第一四話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 〇四
——カーカス子爵家邸宅に集まる数多くの下級貴族の視線が、入り口に現れた二人の人物に集中する。
「あれが辺境の翡翠姫……」
「可憐だ……」
「輝くような銀色の髪……なんて神々しい……」
わたくしがお兄様のエスコートで夜会となっている少しこぢんまりした広間に現れると、集まっている貴族達がザワザワと響めき、男性はわたくしの美しさにポカンと口を開け、女性ですら驚いたような顔をしているのが見えている。
んふふ……そりゃそうだろう、わたくしは転生してこのかた自分よりも綺麗な令嬢は数人しか見たことがない。いや控えめに見てもわたくし以上の美しい女性はほぼ見たことがない、と言ってもいいかもしれない。
ちなみにわたくしが美しい、と感じた女性は自分の母であるラーナお母様だ……あの気品というか、持って生まれた何かがマジで違うと思う。
そのお母様より生まれたわたくしがこんなに可愛いのはまあ、当たり前なのだろうなとは思うし、他の兄様たちもはっきりいえば超絶イケメンだらけなので貴族ってずるいなーって素直に思っちゃったりもするわけで。
ウゴリーノ兄様がわたくしをエスコートしながら夜会の会場の中心へと進んでいくが、正直視線が痛い! 嫉妬混じりの視線もあって、ねっとりした視線や単純に感心したような視線など様々な目がわたくしを見てきていてはっきりいえばすぐに逃げ出したくなるくらいしんどいのだ。
しかし貴族の責務として夜会での交流は頑張らなきゃいけないし、下手なところを見せると「あそこの娘は……」と後ろ指を差されかねないので、なんとかこの時間だけは我慢しなきゃいけない。
酒は……流石にこの年齢ではまずそうなので、果実を絞ったジュースの入ったグラスを貰って軽く口に含む……うむ、酸味が心地よくてかなり美味しい。
「おや、これはインテリペリ辺境伯家のウゴリーノ様とシャルロッタ様ですな」
少し棘のある中年男性の声が聞こえ、わたくしはその声の主の方向へと視線をやるが、そこには深緑色の髪に特徴的な口髭の伸び方をした小太りの男性が立っている。
ウゴリーノ兄様が軽く頭を下げるような仕草をしたことで、わたくしは慌てて空いた手で裾を持ち上げて中年男性にカーテシーを披露するが、彼はまるで値踏みするかのような、少し下心の混じった視線でわたくしを見ているのが多少気持ち悪い。
「本日は夜会に呼んでいただきありがとうございます、カーカス子爵」
「いえいえ、こちらこそ。辺境の翡翠姫と名高いシャルロッタ様もきていただけるとは実に僥倖」
ああ、この男性がジェフ・ウォーカー・カーカス子爵か……わたくしは営業用に開発した軽く首を傾げるような小悪魔的な笑みを浮かべるが、なんだこいつもしかしてロリコンの気でもあるのか? さっきからわたくしの体を上下に舐め回すように見ているんだが。
確かにわたくしは一三歳という歳の割には出るとこ出ており、はっきり言って湯浴みで体をチェックしている時も「なにこれすっごい!」ってなっちゃう体をしているのは確かだが、それでも女性の体をそういう視線で見るのはダメだろう。え、ちょっと待ってなんかめちゃくちゃ気持ち悪いんですけど、このおっさん……。
「あ、あの……何か?」
「ああ、いえ……非常に美しいなと思いましてね……うちの息子と引き合わせたくなりますね」
「妹は夜会への参加が久々でしてね……あまり無理させたくないのですよ、シャル少し外しなさい」
居た堪れなくなって流石に声をかけてみるも、カーカス子爵はいやらしさを前面に出した笑みを浮かべて誤魔化そうとするが、おい、ほんとこいつダメだろ! 絶対息子じゃねえだろそれ! 年齢だって四〇歳くらいだろうに少女相手にその視線はほんとダメだってば。イェスロリ!ノータッチ!!
