第一五五話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 〇五
「おお! 美しくなって……やはり母君の血が濃いのだろうなあ、いやあ久しぶりだ」
「ミシェルおじ様おひさしゅうございますわ」
わたくしは目の前に立っているレイジー男爵……ハーティを治める領主へとカーテシーをしてみせるが、彼はまるで孫娘でもみるかのような優しい目でニコニコ笑っている。
数年前と変わらずスキンヘッドに髭面というスタイルは変わっていないが、ほんの少しだけ顔の皺が深くなった気がする……それにしても筋骨隆々な肉体は年齢を感じさせない見事なものだ。
ちなみに本来は彼の立場を示すレイジー男爵と呼ばなければいけないのだが、彼本人が「ミシェルおじ様って呼んで見て」と言われて一度そう呼びかけたら、相当に気に入ったらしく、ずっとそう呼んでくれと頼まれたことがある。
「シャルはちゃんとおじさんとの約束を忘れていないな、いい子だ」
「わたくしもう一五……あ、そろそろ一六になりますわよ? 子供扱いされたら困りますわ」
頬を膨らませて抗議するわたくしを見て、ニカっと笑うレイジー男爵がそっとわたくしの頭を撫で回す……もう、いつもこの人はこうやってわたくしを子供扱いするんだから。
ふと微妙な視線を感じてそちらをみると、呆然という表情が正しいくらいのあっけに取られた顔でわたくし達のやり取りを「赤竜の息吹」の面々が見つめていた。
あれ? 何かおかしなことがあっただろうか? とわたくしが彼らに尋ねようとしたところ、エルネットさんが急にハッとした顔で何度か頭を振ると、すぐにレイジー男爵へと頭を下げた。
「初めまして「赤竜の息吹」リーダーを務めておりますエルネット・ファイアーハウスです」
「おお、君らがあの高名な冒険者か……特にエルネット卿は戦士としても有名人だな、シャルを連れてきてくれて感謝する」
「お言葉ですが、男爵はシャルロッタ様と親しいのですか?」
「おお、この子がこんな小さな頃から知っているよ、あの時も大人びた言動で面白い子だと思ったが今はもう美しいという方が合っているだろうなぁ! ガッハッハ」
レイジー男爵は自分の腰くらいの高さを示すように手のひらで昔のわたくしの身長を再現しながら、彼らしい豪快な笑い声を上げる。
このミシェル・レイジー男爵は戦士らしい豪放磊落さと、子供がとにかく好きという態度を崩さない心優しいおじさんであり、わたくしは小さい頃からよく構ってもらっていた……まあ一方的に構ってくるという表現が正しいのだけどさ。
「そうなんですね、シャルロッタ様の表情がとても柔らかいので……少し驚きました」
「そりゃあ付き合いが長いのと、シャルは俺のことが大好きだからな、グハハ!」
「その笑い声は好きじゃないですけどね……ただおじ様が元気そうで何よりですわ」
そうなんだよなあ……このレイジー男爵はわたくしのことをきちんと認めてくれて構ってくれる貴族の一人だが、あまりこう貴族らしい風体や態度をとらないので付き合いやすいタイプのおじ様という部分が心地よいのだ。
ただ……いつまで経ってもわたくしの頭をぐりぐりしている男爵の手を軽く跳ね除けると、わたくしはにっこり笑っていい加減にしろよ? という意味を込めて微笑んでおく。
男爵は意図に気がついたのか、少ししょんぼりしながらもすぐに頬を軽く叩いて表情を整えると、かなり真面目な顔でわたくしへと話しかけてきた。
「……ところで今ハーティにきたのは少しまずい状況かもしれないな」
「まずい、というのは?」
「第一王子派の先遣部隊が辺境伯領に近付いている、という意味だ……斥候を送っていて発見した」
彼の言葉に全員が思わず息を呑む……第一王子派との戦闘はまだ先だと思っていたので、これはわたくしも予想外の事態だ。
ハーティは確かに辺境伯領防衛の要になる街ではあるが、男爵であるミシェルおじ様が治めている通り規模はそれほど大きいわけではない。
確か以前の資料ではこの街の防衛部隊は三〇〇名程度が限界という話だったため、もし先遣部隊の数が多ければ街が陥落してしまうことも考慮に入れなければいけない。
「……防衛戦力は?」
「三〇〇人ちょっとだな、前と変わっていない……先遣部隊と言ってもまだ辺境伯家からの反論の書簡を送って間もない状況だからいきなり攻撃されるとは考えにくい、とはいえ攻撃には備えねばならん」
ミシェルおじ様は顎髭を撫でるような仕草を見せつつ「そう簡単にハーティは落ちんよ」と付け加える……だが、その言葉通りにこの街が持ち堪えるかどうかはわからないな。
わたくしが少し考えるような仕草を見せた後、エルネットさんをみると彼はその視線に気がつくと少し大袈裟な仕草で頭を振る。
「そういう目で見ないでくださいよ……わかりました、首を突っ込みたいんですよね?」
「ええ、そうですわ……少なくともわたくし一人だけでもハーティを守るために……」
