第一六三話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 一三
「エルネット卿! お見事です!」
「敵は一旦引いていくね、今のうちに休息と負傷者を僕の仲間の元へ運ぶんだ」
第八軍団の何度目かの攻撃を退けたエルネットと陣地を守る守備隊の兵士たちは、急いで先ほどの戦闘で傷ついた味方を助け上げると、ハーティの中へと運んでいく。
それと入れ替わりに少し前まで負傷していたはずの兵士が、血が滲む包帯姿ではあるがこちらへと戻ってくるのが見える……どうやらエミリオが必死に負傷者を治療し、こちらへと送り込んできているようだ。
数回にわたる敵の攻撃で、陣地を守る守備隊の兵士にも少なからず死者が出ている……エルネット達「赤竜の息吹」がいなければおそらくすでに城門の中へと逃げ込む羽目になっていたであろう。
「武器を持てるものは隊長の指示に従って相手の出方を見ながら戦ってくれ、絶対に無理をするな、それと深追いはダメだよ」
「はいっ!」
エルネット自身は一介の戦士でしかないと自覚しており、戦闘指揮自体は陣地を守る隊長に任せており比較的自由に行動をしている。
だが圧倒的な個人戦闘能力の高さから、この陣地付近でまともに撃ち合える敵は存在しておらず、先ほどの戦いでは休息をしていたエルネットが戦いに飛び込んできた段階で第八軍団の兵士たちは慌てて逃げ出していた。
全体的な戦況が芳しくないことを末端の兵士も理解はしているのだろう、そしてエルネットという圧倒的な個を前に積極的に戦おうなどという気にはならないのかもしれない。
「……このまま相手を抑え続ければインテリペリ辺境伯家より援軍が来る……それまで頑張るかな」
今の所危なげなく対応はできている……とはいえ第八軍団はイングウェイ王国でも有数の実戦を経験し続けている軍でもあり、レーサークロス子爵は他国との小競り合いの際にもかなりの功績を上げている指揮官の一人でもある。
特に野戦指揮においてイングウェイ王国でも優れた指揮官であると認められているくらい、巧みな戦術で相手を翻弄する戦闘が得意とされていて、一時は戦術教本などでも紹介されていたくらいなのだから。
「しかし……裏道側の工作はどうみてもシャルロッタ様だよなあ、何してるんだろ……」
巨大な火柱と地響き、そして地形を変えるほどのすさまじい破壊……どう考えても彼女だろうな、と内心その凄まじさに軽い恐怖すら覚えるが、今は彼女が味方であることが幸運だろうと自分を納得させると、ほっと息を吐く。
第八軍団の兵士たちには傷を負わせているが、放って置けば致命傷になるかもしれないが治療師達が対応すれば助かるであろう傷にとどめている。
冒険者であるエルネットが敵とはいえ同じイングウェイ王国の民を傷つけているとなればそれ自体が「赤竜の息吹」への不信感にもつながる……いや内戦とはいえ、すでに第一王子派の貴族からすればシャルロッタを助けているという事実がある以上、今後の仕事に影響が出てくるかもしれない。
「とはいえ、契約なんだよなあ……俺たちも日々の暮らしってもんがあるわけだし……」
「クヒヒッ! お前が「赤竜の息吹」リーダー、エルネット・ファイアーハウスだな?」
いきなり声をかけられてエルネットがおや? と声の方向を向くとそこには背の高い筋骨隆々の男が立っている。
スキンヘッドに傷だらけの粗暴な容姿、兵士鎧を漆黒に染めた武装、そしてその手には巨大な戦斧が握られている……おおよそ騎士らしくない風体だが、彼の右胸には騎士であることを示す剣の紋章が刻まれており驚くべきことに彼がイングウェイ王国所属の騎士であることがわかる。
その立ち姿を見たエルネットは、目の前の男が見た目よりもはるかに強者であることを肌で感じ取り、腰に下げた剣を抜き放つと油断なく相手の出方を伺う。
「……そうだ、俺がエルネットだけど……君の名前は?」
「フィー・アンセルモ……「暴虐の」アンセルモといえばわかるか?」
騎士アンセルモ……エルネットよりもはるかに年上で、一〇代の頃から戦場に立っていたと言われる古強者の一人だ。
彼の名はその戦いぶりと、敵に対する残虐な仕打ち、そして味方である王国民への過度な暴力などで知られており、おおよそ騎士らしくない振る舞いで名を知られたおおよそ騎士らしくない騎士。
イングウェイ王国で彼の被害にあった地域ではいたずらっ子を懲らしめる時に「悪さをするとアンセルモが来るよ!」と叱りつけると言われる、ある意味生きる伝説の男でもある。
「聞いたことあるよ、なんでも待遇が気に食わないからって村を焼き討ちしたんだって?」
「ちげえよ、村にいた良い女を差し出さねえから村長の家に火をつけて、それからたっぷり楽しませてもらったんだよ、後々めんどくせえから最後は皆殺しだがな」
「……それで騎士を名乗るって? お笑いだな」
「俺は騎士爵なんか惜しくもねえからな、もらえるモンはもらってやってるだけだ、お前ら冒険者と変わらねえよ」
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングでエルネットは一気にアンセルモとの距離を詰めると必殺の一撃を放った。
だが、キャアアアン! という甲高い音と共にその一撃はいつの間にか構えられた戦斧によって受け止められており、アンセルモは口元をゆがめて笑うと、すさまじい威力を持つ前蹴りを放ってきた。
蹴りを盾で受け止めようとするが、その勢いのままエルネットの身体が空中へと持ち上げられる……見た目も筋骨隆々だが、彼の膂力は人の域を超えている?
