(幕間) 虹色に光る影 〇三
「……ここが最近村に姿を見せないって一家が住んでた場所か……」
エルネット達の目の前に広がる小さな農場……いや牧場も併設しているのか、柵に覆われた広場が家の前に広がっている静かな場所だったが、その広場には複数の豚が命を失って横たわっているのが見える。
風に乗って軽い腐臭が漂ってくるのを感じてリリーナが顰めっ面になって鼻を擦るが、視界に入る死んだ豚の数から考えると遥かにその匂いが弱すぎることに全員が違和感を感じている。
この家に住んでいたのはセミョーノフ家で、村から少し離れた場所に居を構えていて古くから農地と養豚を担ってきていた一家だったが、異変前から彼らは誰も村へと姿を見せなくなっていた。
「おかしいな、こんなに腐臭が軽いわけはないと思うんだけど……」
「……これだけの匂いってことは、絶対に生きてないよね」
リリーナの言葉に黙って頷くエルネットはゆっくりと辺りを確認しながらセミョーノフ家の農場へと足を踏み入れていく……草木は枯れ果て、あの森で見たように白く灰のように変化した地面、そして横たわる豚も黒く炭化したものが多く存在しており炭化した死体は腐乱することなくそのままの姿を保っている。
セミョーノフ家が住んでいるであろう家も荒れ果て、とてもではないが誰かが生きて住んでいるようには見えない……広場の隅には使われていないのか、木の板で封鎖された井戸が見える。
「井戸を閉じて生活などできないだろうに……何かあったのか?」
「それよりもまずは家の中を調べよう、この調子じゃ人は生きていないだろうけど……」
冒険者達はすでに人が住んでいないであろう家へと向かう……風は吹くと近くの枯れ果てた草木が崩れ、音を立てるが明らかに生命の痕跡がない雰囲気は異様で不安を掻き立てるものだった。
家は村の規模から考えると少し大きめの屋敷と言っても過言ではない大きさで、セミョーノフ家が村人よりは裕福な暮らしを楽しんでいたことがわかった。
だがそれも昔の話のようで入り口の扉はしばらくの間動かした形跡がなく、エルネットが軽く押すとかなり大きな軋み音を立ててゆっくりと開いていく。
「一年以上使っていないって印象だな……おかしいな異変が起きたのはそれほど前じゃないはずなのに」
「埃だらけだね……」
彼らが足を踏み入れた玄関には長い間人や動物の出入りがないのか埃が積み重なっており、歩くたびに軽く埃が舞う……デヴィットが杖の先に魔法の灯りを灯すが、その灯に照らされた室内は薄暗く何も音がしない静かな空間になっている。
彼らが歩くたびにギイ……ギイ……と木の床が軋む音が響く、少し不安になったのかリリーナは隣に立つエルネットの服の裾をそっと握るが、それに気がついたエルネットが彼女に向かって微笑む。
エルネットの笑みにほんの少し不満そうな顔になったリリーナだが、それでも斥候役として彼女は耳を澄ませて何かおかしな音がしないか懸命に様子を伺っている。
「……勘違いすんなよ、いざって時にアンタを盾にするだけなんだから」
「へいへい……こっちに部屋があるな」
リリーナの言葉にやれやれ……と言った表情になったエルネットだが、部屋の入り口を見つけて扉をそっと開けると、そこはこの家の住人の部屋だったようで、小さな机と簡素な寝台が置かれていた。
寝台の上には白く変色して乾燥したスカートを履いた死体が横たわっており、その大きさからまだ少女であることがわかる……その姿を見たエルネットは少し表情を歪める。
少女……おそらくこの家で生活していたセミョーノフ家の娘なのだろう……ミイラのように乾燥した死体は埃に塗れていたが、不思議と腐臭は少なく外の豚と同じような状態に置かれていることがわかる。
「少女の死体か……寝かされた状態で死んでいるということは眠るようになくなったのかしら」
「辛かっただろうにな……机の上に何かあるな」
エルネットは小さな机の上に置かれた開かれた書物……書きかけの日記が置かれていることに気がつき机まで移動すると、軽く中身をチェックしていく。
農家の娘で文字が書けるというのは王国でも相当に珍しく、この一家が娘の教育に力を入れていたことに多少驚きを隠せない……村から外れた場所に住んでいたのも、他の村人達から悪い影響を受けないようにという配慮だったのかもしれない。
その日記にはこの家に住んでいた少女イロナの日常が簡潔にまとめられているのがわかった……パラパラとめくっていくが、エルネットは次第にその日記の文字が弱々しく判別しづらいものへと変化していくことに気がつき、表情を変える。
「……なんだ、急に文字が荒れているな……なになに……」
X日
——今日父さんに言いつけられて広場に豚を離している時、井戸が不思議な色で光っているのを見た……そういえば結構前に、夜窓から外を見ていた時に虹色のモヤのようなものを見たんだっけ、それに似ている。
不思議な色だったが、それを見た豚がひどく怯えて……あれはなんだったんだろうか?