「あ、ちょ……ちょっと待てシャル?! お前がここに残って何をするというのだ?」
ミシェルおじ様がわたくしとエルネットさんの会話に割り込んでくるが、思わずわたくしとエルネットさんはお互い一度顔を見合わせた後に本当に大事なことを男爵に伝えていなかったことに気がつく。
そういやそうだ、彼はわたくしが「守られるべき辺境伯の娘」という認識でしかないのだから……特に男爵の中では小さい頃のわたくしのイメージしかないわけで。
まああの頃も普通に山賊や悪魔をボコったりしてたんだけどね、それを説明するには時間がないためわたくしは何も言わずに虚空より不滅をいきなり引き抜いてみせた。
「……おじ様、わたくし守られるお姫様ではございませんのよ? 戦える力くらいありますわ」
「な……そ、それは……剣をどこから……」
「レイジー男爵閣下、自分もシャルロッタ様の戦いを見てきました……彼女は最強です」
エルネットさんの言葉に合わせて「赤竜の息吹」の面々も同意するように頷く……それを見たミシェルおじ様は、事の成り行きを見守っていたリディルと目を合わせる。
リディルもわたくしの手に握られている剣を見てかなり驚いていたが、それでも彼はカーカス子爵事件で実際にわたくしがユルとともに屋敷を炎上させていたという事実を知っている。
なんとなく普通ではないのだろう、というのは予想がついていたようで、黙って男爵の目を見て頷いた。
「……わかった、シャルが戦えるというのはまだ信じられないが……金級冒険者が認めているのなら何もいうまい……この街の防衛を手伝ってくれ」
「ありがとうミシェルおじ様……」
わたくしが剣を再び虚空に仕舞ってから、もう一度優雅にカーテシーをしてみせたのを見て男爵はやはり目の前で行われていることが信じられないかのように何度か目をしばたたかせる。
まあこの収納魔法本当にわたくし以外は誰も再現できていないものだからな、どうやってるのか気になるのだろう。
そしてもう一つわたくしはやっておかなけれないけないことを思いだし、ミシェルおじ様へとほんの少しだけ首を傾けて、にっこりと満面の笑顔を浮かべると、「お願いシャルロッタちゃんポーズ簡易版」をみせつつ、彼に話しかけた。
「ところでおじ様……わたくし防具がございませんのよ、何か既製品のもので良いので都合していただくことは可能でしょうか?」
「よし全体とまれっ!」
黒を基調とした鎧を身につけた軍勢がその声に応じて一斉に直立不動の体勢を取る。
彼らの旗印は漆黒の中に爪痕のようにバツ印が刻まれたもので、その旗を見たものは彼らがイングウェイ王国の中でも勇猛果敢な戦いを行う軍である第八軍団であることに気がつくだろう。
その先頭に立つのは黒衣の装いに身を包んだ騎士ポール・レーサークロス子爵その人である……レーサークロス子爵家は約五〇〇年ほど前に勃興した貴族家で、騎士として戦争で活躍した初代レーサークロス子爵に与えられた軍勢で長い歴史を持つ王国でも有数の部隊として知られている。
「閣下! 今のところ我が軍団に脱落者はおりません」
「ご苦労、ハーティへの攻撃は第一王子アンダース殿下の許可をいただいてから行う、全軍野営の準備をせよ」
子爵の言葉を受けた第八軍団の隊長たちが指揮する部隊へと命令を下していく……規律正しい軍隊なのだろう、私語をすることなく軍勢は整然と持ち場へと離れていき、野営の準備を開始していく。
この軍勢は長い歴史の中で、レーサークロス子爵を軍団長として徹底的に鍛え上げられており騎士らしい騎士たち、そして獅子の心を持つ軍団としても知られている。
「ハーティを治めているのはレイジー男爵だったな?」
「はっ! それと目下逃亡中のシャルロッタ・インテリペリが入ったとの話も……」
「……運がないな彼女は……」
兜を脱いだレーサークロス子爵は少し短めの黒い髪に青い目をした偉丈夫で、その目が遠くハーティの方向へと向けられる。
王国軍の先遣隊として第八軍団一五〇〇人を指揮する彼は一度だけ遠目で見たシャルロッタ・インテリペリを思い浮かべる……可憐な少女だった、美しく控えめだが査問会ではかなり挑発的な態度をとったなどの噂も流れており、女性は見た目では全然わからないな、と軽く自重気味にため息をつく。
まずは第一王子殿下の命令を待って、正式な進軍要請があればハーティを包囲し降伏を促す、そして降伏を望まないのであれば……残念ながらイングウェイ王国の内戦に突入するのだろう。
長い歴史の中で同胞同士で戦いあうこともあった王国だが、また再び自分の代でそのようなことが起きようとは……と少しだけ身の不運を恨みたくなる気分に陥る。
「……貴族である以上に私は軍人……そして国王代理の命に従い反逆者を倒すのが我が使命……忘れるなポール……」
_(:3 」∠)_ レイジー男爵の名前がミシェルなのはまあ、そういうことです。
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