第一六四話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 一四
「クハハハハッ! 逃げてばかりだのう!」
アンセルモの人間離れした膂力で振り回される戦斧を盾で受け流し、身をかわしてよけていくエルネットだが、防戦一方となってからは恐ろしい圧力を感じる斬撃を避けるので手いっぱいのように見えている。
だがハーティ守備隊や、第八軍団の兵士たちもその二人の間に入って行けるほどの胆力は持ち合わせていない……。
後者は特にアンセルモが味方などお構いなしに攻撃を叩きつけるような残虐な性格だと判っているが故にその場から前に出られず、守備隊もその中に入れば無駄に命を散らすということが理解できているからだ。
「本当に人間離れしているな、全くっ! 何喰ったらこうなるんだよ!」
「肉を食え! 大量にだ! そして鍛え上げろっ!」
「ああ、そうかよっ!」
エルネットは戦斧を振り回すアンセルモのほんのわずかな隙をついて、恐ろしく速い斬撃を見舞うが、難なくその攻撃に対し手に持った戦斧を回転させて受け止める。
斬撃を防がれたと理解した瞬間、防御に回していたはずの戦斧がすさまじい勢いで回転し、刃先が自らに迫るのを見てエルネットは大きく後ろに身を投げ出し、身体を回転させながら着地する。
それまで彼がいた場所に轟音を立てて戦斧が食い込むのを見て思わず背筋が寒くなる……恐ろしく強い……第八軍団が今まで温存していたのがわかるくらい、一騎打ちというフィールドでは圧倒的な武力を持っている。
「クハハッ! お前は戦士として王国でも上位と言われているが、少し拍子抜けだな」
「臆病なんでね、生きるか死ぬかの戦いじゃ慎重になるさ」
「だが俺の攻撃をここまで防いだ奴は今までいねえ、お前は極上の食材だなぁ……うれしいぜ」
緩んだ口元から涎をあふれさせながらアンセルモは軽く腕を使って拭い、下卑た笑みを浮かべる……彼は目の前にある最高の食材エルネット・ファイアーハウスをどうやって殺すかをひたすらに考えている。
そしてその動物的な本能、猟奇的な思考が城壁の上からエルネットをじっと見つめる女性の姿に気が付いた。
赤い髪を靡かせ、短弓に矢をつがえたままじっとこちらを見ている美しい女性……それに気が付いたアンセルモはエルネットへと視線を戻すとそれまで以上に残虐な笑みを浮かべる。
「お前の女が心配そうに見ているな、安心しろお前を殺した後、たっぷり俺が可愛がってやるよ……何発目で堕ちるかなぁ?!」
「……お前に彼女は渡さないッ!」
アンセルモが考えた通りエルネットの表情が一気に怒りに満ち、それまで以上の速度で攻撃を繰り出す……だがその攻撃は感情が乗りすぎており、アンセルモはすぐさま反応してその一撃をかわす。
しかし速度はそれまで以上……大きく後方へと跳躍するように身を躍らせたアンセルモへとエルネットが一気に距離を詰めていく。
炎のような連続攻撃……一対一の戦いに優れたアンセルモであってもこのすさまじい連撃には対応仕切れず、彼が着用する鎧でカバーできない腕や、足に切り傷が作られていく。
「クハハッ! いい、いいじゃねえか! もっとだ! もっとお前の技を見せてみろっ!」
「……これでっ!」
エルネットが大きく横斬撃を繰り出すと、その攻撃を戦斧を使って受け止めたアンセルモだが、威力に押されその巨躯が大きく揺らいだように見えた。
その隙を逃さずエルネットは剣を水平に構えると、追撃の刺突を繰り出す……その速度は先ほどまでよりも早く、連続した突きはアンセルモの体を刺し貫くはずだった。
だが……アンセルモはその体の大きさから考えるよりも遥かにしなやかに猫科の肉食獣を思わせる動きを見せて、跳ねるようにエルネットから距離をとると口の周りを舌で軽く舐めて笑った。
「……今のは良いな、お前の殺気が感じられて起っちまうよ」
「下種が……」
「お前俺がまともな騎士だと思ってねえだろ?」
アンセルモがにやりと笑うと肩へと戦斧を担ぐように構えると、空いた左手でかかってこいとばかりに手招きをして見せた。
誘っている……エルネットは思ったよりも強敵だった目の前の男を前に、ヒリヒリとした感覚を覚えている。
ここ最近悪魔と戦った時以来の緊張感、油断すると死ぬという実感……これを人間相手に感じるとは思わなかった。
「……腐っても英雄クラスってことか、あんた本当に強いんだな」
「少なくともこの国の騎士に負ける気はしねえよ、お前は俺を楽しませているが……殺せるかな?」
「ああ、俺はお前よりも圧倒的に強い武を見た、絶望的な力の差を見せつけられた……だが、一歩一歩努力して強くなっていった……」
「……俺より強い? ハッ……俺は突然変異した魔物ですら殺した男だぞ?」
「そんなものより強い者がたくさんいる……それを知らないお前に俺は負けることはないよ」
エルネットは今まで出会ってきた人たちの顔を思い浮かべる……シャルロッタだけでなく、ユルも圧倒的な強さだった。
シビッラですら本気で殺しあえば自分が勝てるかも怪しいところだ……そして何度も戦った悪魔達、第四階位の悪魔ですら命を懸けてようやく倒せるレベルで、第三階位とは一〇回戦って一回勝てるかどうかという状態だろう。
だが、いつかそれすらも超える者になる……そう決めたのだ、だから目の前の男がいくら強いと言っても必ず倒さねばならないのだ。
「負けるかよ! 俺はこの大陸、最も強い冒険者になる……エルネット・ファイアーハウスの名前を世界にとどろかせてやるッ!」
「……駄目ね、このままやっていても埒が明かないわ」
ハーティを攻める第八軍団の動きが恐ろしく鈍っている……先ほどまでは鬨の声が響き渡り、武器が打ち合う音や、悲鳴が聞こえていたが露骨に少なくなっているのだ。
すべては「赤竜の息吹」が戦場へと介入したタイミングから顕著に現れ、今陣地をめぐってエルネットとアンセルモが一騎打ちを繰り広げているため、戦場の視線はそこへと集中してしまっている。
戦場を遠巻きに見ている欲する者からすると、一体何をやっているんだと言いたくなるような状況に陥っているわけだが……この膠着状態を打開するには何が必要だろうか?