だが少し笑顔がヒクついたわたくしに気がついたのか、ウゴリーノ兄様が笑顔のままわたくしに助け舟を出してくれたため、わたくしは黙って頷くとそそくさとその場を離れていく。
「はい、ありがとうございますお兄様……それではごきげんよう……」
——夜会の喧騒から少し離れたくなり、わたくしは大きなベランダになっている場所へと出て夜風に当たる……はあ、なんなんだよもう。
手に持ったグラスのジュースを飲み干すと、軽くため息をつくが久々にあの手の視線を真っ向から受けてしまったな。エスタデルから滅多に出ないわたくしだが、夜会慣れをさせるという理由でお母様に帯同することが多く別に夜会が不慣れなわけではないし、ある程度のお作法とかお行儀の良さみたいな部分はちゃんとしていると自分でも思っている。
また、インテリペリ伯爵家主催の夜会で、その家のご令嬢に失礼なことをがあったとしたら、まあそれなりにまずいことになるので普通はあんな視線を向けてくることはないのだ。
「もう……最初っから疲れた……」
「あの……大丈夫ですか?」
少し下を向きかけていたわたくしの視界に、スッと別の果汁を絞ったジュースの入ったグラスが差し出される……軽くその差し出してきた人物に目をやると、そこには深緑色の髪に、蒼色の目をしたわたくしよりほんの少しだけ年上に見える青年が心配そうな顔で立っている。
この人は誰だろう? わたくしが彼の顔をじっと見つめると、なぜか青年はあっという間に顔を真っ赤にしながらも、もう一度グラスを差し出してきた。
親切な人だな……わたくしはニコリと微笑むと彼の差し出してくれたグラスを受け取り軽く頭を下げる。
「ありがとうございます、少し夜会の空気に当てられてしまいましたわ……いただきますね」
少年からグラスを受け取ると、その中身を軽く口に含む……うん、これは葡萄を絞ったジュースだね、香りと甘味のバランスがとてもいい……先ほどまでの気持ち悪さが消えるような気がして、ほんの少しだけ気分が良くなる。
ほうっ……と軽く吐息を漏らしてしまうが、エスタデルではなかなか飲めない新鮮で芳醇な味わいのジュースだ……これ、頼んだら買ってきてもらえるのだろうか。
興味深そうにグラスの中身を見ているわたくしに青年が意を決したように話しかけてくる。
「あ、あのっ……美しきご令嬢のお名前をお聞かせいただけますでしょうか?」
「失礼いたしました、わたくしシャルロッタ・インテリペリと申しますわ」
わたくしは慌てて青年に向かって自分史上でもトップクラスに優雅なカーテシーを見せるが、なぜか目の前の青年は顔を赤らめたままポカン、と口を開けて間抜けな顔をしている。
ちなみに青年も夜会の参加者のようなので、貴族の子弟だと推測している……緑色の髪は後ろで軽く結われており、それほど長くはない。
蒼色の目は非常に深い色をしており、顔立ちは非常に端正だ……まあ貴族でイケメンじゃない人ってあんまり見ないんだけど、さっきのカーカス子爵は別だけどな。
わたくしのことを驚いたように目を見開いていた青年が急に我に帰ったかのように、それは見事なボウ・アンド・スクレープを見せる。
相当に勉強しているのだろう、所作が美しくわたくしも思わず目を見張るレベルのもので、以前礼儀作法の先生が見せてくれたものと同じくらいの優雅さを感じた。
もしかして彼はどこかの高位貴族の子弟だろうか……少なくともうちの兄様もここまで見事な礼儀作法は見せたことがない。
まあうちは戦争貴族って評判だし、男性はある程度できればいい、というお父様の教育方針も絡んではきているのだけど……だが次の瞬間、青年は恐ろしいひと言を放つ。
「こ、これは失礼を……私はリディル・ウォーカー・カーカス、カーカス子爵家の長男です」
「え? カーカス……子爵家? 夜会を主催された?」
「はい、私のことはリディルとお呼びください、シャルロッタ様」
え? あのねちっこい視線でわたくしを見てきた小太り子爵の子供なの?! 正直言って全然似てなくね? いや本当に細部まで見たら似てる部分があるのかもしれないけど……子供がイケメンすぎる、あのおっさんと遺伝子絶対繋がってねーだろ!?
どう返していいものかわからず、少し引き攣った笑みを浮かべたまま脳細胞を高速回転させていく……主催側の子弟にあった時どうするんだっけ……ちゃんと笑顔で挨拶して、仲良くして……それから、当たり障りのない会話で誤魔化してその場を離れる、だ。
そこまで考えをまとめたわたくしは、咳払いを一つしてから改めて営業用スマイルでニコリと笑うと、リディルに話しかけた。
「ありがとうございますリディル……わたくしのこともシャルロッタとお呼びくださいまし」
「ありがとうございますシャルロッタ、この出会いを神に感謝したい気分です」
リディルは本当に嬉しそうな表情でわたくしに再び深々と頭を下げる……でも不思議と父親ほど嫌な気分にはならないのは彼にそういった下心を感じないからだろうな。
好青年、というより人が良さそうな雰囲気を感じ、どうしたらあの父親からこの青年が生まれてしまうのか理解に苦しむのだけどその辺りは彼自身が母親似なのかもしれないしね。
わたくしは軽く頭を下げるとその場を離れることにしてグラスを片手に夜会が開催されている広間へと歩き出す。
「それではこの辺りでわたくしは失礼いたします……リディルと知り合えて嬉しいですわ、今後ともよろしくお願いしますね」
_(:3 」∠)_ 明らかに怪しい貴族とその息子(イケメン
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