△日
……疲れてると父さんに話したら(判別不能)……ああ、急に豚が死ぬなんて思わないじゃない……食事だって急にパサパサしてておいしくないし……(判別不能)……嫌になっちゃう。
〇〇日
ベッドから起き上がれない……体に力が入らない……(判別不能)……井戸がまた光っている……最後の豚も弱って死んだ。
◻︎日
あれはおかしい、井戸の底に何かいる……父さんが(判別不能)……どうしたら……。
……日
ひかる……虹色……声が……ああ……どう——。
「……虹色の光? 井戸の中に何かいる?」
日記を見ていたエルネットが仲間を見るが、一緒になってその日記を眺めていた全員訳がわからない、という表情になる。
虹色に光る光なんて怪物の話は聞いたことがない……不死者のような怪物だろうか? あの封鎖した井戸の中に何かが住んでいるということか。
もし彼らの手に負えない化け物が潜んでいた場合……一度冒険者組合に戻って増援を依頼しなければいけないかもしれない……その場合は困窮する村人の支援にも人手が必要になるだろう。
エルネットは一度寝台に横たわる少女の死体へと視線を向けた後、心配そうな表情を浮かべる仲間達を見ると黙って頷いて彼らに話しかける。
「家の中をもう少し調べてから……今日は野営をして明日井戸の中を調べてみよう、何か出てくるかもしれない」
——結局家の中にはセミョーノフ家の主人とその妻、イロナ三人の死体だけが残されていた。
イロナと違い、主人とその妻の死体は床に倒れておりどうやらイロナが亡くなった後衰弱していた夫婦も倒れてそのまま帰らぬ人となったことだけがわかった。
だが夫婦の死体も乾燥したミイラのようになっており驚くほど腐臭は少なかった……まるで生命そのものが抜き取られてしまったかのように、彼らが村で食べた肉のように痩せ細っていたのが特徴だった。
家の中をくまなく調べてもそれ以上の情報はないと判断し、エルネットは農場から少し離れた場所で野営することを決めた……家の中は埃だらけで快適とは言い辛い状況だったし、三人の死体と一緒に寝泊まりするほど豪胆な性格でもなかったからだ。
それに……もし井戸の中に怪物が住んでいた場合、家に留まっているのはまずいかもしれないという直感が働いたからでもある。
「ねえエルネット、やっぱり森自体もおかしいね……動物の鳴き声が全然聞こえない」
「ああ、異常なほど静かだ……それにこの木もどことなく萎びているというか……」
焚き火を囲んであたりに目を配るリリーナとエルネット、そして日課となっているポーションの在庫確認をしているデヴィットもかすかな風の音に反応して神経を尖らせていた。
異常なほど静かな森……野営をしていると野鳥や小動物の鳴き声などは普通聞こえてくるはずだ、それに王国内には魔物も多く生息しておりゴブリンやオークなどが徘徊する森なども数多く存在している。
だが、そう言った影が全くないのが本当に不気味で、異常であると彼らの長年の冒険者生活での経験が警鐘を鳴らしている。
周辺を調べていたエミリオが焚き火に焚べる枝を抱えて戻ってくるが、彼の抱えている枝も変色したものが多く、焚き火できちんと燃えるのか怪しいものばかりだ。
「ダメですね、周囲には本当に何もいません……エルネット、私の勘がずっと危険を知らせています、何かおかしい……」
エミリオの言葉に頷いたエルネット……「赤竜の息吹」リーダーとして彼には仲間を過度の危険に巻き込まないための責任がある。
異変は確実に存在する……彼らで片付かない問題の可能性が高く、高位冒険者の手を借りないといけないかもしれないとエルネットは考えていた。
助けを求めるというのは本来冒険者パーティにとってはかなり恥ではあるのだが、そうも言ってられないな……と彼を見つめるリリーナと視線を合わせる。
自分と視線が合ったと気がついた彼女は少し気恥ずかしそうにそっぽを向くが、エルネットは一度納得したかのように頷くと信頼する仲間に向かって宣言した。
「ああ、わかっている……明日井戸を調査して何もなければ一度冒険者組合に応援を頼みに行こう」
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