大きく後ろに跳ね飛ばされたエルネットだが、うまく着地をしたことで転倒しなかったものの、盾を持つ左腕がビリビリと痺れていることに驚きを隠せない。
「く……なんてパワーを……俺はそれなりに体重があるほうなんだけどな……」
「ずいぶん体重が軽いな? ちゃんと肉食ってるか?」
アンセルモはその場から動かずに片手で戦斧を大きく振ると、空気を切り裂く轟音と共に近くにあった陣地の柵が一撃で吹き飛ぶ。
彼は一応人間の姿をしているが、筋力や破壊力はすでにシビッラなどのミノタウロスに近いレベルかもしれないな、とエルネットは軽く息を吐くと再び武器を構えなおした。
彼の様子を見ていたアンセルモがまるで獰猛な肉食獣が獲物を見つけた時のように、口元を大きくゆがめると戦斧を構えなおして少し前のめりの姿勢へと移っていく。
「お前らの契約してる辺境の翡翠姫は良い女なんだってな? そんなに良いなら俺がもらっても構わねえよな、小娘なんぞ入れちまえばよがって喜ぶだろうよ」
「……やめとけよ、マジで……お前の手に負えるお方じゃない、冗談だとしても絶対にやめとけ……」
「あ? なんでお前そんなに顔色を変えてんだ?」
アンセルモの言葉に心底恐怖を覚えたエルネットは少し顔色を青くしつつ、心の底から否定するが……アンセルモからすると彼を怒らせるはずが、なぜか自分の言葉に心底「お前何言ってるんだ?」と言わんばかりの怯えの表情が浮かんだことに少し違和感を感じる。
エルネットは契約という縛りでシャルロッタ・インテリペリに臣従しているのだと思っていたし、実際に彼らには契約が結ばれていると聞いている。
だが、それ以上にシャルロッタに危害を加えると言ったアンセルモの言葉に対してエルネットは恐怖を感じていた。
それはまるで恐ろしい魔獣や悪魔に支配されている者のような……いやそれとも少し違う恐れと尊敬の入り混じる不可解な反応だった。
エルネットは何度か首を振って考えを飛ばすかのような仕草を見せると、武器を構えながらじりじりと間合いを図っていく。
「……お前が考えているような女性じゃない、あの方は遥かな高みに……いや、言ってもわかるわけがないな、こっちのことだ気にするな」
「……さて……戦況はどうなってるかしら」
わたくしは裏道を完全に破壊し暗殺者風の集団を全滅させた後、魔力を練り直してユルと共に魔法陣を足場にして空中へとふわりと浮き上がると、現在の戦況を確認するために上空からハーティの様子を確認していく。
こちらの独断で「赤竜の息吹」には民間人を裏門から送り出した後、ハーティの守備についてほしいとお願いをしたけどどうやらその選択肢は間違っていなかったようだ。
城壁から火の玉や、火線が押し寄せている軍勢のほうへと走ると、爆発が巻き起こり露骨なくらいに進軍が鈍っているのが見えている。
「ハーティ側の勝利条件は援軍到着まで耐えることだからね……最悪私が兵士の傷を修復させてしまえば戦力は維持できるし」
「……シャルの使ってたアレって治癒魔法ではありませんよね?」
「違うわ、ディートリヒ様にも使ったけどあくまでも状態を元に戻すだけ、死んで魂が無くなれば生き返ることもないし、そういった意味では使い勝手は悪いわ」
そもそも肉体を修復するということがどれだけ高度な魔法なのかって話なんだよな、ロールプレイングゲームなどではお金を払えばあっさりと人が生き返る描写があるけど、そんなのこの世界マルヴァースでも、前の世界レーヴェンティオラでも夢物語だったのだから。
神様の奇跡で人がよみがえるという伝承や伝説はあるが、あれもあれで結構面倒なものらしくすべての嘆願に応えるなんてことはないらしい。
「ハーティ側は大丈夫ね、エルネットさん達に任せてしまえばある程度持ちこたえられる……問題は」
「第八軍団とやらの本陣に不可解な魔力が渦巻いていますね……」
ユルの言葉通り、攻め手の第八軍団の陣営に奇妙なほど不可解で不快な魔力が渦巻いているのが見える。
うーん……ここからだとわかりにくいけど、何かを召喚しようとしているのかな? それにしてはずいぶん薄汚れている魔力に見えるが……。
今現在はその渦巻く魔力は、壊れた蛇口のように不規則かつ断続的な魔力を放出しており、まだ何が起きるか全く予想がつかない状況だ。
触媒でもおいているのか? でも……ここからでは見えないし、わたくしが本陣へと行ってしまうとハーティ側の守備隊に何かあった時に対応が難しくなるし。
すこしわたくしは悩んだが、結論として先ほど放った神滅魔法で消費した分の魔力が全快していないこともあって少し時間をおいて観察することに決めた。
「……よし、少し待ちで様子見るわ……ハーティ側で何かあった場合に対応できなくなるのは申し訳ないし、無理に同じ国の兵士を傷つけるのも良くはないでしょうから」
_(:3 」∠)_ エルネット「いやほんと無理だから」 アンセルモ「……何で震えてるの?」
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