第一六一話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 一一
——強い地響きと共にハーティ郊外で大きな火柱が上がったことで、戦闘中だった両軍はしばし激突の手を休めて、異様な光景に目を奪われていた。
「報告っ! 郊外に巨大な火柱が上がりました!」
「わかっているっ! 動揺するな! 目の前の敵に集中せよッ!」
物見の報告を受けたハーティを守備するレイジー男爵だが黙って頷くと、すぐに兵たちに向かって大声を張り上げる。
その声に反応したハーティ守備隊は、すぐに武器を構え直すと隊列を整え異変で動揺したのか、少し勢いを失った第八軍団に向かって弓矢を降らせていく。
戦況は一進一退と言っても良い、数に勝る第八軍団は一当てしては部隊を入れ替えていく形で、ハーティ守備隊を圧迫している。
数に勝る第八軍団が取る戦法としては正しい……このまま何時間、何日も同じことを繰り返していけば常に全力で敵に当たらなくてはいけないハーティ守備隊はすり減らされていくだけだろう。
「……ただ予測はしている、最初からこうくるだろうと予想して動くのと、その場で対応するのでは状況が違うからな……いいかッ! 相手の狙いはこちらを疲れさせることだ、無理に深追いするな! あくまで守ることだけを考えろ!」
「「おおっ!」」
「よし! 負傷者はすぐに交代し綻びが出ないように動け!」
レイジー男爵の声に反応した兵士たちはテキパキと持ち場を動かしながら隊列を整える、第八軍団は未だ先程の地響きと火柱に気を取られているのか動きが恐ろしく鈍くなっている。
あちこちで悲鳴と、混乱を鎮めようとする指揮官の怒号が響く中、付近を赤く染めていた火柱と地響きが鎮まると共にどちらともなく驚愕の声が響く。
先ほどまで火柱が上がっていた地点は大きく地形が抉られ、巨大な陥没が戦場からでも見えていたからだ……ハーティ守備隊からすると唯一街の後背へと抜ける獣道がある地点、第八軍団からするとなぜその場所が破壊されたのか理解できていないだろう。
「男爵! あちらは……ッ!」
「わかっている! だが今は目の前の敵に集中しろリディル!」
リディルと他に数人の部下にはあの火柱が上がった地点にシャルロッタ・インテリペリが別動隊として向かっていることを聞かされている。
彼の顔にもかなりの動揺が見られるが、男爵の言葉にすぐにハッとしたように表情を引き締めると口元を強く結んで剣を振り上げ、敵へと容赦ない矢の雨を降らせていく。
元々ハーティは防衛に特化した運営がなされており、莫大な量の資材を備蓄しており、矢や武器の予備などは小規模な都市としては考えられないほどの在庫を抱えている。
「安心しろッ! 我々が諦めなければ味方が必ず援軍に駆けつける、それまで耐え切るんだ!」
動揺しつつも第八軍団の部隊が城壁付近へと迫り来るのを見て、脇に立てかけておいた手投げ槍を掴むと、男爵は大きく武器を振りかぶった。
その間にも敵部隊は咆哮を上げながら突進してくるのが見える……全身の筋肉がメリメリと音を立てて盛り上がる、レイジー男爵は魔法に長けた人物ではないが、身体強化系の魔法に習熟しており自分が戦士として最も効果的な戦い方ができるようにこの年齢においても毎日訓練し続けていた。
その魔法と組み合わせた男爵の膂力により放たれた手投げ槍は凄まじい速度で空気を割くかのような音を上げながら、一番先頭を走っていた黒づくめの兵士へと突き刺さると、彼は悲鳴を上げる間もなく、血飛沫を上げながらひっくり返って絶命する。
「第八軍団と言えども相手は人間だ! 俺たちが毎日相手している魔物より幾分常識的だぞッ!」
レイジー男爵の言葉に思わずハーティ守備隊の口元が綻ぶ……その真横を巨大な火球が音を立てて通過していき、突進をしていた部隊の真ん中へと突き刺さると、爆音を立てて炸裂し数人の兵士が空中へと投げ出されていくのが見える。
このハーティ守備隊には魔法使いは所属していない、誰が一体魔法を行使したのかと、驚いた兵士が彼らの背後を見ると、そこには金級冒険者パーティ「赤竜の息吹」に所属する魔法使いデヴィット・ブラックサバスが杖を振るって次なる魔法の準備に入っているのが見える。
「ハーティ守備隊の皆さん、援護します!」
「ほらほらっ! 手を休めない!」
明るい声と共に短弓に矢をつがえた紅一点リリーナ・フォークアースが恐ろしいまでの早撃ちで、第八軍団の兵を次々と射抜いていく。
少し離れた場所では神官エミリオ・ネヴァーモアが負傷者の怪我を治療し、再び戦線へと戻れるように神の奇跡を行使し続けているのが見える。
本来冒険者は戦争には参加することはない、魔物との戦闘においては専門家とも言える彼らだが、軍事訓練を受けたわけではないため、兵士たちのように歩調を合わせて行動することが難しいからだ。
