第一五四話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 〇四
「現在エスタデルにはクリストフェル殿下……貴女の婚約者殿とウォルフガング卿が当主代理として辺境伯領をまとめなおしています」
リディルはわたくしたちをハーティへと誘導する傍ら、現状を簡潔にまとめて伝えてくれた。
お父様は無事エスタデルへと到着し、手厚い看護の元治療を続けているのだというが、残念ながら使用された毒物がイングウェイ王国では未知のものだったということで、完治には至っておらず現在も昏睡状態が続いているそうだ。
そしてその間長男であるウォルフ兄さまが家のことを差配していたのだが、辺境伯領の貴族や騎士たちはこのような事態を招いた王都の貴族たちへと反感を感じていたのだが……。
その矢先、国王代理を名乗ったアンダース殿下がインテリペリ辺境伯家とクリスを名指しで反逆者扱いしたことで怒りに変化してしまった。
ウォルフ兄さまも書簡で『当家に対する一方的な侮辱には耐えられない、我々を咎なくして罪人と呼ぶのであれば力をもって名誉を回復させていただく』とはっきりと宣戦布告ととらえられてもおかしくない返事を送り返したそうだ。
「まあ、領内はそんなこんなで臨時の戦争体制に入っていまして、ハーティも傭兵を雇い入れたりと忙しい状態ですね」
「……レイジー男爵もお忙しい状況ですか?」
「男爵はいつも通りですよ、普段の魔物狩りと何ら変わらないと言って普段通りの生活です、まああの方は普段も戦場にでもいるかのようなお暮しですし」
昔からそういう人なんだよなあ……まあそのおかげで領内の安全を担保できているわけだし、ちょっかいを出そうとした貴族もいないわけではなかったそうだが、辺境伯領周辺の監視は緩むことが少ないので結果的に男爵のおかげとも言ってもいいのかもしれない。
第一王子派も軍勢をまとめ始めているそうで、おそらく近いうちに一度は激突することになるだろう、というのが王国内で発行されている新聞などでも話題になっているそうだ。
「逃げている間全くそういった情報を仕入れておりませんでしたわ……」
「まあ、逃亡中は仕方ないかもしれませんね……ハーティでその間の情報などを見ておくといいですよ、皆シャルロッタ様が無事なことをお祈りしておりましたので」
「無事ですわよ、このとおり無傷で帰ってきましたわ……これも「赤竜の息吹」の皆様が素晴らしい冒険者だからですわ」
一応わたくしインテリペリ辺境伯領では王家に嫁ぐ予定の姫という扱いだし、顔を知らない人はいないくらいの有名人でもあるから、心配はされていただろうな。
しかしアンダース殿下はどうするつもりなんだろうか……インテリペリ辺境伯家が内戦で敗北したとして、クリスを廃嫡に追い込むまではいいとしてだ。
その後の国家運営、いや国境防衛はどうする気なんだ? インテリペリ辺境伯家がいなくなったとして後釜に座る貴族家によっては住民が反乱を起こしかねないし、それ以上に諸外国からの攻撃に耐えられるのだろうか? という心配はある。
「アンダース殿下は何か秘策でもあるのかしら……」
「辺境伯領は長年インテリペリ辺境伯家に忠実でした、特に最近クレメント伯の暗殺未遂や、シャルロッタ様への誹謗中傷なども王都では多いと聞いていたので住民はかなり怒ってましたね」
そりゃそうだろうな……自分で住んでいてもインテリペリ辺境伯家が領民から愛されていると感じることもあるし、こんなに暖かい土地はそうないと思うのだ。
ともかく領民の大半は内戦を恐れているけど、それ以上に王家と第一王子派に対して不満と怒りを抱えているという状況か……割とシャレにならねーな。
「……ハーティは領内防衛の要の一つになりますわね……」
「ハーティに配属されている以上自分はインテリペリ辺境伯家のために命を懸けて戦う所存です、騎士としてシャルロッタ様や辺境伯家のために戦うのは誉だと思っています」
「リディル……お気持ちはありがたいのですが、死ぬまで頑張ることはないですわ、生きてこそ名を残すという言葉もありますし」
ま、実際わたくしは前世で最後の最後に魔王と相打ちになって死んでるからな……さすがに二度目はいやだわと思ってたりもする。
逃げる気はないし、負ける気も全然ないんだけどそれでもわたくしの知っている人間だけでなく、領内に生きるすべての民に危害が加わってほしくない。
わたくしが救えるのは目に見える範囲の人たちだけ……しかも戦闘になってしまうと、わたくしの放つ技や魔法は無差別に当たってしまうのでどんなに注意をしても巻き込まれる人も出てきてしまうだろう。
「……シャルロッタ様?」
「あ、いえ……少しだけ考え事をしておりましたわ、早くハーティへと着くといいですわね」
考えても仕方ないか……今のわたくしは勇者ではないし、貴族令嬢でしかないのだからそこまで考えても仕方ないか、いざという時は他を巻き込んででもことを為すくらいで考えたほうがいいだろう。
