第一五〇話 シャルロッタ 一五歳 魔剣 一〇
「……さて、ディートリヒ様を連れてウッドパイントに戻りなさい、追いかけてきたら……わかっていますわよね?」
「は、はい……で、では我々はここで……」
兵士たちが意識を失っているディートリヒを馬に乗せると、怯えた表情でその場から慌てるように逃げ出していく……結局ディートリヒはなんとか一命を繋ぐことができた。
元々戦士としてはそれなりに優秀だったということもあって、肉体は相当にタフだったことが結果的には彼を救うことになった、とはいえ無理やりに肉体を復元したこともあって、数ヶ月はまともに動けないだろうしその間に第一王子派の貴族により彼の所領は接収されるだろうな。
先ほどまでてんてこ舞いになって兵士たちを治療していたエミリオさんが、その様子を見て尋ねてきた。
「……助けてよかったのですか?」
「殺してしまったらそれを理由に第一王子派がどう動くかわかりませんわ、少なくともあの兵士たちはわたくしがディートリヒ様を殺していないという証人となってくれるはずです」
「……それがシャルロッタ様の意志であれば私たちは従いますよ」
まあ、コルピクラーニ家に仕える兵士たちを全て皆殺しにしてしまえば、一方的にわたくしへと罪をなすりつけることは可能だろうけど、流石に自分達に味方してくれるはずの貴族やその兵士をわざわざ排除することはないだろう。
そこまで考えてふと思うが、もしかしたらわたくしは少し甘いかもな……それでも無用に人を殺めたり、苦しめたりすることは違うと感じる。
勇者であった頃から、魔王の軍勢による無差別な虐殺を見すぎているからかもだけど……どうにも人を苦しめるというのはやりたくない。
「甘いですかね……」
「貴族という身分で考えれば、あの兵士たち、それとコルピクラーニの若君を手討ちにしても文句は出ないと思います、ですが……貴女がそういう優しい心の持ち主だからこそ「赤竜の息吹」は貴女への忠誠を誓っているのです」
エミリオさんは優しく微笑むと、胸に下げている聖教のシンボル鋼鉄の神と呼ばれる銀色のシンボルを両手で包み込んで祈りを捧げる。
まあ、神に仕えるエミリオさんがそういうのであれば、それはそれでいいか……わたくしは彼に軽く頭を下げると、マーサの元へと向かう。
度重なる戦闘で、マーサも身を守るために小剣を持ち歩いているが、今回それを振り回していたらしいが彼女は敵の攻撃ではなく、自分で足をもつれさせて転んでしまい、ユルが慌てて助けに入ったとかで本人は凹みきっているからなんとかしてくれとユルが念話を飛ばしてきていた。
「マーサ殿……シャルがきましたよ、ほらそんな顔しないで……」
「……どーせ私なんか役に立たないんだ……」
わたくしがマーサの元へと辿り着くと、一生懸命に赤子をあやすような優しい声でユルがマーサに話しかけている……が当の本人はいわゆる体育座りのまま、両膝に顔を埋めている。
彼女の侍女服はあちこちに泥や土埃が付着していて、どうやら相当派手に転んだのがその様子でもわかる……ユルはわたくしに気がつくと、困ったように鼻を鳴らした。
ユルへとそっと何もいうな、と手で合図した後わたくしは黙って彼女のそばへと腰を下ろす……それに気がついたのかマーサはびくりと肩を震わせた。
「……マーサ、お疲れ様……ディートリヒは帰しましたわ」
「シャルロッタ様……マーサはお役に立てていません……」
「そんなことないわよ、前にも言ったけどわたくしマーサがいないと何もできないのですから」
わたくしはそっと彼女の肩に頭を寄せると、再びマーサの体がびくりと震えた……わたくしは笑顔を浮かべて、しばらくじっとそのまま黙っている。
マーサの嗚咽が静かに聞こえてきた……彼女は責任感が恐ろしく強く、侍女頭となったのもお父様からその性格を買われてのことだ。
もっと仕事ができる侍女はいくらでもいるし、中には貴族向けの耳障りの良い話ができるものだって過去には存在していた、でもわたくしのことを真剣に考えて行動してくれるのはマーサが一番だった。
彼女には殺し合いはできないってのはわかっているのだから、彼女なりの強みを活かしてくれればそれでいいのだと思う、どだい勇敢に戦ってもらおうなんて思っていないのだから。
「そういえば……ちょうどこの季節でしたわね?」
「……何がですか?」
「マーサの言いつけを守らずに街に出て行って、迷子になったの」
この世界に転生して数年……わたくしが九歳の頃だったか、マーサにはずっと「市井に出る際は必ず自分か騎士を連れて行ってください」と言い含められていたのだけど、別になんともならないだろうってエスタデルの街中をマークして回っていた時、ふと周りを見たらそれまで見たこともないような場所に自分がいることに気がついたことがあった。