リリーナの放った矢が地面へと突き刺さると、その場で小規模な爆発を引き起こし恐慌状態となった第八軍団兵士に向かって、稲妻状に伸びる破滅の炎が彼らの胸を貫いていく。
「くそっ! 魔法使い、しかも冒険者が相手についているぞ!」
「ふざけんな! 王国を敵に回して生きていけるとでも……ギャアアっ!」
だが、冒険者が戦争に参加してはいけないというルールは存在しない、過去においても冒険者が斥候として動いたり、戦場で武勲を上げるというケースがあるからだ。
そして金級冒険者パーティが積極的に戦闘に参加するということは、個人の武力で言えば英雄クラスの恐るべき戦力が敵にいるということになる。
第八軍団の兵士たちにあからさまな動揺が走る……「赤竜の息吹」の武名は一介の兵士たちにも伝わっており、前に出るのを拒むものが出始めているのだ。
「進め! お前らどうした!」
「ふざけんな、あんな強え冒険者相手に戦えるか!」
「ふざけてるのはお前らだ! 命令を聞けっ!」
怒号とともにハーティの防衛陣に向かってくる黒ずくめの兵士たちを見て、緊張した面持ちの兵士たちはなんとか武器を構え直すと、ごくりと喉を鳴らして一斉に向かってくる第八軍団の兵士たちを見ている。
陣地はあまり強固ではない、ある程度防いだら街へと逃げ込むように言明されてはいるものの、本当に戻れるかどうかも怪しいところなのだ。
だが……兵士たちの横に一人の人物が立つと、迫り来る第八軍団の兵士たちの中へと踊りかかると凄まじい速度の斬撃を放って相手を次々と切り伏せていく……イングウェイ王国でも有数の戦士であるエルネット・ファイアーハウスは、剣をふるうと後ろで呆然とした表情を浮かべているハーティ守備隊へと叫んだ。
「負傷者を早く下がらせるんだ、武器を持てるものは武器を構えて撃ち漏らした相手を叩いてくれ!」
「は、はいっ!」
エルネットは迫り来る敵の槍を盾を使って受け流すと、体を回転させるように剣を振るって次々と敵兵を切り捨てていく……本来大量の魔物を相手どるために磨いてきた剣だったが、彼は今シャルロッタ・インテリペリという主人のために振るう剣に喜びを感じていた。
騎士になりたかった、なれると信じていたあの頃に大きな挫折を味わい、失意の中冒険者となって人を助けることに喜びを見出していた。
だが美しく強い最強の存在を知り、そしてまだまだ遠くに見える場所に恐ろしいまでの強者がひしめき合っていることを理解してしまった彼は、その場所に届くために剣を奮い続けることを心に決めていた。
「こんな場所だけじゃ足りない……あの頂へ登るためには、俺自身がもっと強くならねばならない……! だから今は彼の方の剣として俺は戦うッ!」
「では殿下……ハーティの援軍に向かいます、殿下は長兄と共にエスタデルに残り第二王子派の貴族達をまとめ上げてください、大丈夫レイジー男爵は歴戦の勇将です、簡単にやられませんよ」
領都エスタデルの外にはインテリペリ辺境伯軍一〇〇〇名がウゴリーノ・インテリペリの指揮の元出発を始めている……その光景を見ながら、クリストフェル・マルムスティーンと援軍指揮官であるウゴリーノは言葉を交わしていた。
ハーティからの援護要請が入った直後から、エスタデルに駐屯しているインテリペリ辺境伯軍は大急ぎで軍備を整え、最速で出発できる人員のみをまとめ上げていた。
指揮官はウゴリーノ・インテリペリが務めることとなり、それ以外の人材はエスタデル含め領内の警備や、兵士の徴募などを行なっている。
「頼みます、できれば僕もいきたいところでしたが……」
「旗印が前線に出るのは最後ですよ、初戦なのですから我々にお任せください」
「……もし、もしシャルがいたら……」
「はい、でもその場合もレイジー男爵はその身をかけてでも妹を守ろうとするでしょう、信じてあげてください」
ウゴリーノは笑顔でそう答えるが、クリストフェルはインテリペリ辺境伯家の人間がなぜそこまでシャルロッタを信用している、いや半分放任主義なのかが理解できていない。
だが、インテリペリ辺境伯家のものであればあの辺境の翡翠姫という愛称を持つ令嬢は、普通ではないことを直感的に理解している。
いや理解させられている……戦う力などは未知数だが、それでも幻獣ガルムの契約者であり、ユルはインテリペリ辺境伯家の兵士が束になって戦っても絶対に勝てないということを知っている。
だから、心配などしないのだ……ウゴリーノは説明するのが難しいその考えを口に出そうか迷うが、クリストフェルの瞳が少し揺れているのを見て、優しく微笑む。
「大丈夫です殿下、妹は普通ではありませんので……それにユルや「赤竜の息吹」もついています、少なくとも命を落とすようなことはありませんよ」
_(:3 」∠)_ エルネットさんの大活躍が始まりますw
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