯が甘やかしているとも聞いている、あの娘を洗脳していうことを聞かせればいいのだ……いいな、俺は子爵家などでは終わらん、絶対にこの広大な領地を支配するに相応しい男なのだ、お前はそれを手伝うのだ」




「はー、あのイケメン青年がカーカス子爵の息子とは……世の中不思議なこともございますわねえ……」

 今わたくしはセアードの街中にある貴族専用の宿の一室、豪華なベッドの上に座って昨夜の出来事を思い返している。

 人は見かけによらないなー、と優しい笑顔を浮かべるリディルを思い返してみる……父親はどうも好きになれないが、息子であるリディルは非常に紳士だった。

 ウゴリーノお兄様が迎えに来るまでちゃんと話し相手になってくれていたし、話の内容もわかりやすく丁寧で面白いもので、どうしたらこんなに紳士な息子があの親から生まれるんだろう? と正直疑問に思うレベルのものだったからだ。

「好意的でしたね、まあシャルを見て好意的にならない男性を見たことがありませんが」


「そうですわねえ……ただ、どこか影のある殿方でしたわね」

 ユルが影から頭だけを出して話しかけてくるが、わたくしはそんなユルの頭を軽く撫でながらリディルのことを思い返してみる……どことなく、辛そうというか無理していそうな表情が時折漏れ出しているのが気になった。

 まあ、彼くらいの年代になると親のやっていることなどに疑問も抱くだろうしな……正直いえば今回ウゴリーノ兄様とわたくしがカーカス子爵家の夜会に参加したのは理由があるからなのだが。

「シャル、入っていいかい?」


「どうぞ、お入りください」

 コンコン、と扉がノックされたためユルは影の中へと姿を隠す……一応彼がわたくしの護衛も兼ねていることはウゴリーノ兄様も知っているはず、そのおかげでわたくしが比較的安全な立場にいるというのは理解されている。

 ただ、ドス黒いガルムを目の前にすると緊張するとかでできれば自分の前には姿を出さないでほしいとは頼まれていて、律儀なユルは毎回このように姿を見せないようにしてくれるのだ。

 扉を開けてウゴリーノ兄様が入ってくるが、やはりユルがいると思ってたのか少し緊張した顔をしている。

「……ユルもいるよね? まあ無理に出てこなくてもいいけど……」


「いますよ影の中に。でもそこまで緊張しなくても……」

 苦笑いを浮かべながら部屋へと入ってくるウゴリーノ兄様だが、その手に丸められた羊皮紙の書簡が握られていることでわたくしは彼が何を話しにきたのかをある程度理解する。

 なんでこんな時期にカーカス子爵家の夜会へと赴いたのか、それは数日前に遡る……インテリペリ辺境伯家に陳情があったからだ。

「カーカス子爵家に二心あり」という実にシンプルなものだったが、この陳情は正規のルートではもたらされたわけではなく、セアードの街を支配している盗賊組合(シーブスギルド)所属員からの情報だった。

 実際に話を受けたのはウォルフガング兄様で盗賊組合(シーブスギルド)が現在二つの勢力に分かれていること、情報をもたらしたトゥールという男は、曽祖父であるドゥーラ・インテリペリ辺境伯のお墨付きをもらった盗賊組合(シーブスギルド)創設者の直系の子孫であること。

 カーカス子爵は分派した盗賊組合(シーブスギルド)と共に闇の商売に手を染めており、悪魔の粉と呼ばれる麻薬の流通に手を染めていること、それを持って莫大な資金を得ていることなどを報告してきた。

 その報告を受けた後、お父様とウォルフお兄様は何やら相談をしてから……わたくしとウゴリーノ兄様を呼び出し、今回の夜会に出席して欲しいと伝えてきた。

『シャル、ウゴリーノと一緒にカーカス子爵の夜会に参加してくれないか?』


『お前たちが堂々と夜会に参加する間に、インテリペリ辺境伯家の人間と盗賊組合(シーブスギルド)を接触させる、その上でどう動くのか、見極めたいと思っている』


『承知しましたわ、わたくしが夜会で目立てばいいのですね?』

 とまあ……こんなやり取りをしてから、このセアードの街へとやってきたと言うわけだ。

 盗賊組合(シーブスギルド)は領内の街ごとに支部を持つ秘密結社で、インテリペリ辺境伯領だけでなくイングウェイ王国内に情報網を張り巡らせている諜報員の役割も担っている。

 清濁合わせ飲むという言葉があるが、王国は広大で貴族や軍隊だけで国家運営は難しいと考えた初代国王が広大な領地を持つ大貴族と共にこの秘密結社とのつながりを持ち続けてきていた。

 基本的にはお互いに干渉しない、それが国家を揺るがすレベルの犯罪でない場合はある程度お目溢しを行う……これは建国以来領地を持つ大貴族の間でも守られてきた不文律でもある。


 で、インテリペリ辺境伯家は大貴族に準ずる立場と領地を預かる身のため、連綿とこの秘密結社とのつながりを持っており、セアードを犯罪組織から解放したわたくしの曽祖父もその際に盗賊組合(シーブスギルド)に大いに助けられたと日記に記していたりもする。

 でまあ、なんでセアードの街の盗賊組合(シーブスギルド)が分裂したかというと、正当な商売をしたいトゥール達正統派(スンナ)盗賊と、カーカス子爵と手を組んで少し後ろめたい商売に手を染める革新派(ビドア)で意見が分かれ、結果的に組織を二分する騒ぎになってしまったからだ。


 この辺りは組織のトップが現在不在であることから、なんらかの陰謀が張り巡らされていると考えるべきだろうが、ともかくカーカス子爵は割と噂が絶えない人物で、元々目をつけられており……この際であれば正統派(スンナ)と直接連絡を取るため、表向きわたくしたちが夜会へと参加するという名目でインテリペリ辺境伯家の人たちがセアードの街へと潜入する手助けをした……のが現在の真相なのだ。

「トゥール様や正統派(スンナ)の皆様と連絡はお付きになりました?」


「ああ、リヴォルヴァー男爵を含めて数人が街の中に潜入して連絡を取ったそうだよ、そこで彼らから情報と今後の動きを確認しているけど……どうもシャルに危害を加えようって動きがあるみたいだね」

 ウゴリーノ兄様は吐き捨てるような表情で話しているが……わたくしに危害って、やっぱあのロリコン子爵はよからぬことを考えているのだろうか……リディルはいい人そうなんだけどな。

 ぱっと見の印象でしかないけど、リディルはカーカス子爵の悪事には加担してなさそうな気がしており、もし彼がこちらに付いてくれるのであればそれはそれで良いと思うのだ。


「まあ、シャルに危害を加えるとかは難しいとは思うけど……警戒するに越したことはないね、明日からユルにもちゃんと働いてもらおう」

_(:3 」∠)_ インテリペリ辺境伯家の人間でも面と向かってユルと対面すると怖い、と思うわけでそんなのを平気な顔して連れ回しているシャルロッタはやはり異常なのです。


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