間の抜けた話だが、次元移動して戻るほどのことはないだろうって気軽に考えて歩き回っていたのだが、その時は方向感覚がうまく働かずに迷子になった。
焦りはしなかったけど、大通りまではどうにかして戻ろうって考えて意地になって歩き回っていた際に、わたくしが迷子になったと勘違いしたマーサ達が大慌てでわたくしを見つけてきたことがあった。
「……そういえばこの時期でしたね……」
「わたくしケロッとしていたように見えたかもだけど、内心マーサがいなくて不安でしたわ」
「お嬢様はお強いからそんなことはないでしょう?」
「強さなんて人を図る物差しの一つですわ、マーサには良い部分がたくさんあるのだから一度や二度の失敗は気にしちゃダメですわよ、それに」
わたくしはそっとマーサの頬に手を添える……それに反応したマーサが驚いたようにわたくしの顔をじっと見つめた。
マーサは綺麗だなあ……わたくしも絶世の美女であることを認識しているけど、マーサは控えめだけどちゃんと目鼻立ちは整っているし、良家のお嬢さんと言われても違和感がないくらい大人の女性なのだ。
涙をいっぱいに溜めた瞳がうるうると震えている……ダメダメ、マーサは笑っていなきゃ……わたくしは満面の笑みを浮かべて彼女の額にコツンと自らの額を当てる。
「マーサが悲しい顔をしていたら、わたくしも悲しいわ……貴女がいなくなってしまったらわたくしは誰に湯浴みを手伝って貰えばいいの? 髪を漉いてもらうのもマーサじゃなきゃ嫌よ?」
「シャルロッタ様……」
「それはそうと旅を通じてエミリオさんとは少しいい感じになっているのでは?」
「え?! そ、そんなことはありま……」
いきなりの不意打ちでマーサは顔を真っ赤にして口ごもる……実は本人達はわかってなかったと思うけど、エルネットさんだけじゃなくわたくしもマーサとエミリオさんはよく話をしているし、彼女が彼に笑顔で話しかけているのを見ている。
マーサとエミリオさんは年齢もそれほど離れておらず、多分お互いのことをちゃんと見ているんだろうなって思うような視線の動かし方をしているので、多分まんざらでもないのだと思っている。
頬を染めたマーサを見て微笑むと、わたくしは立ち上がって彼女に向かってそっと手を伸ばす……暴れたから水浴びをしたくなってるし、彼女に手伝ってもらおうと思ったからだ。
「……マーサは正直だから……それはそうと汗をかいたから水浴びをしたいわ、近くに川があるみたいだから手伝ってちょうだい」
「……はーっ……つっかえないわねえ、この国の貴族ってやつは」
必死に逃げ帰るコルピクラーニ貴族家の兵士を見つめて、欲する者はつまらなさそうに口に運んでいた何かの肉を骨から齧りとると、そのままポイと放る。
彼女はディートリヒの前に現れた時と違う格好で、旅装のような黒いフード付きのローブに身を包んでおり、はっきりとは顔が見えないようになっている。
しかし真紅に輝く不気味な瞳はそのフードの中からでも異様な雰囲気を放っている。
「第一王子派の貴族も利権狙いばっかり、一〇〇〇年間の堕落が功を奏しているというべきかしら、まあ必要のないものは切り捨てるべきね」
欲する者は美しい口元を歪めると、舌をチロリと艶かしく唇を舐め回すと右手を撤退中の軍へと差し向ける……彼らは必死に逃げるので精一杯で彼女の行動には誰一人として気がついていない。
彼女が右手に集中させる淫靡なる魔力は、静かに兵士たちの周りをゆっくりと覆っていく……だが不可視に近いその魔力に気がついたものは誰一人としていなかった。
彼らは逃げているつもりだったが、その場で立ち止まると呆けたような表情へと変化していく……すぐに思考能力を失いその場に棒立ちとなった彼らは手に持った武器を取り落とし、口の端から涎を垂らしたまま虚空を見上げている。
「混沌魔法……愛欲の律動」
欲する者の言葉と同時に、全ての兵士を飲み込むように地面から新鮮な臓物、いや女性器内部の肉壁のようにも見える肉の結界が辺りを埋め尽くす。
粘液と血液、そして肉壁は彼らをまるで飲み込むように律動を繰り返して兵士たちを飲み込んでいく……だが魔法の影響を受けた彼らはまるで恍惚とした表情のまま、肉の中へと沈んでいくのだった。
自らの下腹部をそっと押さえた欲する者は吐息をホウッ……と吐き出しながら口元を拭う。
「お腹いっぱい……殿方を受け入れると、いつもここがキュンキュンしちゃうわぁ……ご馳走様ぁ」
_(:3 」∠)_ 良いところで出てきて全部掻っ攫っていく欲する者さん
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