わたくしが守らなければいけないのは最優先でほぼ目前に迫っている内戦の旗頭であるクリスに、インテリペリ辺境伯家の人々だ。
それ以外の人の優先順は下がってしまう……隣で微笑みながらわたくしを見ているリディルも優先順位は相当に下がってしまうからな。
ただ、できれば助けたい……もう知っている人が一人も死んでほしくない、と思うのはわがままかもしれないけど……それでもなんとかできるならしたいわ。
そんなわたくしの心情を知る由もないリディルは、視線に気が付かないのか能天気にレイジー男爵の話を続けていた。
「……シャルロッタ・インテリペリが辺境伯領に入ったそうです」
ナディア・スティールハート侯爵令嬢、聖女ソフィーヤ・ハルフォードの取り巻きにして第一王子派においても有力貴族の一つであるスティールハート侯爵家の長女でもある。
栗色の長い髪に気の強そうな顔をしたグラマラスな女性だが、その見た目と違い彼女の実家は盗賊組合の元締めとしても知られており、幼い頃より裏社会とのつながりが深い。
その出自を活かして彼女は聖女ソフィーヤを支えており、学園においてもその情報網の確立や決して表沙汰にはできない後ろ暗い所業なども行ってきた。
「そう……でもナディアが監視をしてくれているのだから、何か仕掛けるのでしょう?」
「……よろしいのですか? その……」
ナディアは少し躊躇うように聖女の隣にちょこんと座る青い髪の少女へと視線を動かす……ターヤ・メイヘム、平民出身の学園生でシャルロッタの友人。
その少女が今同じ場所に存在している……確かにターヤは無力な存在だ、いや学園で見た彼女はそういう存在でしかなかった。
彼女がここにいる理由はソフィーヤからは聞いていない、ただ「これからは私たちがお友達になる番よ」としか彼女は答えなかった。
それに……ナディアは背中に流れる冷たい汗を感じつつ、無表情で虚空を見つめるターヤを見る……なんだろう、この不気味な感覚は……。
「大丈夫よターヤはね、いい子なの……今は少し疲れているだけよ」
「では……盗賊組合に所属している革新派が抱える連中がハーティへと潜入しています、ご命令とともに街を収めるレイジー男爵の館を襲撃し、シャルロッタ嬢を襲う算段です」
「……しゃ……る……?」
ぴくっ、と能面のような表情を浮かべるターヤが反応を見せるが、すぐにその反応も続かなくなりまた虚空をぼうっと見ているだけになる。
これではまるで自分の意思に反した状態ではないか、とナディアは思ったがすぐにその考えを打ち消す……違う、聖女たるソフィーヤがこの娘を操っているとは思えない、人を操る魔法など存在しないのだから。
少し不安そうな表情を浮かべるナディアを見てくすくす笑うと、ソフィーヤはほんの少しだが歪んだ笑みを見せる……その笑顔は美しいがどことなく不快感を感じる不思議な笑みだった。
「ターヤはシャルロッタ嬢に会いたいのよね……でもまだよ、まだまだ先なのあなたの番は」
「……わ……たしの……?」
「そうよターヤは本当に大事なところで彼女に会うのよ、そうしたら楽しくなるわ」
ソフィーヤはターヤの頬をそっと撫でる……だがターヤは虚空を見つめているだけでその優しい手つきには反応をすることはなかった。
そんな彼女を見て満足そうな表情で笑うソフィーヤを見て、ナディアは何か自分たちがとんでもないことをしているのではないか? とふと不安に駆られる。
第一王子派を支え、聖女たるソフィーヤ・ハルフォードを奉じて国を一つにまとめようとする自分たちが、間違っているはずはないのだが。
悪いのはインテリペリ辺境伯とクリストフェル・マルムスティーン……その考えに至ると密かな満足感を感じたことでナディアは軽く首を振って浮かび上がった疑念を振り払う。
「……で、シャルロッタ様に襲撃はできるのかしら?」
「はい、革新派からはいつでも可能と聞いています」
ナディアの返答に満足そうに何度か頷くとソフィーヤは隣に座っているターヤに一度視線を向けた後、にっこりと笑う。
美しい笑みと、その中に含まれている不気味な感覚は未だ抜けていない……彼女はそっと手を握ると、まるで神に祈るかのように微笑みを浮かべたまま目を閉じる。
神々しさを感じるその姿にナディアは黙って頭を下げる……彼女がこうしたときは、報告を待つということだ、つまり革新派による暗殺計画を進めなければいけない。
ソフィーヤは優しく微笑んだまま、どこか遠くを見つめるような表情でそっと呟く。
「かわいそうなシャルロッタ様……クリストフェル殿下に会う前に傷物になってしまうなんて、でも神様はそう告げているわ」
_(:3 」∠)_ ターヤちゃん久しぶりに登場……
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