「……戦場に余計な者が侵入しないようにってそこにいるんでしょ……私が顔を出せばすぐにすっ飛んでくるつもりでしょうね」
欲する者の目にははるか上空に魔法陣を展開し、悠々と見物を決め込んでいるシャルロッタの姿が見えている。
先ほど戦場を揺るがした破壊的な魔力は彼女が放ったものだった……熟練した魔法使いでもあそこまで集約できないであろう恐しいくらいに集約した魔力。
一瞬で地形を破壊するだけの超火力は、以前訓戒者である知恵ある者を瀕死に追い込んだ魔法に比類している。
今このタイミングで戦って勝てるか? と言われれば欲する者は善戦するだろうと応えたかもしれない、いや……今のままなら負けるだろうな、と彼女は冷静に判断する。
「……準備を整えて、彼女を確実に倒せると判断するまで私は貴女とは戦わない……私はワガママだけど、すべてを手に入れるためなら我慢ができる女なのよ」
彼女は口元をゆがめて笑うと、懐から小さな小箱を取り出す……黒くゆがんだ魔力を立ち昇らせる不気味な小箱には、幾重にも巻かれたくすんだ銀色の鎖が巻きつけられており、まるで何かを封印しているかのような奇妙な雰囲気を漂わせている。
小箱を見つめてクスッと笑うと、欲する者はくすんだ鎖を手で引きちぎり、小箱を少し乱暴に地面へと放り投げた。
小箱はカシュッ! という軽い音を立てると有機的な動きを見せながら展開していき、幾何学的な形状へと変化すると再び元の形へと戻るかのように形を変えた後、ぶるぶると震えながら泥濘のように溶けて地面へと沈み込んでいく。
「大いなる深淵の鍵たる小箱を解放すると、対となる小箱を目指して深淵に潜む魔獣が召喚される……小箱は入り口であり、出口……」
欲する者はくすくす笑いながら黒い瘴気を上げながら消滅した小箱の跡を見つめて笑う。
異様かつ人にとって不快な魔力が立ち上り、周囲の空気を汚染していくのがわかる……どこか見えない場所にいる何かの獲物を求める荒い息使いが聞こえるような気がする。
その何かは、カツカツと何か固いものが地面にぶつかるような音を立てながら辺りを徘徊している……だが姿は見えず、何かを探しているかのように、唸り声をあげて苛立つように何度も匂いを嗅ぐ鼻息を撒き散らしている。
だが、すぐにその見えない何かは目的のものを見つけたのか、グルルルル……と獰猛な肉食獣のような唸り声を上げながら、次第にその場を遠ざかっていくが音は第八軍団の本営がある方向へと消えていった。
「あらあら……もう出口を見つけちゃったのね、でも出口がきちんと開くまでは待てができるかしらね……」
口元をそっと押さえると、欲する者は歪んだ笑みを浮かべ、再びその場から去るためにゆっくりと歩き出す。
あのレーサークロス子爵と名乗る少しだけ良い男があの小箱の力を使おうとするその瞬間、入り口たる小箱により召喚された深淵の魔獣が世に解き放たれる。
魔獣は生けるものを皆殺しにし、魂をむしゃぶり尽くすが決して飢えを満たすことがない永遠に飢餓に苦しむ哀れな生き物でもあるのだ。
早くこの世の中に醜く哀れな姿を見せて上げてほしい……その時人間が浮かべる表情はとてつもなく惨めで、哀れで……そして美しい顔なのだろうと、妄想するだけで下腹部が疼くような気がしてならない。
「……感じちゃうわぁ……絶望と死と苦痛の表情がなにより見たいわぁ……考えただけで私のココが疼くわぁ♡」
_(:3 」∠)_ 肉を食って運動すると強くなる男達
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